鬼門は、21日(火)、22日(水)の会議である。10日(金)からの介助と研究会の疲れが出てくる時期でもあるのだし、予測できるのだが、どうしようもない、から病気なのだろうな。21(火)は頭痛がひどくて起き上がれず、22日(水)の教授会には出て行けたものの途中で退席した。資料の文字が網膜に写るだけ、頭が働かなかった。会議が進むにつれてだんだんと自分の身体が縮まっていくような気がした。
しかし、23日は教育工学会で課題研究の発表をしなればならない。ラボナを服用しても前夜は眠れなかった。明け方に食事をしてしまう。
幸い、発表はそれなりにできた。質問がでなかったし議論にもならなかった。なんだろうな〜
26日(日)、どうやら、風邪をひいてしまったようだ…疲れが出たか…頭痛、咽の痛みそして鼻詰まり。27日(月)も頭痛、総合感冒薬と頭痛薬(アセトアミノフェン、総合感冒薬にも含まれているからいいかなぁ〜みたいなぁ〜)を同時に服用、抗ヒスタミン剤のせいかフラフラする。
28日(火)からは非常勤の授業(西南学院)が始まる。前日、27日(火)も頭痛に悩まされ、フラフラしながら大学で準備。サーバやiMacが拗ねている。なんとかしないといけないのだが…やはり、夜は眠れなかった、3時過ぎにラボナを服用。10時過ぎには起きたのだが、久々に左胸が痛くなった。14時から学生と面談、16時過ぎに移動、非常勤の授業は無事にこなす。話し始めると「変身」するのだな、哀しいことに。授業が終わった途端に頭痛がぶり返し、背中に痛み、足がだるい…わずか90分なのに情けない。
これまた予想していたことなのだが、眠れなかった。かなり興奮していたのだと思う。ラボナを服用しても眠る気配もなかった。テレビを見ながら明け方に食事、絶対に太るよな、これでは。29日(水)の午前中は、やはり頭痛、とりあえず11時過ぎには起きて総合感冒薬と頭痛薬を服用。ひたすらじっとしている。
で、歌を詠む。
2004年9月アーカイブ
2日(木)は修士の入試、だが、全身の倦怠感がひどく、布団から起き出すことすらできなかった。終日、ぼぉーっとしている。倦怠感は、3日(金)も終日、続いた。
疲れは遅れて出てくる、となると、8月26日(木)〜29日(日)までの仙台へ介助に行った疲れか…この間、咽の痛みと鼻詰まりがあったから、風邪も手伝いやがったに違いない。
8日(水)は教授会、だが、前日7日(火)〜9日(木)の間、だるくてどうしようもなかった。結局、4月からずっと学部教授会には出ていない、出られない。
1つだけ幸いなことに、親父が見違えるほど元気になっていた。
で、歌を詠む。
パキシルが痛みと疲れを追い駆けるテレビで見てる観客ひとり
安心を味わうまでのタイムラグワシワシと飯喰う父を見る
一つずつ発車停車を繰り返しそれが近づき車窓が歪む
結局はバス停に着くギリギリの時刻になって家を出る日々
クリックで達成感が満たされるもう消費しか頼れない脳
胃薬と鎮痛剤を流し込むエフェドリンにも頼りたくなる
天井が歪んで見えるドクドクと自信が融け出し布団にしみ込む
気がつけば軽い頭痛と嘔吐感既に会議は始まっている
とりあえずメールを開き詫びを書く電子メディアに託す危うさ
真っ暗な無人の廊下のしかかる天井と壁扉が重い
ひっそりと静まり返る休日の廊下をひたすらうつむき歩く
明日こそは絶対に行く前日の決意を込めた予行演習

