2006年

全く、どうしたもんだろう。
すったぁ、もんだぁ、でありましたっ
年末は、A先生の集中講義。指導生たちが頑張ってくれたので、そうとう楽だったが、やはり疲れましたっ
A先生のお話は、そうとう役立ったみたいだ。
A先生、ありがとうございましたっ

後始末もそこそこに、仙台に向かう。
今回も父親に説教、パーキンソン病がひどくなった母親の様子見。
買い物やら掃除やら。
1/2は、妹と甥っ子ども2人をいじくる、予定だったが、いじくられた。
やんちゃな弟は、足をくじいたとのこと。久々に、かつての「技」を使ってみる。
陸上部に所属していたときに、捻挫に対して行った「運動の指導」である...口が裂けたら痛いが、金を取ったら手が後ろに回る...決して、治療ではない。
患部と同じ場所を指圧で刺激、痛みを感ずるまで実行、後は、米粒を1日貼り付ける、それだけ。
翌日、妹からメールが届き、弟は朝一番「痛くないっ」と叫んだそうだ。
まだまだ、やれるな。

久々に「ばば抜き」をやった。
面白いもので、ジョーカーが手元に来ると、弟はすぐに反応する。小学2年生では、「騙す」ことは無理なのかな〜

この間、ずぅ〜っと、禁煙していたのだが、コンビニにトランプを買いに行った時、宮城県限定発売のキャメルメンソールナッティティストが目に付いてしまって、ライターとともに購入、帰り道に吸ってしまう。これがニコ中というやつか。

1/4に福岡に戻ったが、すぅ〜っかり、元の生活に戻ってしまった。
喫煙量激増。

既に書いたが、1/3に先生を亡くした。
最後にお会いしたときは、ヒゲを蓄えていらっしゃった。
追悼のために、少なくとも、偲ぶ会までは、このままヒゲを伸ばす事にした...床屋で手入れはしてもらうけど。

確か、会議があったはず、気付いたら、終わっていた、コトが2回。
うー、授業があるぅ〜、で、遅刻していった、コトが4回。
なんだよ、眠剤飲んだのに、眠くならねぇぞぉ〜、が、ほとんど毎日。
ハンカチを持っていけば、眼鏡を忘れる。眼鏡とハンカチを持ったら、時計を忘れる。
そんな毎日が積み重なって、2週間が過ぎてしまった。

12月21日(木)は、通院の日。
いつものようにギリギリに到着。この日、実は寝ていなくて、行こうと思えば9時過ぎにでも行けたのだけれども、なんだかメールに返事をしていたら、いつもの時刻になっていた。
睡眠障害について相談。
ただし、これまで試してきた眠剤は数知れずって、数えていないが、なにがしか、問題があった。
結局、試したことのないエバミール10mgを採用。
第1段階がこのエバミール。
第2段階がこれまで使っていたドラール。
第3段階に、これも使っていたラボナ。
で、21日、木曜の夜は...研究室の忘年会でトリのハリハリ鍋奉行補佐をして、小学校1年生の相手をして(久しぶりに、目玉を左右別々に動かして見せたし、耳まで動かしちまった)、前の晩寝てなかったので、多分、エバミールも効いて(いや、効いてないかも)、久しぶりによく寝た。
寝過ぎたくらいだ。
何しろ、午後の授業が始まる2時間前まで寝ていたのだし。
それでも遅刻するし...
受講生の皆さま、ごめんなさい。

で、実は、昨夜、22日の夜も眠れなくて、うとうとし始めたのが朝の8時過ぎ。
エバミールにドラールにラボナの3種盛り眠剤だったのに。
それでも、11時に起きて、天神にお買い物。
来週から、非常勤講師の先生をお迎えする。お茶にコーヒー、紅茶、菓子類を買う。
ついでに、丸善とビックカメラで久々に遊んだ。
ビックカメラでは、iPodに使っているSニー製のイヤホンのパッドを買った。
よくなくすのだな。
で、パッドだけ売っているのだけれども、何故か、S、M、Lの3種類一組なのだよ。
あたしはMだけでいいのに。
不必要なSとLの組がまた増えた。
いったい、どんな販売戦略なんだろう、な。

今日は、ゆっくり眠りたいものだ。
3種盛りにしてみようかな。
10000歩以上歩いたから、眠剤の効果は確認できないな。

12/8、気がついたら、14時だった。打合せの時刻は既に過ぎている。授業開始時刻で間が無い。
ここ数週間、睡眠障害に悩まされている。
眠れないのだな。寝るのは明け方で、結局、12時間近く寝てしまう。眠剤の切れが悪い。
で、どうにも身体が動かない。
コーヒーを飲みながら、ニコチンを吸収してみるが、如何ともしがたい虚脱感はそのまま。

泣きっ面に蜂。
ハードディスクが2台同時に壊れた。
バックアップは最低2ヶ所、2つのハードディスクが同時に壊れることはない、と、常々自慢気に話していたのだが、困った。
自宅サーバ(各種サーバ...Web、mail、そしてphpやPerlの実験用)と代替サーバ...今は単なるバックアップマシン...の2台に内蔵ハードディスクで、頻繁にS.M.A.R.T(なんでも、Self-Minitoring analysys and Reporting Technology; 自己監視、分析、および報告テクノロジーと言うらしい)エラーがバシバシ出てくる。
このエラーが出るようになると、ハードディスクが不安定になり、アクセス不能になる、とか。
確かに、読み取りや書き込みでエラーが出てきていた。
で、手持ちのハードディスクにdittoコマンドでバックアップしてみると、2つ3つ読めないファイルが出てきた。
うーむ。
初期化してみたらどうだろう?
...鬱の時には、ろくなことを考えない。
0データを書き込んで不良セクターを潰した。が、ダメ。相変わらず、SMARTエラーは残ったままだった。
念のため、dittoコマンドで復元を試みたが、読めない書き込めないファイルが出てきて中断。
どうやら、SMARTエラーが出るようになったハードディスクは、交換以外に対処はないらしい。
12/9の夕方、頑張って電器屋に行き、400GBのハードディスクを購入、ついでに、120GBと80GBの内蔵ハードディスクを買ってきた。
このような部品は、インターネットを介して購入した方が安上がりなのだが、届くまでに時間がかかる。幸い、内蔵ハードディスクは、お目当てのものだったので、ちょっと安心。

まず、自宅サーバの内蔵ハードディスクを交換して、いざ、Mac OS X 10.3をCDから導入しようとしたら、CDから起動しないのだった。
そう、あたしは、「自己責任で」CD/DVDドライブを交換していて、さらには、CPUまで入れ替えていたのだった。
ドライブが異なるから、純正のCDからは起動しないのよね〜
幸い、自宅サーバでは、代替システム領域が生きていたので、そのデータを使って起動ディスクを作成することに成功。
システム領域は、12/3のが最新のバックアップファイルだった。ユーザー領域は、12/8のもの。
12/8のバックアップは、壊れたファイルを壊れたままバックアップしている可能性があるが、まぁこの領域のファイルは、他のコンピュータにも入っているから、とりあえずはいいことにする。
で、数時間後...実際には、12/8は結局1日倒れていたし...今年2回目の休講にしてしまった...、12/9に買い物をして、12/10に復元作業をしたのだが...一応、1週間前の状態には戻った。
ログファイルだけは、直前にとったバックアップから復元して、なんとか、動くようになった。

次は、代替サーバの番。こいつは、初代iMacボンダイブルーに、CPUカードをさしてFireWireを使えるようにしたもの、「自己責任で」
初代iMacには、8GBの壁、があって、システム領域はディスクの先頭から8GB未満の大きさのパーティションに導入しないと、認識してくれない。
で、自宅サーバを使ってパーティションを作り、こちらは、11月末のバックアップファイルから復元を図った、のだが、なんと、自宅サーバが動かなくなってしまった!

初代iMacの新しい内蔵ハードディスクをケースに入れてFireWire接続していたのだが、自宅サーバは転送スピード400 Mb/秒、このケースは転送スピードが800Mb/秒、どうも、この齟齬が問題だったのだと思う。ちなみにバックアップファイルが入っているハードディスクは転送スピード400 Mb/秒であった。
自宅サーバの基盤に取り付けられているFireWire機器が認識されたりされなかったり。
デバイスドライバーが壊れてしまった可能性がある。ハード的にやられたかも...
ので、とりあえず、自宅サーバは、また、初期化からやり直し。とほほぉ〜

12/12は、某S学院の非常勤だったが、遅刻ギリギリにタクシーを吹っ飛ばして行った。
その後、一応、自宅サーバは回復。
その代わり、12/13の会議は、全て終わった時刻に起きる破目になった。とほほぉ〜

で、代替サーバの内蔵ハードディスクの復元だ。
今度は自宅サーバを使わず、MacBook Proを使って、ケースの転送スピードを400に揃えて作業を行う。
ユーザー領域の名前を変更したので、ログインしてからいろいろと細かな調整は必要だったが、なんとか動いているようだ...今は、反応がないけど。

問題は、交換したSMARTエラーが出るハードディスクだ。
U田くんにあげようかな。
それとも、ばらして、教材にしようかな。

そうそう、自宅サーバを回復させた直後から、このブログにはスパムトラックバックが鬼のように押し寄せ始めた。
あー、面倒くさい。

やばい。
眠れない。
11/26は KT Tunstall* の日。
取りためていた「剣客商売73」をHDDからDVDに落とした。
時代劇三昧の日でもあった。
11/27は Tristan Prettyman** の日。
延々、流し続けて、ドラール15mgにラボナ10mgも服用したけど、眠れない。
やばいな〜
10時から全学の会議なんだよな〜
遅刻して行ければまだいいほうだな〜
起きたら終わっていた***、では、すまないしな〜
睡眠障害、と、呼んでもいいのかな〜

朝、4時35分に起きた。
珍しく、ケータイの目覚まし機能で、ちゃんと、起きた。
今日は、長崎で某地方学会があり、午前中の分科会の司会をしなければならない。
遅くとも9時までには、会場に到着しなければならない。
で、6時30分過ぎの電車に乗ることになった。

たたき起こし役とお守り役(禁煙の監視役)には、Midwife Jeimieを頼んだ。
勿論、行き帰りの電車の中で研究打合せをするため。
12/2に某看護科学学会が神戸で開かれる。この日は社会人特別選抜の口述試験があるので、共同研究者であるあたしは行けない。だから、綿密な打合せが必要なのだ、な。
というのも...

司会の担当は、9:30〜12:00、「教育方法・内容」分科会だった。
関係者がほとんどで、まるで、院生の論文指導をしているようだった。
まったくもって、配布資料を読み上げるのは止めてもらいたいものだ。
かといって、PPの内容をそのまま印刷したものを資料にするのは最低だ。
それにしても、教育方法学は甘く見られている。
やたらと、実践すればよい、訳ではない。
もう一人の司会者は、教育工学会でよみ見かける方だし、教育学的な見方も教育工学的な見方もできる方だ。
穏やかな方、だから、あたしとしては、(得意中の得意)「ラディカル」を演ずる。
「今の質問は、○○について聞いているのだから、○○について答えてください」
と、言うのはまだ良い方だ。
中学生の発達段階に合わせたそうなので、「何段階あるのか」と当然聞きたくなる。
予想通り、学年と答えた。ならば、最初から学年と表現するべきだし、学習段階の方が適切だ。
メディア・リテラシーを取り上げて、メディアの分類が甘い。
もう少しで、講義するところだった。
コミュニケーション理論にも疎い。
マスメディアはマスコミュニケーションを支える物理的なメディアだ。単に一方通行のメディアではない。視聴者は解釈する。そう、解釈、これも立派なコミュニケーションと考えなければならない。
Web Based Learningは、単にメディアをマルチにして、ハイパーリンクを作ればよいと考えている。
長崎大学でよくそのような発表ができるものだ。
かつて、先進的なNIGHTシステムが開発されたところだというのに。
もちろん、NIGHTは遠隔教育システムだから、そのままでは利用できない、が、極めて斬新、参考にしない方がおかしい。
eラーニングにしても、長続きする受講生と、しない(途中で諦める)受講生がいる...あたしは絶対に後者...お守り役Midwife Jeimieは絶対に前者。
それを単純に「動機付け」の問題にしている。
そのように問題にしてもいいのだが、そもそも「外発的動機付け」と「内発的動機付け」の具体例がことごとく違っている。内発的動機付けの例としてあげたのは、全て外発的動機付けだった。
さらに、外発的動機付けはいつでも悪玉だ。
総合的な学習に関しては、評価、が問題...ま、単に、目的・目標が決められないだけなんだろうけど。
ポートフォリオは「真正」な評価なんだそうだ。
もちろん「真正でない評価は何か」と問うた。
予想通り、パフォーマンステストを挙げてくれた。
そんなもん、測定値の1つなんだから、用いる目的次第で「真正」になるだろうが。
クロンバック先生を引き合いに出したが、通じていたのかは不明。

あ〜あ、疲れる。
発表で疲れた後は、総括討論だ。あたしの出番である。
とりあえず、三つのテーマを提示(整理)した。
あたしの知る限り、このような総括討論はなかったはず。
大体の司会者は、フロアに「投げてしまう」のだな〜
司会者としては、ラクだが、無責任だと考えてしまう。

司会者の特権、整理した三つのテーマに関して、関係する発表者に意見を求めた。
...後でお守り役Midwife Jeimieに聞いてみたが、かなり適切な分類であったという。
そーだしょ?
発表された事柄は、かつて、あたしだって考えたことがあったことなのだもの。
で、また、こっちが掘った「落し穴」に落ちるような回答を用意するし。
さらにさらに、疲れる。

昼は、中華街で、肉まんを食しながら土産を購入、空席のあった店で瓶ビールを飲み、皿うどんと鳥の唐揚げ、春巻きを平らげる。朝から何も食していなかった、し。
駅前の喫茶店で、ようやく、12/2の打合せ。
そう、共同研究者としては、先の分科会の発表のような状態は避けたい、の、だ。
とりあえず、なかなかよさそうだった。
帰りの電車の中でも打合せを、と、思ったが、ビールが効いたか、すっかり寝てしまった。

福岡について、家路につく途中、いつもの居酒屋に寄った。
「顔色が良い」と、言われたのだが、はて、何でだろ。

高き雲低き雲ともそれぞれに流れ行く秋霞みゆく吾
吾ひとり雲散霧消を希求する引き止める吾負けそうな吾

今、仙台空港のビジネスラウンジでペプシコーラを飲みながら書いている。

朝から雨。
午前中、区役所に「非課税証明書」を取りに行った。
一応、27年住んでいた町だから、地理的な事情は知っている、のだが、荷物は重いし(みかけによらずディパックもキャスター付のバックも8kg〜10kgはある、そして、それらを軽々と持って見えるように行動してしまう、あたし)、雨だし、腰は痛いし...低気圧腰だな...ホテルを出て向かい側の路肩に駐車していたタクシーに乗った。
区役所に行きたい旨を伝えると、運転手は指を差して、あそこですよ、すぐ、と、とてもイヤそうに応対しやがる。
その位知ってるわい。しかし、地理不案内を演じてみる。
ワンメーター(650円)だけってのがイヤなんだろうね。
で、どのように進んでいくのかな〜と見ていると、区役所の前を通り過ぎ...道路の反対側だから仕方ない...Uターンするのかな〜と見ていると、交差点を右折して、ちょうど区役所の裏口、職員駐車場や職員専用入口がある場所で下ろそうとしやがった。
...この道は、Uターン禁止ではない。
「ワンメーターがイヤなんでしょ?」と捨てぜりふを残し、1000円札をたたきつけてやった。
ちなみに、350円損をしたのだけど、タクシー会社と運転手の名前を覚えた。
その、「光タクシー」をiタウンページで検索して、本社に電話する。

苦情を言ってもいいでしょうか?
あなたの会社の運転手の「松野H」は、最低の運転手ですね。
そもそも、ワンメーターで乗せたくないようですし、地理不案内なわたしをとんでもないところに下ろしてくれたので、目的地に行けずにとても困った。
あんな運転手は絶対に辞めさせてください。
絶対に、ですよ!

