12月21日(水)

某看護教員養成講座の謝恩会に出た。
この日は、職場の忘年会だったのだが、12/7同様、中途半端に知った人たちの中で食事するのは辛かった。もちろん、こちらはほとんど知らないのだけれども、向こうは全員あたしのことを知っている、という状態の中で食事する、というのも、それなりに辛いのではあるが…N先生がいらっしゃっている可能性が高かったから、出てみることにした。
久しぶりに、素人の「芸」を見た。自分を捨てられない人々であった。N先生はべた褒めであった…あのようなことができなければ、学生の前で話しをしても説得できないということだった…そうかな…けれども、いさぎよくない状態で壇上で蠢くのは、醜悪である、と感じてしまう、あたしは、何者???
あたしが高座で落語を演じれば、ああなるのだろうか???
いやいや、もっとうまくできるはず…「よっ、ねえさん、粋だねぇ」「なぁ〜に、言ってんだい、あたしゃ帰りだよ」…おっと、志の輔の小話だ。
えぇい、マイクを奪って、1曲歌ったろか…それも、ミョーチクリンな東北弁もどきで…
いやいや、やめましょう。
そんなことよりも、8ヶ月の講習の中のわずか1日だけの講義なのに、あたしのネタを使った「芸」が演じられたこと、つまり、それなりに印象には残っていたと推測できること、の、方が大事だろうさ。
ヘパナマの話、キシロカインの話、バナナの話、知識構造の話…勿論、実例レベルで法則にはなっていないかもしれない、実例だけを孤立した知識として再生的解決をしているだけかもしれない。が、知らないよりは、ずっとよい、と、思いたい。
二次会のお誘いを断り、N先生とタクシーで帰った。
風邪がまだ抜けない。頭痛がするのだ。さっさと寝ようかね。
明日は通院だ。


3 comments to this article

  1. ちょこっと閲覧人

    on 2012年10月1日 at 22:30:19 -

    笑…文面が踊っていますね〜。どことなく落語調な感じが。
    わずか一日だけの講義なのに、受け手に強い印象を与える…ということって、やはりすごいことだと思うのです。
    (なんか、お決まりのコメントだ)
    というのは、先日研究室関係で、とある「お仕事」を頂いたときのことです。それは働く女性のロールモデルの取材でした。インタビュアーも取材対象も女性、という個人的には大変わくわくする内容でした。
    で、取材にお伺いしたところ、それはかつて教養の時(R本松)、ある講義にて、たった一度だけ講演をされた方だったのです。同大学のOGであり、現在学生や女性を対象にしたセミナーなども開催している、結構有名な方‘らしく’…
    そんな経歴を殆ど把握せずに取材に向かったのですが(精神的に余裕がなかった)、一目で「あ、あの時の方だ!」とわかったのです。
    その講演…というか、講義そのものを思い返すと、その方の講演だけ終始起きていたんですね。不思議と。
    毎回、各界における著名なOB/OGの方々が一人ずつ講演されるというものだったのですが(あら、講義名がわかってしまう?)、
    ほっとんどの方の講演は退屈で眠くて…
    これって相当失礼なことだとは思うのですが、真剣に聴こうと思っても、内容は無論、話そのものが頭に入ってこないのです。
    それは、話す内容が難し過ぎるのと、話し方(つまり教授の構成?)がうまくないからだったように思うわけで…
    あれは、学生たちを引き付ける(そして惹きつける)講演ではありませんでした。「私は、こんな研究をしております」といった、自分の研究発表みたいな…
    そんなんじゃ学生は眠ってしまします。悪気はないのだけれど、眠いもんは眠い。
    それに比べ、先ほどのOGの方は─
    話す最中、絶えず私たちに質問したり、身近な範例などを引き出したりするなどと、聴くものを飽きさせないものでした。話の内容そのものは、経済や法律なども含んだ難しいかったのですが。
    とみると、伝えるべき内容がいくら優れていても、それをうまく教授することができなければ、なんにもならないのではないか?と思ってしまうのです。
    話の構成、そしてそれをいかに伝えるか…というのは、更にまた別の能力として問われるんだろうな〜、と。
    こうしてみると、教師ってなかなか大変な職業なんだなあ、とつくづく思ってしまします(現に大変ですよね)。
    …それにしても、女性起業家ってカッコイイ!一緒に写真をとったときはドキドキでした…笑。

  2. kumecchi

    on 2012年10月1日 at 22:31:24 -

    教授学習過程を考える上で極めて重要な法則の1つに「わかりやすさと正確さは反比例する」があります。講義で話したかもしれません。
    残念ながら(あたしの努力が足りない所為か…そんな実力ないだろっ、はい)、このことは現場ではそれほど重要視されていないのかもしれません…特に、高等教育では。
    大学教員の採用で重要視されるのはまず「研究」です。このことは、研究が優れてさえいれば、教育は付いて来るものである、という考え方が見えてしまう、のは、あたしだけ?
    これって、教育(同時に○○学部とか…)が甘く見られている証拠かもしれませんね。
    ところで、起業家に「女性」が付かないと、カッコイイ、とは言えないのかな…
    正確に言えば、「わたしが今回会った、偶然女性の起業家はカッコよかった」ということか…
    講演で、起業は心(あるいは、マインド、とか…)でするものです、なんて、ミョーなことは言っていないよね…
    …およそ、人間において心が関係しないものはない!、と、まで、考えなければ(思い込まなければ)、心理学なんてやってられない、よ、ね〜
    おっとぉ〜
    まだ、踊っているか…

  3. ちょこっと閲覧人

    on 2012年10月1日 at 22:32:24 -

    笑…
    そうそう、上のコメント(私の)では、言いたいことが微妙ですね〜
    女性起業家もカッコイイ(特にその方)ですが、一味違った新鮮な教授をされる、先生もカッコイイのですよ〜
    なんかまたよくわからないコメントですみません。
    …でか、講義でした!!