5月13日(木)

2004年当初からのことをまとめて書くことにする。
というのも、昨日5月12日(水)、久々に「来た」からだ。

  • 11日(火)は「ミョー」だった。前日の10日(月)は教育実習研究の最終講義日で、それなりに終了。夜は打合せを兼ねて酒を飲む。その後、眠れないのである。デパス0.5mg錠を1時過ぎに服用したものの、4時過ぎまで輾転反側していた。1時間くらいウトウトしたとは思うが、5時過ぎにラボナ50mg錠を服用してみた。テレビを見ていればそれなりに眠れるだろうと思ったのだが全くその気配がない。結局、コンピュータを操作し始め、19時過ぎまで仕事をしてしまう。 食欲がない。それでも19時過ぎには適当にあるものを食べた。さすがに食後は少し眠くなり横になった、が、いわれのない焦燥感で「お腹がムズムズ」してなかなか眠れない。多少は寝たようではあるが、23時過ぎに起きだし、ビデオを見始める。結局、11日(火)は徹夜状態で過ごしたことになる。
  • 問題の12日(水)。会議の日。9時に目覚ましが鳴る、が、起きられない。全身が布団にへばりついたような「身体が重い」感じがする。例の「寝返りを打つ気になれない、トイレにも行きたくない、食欲がない」状態だ。まずい、という思いはあるのだが、どうすることもできない。会議には出られないと思うので、その旨を連絡しなければならない、とは思うのだが、電話を使って人と話をする気になれなかった。 携帯電話が鳴る。着信音からS先生からだとわかった。心配してくださったのだと思う。出られなかった。
  • 14時過ぎ、携帯電話を手に取ることはできた。S先生からメールが届いていた。返事を出したら動くきっかけになるかもしれないと思い、状態を書いて送ってみる。その後、2〜3通のやり取りをするうち、トイレに行きたくなってきた。トイレから戻って、またやり取りを続ける。布団に座った状態だった。食欲は無いが、起きて活動できそうだった。
  • とにかく、できると思われること、をやることにした。コンピュータ内のハードディスクの整理、メールの整理、台所の掃除、そして、この日記を書くこと。やがて、それなりに頭は働いてきた。しかし、人と会う気にはなれなかった。
  • 夕食を20時過ぎにとり、昨日と同様仮眠、23時過ぎからテレビを見始める。2時過ぎにデパス0.5mg錠を服用、やはり眠れず、6時過ぎにラボナ50mg錠を服用。焦燥感は残っていたが、それなりに寝たようだった。
  • 13日(木)は授業の日。9時前に目覚ましが鳴ったとき、ひどい頭痛であった。とりあえずブルフェン100mg(イブプロフェン;解熱鎮痛消炎剤/プロピオン酸系/非ステロイド、非ピリン系抗炎症・鎮痛・解熱剤)を2錠服用、午前中はじっとしている。昼過ぎ、頭痛はかなり軽くなっていたが、まだ続いていた。13時からの演習は休講にしてもらった。14時50分からの講義を目処に動き出す。
  • 講義で話をしているうち、だんだんと人の顔を見ても平気になってきていた。話しているうちに調子が良くなってきたのだろう。ただし、どうにも「うわっついた」感じがする。高揚感、といえば聞こえは良いが、もしかすると「軽躁」かもしれない。
  • 20時過ぎ、携帯電話の留守電を聞く。母親が17時過ぎに録音、親父が入院したとのこと(→親父が入院したのページへ)。
  • 21時過ぎに打合せを兼ねて食事、23時過ぎからテレビを見始める。どうにも眠れない。2時過ぎにデパス0.5mg錠を服用、やはり眠れず、6時前にラボナ50mg錠を服用。
  • 14日(金)、移動があるので、8時30分には起き出す。

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