ちょっと、すっきりした。
で、市民税課に進む。
...結局、地下駐車場を通って、ようやくエレベータまでたどり着いた。
問題の「非課税証明書」、本人が申請するのではないため、委任状がいるらしい。
うーむ、むむむ。
もちろん、委任状には本人の印鑑が必要。
ぐむぅ〜
で、思い出した。親父から貰った印鑑があった。
おかげで、無事に証明書を受け取る。

次は、雨の中、区役所の近くの郵便局を探す。
結局、区役所の隣の県庁にあることをつきとめ、頼まれた振り込みを済ます。
で、実家に向かう。
昼食は、父母とともに食す。
母は、栗&豆ご飯を炊いてくれたので、おにぎり作って持っていくことにした。

問題は、介護保険料だ。
年金から自動引き落としになるようだが、その前に滞納している、はず。
で、区役所の障害高齢課に電話して、滞納分を調査してもらった。
なんと、昨年度の10期の分が両親ともにすっぽり抜けていた。
今年度の分では、何故か、母親だけが1期目と4期目を完納、2期・3期は両親ともに抜けている。
なにやってんだろ。
...何度か、あたしが納めた分があるのだけれども、郵便物を無くしてしまうからな〜
...人のことは言えないのだけど...あたしの場合、振込用紙が届くとむやみに振り込んでしまって、納入超過になってしまうのだけども。
とりあえず、書類を送ってもらうことにした。

で、15時過ぎ、まずは仙台駅に向かう...いつも利用している平和交通なので、安心して乗れる。
仙台駅からリムジンバスに乗って仙台空港へ、40分。
すぅ〜っかり、寝てしまった。
ぐだぐだぁ〜ん、でろでろぉ〜ん、である。
ボケタ頭でバスを降り、煙草を一服。
すると、係員が見たことのある傘を持って降りてきた...あたしが忘れたものだ!
煙草を吸っていて、よかった、のか、も。

出発まで、後、1時間以上ある。
面倒な手荷物検査を済ませて、生ビールでも飲もうかな。
こりゃ、飛行機に乗ってからも絶対に寝るな。

問題は、明日、11/21だ。
火曜日だから、非常勤の日。
うーん、午前中は倒れていることだろう。
昼前に復活できるか、それが問題だ、な。

この間、仙台に居た。

11/16(木)
また、夜中に作業、気がついたら診療時刻終了間近、慌ててタクシーをぶっ飛ばした、が、担当医は帰った直後。とりあえず、薬だけ出してもらった。まずいな。
昼飯は蕎麦。久しぶりに納豆蕎麦大盛りを食す。その後、床屋に出かけ、顎髭は残した。
パッキングしているうちに、あっという間に出発時刻の1時間前。余裕で出たつもりが、渋滞。
これではタクシーとはいえぶっ飛ばせない。
始めて、Webチェックイン(正確にはケータイからだが)をする。
幸か不幸か、使用機到着遅れで、十分に間に合ったが、その分、仙台に着くのが遅くなった。
空港の玄関で、上着の類いを忘れてきたことに気付く。気温の見積もりが甘かった。
さみぃ〜
それなりに疲れたので、店に食事にいく元気もなく、コンビニサラダにおにぎりを食す。
改めて、夜中にサーバどもの稼働状態の確認作業はしたのだが...はて、2台のサーバどもが動いていない、大丈夫か?

11/17(金)
作業停電の日だった。
珍しく7:00に起きたのだが、儀式喫煙で、サーバの稼働状況(ちゃんと停止するか)を確認しないまま、実家に向かう。
自分の設定とタイマーを信じて...
ひたすら買い物とメシの1日。
まず、午前中、自分のジャケットを買った。在仙中はこれで大丈夫。
母親は、デパ地下で買い物したいとのご希望。両親を車に乗せてあたしが運転、13時過ぎに出かけた。とはいえ、出かけたのが午後だったため、母親の方は既に動き難くなっていた。
ホテルに戻ってから、それなりに疲れたので、マッサージを頼んだ。不覚にも寝てしまった。
夜中にテレビを見ながら、焼酎を2合ほど飲んでしまう。
やばいなぁ。明日は、教授学習過程研究会なのに。

11/18(土)
やはり、疲れと飲み過ぎで気がついたら12時を過ぎていた。
いろいろと諦めて、儀式喫煙をしてコーヒーを飲む。
適当にコンピュータを使って作業をしているうちに、フロントから電話。
慌てて部屋を出る。
研究会は15時からだったから、それなりに間に合う。
なかなか、ミョーな結果が発表されて、面白かった。
その後、懇親会。二次会まで付き合う。
ホテルに戻ってからも寝つけず、テレビを見ていたが、そのうちにそのまま寝てしまったようだ。

11/19(日)
だるい。
10時過ぎに起きる。とりあえず、適当にしたくして、実家に向かう。
今日は、13年ぶりに家族再会(再開かも)の日になる、はずだ。
さらに、甥っ子どもが2人来る。
はて、どんなことになるのか...
誰の遺伝子なのか、2人ともでかい。兄貴は小学五年で143cm、先日、某厚生病院に見舞いに行き、中学生を演じてくれた子だ。あたしが小学4年の時に141cmだったから(小学一年の時に120cm、その後1年で平均7cmずつ伸び、小学6年の卒業直前には、172cmになっていた)、そこそこでかい方だろう。小学2年の弟はそれに輪をかけてでかい...さすがに兄貴にはかなわないけど。
2人とも足がでかいから、でかくなるだろうな...って、犬か。
恥ずかしいのか、2人はじゃれあってうるさい。特に弟は妹(母親)にべったりである。
伯父さんは、途中で、弟を「墓場探検」に連れ出した。
かつてのあたしの遊び場だ。甥っ子どもの母親、つまり、あたしの妹の遊び場でもあった。
それなりに話をすると、神妙に話を聞いているし、それなりに質問もしてくる。
1人だからなのか、「墓場探検」が怖かったのか、定かではない。
兄貴には、電卓の遊び方を教えた。何だか知らないが、「エラー」表示を出すことを目的にしてガチャガチャやっていた。
...何だか知らないが、やたらとミョーなことを教える親戚の伯父さんの役割を演じた訳だな。
あたしの母親、つまり、ばあちゃんは、どこから見つけたのか、あたしが小学生の時に遊んでいたメンコ(当時は、パッタと呼んでいた)を取り出してきた。
予想に反して、いや、そのように予想する方が無茶だったのか、遊び方を知らない。
ただ、やみくもにたたきつける、終いには飛ばして遊んでいた。
「欲しければ持っていってもいいぞ」と言っても、興味なし。
代わりに、妹がかつて買った「羊のぬいぐるみ」を持っていった。
どうも、弟の方が抱いて寝るらしい。
もうちびつと成長したら、伯父さんがいろいろと悪いことを教えてあげるよん。うひひ。
この間、あたしの母親は、それなりに口を出していた...口うるさい近所のババアである。
父親の方は、始終ニコニコとしていて、それなりに楽しかったのだろうし、嬉しかったのだろう。
これが、治療の励みになれば一石二鳥にも三鳥にもなる。
昼飯は、イクラ弁当をみんなで食す。
...夕方、余った1つをあたしが食すことになってしまった。
18時過ぎには実家を辞し、買い物に行く。
ホテルに着いてからは、マッサージを頼んだ。不覚にも寝てしまった。
で、夜中に起きる。適当に仕事をして、改めて寝に入る。

11/20(月)
これを書いている。
目覚ましが鳴る前、6:00過ぎには起きていた。
溜まっていたメールを整理し...学生さんから送られたメールがスパムメールに入っていたり...サーバの様子を確認したり...バックアップがまだ完全にできていないサーバがある...そして、当然のように儀式喫煙にコーヒー。
朝食は、妹が持ってきてくれたバナナ3本とコンビニで購入したキノコ汁、ミカン。
さて、そろそろ、出発の準備をするか。
今日は、午前中、区役所に出かけて非課税証明書を取ってこなければならない。
郵便局で振り込みもある。
午後は、適当に実家の用事を片づけて、夕方、空港に向かう、はず。

どうに、どよどよぉ〜ん、である。
11/7も11/14も、非常勤に遅刻だ。もっとも、14日の場合は、午前中、余裕で資料を作ってノンビリしていたら、ミスを見つけて直しているうちに時間が来たので、タクシーをぶっ飛ばしたのだが、7日はまたギリギリに起きてタクシーをぶっ飛ばした。14日は余裕で間に合ったけれども、なんとも。
11/16〜21の間、また仙台に行く予定である。どうやら、そのことが気になっているらしい。
疲れるだろう、親父を説教しなければならない、買い物などをしなければならない...等々。
1週間以上前から気が重くなってどうする状態だ。

で、水曜は、11/8も11/15も、疲れて倒れていた。
特に、15日は会議の日、目覚ましの音に気付かなかった。
気付いたら、会議は終わっていた。
とにかく、できることをするべし。
某学会の会員情報管理データベースと、学会誌2次情報データベースを作った。
...理屈では上手くできるはずなのに、当然、タイプミスなんぞがあって、結構、時間をとってしまうのだな〜
木曜金曜の授業はそれなりにこなし、週末は先の2つのデータベースに、Webページからアクセスできるようにする仕上げをした。
ここで、また、睡眠のリズムが狂う。
夜中に夕食をとることになるし、喫煙量も増えた。
おかげで、拡張期血圧が90台。やばいな。
起きると、だるい。寝過ぎ、寝不足、というだけでもないようだ。
収縮期血圧が110台の事もあるのだな。
11/15は、11/17の作業停電備えて、各種サーバをリモート操作して、起動時刻と終了時刻を設定した。つまり、停電の直前に自動的にシャットダウンし、停電が回復したら自動的に起動するように目論んだのだな...のちに、この設定を解除し忘れたサーバが1台あって、ちびつとこまつた。
ちなみに、この設定作業、11/15の3時くらいまでかかる。で、その後で寝て、10時くらいに一応起きたのだが、どうにもだるく、眠剤が切れていないような状態。二度寝した、ら、次ぎに気付いたときには窓の外が暗かった。
うーん、11/16からの仙台が思いやられる。
ちゃんと、起きて、ちゃんと、眠れるのだろうか...

また、バタバタ、どたどた、どよよぉ〜ん、だらだらぁ〜ん、でろでろぉ〜ん、で始まった。
起きたのは、15時過ぎ。
眠在と抗ヒスタミン剤が効き過ぎている、かも。

今日は、職場の基幹サーバが止まっていた。
その他にも、3台ほどサーバが止まっていた。
あたしのうっかり、かもしれない。
あたしが起きるまで、メールもホームページの閲覧も、できなかったに違いない。
メールが送れないので、サーバ室のコンピュータのディスプレイとキーボードを乗っ取って、直接、メッセージを「書き込んだ」のだが、利用していた人はビックリしただろう。
「サーバの電源が落ちています」というメールは届いていたのだが、それでは、困る。
基幹サーバが止まっているのだ、スイッチ、入れてよ。
で、ビックリしたらしく、何度か、ウインドウを閉じようとしていた。
めげずにメッセージを書き続ける。
漸く、基幹サーバの電源が入った。
はぁ〜

家から出なくとも、これぐらいできてしまうのだから、質が悪い。
ますます家からでなくなる。

で、何故か、アクセス解析してしまう。
10月の統計が出た。
このブログには、5,260アクセスあった。これまでの最高記録だ。
ちなみに、授業で使っているXIOサーバ(だいたい600以下)を遥かに越え、比較的実用的に使われているはずの エシラス サーバ(2,000以下)をも越え、さらには、職場の公式サーバ(学府は3,500以下、学部はさすがに10,000を越える)も危うい勢い。
やはり、mixiのチカラは凄い。
起点のトップは、
- http://blo.gs/ping.php...68
で、相変わらず、強い。
で、mixiだ。
- http://mixi.jp/view_diary.pl...53
- http://mixi.jp/show_friend.pl...47
- http://mixi.jp/view_bbs.pl...7

このブログへのコメントは、あたしの承認が必要だから、なかなかしづらいのだと思うが、見てるだけぇ〜、が、多くなった、ということだろうな。
mixiでは、「うつ」関係が多いのではないか、と、推測している。
プロフィールに堂々と書いているからだ。
幸い、担当医とはうまくいっていると思っているので、関係するコミュニティには参加していないが、検索すればあたしんとこが引っかかるはずだ。

とりあえず、mixiでは、コメントしまくってみた。
だんだんと元気になった、ような、気がする。

さて、明日の授業のOHPを整理してみようか。
明日は遅刻しないようにしなければ。
それと、タクシーをぶっ飛ばすこともないようにしたいものだ。

貧病が身にしみる秋遠隔で孝行するのも金次第かな

...2006年11月5日に書いている。
バタバタ、どたどた、どよよぉ〜ん、だらだらぁ〜ん、でろでろぉ〜ん、の1週間が、また、繰り返された。

10/30は、何をしたのやら、記憶にない。
1日、煙草に明け暮れた、はず。

10/31は、S学院大学の非常勤の授業の日。
気がつくと、15時を回っていた。でがけに、なんとかデータベースにデータを入力せよ、という至上命令がメールで届く。学内からしかアクセスできないページだ。
仕方ないので、ちょっとしたアプリケーションを利用して、研究室のサーバから操作する。
ディスプレイとキーボードを「拝借」するので、特に、キーボードで入力した文字が伝わらない場合があり、とても困る。苦肉の策でローマ字入力する...とても遅い。
入力し終わったら、授業開始まで20分しかなかった。
とりあえず、タクシーを呼んで、ぶっ飛ばす。
とは言え、研究室にOHPシートを置いてきたから、寄り道する破目になる。
20分遅刻した。
学生たちが待っていてくれた。
ごめんね〜

授業を始めてみると、目がよく見えない。
ふらつく。
正直に、調子が悪いことを告白。
話しをしているうちに調子が出てくる。
一応、伝えたいことは話した。

夜、受講生の1人からメールをいただいた。
激励のメール、かな。
こっぱずかしいが、「熱意」が伝わった、ようだ。
でも、教師ならば、当然のことをしただけなのだが...
どうも、それほど体調も悪くないのに、予習で疲れたから休講にしちゃう、センセがいたらしい。
前の週、授業1コマに何千円払っているのか、計算したことがあるか、と、アジったから、その受講生は頭に来たようだ。
そう、どんどん、頭に来なさい。
少なくともあたしは、這ってでも授業には出ていく。
アリシン臭(ビタミンB群が入った栄養ドリンクを飲むと、強ければ汗がニンニク臭くなる)をプンプンさせながら、煙草をガシガシ吸ってでも、とにかく、出て行く。
受講生たちに伝えたいことがあるから。
例え次の日の会議を休んでも...それは、やり過ぎ、だ。

