2005年12月29日(木)・30日(金)

薬に依存している、ことを、実感した。
29日(木)…結局、寝ずに両親のところに出かける。
ホテルから青葉通りを仙台駅まで歩く。まっすぐに歩けない。大きな道の歩道を渡っていると、向こう側にたどり着く5m位手前で歩行者用信号が点滅し始める。
両親の用事は、銀行と郵便局からお金をおろしてくること。徒歩で出かけた。できれば、車で他の買い物(使い捨てカイロ1月分×2、ゴミの袋、液体洗剤等々重いものども)のついでに済ませたかったが、この時期だ、ただでさえ込んでいる道を安全に車を運転する自信など、全くなかった。
さすがに、疲れた。夕方、バスに乗っていて居眠り。さて、今晩は眠れるかっ

まだ、咳が止まらなかったので、咳止めを飲んで寝た。咳止めの坑ヒスタミン成分が効いていたのだろう、頭はぼぉーっと、していた、の、だ、けれども、ほとんど眠れなかった。
夜中。(目はつぶっていたが)目の前に直径20cm程の細胞様の物体が出現。激しく伸縮を始め、伸縮しながら徐々に拡大。伸縮と拡大の速度が指数級数的に増加、最後は拡大して爆発。それに伴って、心拍が増大するように「感じ」て、爆発する寸前に「いわれのない不安」を感じた。目を開けた。暗い天井にも見えた。
…細胞様物体は見えなくなっても、「心拍の増大」と「いわれのない不安」はまだ感じる。
このような不安は、久しぶりである。小学生のころ、発熱して寝ているとき、カーテンの模様が今回と同様に変化して、とても不安だったことを思い出した。
もしかすると、このような「いわれのない不安」をデパスが押さえていたのだろうか。
苦しくて、死んでしまおうか、と、ちびつと、考えた、くらいだ。
深呼吸した。
脈をとってみたが、それほど(期待したほど)速くはない。
何故か、歯を食いしばっていた、ので、あごの力を抜く。ついでに、肩の力を抜く。背中の力を抜く。水を飲む…細胞様物体も見えなくなり、「いわれのない不安」も感じなくなった。
明け方、なんとか、眠ったようだった。
とは言え、すぐに電車の音が聞こえた。
30日(金)…10時過ぎ、フロントから電話。掃除をするので出て行け、という。はいはい。
幸い、昨日のようなふらつきはなかった。
とりあえず、車を運転し、無事に買い物を済ませることができた。
さて、今晩は眠れるかっ


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