地下鉄に乗ろうとしたところで、父親の担当医から電話がかかってくる。
なんと、11/1に退院できるらしい。
急きょ、妹と退院大作戦を立てる。
父親は、呑気なもので、靴も服も病院にはないのに、1人で大丈夫、と言っているらしい。
とにかく、11/1の午前中、妹に実家に寄り、服と靴を持って病院に行ってもらうことにした。さらに不必要な荷物を持って実家に運んでもらうことにも。
退院は午後だったらしいが、案の定、父親は服と靴のことは忘れていようだった。
さらに、荷物を広げて、荷造りができないでいたようだった。あれもこれも、目に飛び込んで来るのだろうか?
妹がさっさと片づけ、身体1つで家に戻れるようにしてくれたらしい。
ありがとう。
あたしは、自宅待機...単なる昨日の疲れ、とも言う。

11/2は、本務の授業。
ほとんど、学生頼みの演習。
ゲストも来てくれた。司会までやってくれた。
とてもとても助かった。
ありがとう。

しかし、悪いことに気付く。
11/2は、通院の日だった、のだが、気付いたら既に診療時間は終了、授業開始30分前。
昨年末の悪夢がよみがえる。
とりあえず、タクシーをぶっ飛ばす。
家に戻ってから、SSRIを探し出す。
とりあえず、3日分はあった。
記憶では...病院のパンフレットは見つけられず、土曜日の午前中が診療していたか定かでない。
もし、11/4に1週間分だけでも薬がもらえれば、ラッキーだ。
問題は、11/3にちゃんと眠れるか、つまり、11/4の午前中、ちゃんと病院に行けるか、だ。

11/2は、眠剤と抗ヒスタミン剤の力を借りてとりあえず寝てみる。
久々に、心臓をつかまれるような感覚に襲われる。
なんだか、ね〜
これでは、プラセボではないか。
医者に確認してもらおうかな。にせ薬をもらって、体調が悪化するかどうか...
11/3は、眠剤を倍にして服用した。
幸い、11/4は、午前中、通院できた。
担当医がいないので、診察が必要になるかもしれないのだが、待合室で不覚にも居眠りしてしまう。まだ眠剤が切れていないのかもしれない。
で、無事、薬を出してもらった。
これだけで、安心。
やはり、プラセボか...

11/4は、妹が次男を連れて両親の家を訪ねる日。
次男は小学2年生。身体が大きい。やんちゃで、落ち着きがない。
はて、父母はどう対処するのか?
それにしても、よくまぁ、関係修復できたものだ。
11/1に無事に退院した父親は、相変わらず、薬をなかなか飲まないらしいが。
とにかく、妹と2人で、薬飲め説得作戦を実行しなければならない。

11/5は、家捜し。正確には、11/4の午後から続いている。
学会のホームページを作成する、関係するデータベースを構築する、さらに、そのデータベースに対してWebページを介してアクセスするようにする、ために、あたしの作業に対して対価を払ってくれるように理事会に事務局が提案してくださった。
作業のために、中古マシンを購入したのだが...その領収書が見つからない。
とても、とても、とおぉっても、がっくり。
大事なもの、だから、しっかりとしまい込んだはずだ。
はて、どこだろう。しまい込んだことが徒になった。
代わりに未開封の手紙ばかり出てくる。

また、眠れなくなる。
自信を無くすことだろう。

...2006年11月5日に書いている。
8月は、8日が最後だ。次が始まったのは、既に9月も終わろうとしている28日だった。
この間、某K本大学で集中講義、さらに、9月には広島大学からN野先生をお迎えして集中講義をしていただいた。
これらが、かなり、負担になった、と、思う。
まずは、上旬から中旬は、某K大学での集中講義で頭がいっぱい。

○某K本大学での集中講義
8/20〜23の4日間だった。
博物館学芸員の資格のための、必修の、科目だ。
必修の科目を担当する場合、かなり気を使う。
もしも落ちた(単位を取得できない)場合、その年に資格が取得できず再履修しなければならない、か、そもそもその資格を諦めるしか、ない。
資格に関わらなくとも必修科目には気を使う。
これは、某S学院大学での非常勤の場合も同様。
で、「ものさし」を沢山用意し、ちょっとやそっとでは「落ちない」ように工夫する。
その一つが、XIOの利用だ。
「視聴覚教育メディア論」だし、メディアの使い方だって、実習してもいいはずだ。
記憶が正しければ、博物館学芸員の資格のための「視聴覚教育メディア論」では、実習が必要だったはずだ...変った、かな...
いずれにしても、一石二鳥を狙う。
ところで、6月24日(土)・25日(日)の JAPTL の年会、懇親会の時、先輩のMさんに質問した時のこと、この集中講義に出たい、とおっしゃっていた。
それが、実現した。
ならばっ、と、こちらも事前に「教材研究」に出かけた。
勿論、K本市立博物館に、だ。
ホームページを見る限り、なかなか、面白そうだった、ので、事務との打合せを兼ねて、8/10にK本に出かける。
当該の博物館は...どうやら、日本教育心理学会がK本大学で開かれたときに、来たときがあるような、気がした。

なかなか面白い*。
まず、直立しているティラノザウルス。ゴジラ、か...
そして、「利用される鉱物」の陳列。何に使われるのか、さっぱりわからない。
などなど...
やはり、単なる羅列、だ。
タダ並べておけば、そして、それを見さえすれば、自動的に、学習が進む、という学習観は、いったい、誰が流布させたのだろう?
とてもよい「教材(厳密には素材だな)研究」になった。

ちなみに、某S賀の博物館では、入ってすぐ、「化石のでき方」に関するパネルが2枚あった。
どうやら、「化石のでき方」には2種類あるらしく、とても参考になった。
で、期待を込めて陳列棚を見ると、「貝化石」の羅列だった。
どうせなら、それぞれのパネルに対応させて、意図的に並べるべきだろう。
暴れたくなったのだが、「タダ」だったので許してやった。
学芸員は大変だ。

20日は午前中に移動、昼前に到着。
実は、「教材研究」に来た10日は、事務の方に、授業で使う教室と「同じ作り」の教室を見せてもらった、の、だが、な、なんと、当日、利用する教室のAV機器の操作卓が、10日に見たものとは全く異なっていた。
どんな属性に着目しているのだろう。これらを同じと判断するなんて。

念のため、OHPを1台、他の荷物と一緒に、Q大から送っておいた。
やはり、450W位の出力がないと、この教室では暗い。
もう1台は仕方ないので、K本大学の備品を使う。250Wなので、ちょっと暗い。
プロジェクターは備え付け、かなり高機能だ。
問題は、外部入力、である。コンピュータの画像情報はちゃんとプロジェクターに出ているのだが、音声信号がスピーカーに流れない。
あらま。
結局、マイクを2台、コンピュータのスピーカーの上に置いて誤魔化したけど、効果は半減だ。

そして、問題は、さすがに元国立大学、非常勤講師控え室が、ない**。
初日は「小会議室」を手配してもらえた、が、2日目からは会議が入っているとのことで、全く利用できない。
そもそも、あたしの授業では、休憩時間10分は短い。前の時間のOHPシートをまとめ直し、次の時間に使うOHPシートや画像などを揃えていると、すぐに10分は過ぎてしまう。
例え、非常勤講師控え室があったとしても、立ちっ放しには変わりない。
...だったら、いらないだろって、それは、違う、な。

さらに、さらに、その教室には、教師用の椅子が一つもなかった。
さすがに、2日目に訴えて、パイプ椅子を用意してもらった。
...パイプ椅子でいいから、と言ったら、ホントに、パイプ椅子だけを持ってきた、けど。

ちなみに、集中講義の初日はわざと日曜日にした。
...わざと、というよりは、仕方なく、だな。某所でコメンテーターをしなければならなかった。それにしても、インターネットやコンピュータ絡みだと、なんであたしが出て行かなければならないのだろうかね〜、それも、事前の相談もなしに、もう決まっていたのだから、困っちまう。

日曜日なのに、事務がちゃんと出てきてくれた、が、1時間で帰ってしまった。
Q大なら、絶対に出てこないから、1時間でも出てきてくれたことに感謝しなければなるまい。
初日から、とても、疲れた。
1日に、最低でも20000歩は歩いていた。
久しぶりに、眠剤なしでも眠れた。
3日目には、マッサージを頼んだ。
そうそう、腰椎ベルトをして授業に臨んだのだが、さすがにそれでも腰が痛くなった。
さらに悪いことに、締め過ぎて、かぶれてしまった、し。

さて、Mさんだ。
一番前は遠慮されたようで、階段教室、向かって右の前から3列目にいらっしゃる。
ちらちら見ていると、な、なんと、ノートまでとっていらっしゃる。
何が面白いのだろう、でも、面白かったそうだ。
「あたし流」の授業は、いわば、舞台だ。
正直、Mさんが喜んでくださるように、やっちまった。

Mさんは凄い。
その時間ごとに、コメントをくださる。
そして、「学生の言い分」を伝えてくれる。
OHPシートの「表現上の問題点」をしてくしてくれる。
勿論、言うまでもなく、そうとう、かなり、ものすごく、的確だ。
あり難い!
昼食、夕食もできるだけ、ご一緒していただいた。
授業に関係する話題、研究に関する話題、とてもとても貴重な話が聞けた。
Mさんを独り占めである。
あぁ、あり難い!

多分、あたし1人でやっていたなら、3日目位で、めげていたことだろう。
またMさんと話しをしたい、Mさんに話を聞いてもらいたい、もっとコメントをもらいたい、そのためだけに授業していた、と、言っても、過言ではない。
結局、それが、受講生のためにもなるのである。
楽しいなぁ!
いつも、授業は楽しい。この時は、普段の数十倍も楽しかった。
この先、こんな経験はそんなにないだろう。
あたしだけのための授業研究が(正確にはもうちょっと少ない回数だが、書類上は)15回もできたのだから。

来年は、積極的にMさんを招待しちゃおーかな〜

勿論、もどってから2日間、倒れていたけど。

そーいえば、28日(土)は、志の輔*の「志の輔こらぼ 能楽どーや」を観に横浜に行く予定であった。
そして、今日、29日(日)は、明治座秋の落語まつり「風間杜夫の平成名人会」に行って、志の輔*を観るはずであった。
志の輔三昧な週末になる、はず、だった。

バタバタ、どたどた、どよよぉ〜ん、だらだらぁ〜ん、でろでろぉ〜ん、の1週間、それどころではなくなっていた。
キョーレツに疲れている。
チケット代...
貧病が進む。
来週末は、また、仙台、かな。
そして、貧病が進む。

父親の入院の絡みで、いくつか、写真を撮った。
既に、何枚か載せていたが、追加で、掲載する。

儀式について
儀式について

儀式に使われる「ヒビなんとか」
ヒビなんとか


賑やかなタクシー
賑やかなタクシー1

賑やかなタクシー2

賑やかなタクシー3

気がついたら、おやつの時間に近かった。
何しろ、寝たのが今朝だ。
儀式をしながら、ブログのまとめ書きをする。
バタバタ、どたどた、どよよぉ〜ん、だらだらぁ〜ん、でろでろぉ〜ん、の1週間、のまとめ。

今から、何年前だろう。
上の甥っ子が既に小学5年生、下の甥っ子は小学2年だから、11年以上前にはなるな。
福岡に来て10年だから、15年くらい前か。海馬の萎縮した今となっては、記憶の彼方である。
母親から電話が来て、妹がその日の朝、突然、いなくなっていた、と、いう。
付き合っていた「彼」がいたから、二三日様子を見ていたが、戻る気配がない。
アルバイトから始めて漸く正社員になった職場に連絡してみても、無断欠勤しているという。
妹名義の預金もすっからかん。
さらに、住民票が移されていたらしい。
あたしは、テレビドラマを見ているように思ったものだ。

「彼」は、在日、である。
当時、さらに、日本国籍がなかった。
この騒動で、あたしは、父親の強烈な「偏見」を知ることになった。
曰く「あいつらは、嘘つきだ」
父親は障碍者手帳を持っている。昭和1桁生まれだ。
先の大戦時には、自身、どんな差別を受けたのか、あたしは知らない。父親も語らない。
...そもそも、15歳で丁稚奉公に出てきて、どんな悲惨な状況だったのか、も語らない。
当時の考え方に照せば、あの人の「赤子」として生を受け、その五体に自ら傷を付けた訳だから、どんなに酷かったろう、と、想像はできる。さらに、侵略した先の国々の人々に対して、どのような考え方が植え付けられたのか、これも想像するしかない。
先の発言の「あいつら」の中には、隣国の人々が全て含まれている。

頑固な母親は、「彼」のいい加減さが気に入らない。どんな事情か知らないけれども、定職に就けないでいた。恐らくは、「国籍」が問題になることがあったのだろうし、「偏見」と「差別」もあったのだろうと思う。しかし、そんな事情は、母親にはどうでも良かったのだ、な。結婚するなら、職につけ、だ。
さらに火に油を注いだのが、「彼」の両親との会見だったらしい。
「彼」の両親とは、あたし自身、まだ、会ったことはない。
おおらかな人たち、なのかもしれない。
だが、頑固できっちりしている母親にとっては、多分、それが気に入らなかったのだろう。

とにもかくにも、「彼」との結婚には、両親とも絶対反対、だったはずだ。

そして、妹は駆け落ちした、訳だ。
あたし自身、両親の心情はそれなりに理解できたから、そして、やはり、結婚するなら定収入が必要だと考えていたから...古いか?...2人の結婚にはあまり積極的ではなかった。
何より、「彼」が日本国籍を取得し、定職付くことが、先だと考えていた。

若い夫婦は、それでも、自分たちで何とかしようと、職を求めて仙台から首都圏に移ったり、また仙台に戻ってきたり、それなりにがんばっていたことと思う、いや、思いたい。妹もパートで働くようになったようだし。
あるとき、妹から連絡が来た。手紙だったか、メールだったか、電話だったか、海馬の萎縮した今となっては、記憶の彼方である、が。

このとき、やはり、まだ、両親の心情を優先的に考えるあたしがいた。
それでも、遺伝子を共有している、この世で唯一の2人しかいない兄妹であるから、少なくとも、妹の味方にはならなくてはいけない、とは、思うようになっていた。
携帯電話のメールが時々届いた。
甥っ子の話、もう1人子どもが産まれた話、パートの仕事の話、なんとか両親に詫びを入れられないか...
「彼」が日本国籍を取得し、漸く結婚できたこと...

一度、仙台空港で、妹一家と会ったことがある。「彼」とはその時が初対面。
できるだけ、中立的に、それまでに会ったことがある、長男の甥っ子と話をすることを中心に。
...甥っ子は2人とも、興奮しまくっていた。長男は賢くて優しくて、次男はやんちゃで負けん気が強くて、まだ甘えん坊さん。
あたしは、2人の子どもをここまで育てた妹に、とても感動していた。
「彼」は、あたしに、あたしの両親の影を見たのかもしれない、とてもキンチョーしていた。

ところで、授業は、学習者の持っている土着の知識・信念体系との対決でもある。
そのための戦略は、時として、説得に近いものがあるな、と、考えていた時期だった。
ならば、あたしの両親の信念体系と対決し、説得するのは、あたしにしかできないのだろう。
両親説得大作戦を開始することにした。
ドヒャーで進めては、絶対に反発が来るはずだから、ジワジワ、攻めることにした。
まずは、実子よりもかわいい孫をダシに使う作戦に出た。
が、最後の仕上げで失敗した。
やはり、「彼」と「彼の両親」の遺伝子を持っていること、が、最大の「壁」なのだろう、と、推測した。孫の影に「彼」「彼の両親」が見えてしまうのだろう。
一からやり直しだ。
ならば、せめて、自分たちの遺伝子を持っている妹だけでも、なんとかすればいいのだ。
目標を変えた。

手紙作戦は失敗した。何しろ、現金書留に入れたため、手紙の存在に気付かなかった。
仙台から帰るとき、遠いところのあたしより、もっともっと近いところに、自分たちの子どもがいるのだよ〜と、一言、言い残す作成は続けた。

最大の転機は、そして、作戦決行の最大のチャンスは、何と言っても、10/18の父親の入院だ。
2004年の時も、似たような状況ではあったのだが、あたし自身の体調が最悪*で、父親の事しか考えられなかった。容量限界に近い状態。2週間に1回、半年に渡って、仙台に通い続けた。よく身体(頭も身体のうち)が持ったものだと、今でも、我ながら感心する。
で、今回も、実は、本当に最悪の時、だった。
自分自身のことでさえ、思うに任せない。
義理の妹に、入院手続きまでしてもらった。
とにかく、作戦は、失敗して元々、ドヒャーで進めることにした。
あたしが、両親に説教するのである。
移動中、説教の内容をあれこれ考えていた。考えているうちに、気が重くなる。

10/19に仙台入りし、翌20日、戦略的にドヒャーとなるが、妹をCCUに連れて行ったことは既に書いている。
思いの外、父親の反応は良かった、と、思う。
入院2日目の混乱に乗じた作戦で、卑怯かもしれないけど、悪魔の手を借りた。
20日の夕方、パーキンソン病で身体が動かなくなっている母親には、語気を強めて、なんで他人の娘(つまり義理の妹)に手を借りなければならない、実の娘がいるだろう、と、ドヒャーで攻めた。
これまた、身体が思うに任せない状態に乗じた作戦で、卑怯かもしれないけど、悪魔の手を借りた。
翌21日は、母親の方から、子どもなんか連れてくるなよ、と釘を刺された。実子はいいが、他人の遺伝子を持っている甥っ子は生理的に受け付けない、といった、状態だ、な。
デパ地下に買い物に行く前、以前送っておいた現金書留を母親が出してきて、中を確認し、手紙の存在に気付いたようだった...あたしは書類の整理に夢中になっていて、母親が何やら黙ってしまったことだけに気付いただけだったのだが...
突然、どうもすみませんでした、ごめんなさい、と、母親は両手をついて深々とお辞儀をしていた。
この、突然の行動の意味が判らず、あたしは混乱したが、先に失敗したと思っていた手紙作戦が成功したことに漸く気付いた。ムダではなかったのだな。
...実際のところ、何を書いたのか、手書きだったし、海馬の萎縮した今となっては、記憶の彼方である、が。
22日は、ちょうど、あたしが母親と一緒にいるときに、S市にいる伯母さん、母親の姉様、から電話があった。
この伯母さんを味方につけないのは損だ。作戦が有利に進むはずだ。
強引に電話を代わってもらい、無沙汰の挨拶、今回の状況の説明、妹の事情の説明、さらには、妹の件で母親を説得してくれ、と頼んで、改めて母親に電話を代わった。
さすがに、実の姉様からの言葉は重かったのだろう。
こちらに戻ってから、妹からメールが届いて、なんと、母親から妹に電話があったとのこと。
あぁ〜、よかったぁ〜
大前進、壁はまだ残ってはいるが。

で、28日、今日、だ。
妹と伯母さんには、芋焼酎**を送っておいた。お礼だ。そろそろ、届く頃だ。
さらに、土曜日なので、妹は仕事が休み、一般病棟という空間ではあるが、久しぶりに親子3人の対面、になるはず。
バタバタ、どたどた、どよよぉ〜ん、だらだらぁ〜ん、でろでろぉ〜ん、の1週間の疲れと落ち込みで、あたしは、さらに、どよよぉ〜ん、と、していた。
ひたすら、妹からの連絡、母親からの連絡を待っていた。
来ない、ので、ある。
夕方、東郵便局まで配達証明付きの郵便を取りに出かけ、いつもの居酒屋で1杯ひっかけ、さらに、妹と伯母さんに送ったのと同じ芋焼酎を購入して、フラフラと家に着いたのが、20時過ぎ。
ちょうどその時、S市の伯母さんから電話があった。
まずは、芋焼酎、とても気に入ってくれたようだ。よかった。
そして、今日28日の顛末を聞いた。
どうやら、大成功だったようだ。
だったら、早く、誰か、直接あたしに連絡してくれ〜
喫煙量が一気に増えた。

芋焼酎をストレートでちびちびやりながら、録画しておいたドラマを見ていると、22時過ぎに妹からメールが届く。

うん、そのこと教えてくれるの、おそかったかも。でも車椅子 で移動したよ。メールが届いたとき、ちょうど病室にいた時間、トーチャンの他に一人患者さん。三人ででかい声で盛り上がってしまいカーテンしめられた。退院はまだみたい。もし、実家に連絡がきたときには土曜日にしてもらいたいということを伝えるからーと、母ちゃん。
いろいろとご迷惑をかけてしまいました。おかげで仲直り出来ました。ありがとね。
帰ってから電話で孫達とはなししたよ。『みのるちゃん、と、いさむちゃん』で呼んでほしいんだと。
友達だあ。

え゜っ、孫と話しまでしたの!?
なんじゃい。あたしが数年かけて用意してきた作戦、どうなるんだよぉ〜
孫との対面は、もっと後からのはずだったのにぃ〜
壁は、思いっきり崩れたのかもしれない。
そういうのは、一気に進むのか。そもそも、ドヒャーで攻めたからな。知識構造のくみかえは一気に進んでしまったのだな。そういうことにしておこう。

久しぶりに、ほっとしたし、泣きそうになった...プロジェクトXを見ているときのように。
芋焼酎が胃にしみた。

またまた、昼過ぎに起きる。
儀式をしていたら、いつの間にか、授業開始の40分前になる。
さすがに、出ていけるかどうか、自信がなかった。
煙草を10本ほどふかして、また、タクシーをぶっ飛ばして出かける。
また、眼鏡と時計を忘れていった。もちろん、ヒゲは剃っていない。

講義室に行って見ると、学生がすくなぁ〜い。
ので、「ひとみしり」の研究の仕方、について、話をした。
ついでに、発問論、ペットボトルロケット、瀬戸大橋の話に進んで、説明の説明に入ろうか、というところで、時間になる。
まぁまぁ、だな。

次の演習は、演習開始時刻前から、学生たちが作業を進めていた。
もう、こうなったら、開始も終了もない。
そう、こういうのを自学自習と言うのでしょうね。
あたしは、フラフラしながら、間違っている学生をからかって...いるように見せて、実は凄いことをやっているのだけれども、誰もまだわかっていない、ようなので、書いてみる。

この演習は、あたしが作った自学自習用テキストを使うコースと、Aさんとあたしが作った自学自習用テキストを使うコースの2つが同時並行して進められている。
どちらのテキストも、基本的には、プログラム学習の原則に則って作られている。

ただし、特に、あたしが作ったHyperCardの演習テキストは、課題とその配列に、それなりの工夫があって、必ず「先生」に聞かなければ進められないようになっている。
いわば「落とし穴」が掘ってあるのだな。

1人、ちょうど、首まで入り込んでいる学生がいたので、ちょっかいを出してみた。
「こことここの太さが違っているように見えない?」
と聞くと、やはり、気になっていたようだった。つまり、やり方が間違ってるのである。
気付いていても、どうにもできなくて、とりあえず、残りを進めていたようだ。

終了時刻が迫っていて、TA役の学生たちも、集まって、見ていた。
このような時、その学生に、できるだけ自分の力だけで課題解決させようと、TA役はヒントを出したり、テキストを読み直すように...もちろん、TAにはテキストのどこを読めばよいか、すぐに言えるように「修業」させていた...指示する、のが、普通、なのだが...
実は、誰も誉めてくれないけど、凄いこと、を、実行していたのだな。

あたしは、この学生の知識構造を推測し、テキストに書いてある教示を入替え、発問を新しく作って、新しい学習プログラムを構築していた。
最終的には、あたし自身が、キーボードとマウスを使って、描画を実演し、できあがったものを学生が見たことを確認して、その成果を消去してしまった。
操作を素早く行い、かつ、あたしの手元が見えないように工夫したので、「もう一度やってみようか」と言いつつ、若干ゆっくり操作を繰り返す。
この学生、さすがに、今度はあたしの手元に着目していた...勿論、意地悪なあたしは、微妙にどのキーを押しているのか、わからないようにしたのだけれども。
で、改めて、テキストに戻り、「キーの使い方のまとめが載っていたね」と言いつつ、該当個所を指摘。
すると、しばらく読んでから、キーボードとマウスを動かし、何度か試行錯誤していた。
頃合いをみはからって、課題の図形をあたしが描画して見せる。ものの10秒ほどですべてができ上がっていく、ように、素早く滑らかに操作を進める。
で、もちろん、完成図を学生が見たことを確認して、消しましたよん。

TA達は、この学生と一緒になって、描画方法を考えていた、ようだった。
それでは、いかんのだな〜
まぁ、無理か。
このように、テキストに書かれている範囲で、それを学習者に合わせてその場で再構築し、学習プログラムを組み直す、という「技」、見事にできる人を、あたしは、あたし自身とMidwife Jeimieしか知らない。
残念ながら、まだ、「職人芸」である。だから、「技」といか言い様がない。
これを、教師なら誰にでもできるようにすることが、実は、あたし自身の課題でもあるのだけど、ね。

夕方の打合せは、キャンセルしてもらい、とりあえず、家に帰ったのが、22時近く。
実は、ここ数週間、毎週届くはずの、サーバ管理用メールが、2台の自宅サーバから届かないことに気付いていて、その2台のサーバのログを調べてしまった。
それが、この日の最大の過ち。
要するに、電子メールが届かないのである。スプール領域に大量に溜まっていた。
どうも、電子メールのやり取りにつかわれる25番のポートが、「閉じている」ようなのだな。
職場のサーバも自宅サーバも、基本的な設定は同じ、そういえば、職場のサーバたちからは、毎週ちゃんとメールが届いていた。
と、いうことは、自宅サーバから職場にメールが送られない、ということだ。
で、調べると、職場の外から見ると25番ポートが見事に「閉じて」いた。
職場内では開いている。
うーむ、むむむっ
OP25B(Outbound Port25 Blocking)」というメール送信規制か。
postfixの設定を変え、自宅サーバの1台、このブログを動かしているサーバに関しては、接続しているプロバイダーのメールサーバに転送することで、とりあえず解決した。
問題は、もう1台だ。
この1台は、ノート型。
従って、移動先で困ることになる、かも。
各種サーバの実験用としても利用しているから、メールサーバ機能もちゃんと動いてもらわないと困る。にも関わらず、メールに関して「ふんづまり」状態になってしまったら、実験用として意味がない。

うーむ、むむむっ、むぅ
と、気がつけば夜は白々と既に明け吸殻山に気力埋もれし...

ブログ用自宅サーバにメール転送して責任転嫁し、とりあえず、録画しておいたドラマを見ていたら強烈に眠くなった。
寝たのはいつだ...

昼前に起きる。
儀式が復活、コーヒーを入れて、煙草を5本。
あっという間に、演習開始の30分前。
ヒゲを剃らずに、眼鏡と時計を忘れて、タクシーでぶっ飛ばす。
演習は、あたしとレポーターとの空中戦。
やってはいけない、のは、よくわかっているのだけど、面白いから、ね〜、仕方ない。

もう一つの演習は、講義をした。
比較的よく説明できた、という、自己満足だけが残る。
はて、ピアジェの考える発達、と、発達段階、という言葉の違い、わかって貰えたのだろうか。

夕方は、指導生との打合せ。
ちゃんとした日本語、書いて、ねぇ〜

で、疲れる。

バタバタ、どたどた、どよよぉ〜ん、だらだらぁ〜ん、でろでろぉ〜ん、の1週間だった。

25日(水)は、朝からMidwife Jeimieがけたたましく起こしてくれて、なんとか構想発表会には間に合った。
それにしても、なんで、発表会なのに、書いてあるものを棒読みするのだろう。
事前に配布されているのだから、読み上げても無意味に限りなく近い。
...どたばたがあったから、事前には読んでいなかったけれども、ただ読み上げている間に全体をざっと読むことぐらい簡単にできていまう。
で、一応、質問しました。

発表者は2名だった。
そのうちの1人に対しては、極めて簡単な質問をした。
「中国に大学はいくつあるのか?」
「それらのうち、重点大学はいくつあるのか?」
「それら重点大学の中で、今回取り上げている北京語言大学は、典型例か、例外例か?」
簡単でしょ?
何故か、北京語言大学の事は知っていた。
留学生を積極的に受入れ、かつ、北京語の教育に関して、かなり実験的なことをやっている、らしい、という程度であったけど。
ならば、例外例、特例、の、はずだ。
例外例から調査して結論を導くことも可能だし、典型例から一般性に言及することも可能だ。
ようは、目的がよくわからんかったのだな。
目的・内容・方法は一体化しているものだし、方法と結果だけが「分析しました」の一言で表現されてしまっていたのだから、ますます、わからんかった。
で、答えが「典型例」だったから、「あなたの日本語の使い方は間違っている」と、反射的に言ってしまって、びつくり。会場がしぃ〜んとなってしまって...

昼から天神に出かけて、先週末の移動で壊れた・壊したデジカメの修理を依頼し、DVDレコーダーのカタログ集め。さらに、総合感冒薬等を購入。

そんなこんなで、午後からの教授会には10分遅刻。
席に着くなり、意見を言う。
「なんたらデータベースのインターフェイス」をなんとかして欲しい。
「具体的にどうすればよいのでしょう」と切り返されたので、「 エシラス と比べて欲しい」と自慢してやった。

で、疲れた。
咳は相変わらず、鼻詰まりは、まぁまぁ、かな。
とりあえず、総合感冒薬を服用して、寝る、つもりが、また、目が冴えて来て...

バタバタ、どたどた、どよよぉ〜ん、だらだらぁ〜ん、でろでろぉ〜ん、の1週間だった。

24日(火)は、非常勤の日。授業開始時刻の90分前まで、何もしたくなかった。
儀式が復活し、昼過ぎ、コーヒーを入れ、煙草を5本ほど吸って、とりあえず、シャワーを浴び、ヒゲを剃ることを忘れ、タクシーを飛ばして研究室に寄り道してOHPを用意し、授業開始5分前になんとか到着。
ひたすら話して、「もつ鍋研究会」に向かう。
...あり難いことに、学生たちが質問に来てくれる。で、タクシーで行くことにした。

今回は、名鍋奉行が1人なので、不肖、わたくし、鍋奉行補佐、が、ひと鍋担当することに。
8名で、鍋が14回お代わり、ひと鍋が4人分なので、1人平均7人分食べたことになる。
まぁまぁ、だったかな。
で、まぁ、mixiのオフ会のような状態。
われわれオジサン・オバサンたちは、当然のように、「学問」ねたで酒を飲むのだが、学部1年生達には、とーぜん、「じんじらんなぁ〜い」のでしょう。
何しろ、曲がりなりにも、研究会なんだもんね〜

鍋奉行補佐はまだ修業が足りず、チャンポン玉はちびつと塩っ辛かった。
チャンポン玉を入れるまでのスープの見極めが難しい。

それにしても、アリシンとカプサイシンは偉大だ。
帰りには、鼻詰まり、咳、は、解消。
一応、総合感冒薬を服用して、ひたすら、寝る、つもりが、元気になってしまった。
まずい、眠れなくなってしまった。
明日は、O竹大先生の、博論構想発表会だった。

気がつけば夜は白々と既に明け吸殻山に気力埋もれし

咳しても咳止め飲みてヤニ色の痰を吐きつつ魔王の奴隷

バタバタ、どたどた、どよよぉ〜ん、だらだらぁ〜ん、でろでろぉ〜ん、の1週間だった。

23日(月)に関しては、一部、既に書いた
久々に、風邪、である。
喫煙している所為か、咳がでる。鼻が詰まる。
何より、疲れて、何もしたくない。食欲もない。
とりあえず、じっと、寝ていた。
強制的に去痰するために、甘草・ハーブ・緑茶入りの中南海ライトメンソール8mgを吹かし、ちびつとニコチンを取り入れる。水分を補給し、できるだけ手を洗うようにしていた。
ひたすら、寝る。抗ヒスタミン剤が効いて、疲れもあって、眠る眠る眠る。
スケジュールには「倒れる、はず」と、書いておいたが、それにしても、こんな倒れ方はイヤだ。
結局、24日の午前中で、ダラダラ、していた。

じっと寝ていたが、ニコチン大魔王の甘いささやきに負けて、甘草・ハーブ・緑茶入りの中南海ライトメンソールを吹かしながら、去痰。

mixiにつなぐようになってから、このブログへのアクセス数が急増している。
2006年10月21日04:37の統計によると...

◎閲覧アクセス 2761
(ロボット、ワームを除く)

既に、先月、9月、1ヶ月のアクセス数を超過している。具体的には...

◎2006年月別集計

月訪問者訪問数ページ件数バイト1月51611094512690798.39Mb2月4519204117608299.68Mb3月541113156647268112.05Mb4月579131955207137116.56Mb5月860176853987970158.9Mb6月1177227461048416182.05Mb7月1049192052857488128.73Mb8月979217555467087107.02Mb9月2152364772258579146.38Mb10月2761449470768585100.9Mb11月0000012月00000合計110652075756447755191.22Gb
で、だ。日付別集計を見ると、サーバをメンテナンスしていた10/17を除き、徐々に増えている。
具体的には...

◎日付別集計(部分)

日訪問数ページ件数バイト10月011082613285.89 Mb10月021342893552.90 Mb10月031292894254.97 Mb10月041612993593.30 Mb10月051893304355.48 Mb10月061712543054.30 Mb10月071302292737.31 Mb10月081182092663.99 Mb10月091281642335.59 Mb10月101471962482.84 Mb10月111521952454.12 Mb10月121933113969.50 Mb10月131863514429.80 Mb10月141662292753.44 Mb10月152734235224.10 Mb10月164936647242.79 Mb10月17000010月183104594942.49 Mb10月195668399627.34 Mb10月2060890010168.76 Mb10月211321852821.99 Mb
10/21は、午前4時30分までの集計だから、その後、どうなったのか、来週のお楽しみだ。
それにしても、10/19、20なんぞは、今年の1月〜4月までの、1ヶ月分のアクセス数を1日で出していると言うのは、なんだべな。

次は、どこからこのブログにアクセスしているか。当然、mixiからが多い。具体的には...

◎外部ページからのリンク(検索エンジンを除く他のホームページ) - 全リスト
- http://blo.gs/ping.php 44
- http://mixi.jp/show_friend.pl 31
- http://hibari.edu.kyushu-u.ac.jp/html/UtsuUtsu/ 27
- http://mixi.jp/view_diary.pl 25

mixi.jpから31+25で、pingサーバに匹敵する数だ。
問題は、検索語、だな。
見事に、「薬」「病名」だ。具体的には...

◎検索文字列(キーフレーズ)

156 キーフレーズ検索パーセントベタマック146.60%神経症性うつ病52.30%パキシル錠41.90%催眠剤 マイスリー錠31.40%


◎検索文字列(キーワード)

183 キーワード検索パーセントベタマック145.40%うつ病83.10%アモキサン62.30%神経症性うつ病51.90%うつ病日記41.50%パキシル錠41.50%パキシル31.10%催眠剤 マイスリー錠31.10%

アクセス数が増えているということは、比例してスパムコメント・トラックバックも増えているということだ。うちのサーバでは、ブラックリストに載っているアドレスから届いたコメント・トラックバックは、自動的に拒絶するようにしているのだが...
最近、そう、つい最近、ミョーなコメント・トラックバックがポツポツ来るようになった。
全て、abeee.jpからだ。
この検索で出てきたページによると、特に、http://abeee.jp/galog/で始まっている場合には、要注意、らしい。幸い、あたしのブラウザは大丈夫だが、Windows系は、ダメ、なんでしょうな。
ブラックリストに載っている場合や、架空のURLから届いた場合には自動的に拒絶できるのだけれども、この場合には、実在するブログだけに、普通のコメント・トラックバックとして扱われるので、手動で拒絶しなければならない。
多少は、頭を使うから、いいのかもしれないけど。

風邪は、今朝に比べ、だいぶよくなってきたように思う。
濡れマスク作戦で鼻からの呼吸は楽になった。
多少、頭痛がある、が、我慢できないほどではないから、鎮痛薬は必要ないだろう。

じゃ、テレビ、見よっと。

風邪、ひいた。
10/22、の事は、日付を偽って、後から書く事にしよう。
とにかく、22日の午後は、すさまじく咳が出る、が、これは、喫煙の所為だろう、と、思った。
しかし、22日は、さらに連続くしゃみ、23日起きると鼻詰まり。
熱っぽい...とはいえ、微熱だろう...案の定、36度、低過ぎ。

22日、15時過ぎ、連続的にくしゃみが出た。実家を「かきまぜた」ので、埃か黴のアレルギーだと思った、の、だが、点鼻薬も鼻炎薬も効かない。仙台空港に着いてもくしゃみは止まらず。おまけに、熱っぽい。
とりあえず、手持ちの総合感冒薬を服用。いけないけど、咳止めも一緒に飲んじゃう。

23日は倒れる予定ではあったのだけれども、風邪は予定外。
あー、やだやだ。
今日は、Norah Jonesの日にして、ひたすら寝てよ。

バタバタ、どたどた、どよよぉ〜ん、だらだらぁ〜ん、でろでろぉ〜ん、の1週間だった。

22日(日)
午前中、ゆっくりスタート。この日は妹が孫の1人を連れて見舞いに行くはずだったのだが、待ち合わせて一緒に行くことにした。
久しぶりに見る甥っ子は、ちょっと大人びて、でもやはり小学生。恥ずかしいのと緊張と。
休日なので、例のように守衛さんのところで、別々に書類を書いて提出...妹には書類を書く練習。
...いやらしい教師根性だ、な。
CCUに入っていくと、案の定、一度に2名にしてくれ、との指令が出る。
とりあえず、あたしが出て行くことにした。
...後で聞くと、孫が小学生か中学生か、看護師達の間で問題になったらしいが、中学生だっ、と言えば中学生なのだぁっ、文句あっか。
伯父さんは怖いんだぞぉ〜
10分ほどして2人が出てくる。無事、対面は済んだらしい。
父親の方は、それなりに喜んだのだろう。拒みはしなかったことは確かだ。
妹からは、先に書いた、小学生か中学生か問題しか聞かなかったし。
CCUの外で、今後の打合せ。できれば、洗濯物を2日に一度取りに来てもらい、洗濯して返してくれるように頼んだ。基本的に下着だけでよい。
ただ、洗剤が問題だ。父親は極めて弱い肌を持っていて...弱い肌になったのか?...合成洗剤で洗った着物を受け付けない。
とりあえず、洗剤は後で送ることにし、また、メールで連絡することにして、別れる。タクシーチケットを渡した。日曜日だし、せっかく妹自身が育った場所に近いところに来たのだ、子どもに自分の育ったところ、小学校、中学校、なんかを見せるのもいいだろう。
その後、あたしがCCUに入っていくと、父親は寝ながらテレビを見ていた。
一応、起き上がって、話をする体制を作る。無理しなくてもいいのだが、そこはそれ、寝たままの姿を見せたくはないのだろう。
あたしは、帰っていくが、可能ならば、また来ること、洗濯物は妹が届けることなどを伝え、10分ほどで病院を後にする。
昼前に実家に着き、母親と昼食を共にし、午後は買い物と除湿剤の取換え...風通しが悪い上に、父親の荷物の所為で窓が開けられず、湿気がこもっている...灯油をできるだけ多くのストーブ用のタンクにポリタンクから移した。
母親は、栗ご飯を作ってくれていた。折角なので、おにぎりを作って持って帰る事にした。
で、あっという間に時間が過ぎて、空港に向かう。途中、仙台駅の郵便局で、妹に洗剤を送る。
そう、除湿剤を取換えている時からくしゃみが連続しはじめ、空港に向かう頃には、微熱があったように思う。仙台駅前から仙台空港に向かうシャトルバスの中ではすっかり寝てしまった。
到着したのがわからないくらいだった。疲れたのだろう、ね。
とりあえず、手持ちの総合感冒薬を服用。
適当に土産を買って、さっさと手荷物検査を済ませ、搭乗口付近で生ビールを飲む。うまいっ。
飲みながら、を作る。
飛行機の中でもを作る。

この日は、昼間も、病院から出てから、買い物のあい間、煙草を吸っていた。
空港に到着して、また、一服。
タクシーですぐに家に戻る、22時近かった。
握り飯を食しながら、録画していたドラマを見るが、既に眠くて...
念のため、総合感冒薬を服用してとりあえず、寝る。

意に沿わぬ身体も動かぬもどかしさ憎らしくとも頼らざる得じ
妹の話をすれば押し黙る怒りの目こそ哀しかりけり
積もりたる父の机の書類には孫の写真の埋もれたるあり
四分の三の遺伝子持つ子ゆえ笑顔の写真も無視したる母
緊張をメイクでおほひ妹は機会失ひカーテンの陰
積年の恨みを込めた目ではなく狐狸に出会いし如き父
病室で賢き孫はすんなりと椅子に座りて大人しく聞く
見舞いたる女性は誰ぞ知りつつもとぼけたる父敢えて問ふ母
姉からの電話でしぶしぶ孫認め妹認める母ぞ哀しき
策士とは詐欺師に似たり父母と妹甥を騙しつる吾

さすがに疲れた。9:30までグズグズ、mixiにコメントを書いたり、メッセージを送ったり。
部屋の掃除が始まるギリギリ、10:00ちょっと前に部屋を出る。
いくつか、病院から渡された書類などを近くのコンビニでコピーし、自宅へ向かう。
今日は、母の買い物に付き合う。
いわゆる「デパ地下」に行き、食材(ギンタラの切り身、ブリの切り身、スジコの塩漬け)、総菜(ハム、佃煮、漬物、コロッケ...)、パン(5枚切り食パン2斤、昔ながらの「へそ」のあるあんパンが好きらしく5つも購入していた)を購入。ついでに靴下をいっぱい買う。
40000円位使ったかな。ま、偶にしかできないことだから、いいのだ。
自由に移動できないから、ここぞとばかりに、購入する。靴下何ぞ、色違いで3つずつ買っていた。

午後、検査が終わった頃を見計らって、病院へ。
今日は、休日なので、夜間で入り口を通り、守衛さんの所で書類を書き、何やら許可証というのをもらって首から下げる。
母親を車いすに乗せ、CCUへ。
インターフォンで、「車いすで入ってもいいか?」と尋ねると、「ちょっと待て」と言う。何やら協議の結果、そのまま入っていい事になった。あの儀式はしていない。うひひ。
ここ数週間の事を振り返り、足がむくんでいた事、顔もむくんでいた事、等、母親が話す。
父親は、けろっとして「むくみは治った」と言う。「それは、薬をちゃんと飲んでいるからだ」と母親。あたしは、ニヤニヤしながら、車いすの後ろに控えて、会話を聞いていた。
それにしても、「昨日尋ねてきたのは、誰だ?」には、ちびつと、びつくり。
ボケたか...本当に誰だかわからなかったのか...
証拠の写真がある。孫が写っているのだ。
母親「誰が来たの?」
父親「うーん」
これをしばらく繰り返していた。
それはそれで楽しいのだが、一応、いい加減なところで、「お2人の娘さんが来たのです!」と、最後にあたしが締めた。
作戦失敗か...

洗濯物を持ち帰り、10分程度で退出。
母親も、父親も、とりあえずは、お互いの顔が見られて、よかったのだ、と、思いたい。
家に戻り、カーテンを直し、夕食は昨日同様、母親と一緒に食す。
夜食に、ゆで卵と、デパ地下で購入したコーンクリームコロッケをもらった。

で。
昨日に続き、煙草4本、缶ビール500ml一本。
このブログを書いている。
リクエストがあったので、昨日のページの追記に、「写真」を載せてみた。
どうザンショ?

午前中、母親を迎えに行った、ところ、動けない、という。
パーキンソン病が、ひどくなってきているらしい。薬を服用して、休んでいると言う。
で、仕方なく、父親が入院している病院へ、行く前に、父親がかかり付けの医院から電話で、車を駐車場からどけてくれ、というので、まず、ホテルからその医院に直行。受付で看護師さんたちに挨拶をし、車の鍵を受け取って、ようやく入院している病院に向かう。
その医院で明らかになったのは、最後に通院したのが、8月末であったこと。診察後(混んでいるから薬だけください、というパターンだったかもしれない)、1月分の薬を出してもらっていたのだが、それを飲み終わってから...つまり9月末...この医院には行っていないとの事。
確かに、2週間は薬を服用していない事になる。
くぉらぁ〜!
ちゃんと薬を飲めぇ〜っ!
と、思いつつ、病室に向かう。
ここは、以前書いたように...書いていなかった...とても面白いところだ。
別ページにまとめようと思っていたのだった。
とにかく、廊下が長い*。手すりがない。パーキンソン病の母親の足で、ゆうに20分はかかる。途中で3回くらい休憩しなければならない。のっぺりとした廊下だ。
その先に、CCUへ続く廊下**があり、これまた、手すりがない。のっぺり+妙に柱が出っ張っている。
その柱の下、床面から20cm程のところには手すりに似たパイプが配置されている。
絶対、人のためではない。患者を運ぶための、何と言ったっけ、キャスター付きのベッド、や、その他の機器を運ぶ際、柱にぶつからないようにするために決まっている、と、思ったな。
で、次に、入り口で「儀式」***がある。
履物を履き替えろ、というのだな。
そして、手を洗え、ともいうのだな。それも、アルコール製のヒビなんとかというのを使って。
真面目な私は、手を洗ってから、履物に履き替えたら、手を洗っても同じではないか、とか、荷物を持ったら、同じではないか、とか、考えてしまう。
さらに、CCU専用のインターホンがあって、面会する患者の名前を告げるのである。
そう、このインターホンのボタンを押す前に手を洗って、いいのだろうか、と、また、悩む。
2004年には、月に2回、週末、仙台に帰って、ここに通ったものだ。
その時、明らかに業者さんと思われる人何ぞ、履物こそ履き替えるが、手を洗ったのは見た事がない。
患者の家族だけだぞ、そんなことしているの。看護師なんかは、すぐにインターホンの下にある暗証番号キーボードを何やら押して、ドアを開けてしまうのだし。
つくづく、面白いところだ、と、思う。
Midwife Jeimieに聞いてみよう。

で、問題の父親は...ノンビリ、新聞を読んでいた。
ニトロール(硝酸イソソルビド)とヘパリンが点滴されていた。1日の水分量は800ml。
...前回の入院では、1日500mlだったかな、いや、同じ800mlかな。
要するに、急性心不全と血液凝固抑制のための点滴だろう。
言葉もはっきりしていた...前回は何やら意味不明の事を口走って、驚いたのだが。
すぐに起き上がり...前回は、留置カテーテルで排出される尿の量が測定されていたから身動きできなかった...「来たのか」と、一言。
重症度の段階****も2004年は2と3だったのだが、今回は、4と5、自分でトイレに行って排尿できるし、それなりに動いていいらしい。ただし、常に、点滴が続くので、点滴液をぶら下げたスタンドごと移動しなければならないけど。

実は、この時、事実上勘当扱いになっている妹を、敢えて連れて行った。
病気に託つけて、勘当を解くまでには行かなくとも、最低でも、今の様子をお互いに見せてやりたかったのだな。
歳をとって衰えている父親、成長して一人前になった(2児の母になった)娘、の、対面である。
あたしの方は、着替えやら洗濯物やらを点検するふりをして、ニヤニヤ、2人の会話を聞いていた。
さすがに、どうにも進まなかったので、介入、「2人とも、謝りなさいっ!」
妹が家出をしてから、既に、10年以上経過している。孫も2人いる。
それを知っていながら、近づけないでいる、意地っ張りの2人だ。
...後に、もっと意地っ張りなのが母親であることを知るのだけれども。
父親は、照れながら、何やら世間話をしていた。

と、その時、担当医がやってきたので、病状や治療方針の説明に移る。
うーん、いいとこ、だったのに。
あたしの方は、事前に電話で担当医と話しをしたし、世界一信頼できる知恵袋Midwife Jeimieから話を聞いていたから、説明できるほどだったけど、一応、聞いた。
幸いな事に、以前の弁膜症は悪化していないとの事。むしろ、良くなっているらしい...といっても、根本治療ではないから、薬で持っていたのだろうけど。
問題は、この後らしい。
父親がチョーシこくと、不整脈、頻脈、最悪は心室細動に到るらしい。
...ちなみに、頻脈と心室細動は、あたしが出した言葉。単なるプチ自慢でげす。
で、まぁ、もうしばらく、我慢しなさい、ということになった。
妹は午後から仕事があるのでタイムリミットになったことにして、CCUを退出。
帰り際、妹は、自慢の息子(つまり孫)の写真を渡していた。それを見て、考えが変るといいのだけど。
少しでも、会ってみたい、とか、話をしてみたい、とか、思ってくれれば、生き甲斐にもつながる可能性がある、はず、だよ、ね...

CCUの外で、これからの作戦会議だ。
日曜にはあたしは帰る。で、その時、孫を1人...賢い方(やんちゃな方を連れて来ると、追い出される可能性が高い、一般病棟に移ってからなら、大丈夫なんだが、な)...を連れて見舞いに来い、と指示を出す。
ただ、中学生以上でないと面会できないらしいので、服装を誤魔化して、ちょっと小さな(143cmもあれば十分だろう)中学生を装って、作戦決行だ。
一般病棟に移った場合にも、続けてもらいたいものだ。

で、あたしの方は、看護師に呼ばれて、なにやら、アセスメント用紙に「情報提供」させられた。
2004年はそんなことはなかったぞ。少しは改善されたのかな。
...意見箱に投書もしたからな...
父親は、納得しない事は、絶対にやらない。
2004年に服薬で一悶着起こしている。
何しろ、毎食後、小袋に入れられた訳のわからない薬を飲め、と言われる。これが我慢できなかったのだろう。薬を持ってきた看護師に、きっぱり、言いましたよん。
「訳のわからん薬は飲めんっ!」
次に来たちびっと先輩の看護師は、「息子さんからも言ってください」と叫んでいたが、看護師の負けだな。あたしは、父親の服用している薬の殼を持ち帰り、それぞれの薬の効能を書いて*****、次ぎの日に持参した。父親はニヤニヤしながら、見ていた。
そう、今なら、薬剤師が、データペースから引っ張ってきた画像といいくらかげんな説明文とを単純にくっつけて、○○さんのお薬、なんて印刷物を渡すけど、入院中は、そんなのがない。
というのも、処方に必要な診察券を看護師が預かっているからだ。
とにかく、説明してやってくれ、納得すればいいのだから、と、言い添えた。

ついでに、今やっている、看護師の卒後教育の自慢話もしてやった。
「卒後1年目って、使いにくいでしょう」というと、即座に、
「使い物にならないんですよぉ〜、いや...」
本音が出たよん。
あんただって、1年目は使い物にならなかったくせに。

午後は、車にガソリンを入れて、銀行で滞っていた支払いを済ませ、簡単な食事をし、着替えを持って再びCCUに向かう。
夕食は、母親と一緒にとって、父親に対する愚痴を聞く。
いい加減疲れたので、ホテルに戻ったのが、20:30ころ。
マッサージを頼んだ。9000歩程度しか歩いていないのに、やたらと腰が痛い。
始めて、足つぼマッサージというのをやってもらった。
チョー痛かった。
いちおー、それなりの知識があるので、内蔵反射区で言えば、あそこだな〜、と、思っているうちに不覚にもうとうと...
足のだるさはいくぶん回復、腰はまだ痛かったので、フェルビナクのチカラをかりて、現在に至る。
煙草4本、缶ビール500ml一本。
さて、寝るか。

連休にゼイゼイ音を聞きながらちらつく入院打ち消しし吾
楽しげな団体客に囲まれて旅先思ひベンチにポツリ
生クジラ戻り鰹に鱈白子田酒1合忘れたき明日
過去の歌読み返したり吾の思い節目節目に繰り返しけり
ゆるゆると母の手を引き父の部屋長き廊下のまたその先の

ニコチンがどろりどろりと浮遊する脳漿の中とろけゆく脳

父親がまた入院した。
今日は、17時から委員会(説明会)があったはずだ。
昼過ぎに起き、出て行けるかなぁ〜、などと、儀式喫煙を続けていたところ、母親から電話があった。
先ほど、搬送先の地域総合病院(2004.5.13に入院した時と同じ地域病院)の担当医からも電話が来た。
「軽い心不全」ということだが、元々弁膜症である。さらに、ここ2週間、薬を服用していなかったらしい。
弁膜症は根本的な治療(例えば、弁をブタくんのそれと取換える、とか)をせず、ひたすら血流を良くして、かつ、血圧を上げないように、薬で調整していた訳で、それがここ2週間、滞ったことになるのだな。
そうなると、当然、血流は悪くなり、血圧も上がり、担当医の言うことでは、脳への影響(脳血管障害...脳梗塞、脳出血...)も可能性としてあるということだった。
心停止の可能性、人工呼吸器の使用、最悪はカウンターショックでも戻らない事もある、等々、怖い事を聞かされるが、仕方ない、こういう場合、医者の言うことに反対できないのが患者側だ。お任せいたします、というしかないのだの。

委員会どころではない、というか、先手を打って、委員長には欠席の意を伝えたのだが...
母親の方は、パーキンソン病が進んできていて、夕方は動きが鈍くなる。
病院(最初は、調子が悪い*のでかかりつけの病院に行ったようだ)からは、救急車で運ばれた事、入院した事、必要なものどもを持って入院先(2004.5.13に入院した時と同じ地域病院)に行きなさい、と指示されたようだが、とてもとてもそのような事ができるような状態ではなかったようだ。
意を決して、あたしに電話をかけたのだと思う。
その前には、義理の妹、義理の母に連絡していたらしい。
あたしが「忙しい」「体調が悪い」ということに配慮していたのだと思う...思いたい。
順序が逆だろう、と、は、思ったけど。

とりあえず、10/19から仙台に行く事にした。
休講情報掲示板には、自分で情報を入力、特に、2つの演習に関しては、TAのもとで作業するように指示しておいた...あたしがいなくとも、できるでしょ?
年休、使った方がいいのかな...

宿は、これまでに泊まったホテルには、連泊できるところがない。
仕方ないので、繁華街のど真ん中の知らないホテルに決めた。
インターネットが利用できる事がポイント。
航空券も予約した。
おかげで、血圧が急上昇(148/105、起きたばかりの時は、130/90、決して低くはないのだが)。
喫煙量も急上昇。

また、指導生たちには、迷惑をかけるのだな。
それよりも、こちらに戻ってからが心配だ。
とんでもないことになりそうだ。

気がつけばもう一箱が空いており咳止めを飲みまた喫煙す

相変わらず、調子が良い、とは、言えない、ような、状態。
夜中に起き出し、明け方に寝て、昼過ぎに起きるのは同じだ。
結局、授業開始50分前に出て行く。昨日同様、タクシーを呼び、ふっ飛ばしてもらって。
途中、Midwife Jeimieに頼まれた本と、OHPの指示棒を取りに研究室に寄った。
で、だ。
とても凄い本を見つけた。正確には献本いただいたのを物理的なメールボックスに見つけたのだったが。
Midwife Jeimieにも一冊渡してくれ、との、Mさん(8月にK本大学にあたしの授業を見に来てくださった大先輩)からの伝言付き。
タクシーを待たしているのに、序文の最初の段落を読んでしまう。
これまで、どんなにもどかしい思いをしていたか、が綴られている。
例えば、「教育心理学」という名前の教科書、テキストの類いには、学習者が持ってしまっている知識、科学的には間違っている知識が存在する、という記述はあるのに、それらをどうやって修正するのか、という知見はない、のだ。そうそう、そうなんだぁ〜!
そのような知見がなければ、Whyを追求するタダの心理学だ。
どう修正するか、を提案できて、始めて「教育」という名前を冠するに値する。
そのような知見がなければ、教育方法学は立ち行かない。
よっ、待ってました、真打ち!
その名も、

4861630339 学習者の誤った知識をどう修正するか―ル・バー修正ストラテジーの研究
麻柄 啓一
東北大学出版会 2006-10

by G-Tools


だ。
「はじめに」の冒頭ににこう書かれている。

 長年もどかしい思いをしてきた。それは例えば,教育心理学のテキストに接したときである。学習者が誤った知識を持っていることには触れられているのだが,どのように教えればそのような知識が修正されるのかについては説明が十分とは言えないのである。あるいはまた,小学校や中学校の教師,未来の教師である学生たちに,誤った知識を修正するためのさまざまな研究を紹介したときである。「教育心理学では授業に役立つことも研究されているのですね」と言った感想が返ってくることが多いのである。教育心理学という学問のイメージが気になると同時に,このような研究をもっと多くの人たちに知ってもらいたいという思いが強くなるのである。


そう、今までの教育心理学を超えた、教授ストラテジー論という教育方法学の分野にもまたがった極めて稀な、そして、極めて重要な、さらには、極めて実践的な、本が漸く出てきたのである。
実践的といっても、ハウ・ツウや技術を意味もなく羅列しているのではない。キチンとした教授理論に基づいているのである。勿論、その理論と実践とがルールと実例の形で示されているのだから、特定の科目(つまりこの本で挙げられている授業)に対して限定的に利用できるのではない。読者は自分の担当する科目にも応用可能なような形(ルールと実例の形)で示されているのだから。
...ただし、ルールと実例という関係であっても、実例にのみ着目して利用しちゃうような教師(未来の教師も含む)には無意味だろうけど。

みんな、教育に関わるなら、特に、教職に関わるなら、是非、購入して読もう!
チョーシ悪かったのだけれども、とても、元気になった。

で、タクシーだ。
高速をふっ飛ばしてもらって、授業開始5分前に到着。
先週の続きから、人の情報処理の特徴をコンピュータのそれと比較する話。
眠そうだったので...16:50開始の5時限目は、受講生たちには辛そうで、心苦しいのだが、今のあたしの調子では、この時刻から開始するのがやっとなのね、ゴメンナサイ...作業をさせる。
予定通り終わらなかったが、続きは来週だ。

昨日に続き、慌てていたので、例の腰痛ベルトはしていかなかった。
案の定、帰りの電車の中で腰が痛み始めた。
明日はどうなるのだろう。
先が見えない日々が続く。

昼過ぎ(ものすごく、過ぎ、世の人々は「おやつ」を食べているかも)に起き出す。
Midwife Jeimieから届いた、ワークシートを見てくれ、というメールで、今日、月曜日、10/16、看護初任者研修(1年目)の第2回目、があることに、気付く、愕然。
愕然としながら、儀式は欠かせず、時刻はどんどんと過ぎて行き、ワークシートをざっと(これが後から命取りになるのだけれども)見直して、ヒゲを剃るのに時間がかかり、服を選んでいたら、開始時刻の60分前に、なって、しまう。
とりあえず、タクシーを呼んでふっ飛ばしてもらい、会場に着いた時には、Midwife Jeimieは既にインストラクションを始めていたのでした。
なかなか、キリッとして、上手。
今年の1年目は、人数が多い。一つのグループが最大6名に抑えて、8グループある。
今回の研修では、グループで話しあった結果をそれぞれ発表してもらう、の、だが、ワークシートを見ると、6グループ分しか記入欄がない...
つまり、1回目でやったことは、すぅ〜っかり、忘れていた、のでありました。
とりあえず、謝罪の役目はあたしがやって、グループの発表を板書することにした。

会場に着いてから、ずっと、足が震えていた。真っ直ぐにたとうとすると、右膝が「笑い出す」のである。
個人作業、グループワークの時に、椅子に座って軽く叩いたり、屈伸運動をしたり、ストレッチしたり、思いつく事をとりあえずやってみたのだが...板書の時なんぞは、動きにくくて...困った。

それはそれとして、今年の1年目は、なかなか、すごい。
自分が出した結論の根拠、特に判断基準を他のメンバーやグループに伝えられるだけ、言語化できているのだ。さらに、その基準がなかなか面白い。
勿論、我々の1回目の研修の効果、とは断定できないが、看護の世界に判断基準という言葉を持ち込んだのは我々だし、現に、2回目の研修では、基準、という言葉が受講生自ら使うようになっていたのだから、まんざらでもあるまい。
と、考える事にして。
フラフラしながら、家に帰ったのでありました。
明日は、S学院大学での非常勤だ、が、大丈夫何だろうか。

オリオンの三つ星縦に並びつる夜半の寒さに人思ふ吾
コンビニの帰りに眺むオリオン座夜半の寒さと煙草の煙
電線の間に見ゆるオリオンの三つ星霞みニコチンに酔ふ

だらだぁ〜らな、1日、の、続き。
昨日から、ずぅ〜っと、喜多郎のCD(正確にはiTunesだが)をかけっぱなし。
寝る時も、寝ている時も、起きている時も。
煙草は、いつもの週末よりは多少少ないかも。
テレビを見て、サーバプログラムにパッチをあて、他のサーバの様子を見て、少々、焼酎を飲み、カップ麺を食べたら、20時過ぎに眠くなって、喜多郎を聞きながら寝てしまう。
で、この時刻に、腰が痛くて起きてしまう。
ちうと半端、だ。

学府・学部の休講情報掲示用ブログを作って、既に1週間、ボランティアによる掲示が続いている。
役立っているのだろうか。
利用者反応、というのを知りたいものだ。
アクセス統計を見ればいいのだな...
トップページの/notice/に173件、学部情報に25件、休講情報に21件、10月分に19+8件、学府に9件、アーカイブに7件、個別の情報に18+9+8+7+6+6+6+5+5+5+1+1件、まぁまぁか。多分、知っている一部、がアクセスしているのだろう。
ちなみに、携帯電話からのアクセスが10件。
まだまだ、だな。
教務委員会では、どんな扱いになっているのだろう。

ちなみに、このブログには、半月で1300件、先月が2100件だから...単純に予想しても残りの半月で1300、月末には2600、予想に反して、アクセス数が増加してしまった、かも。
いったい、何が面白いんだぁ〜

一服して、寝よ。

このブログ内で相互にトラックバックができなくなっていることに気づいた。
過去の投稿に対してトラックバックを送ると、
トラックバックは失敗しました: HTTP error: 403 Throttled
というエラーが出てしまう。
...これ、どこかで一度、書いたように、思う。
確かに、最近、Movable Typeのバージョンを3.33-ja上げた。
それから、なのだと、思う。
つまり、依然として、バグが残ったまま、と言う事なのだろう、な。
で。
この時は、バージョン3.2-ja-2だったので、「HTTP error: 403 Throttled」でググって見つけた情報に従ったのだが、今回の場合には、バージョンが違うし、単純にパッチを当てる事はできなかった。とほほぉ〜
しかぁ〜し。
やはり、やっている人は居るもので、こんなページを見つけた。
早速、実行、この投稿が実験と言う訳。
さぁ〜て、うまくいくかなぁ〜

だらだぁ〜ら、な、一日。
昼過ぎに起き出す。血圧が低い、117/79。
儀式喫煙とコーヒーは、慣例となっている。
S谷先生からのメール(とは言え、CCで複数に送っている)に、返信、すぐに返信、また返信。
電子シラバスシステム「エシラス」のだ。
てめぇで、しくじったんだから、尻拭いくらいせぃ!、というのがあたしの主張。
ただし、このメールのやり取り、当人たちは、月曜日にならないと読まないだろう。
係長の前で煙草ふかす必要はなくなるかな。

で、今日は、喜多郎の日、とする。
手元にあったCDと、かつて購入しテープで聞いていた分を新たにCDとして購入(つまりテープが見つからない、のと、デッキが壊れた、の)、それらをiTunesに取り込んでひたすら流す。
これで、一気に、mixiミュージックの順位が上がるだろう、って、何やってんだか。

さて、CSI:マイアミ*、CSI:マイアミ4、コールドケース2、見よっと。

昼過ぎに起きる。
儀式喫煙しながら、コーヒーを飲んだり、mixiにメッセージを送ったり...「学生らしく」講義をさぼった連中が、まとまってメッセージを送ってきた、のに、対して、律義に返信する、のは、ちびつと、病的かもしれない...、していたら、既に授業開始60分前になる。慌てて出て行く...昨日に続いて、ヒゲを剃り忘れた。
タクシーですっ飛んでいったので、万歩計は1300歩、授業後は5800歩、教壇の、もとい、舞台で暴れまくったようだ。
休講になったから、と、いうことで、顔なじみの学生...メッセージを送ってきた学生たち...が「ゲスト」で加わる。なんだろーねー...きっと。あたしの舞台を見に来たのだろう。
なんとか、属性記述と対象記述の話を進める。適切属性・不適切属性の話もできたつもり。
タクシーの中で拾った1円玉を使って...

次の時間が問題。
TAに任せっきりにしていたのが徒になり、結局、裏方で尻拭いをする破目になる。
実習の様子、見たかったのにな〜

その実習では問題続出だったらしい。
...TAたちはそれなりに対応したようなのだが、その対応の様子も見たかったな。
サーバにログインするためのパスワードが、なんと、変更ができない、という大問題が残った。
はて、そういえば、サーバのセキュリティが、前回の授業...というのは2年前...の時に比べて上がったことは確実。
授業後、TAたちを残して、いくつか実験してみたのだが...
なんと!
このサーバは、パスワードとして、7文字しか受け付けない、のであった。
8文字ならば「慣例」なのだけれども、7とはなんとも、不思議だ。

ま、理由はともかく、事実として確認されているのだから仕方ない。

テキストの訂正が必要だ。
ふひぃ〜、仕事が増えた。

夕方は研究生と社会人院生の指導をして、帰りがけに一杯引っかけて...いつもの店なのだが、「身構えるような連中」と出会ってしまった。
うー、困ったものだ。

結局、12000歩、歩いたことになっていた。
用心して「N山式腰痛ベルト」をしていったのだが、それでも腰が痛い。
さらに、腰痛ベルトを締めすぎたのか、あちこちかゆい。
困ったものだ。

で、夜は、また、眠れなくなってしまって...結局、先週と同じだ。
TRICKを見る羽目になった。
困ったものだ。

ここに来て、電子シラバスシステム「エシラス」の既に公開された情報を直せ、と、懇願されている。
冗談じゃない。事務の尻拭いなんて、できるかいっ!
更新期間を定めたのは事務だし、その期間に肝腎の事務が確認していなかったのだし、そもそも事務はいつでもどのデータでも修正できるのに、なんであたしがやらないといけないのだ?
それに、シラバスは教員と受講生との契約書だ。それを途中で変更するのは、契約違反になるではないか。
それに、エシラスは、データを3重にバックアップしていて、公開された情報だけを更新することは至難の業。何しろ、毎月1500アクセスあるサーバだ。アクセスの多い時間帯で5000ページは更新される。そこに割って入ってデータを修正することは不可能に近い。
公開されていないデータ入力・修正用のデータベースで事務が自分の尻拭いをし、公開用データベースに反映させる、という、手順がどうしても必要なのだな〜
そうそう、皆さまにゴメンナサイ掲示をしなければならない。

どうも、あたしには何でもできる、という、神話が、また、できてしまったようだ。
あぁ〜あ
係長の前で煙草吸ったろーかな。
ぷっかぁ〜、ぱふぅ〜

mixi日記とブログの更新が2重になるので、mixi日記をやめて、mixi日記を、この、くらぁ〜いブログにリンクするようにした。
問題は、これで、アクセス数が減るか否か、である、な。
予想では、元に戻ると思うのだが...

で、久しぶりに来た、話だ。
週末、煙草を吸いすぎたせいだろう。咳が出る。咳止めを服用して、喫煙する。
ええ加減にせんかいっ、状態なのだが、儀式としての喫煙は、まだ、やめられない。
特に、週末が危ない。

戻るが、儀式喫煙しながら、mixiをいじくっていたら、昼を過ぎてしまった。
演習開始の13時ギリギリにたどり着いてみると、情報基盤センターの方と助手のY田くんが廊下をうろうろしている。どうやら、ネットワークに接続できないらしい。
先日受講した、支線LAN管理者講習会で学んだことを実践してみた。
一応、DNSサーバでチェックしてみたが、HUBまでしか届かないことしかわからなかった。
ということは、どこかの部屋のコンピュータが悪さをしてることになる。
廊下に戻ると、情報基盤センターの方が、思いっきり「わかりましたぁっ」と叫んでいた。
HUBにつながっているLANケーブルをひとつひとつ抜いて、HUBが動くかどうか確認していたらしい。これで、特定のひと部屋へ続くLANケーブルを抜くと、問題が解決することがわかる。
...実は、次にあたしもやろうと思っていた作業だった。面倒だったので先にやらなかったのだけどもね〜
で、演習に遅刻、次の演習にも「推薦文」を書いていて遅刻。
さらに輪をかけて、M実験室のWindowsマシンが起動しなくなった、と、指導生が報告。
おまえ〜、Windowsマシン、使えるって言ってたんじゃないかぁ〜、直せぇ〜、とは言わず、とりあえず、見に行く。見たこともない文字列が表示されていた。なかなか面白い。
さすがにWindowsマシン、文字列ばっかし。Macintoshなら、グレーの駐車禁止マークが出るところだ。
もっとも、M実験室にWindowsマシンを設置する条件は、あたしがいっさいメンテナンスしないことだったから、ほったらかしでもいいのだが、金曜日の授業で使わざるを得ないことになっていて。
なにしろ、某PSSがWindowsマシンで動く製品しか作らん宣言をしやがったから、仕方ない。
急きょ、他研究室の院生、U田くんに連絡、リカバリーディスクからの復旧を頼むことになってしまいましたっ
あぁ〜疲れた。
おかげさまで、コーフンさめやらず。
金曜日はどうなることやら。

久々に、来ました。
張り切りすぎ、集中的に働きすぎ、であることは、わかっていたのだけど、それでもやっちゃうから病気なんだろう。
自学自習用のテキストの作成と、ケーブルテレビと、喫煙で、グスグスのどよよぉ〜ん、である。
起きたのが午後。
S谷先生からは、「会議だぞっ」というお叱り、激励のメッセージが届くし。
出たいのはやまやまではあるが、久々だけに、出ていけなかった。
作成したテキストの印刷は、指導生たちが無事に印刷して綴じてくれたようだ。
深謝!

それにしても、FAXを送るのに、30分かかるのはどうかね〜
もちろん、構内回線、PBXの仕組みがわかっていない、という重大な知識の欠損があったのだから仕方はないのだけれども。
そのFAXは、10/11締め切りの「推薦文」だった。
留学生が待っている、というので、ピンと来たのだけれども、その情報が届いたのが15時過ぎ、以来と遠隔操作(メールで指示する)によってFAXは40分かかって届き、16時から17時に提出するまでになんとかする、というのは、今日のあたしにはとても無理。
調子が良ければ、10分程度で「作文」できるのだろうが、何も浮かばない。
...その前に、アポなしでくるのはどうかねぇ〜
...アポ入れても、出ていけない場合もあるのだから。
...この点に関しては、指導生たちに、十二分に説明したはずだったのだが...
...「それはおにいちゃんの躓きではなくて、わたしの躓き」なんだよな〜
機械的な作業に徹して、少しでも指先を動かし、ニコチンを取り入れて、脳に刺激を与えないと...

で。
Jeimieさんの予算で購入してもらったPowerBookPro 15インチ、ノートパソコンに、甜茶を飲ませる破目になった。
ぐぉあ〜げぁあ〜
テッシュペーバーとタオルでふき取り逆さまにしてみたところ、これまでのノートパソコンとは異なり、液体が滴り落ちてきた。もしかして、「生活防水」かな。
怖いので、タオルを挟んで、半日寝せておくことにした。
キーボードを押しても戻ってこない、とか、スピーカーから音が出なくなる、とか、ディスプレイに何も表示されない、とか、そんなんなったら、どぉ〜しよぉ〜
一応、保証期間内だけど、有料修理だろうな。近ごろは、修理するより、交換する方がはやいのだろうけども、「事故」、それも不注意による、だからな〜
へにょ〜ん

家の中でも、モノドモにけつまずくし、よろしくない。
3日ほど、ゆっくり、ダラダラと過ごしたいところだが...
で、10/12の授業がすべて終わることには、チョー絶好調になっていることだろう。
そして、10/13は疲れて、遅刻することになる。
これじゃあ、先週と同じじゃないか!
つくづく、学習しないヤツだ。

結局、ファイルは、思いもしなかったサーバに残っていた。
で、それを元に、テキストの改定作業を進める。
後一つを残して、2つは終わった。
PDFファイルを作って量産体制に入るのは、今日の昼過ぎか。

それにしても、複数の場所に保存する、ということでリスクを少なくすることを推奨しているあたしとしては、同じ中身をあちこちに置く、ということが原則。自宅のノートパソコン、そのバックアップ用のモバイルハードディスク、自宅サーバ、研究室サーバ、研究室のパソコン、これだけ保存しておけば、同時に3台以上壊れる確率はかなり少ないはずだから、あんしぃ〜ん、と、思っていたのだな〜
しかぁ〜し。
サーバを複数使っていると、よくわからなくと言うことがよくわかった。
2004年は、通常利用しているサーバの調子が悪かったのか、単なる思いつきか、別のサーバにすべてのファイルを保存していた。
その後、通常利用しているサーバと同期を取れば問題はなかったのだけれども、すぅ〜かり、忘れて、はや2年。
複数の場所に同じものを保存する、という原則が崩れると、どうしようもない、訳だ。

で、これから、昨日のニュースか、Corinne Bailey Raeを聞きながら、寝る。

mixiにアクセスするようになってから、このブログへのアクセス数が伸びた。
それまでは500〜1000位だったのが、一気に2000強。
なんだべ。
mixiの威力、かな、やっぱり。
ちなみに、このブログにアクセスする場合の検索語には、「薬」の名前が多い。眠剤系、安定剤系、抗うつ剤系。「直接」病名で引っかかってくるのが多いのは、言うまでも無し。

mixiの足あとはようやく200踏、今いる職場の関係、出身中学、出身高校のR上部、出身大学の学部、等のコミュニティを覗いたら、急に増えた。
踏んだら踏み返すだろうから、だろうが、それだけでなく、闘病中の病気関係でも増えているように思える。
そう言えば、某ブログの更新は、遅々としてゆっくり、歌も詠めなくなってきたかも。
mixiの日記には比較的よく書いている。
勿論、内容は違うけど...今回のは似ているかも。

さぁ〜て、続きの作業しよっと。

おまぬけだぁ〜
あたしとしたことが、2004年に訂正したはずのファイルを見つけられずに困ってしまって、いた。
もはや、ゴミ屋敷と化した自宅や研究室同様、ハードディスクの中までも、検索不可能になってしまったのかぁ〜、と、TRICKの連続放送を見てしまった。

で、例によって、昼に起きてしまい、作業の続きを始めるまでに煙草が12本、仕方ないので、1999年に作った古いファイルを機械的に直し始めた。そこはそれ、ヒトなので機械的な作業は機械的にできず、さらに煙草が12本。
作業が終了したのは、予定よりも2日遅れた先ほど。
悔しいので、思いつくハードディスク、サーバの中身をコンピュータに検索させながら、地下核実験のニュースを見ているうちに、ふと、探す場所、つまり保存してある場所(サーバ)がもう一つあった事に気付く。
結局、見つけたのではあるが...
この作業は、土曜日のうちに終了していなければならなかったのだなぁ〜

はっうぅ〜
もっと激しい機械的な作業が残ってしまった。
...指導生ども任せればいいのかな...

また、コーフンしている...
木曜・金曜と話し過ぎた。
木曜は、受講生がちょうど良い人数なので、金曜は、受講生が多かったので。
木曜は、12000歩、金曜は、17000歩、万歩計に記録されていた。
そんなに、動くかな。動いているのだろうなぁ。
何しろ、高座...教壇ではない...だ。
木曜も眠れなくて、結局、金曜日は遅刻ギリギリに到着、それにも関わらず、高座に行く途中で、某中学校の校長が戸惑っていたので、目的地まで案内するし。
そして、金曜が終わって、また、眠れない。
さっき(金曜のうちに)、眠剤(ドラール15mg、1錠)飲んだんだけどなぁ。
さらにさらに、金曜のうちに、安定剤のレスリンは時間差で2錠服用しているし。デパスまで服用している。
SSRIパキシルも眠気をもよおすはずだし。
きっと、寝たくないのだと思う。
寝ると、起きなくなるような気がするのだな。

そして、週末は、さらにニコ中が進むな。
来週、大丈夫かな。
3年生がしっかりしてるから、任せちゃえ。

そうそう、こんなことがあったらしい
9月に集中講義に来てくださったN野先生は、某F教育大に長くお勤めで、付属中学の校長になられた時、あたしがN野先生のいくつかの科目のピンチヒッターとして非常勤に出かけた。
事務が帰った後でも待っていてくださって、雑談に付き合ってくださり、時々、行きつけの焼鳥屋でいっぱいやったものだ。

で、だ。
そのN野先生から聞いた話。
その大学の学生さんが、K務課の学生に対する対応が酷いっ!と、学長に対して直訴メールを送ったらしい。
確かに、非常勤に行って、部屋の鍵(正確にはあたしだけが使えるマルチメディア統合操作卓の鍵も)を借りようとしても、何度か無視されたのだから、学生さん達に対してはどれほどのものだったのかは、想像に難くない。
直訴メールの効果は抜群で、まず、机の配置が変ったらしい。
それまでは、カウンターに対して直角になっていた...某Q大の某K育と同じ...のが、平行するようになり、カウンターに誰か来ればK務課の誰かが必ず対応するようになったとか。

ちなみに、あたしは、某Q大の意見箱に意見箱について意見した事がある。
その後、元気がなくて、意見していないけど、意見箱システムは変ったのかな。
...勿論、アジってないぞぉ〜

mixiのトップページを見た周りの方々は、「インパクトがある」とおっしゃる。
恐らくは、あの写真を見て、だろう。
何しろ、ご紹介いただいた方のトップページの写真があれですから、負けないようにするためには、あれしかないでしょう。
ちなみに、大学四年の時の写真だ。あのインパクトで口述試験(修士課程、卒論は発表会形式だった)を乗り切ろうという、姑息な手段に出た訳だな。

で、だ。
ちらちら、あちこちのページを見ていると、どうも見ても、この写真はどこからか持ってきただろう、スキャンしただろう、と思われるのが使われている事がある。
いいのかねぇ〜
つまり、著作権に肖像権、のこと。
mixiの禁止事項には、ひとこと「法令に違反する行為、および違法な行為を勧誘または助長する行為」と書かれているだけで、具体的な写真・図画類に関しては、わいせつ絡みの事しか書いていない。
じゃあ、いいのか。
...はい、突っ込むところよん。

また、寝つけなかった。
11時近くに起きる。
ダルダルで、どよどよぉ〜ん。
昨日の「講義あたり(我々の仲間内では、食あたりと同様、学生あたり...なぜかカウンセリングになる、採点あたり、口述試験あたり、講義あたりが有名)」だろう。
さらに悪い事に、左の腰が痛い。

mixiのプロフィールをちびつと変えてみた。
この3日程、一日一箱の勢いで喫煙が進んでいる。
一応、日中は禁煙ガムをガリガリやっているのだが、朝の「まとめ喫煙儀式」は、なかなか変わらない。
ちなみに、禁煙ガムは、オーストラリアから通販で購入したニコチン4という、日本では売っていないヤツ。日本のはニコチン2が最大だものね。
それにしても、まずくて高い。
生ゴムを噛んでいるような触感、そして、一個あたり日本のタバコ一箱分だ。
買わないよな〜
日本のガムは凄いよな〜
煙草1本を5000円くらいにすればいいのかもね〜

で、今日は、明日の授業の準備をするつもり。
多分、喫煙量が増えることと思う。
新しい「院生・学生用の事務連絡用ブログ」、
http://www.human.kyushu-u.ac.jp/notice/
のテンプレートをちびつと変えようかな。
誰が投稿したか、投稿時刻、なんて必要ないし、タイトルに日付が表示されれば便利だろう。
カテゴリーと過去10日分のログが閲覧できれば十分だと思うな。
そーゆーことに夢中になると、タバコが減るし。

誰のための仕事なんだかな〜
結局、午前中を寝て過ごす。S谷先生から「おきんかい」というメールで、昼過ぎに起きる。
抑鬱気味だったので、半日かけて、こんなサイトを作った。
学部の掲示用としては、サーバ名がちびつと合わないけど、edu.kyushu-u.ac.jpは、本格的なサーバなので導入しにくいのだもの。 小細工がしにくい。
うまくいったら、学府でも使おうと思っているし、比較的暇なサーバだから、いいっかな〜、みたいな〜

この手の作業、小物プログラムやシェル・スクリプト等の開発・作成、サーバの調整をしていると、だんだんと元気になってくる...煙草も飲酒も増える。
自宅サーバで練習していたつもりだったから、小一時間もあればできるだろうと思ったのが間違い。小さなお道具が見つからないし見つけても導入できない。
なんだろーねー。
単なる、Movable Typeの導入の復習になってしまった。

で。
よくよく考えたら、掲示する内容は、別に、休講情報に限る必要はないように思えてきたのだな。
アーティクルの個々のタイトルとカテゴリーを工夫すれば、学生呼び出し等、一般的に使える。
画像だってアップロードできるのだから、現在、物理的に存在している掲示板に貼り付けている紙媒体をPDFファイルに変換(最近のWindowsマシン用のプログラムではボタン一発でできるようだし)して、このブログに貼り付けてしまえばいいのだし。
さぁ〜て、後は、教務委員会(委員長か?)の力の見せ所、かもしれないな〜
事務部長に直訴って、荒技もあったな。

起こされたっ
職場からのメールを転送しているケータイの電源、切り忘れた、ので、メールが届いた音で起こされた。珍しく、22時過ぎに寝たのに...mixiのミュージック・ランキングで、Corinne Bailey Rae*のアルバムに変わった時刻が寝に入った時刻。1曲終わる頃には寝ていたと思う...眠剤ドラールが比較的よく効いたし。
それにして、もっ
シラバスを読んでいるとはとても思えない、掲示を見て慌ててとりあえずメールを送ればいいのだなと判断したとしか思えないように某S学院の学生。
...実習に行くらしいが、返信メール、いつ読むのかな。
ホームページ管理者宛に、貴大学の論文を閲覧したい、等と寝ぼけたメールを送りやがる某元国立K都大学の院生。
...ホームページ管理者宛に送ったとしても、定型文しか返信されないように工夫してある。うーむ、送信元と内容から判断して違う定型文を送るようにしようかな...最高学府に所属しているのだったら、もっともっとよく考えなさい、と、か。

そうそう、mixiでは土日で足跡が急に増えていた。
あたしは、もっぱら、mixi stationを使って、mixiのミュージック・ランキング(プレイリスト、アーチスト、楽曲それぞれの)を意図的に変えて遊んでいた。
その間、チラチラ覗いていくのは、関係者かな。
三強、モトイ、三恐の一人だけに、怖いもの見たさ、かな。

さて、タバコ1本**吸って、ラボナを服用して、寝に入ろうか。

また、Corinne Bailey Raeのアルバムのランキングが上がるぞ。

ROM...
かつてのパソコン通信で始まった電子掲示板では、たとえ登場して口汚くののしりあっているとしても、裏で別にメールのやり取りをしていたり、参加せずに眺めている数えられない(ログを解析すればわかるのだろうが、実際、そんな数はわからないに等しい)位のROM(Read Only Members)の存在が大きかった。
今のWeb上の掲示板、ブログもそうだろう。
mixiでは、それがあるようなないような、だな。
何しろ、ちらっと覗く、と、足跡が残る。で、ROMの人数がわかってしまう。
プロフィールもくせ者。
自分で自分を紹介して、なりすましができる。
あたしのように複数のメールアドレスを持っていれば、さらには、アドレスを偽る技術を持っていればもっと簡単。
そこまで悪戯する余裕は...抑鬱状態を克服するためならば、もしかしてやっちゃう可能高いな...今は幸い全然ないけど。
あらゆる行動に対して、脳がNOと言っているし。
定年したら、やっちゃおーかな〜
遅効性で潜伏期間が5年くらいのコンピュータウィルスの構想は暖めているけど、まだ実現させていない...そもそも実現できんのかな。この時点でのコンピュータの入替え速度を考慮して5年なのだけれども、何しろ、コンピュータの寿命はドッグイヤーだし、新旧の機械が入り交じった状態を狙ったのだけども、3年くらいの潜伏期間でも十分かも。
こんなことを考えながら、3本ほど喫煙、コーヒーができた。

酒とタバコとケーブルテレビ、無為に過ごす。
3時過ぎに寝ついたと思ったら、ケータイが震えて8時に起きるものの、眠剤の切れが悪く、朝から10本ほど吸う。
録画しておいた、LOST*、エイリアス(「二重スパイの女」というタイトルはどーか、と、思う)、ミディアム、CSI:マイアミ字幕版をダラダラと見る。夕方、BONESを見ていたら、居眠りをし始めたので、ひとまず寝る。この間、ずっと、自宅サーバでは家元が噺をしていた。恐れ多いかも。
20時過ぎに「家元、もう『鰻屋』まで演っちまったんだぁ」と思いつつ、ぶぼぉ〜っと起き、散歩をかねてコンビニに酒を仕入れに行く。ナスの味噌煮等をつまみながら、渥美清のドキュメンタリーを見る。そのうち、CSI:科学捜査班5が始まり、コールドケースと続けて見る。
気付くと、吸い殻が12本くらいになっていた。
データ入力、しないとなぁ。
とりあえず、眠剤を普通に服用して、Corinne Bailey Raeのアルバムを聴きながら横になってみようか。

mixiをチラチラ、覗いてみた。なんとなく懐かしい感じ。
あちこち(関係者と思われる連中の書いているものを)覗いてみたけど、やはり、更新作業は、結構、大変でしょうな。
ブログより大変かもしれない、と、裏を見てしまうあたしは考えてしまう。
現時点では、システム管理者として、自宅サーバ(職場のサーバのテスト用として、趣味と実益をかねて購入してしまったりして)のブログ用アプリケーションのアップデートで精いっぱい。
そうそう、このブログだって更新しないといけない。
スパム対策のためのブラックリストも作らないといけない。
歌も詠まなければいけない。
某大学の教授の書いた文章の誤字脱字を指摘するだけでなく、批判...非難ではない...的に「良くなるように」指摘しなければならない。
そう言えば、クローズドの掲示板なんて、パソコン通信と呼ばれていた時代の某Forumのよーな感じがしたなぁ〜...ちなみに、電子メールシステムも電子掲示板システムもデータベース検索システムも自作したことがある、あたし、はい、単なるプチ自慢でげす。
個人のプラットフォームから掲示も日記も作れるし、メッセージ(結局、Perlの関数を使ったメールだもんな)も送れる、と、いう具合に、「統合環境を提供している」ということが、はるか昔(ドッグイヤーだからそうとう昔になるな)のそれとは違うのかな〜、なんて、思ったりもした。
そうそう、BGMで流している曲も「ミュージック」に自動的に送られるのね。夜更かししていることがわかっちまう。240曲がランダムに流れているのか、確認できるな。「千僧音曼荼羅」なんてのを頻繁に流したら、どうなるかな。今度、一日中、複数のコンピュータ使ってやってみよっと。
「足あと」はアクセス記録をちょっと読み解けば(違うか、Perlのシステム変数を使っているのか)簡単に割り出せるし。
身体(頭も身体のうち)に余裕があれば、自宅サーバにも作っちゃえ〜、と、思ってしまうのであった。
まずいとこに招待されたかも...と、言いながら、書き込んでいるし。
...Perlって、個人的には好きになれないな〜。頭がAlgolになってしまっているオジンだから。

S谷センセから招待を受けて、mixi*に参加する事になった...参加した、か。
否、登録してしまった...ここ*...とりあえず、もつ鍋研究会**に参加。現在、参加者2名。
こんなことをしていたら、13時からの博論の査読に、ギリギリ滑り込む事になった。
S谷センセが心配してくださったようで、あちこち、探しておられた。ゴメンナサイ。
今回は、それなりに整合性があったので、7月25日よりはまとまっているように読めた。
ただしっ!
児童がautomaticになっていたり、誤字脱字が気になった。例のように、一番最初に質問した。
「誤字脱字の訂正はありませんか?」
「いや、特に...」
「では、誤字脱字の訂正は、我々にせよ、ということですね?」
つくづくイヤなやつだ。
勿論、一応、建設的な提案はしたつもり。伝わったかな。

街灯が揺れる水面吸い殻を一つ残して一曲終わる

外に出て眼鏡の曇る真夏日のボディブローに脂汗うく

真夏日に自転車をこぐ子ども等はもの思ひしか倒れそうな吾
...失礼やヤツだな、つくづく、あたしは

ひたすらに風送りたる扇風機首振る音の鼾に聞こゆ

ジージーとちから尽きたかほの暗い水面を動く音の消えゆく

会議の日々。
特に、24日、27日は、全学の委員会だから、部局の代表として「必ず」出て行かなければならない。
前夜は、キンチョーして、寝つけなかった。
某センターにいたとき、ボスが、会議、委員会では、必ず出席し、黙っている委員が一番重要なのだとおっしゃっていた。そう、定足数があるのだから、出席してもらわないといけない。議案を承認してもらうのだから、黙って首肯いていただくのがとてもとてもありがたい。
ただ、あたしは我慢できないので、必ず一言、発言してくる。そーでないと、出て行った意味がないと考えるからだ。時々、質問に対して正確に回答していない場合があって、そんな時には、「回答になっていません、質問者は○○について聞きたいのですよ」等と発言してしまう場合がある。本来ならば議長役の仕事なのだが、議長はそれなりに忙しい。
で、疲れる。

25日は、博論の審査委員会だった。
あたしよりも、はるかに年上で、はるかに業績もいっぱいあって、職位も高く、センター長、副学長を歴任されていた、の、だけれども、どうしても我慢できなかったので、バシバシ発言してしまった。おまけに、研究指導までしてしまう...テーマというより、取り扱っている事柄がまずかったと思うのでありますな、何しろ、某センターにいたときに、散々あたしがやってきたことなんだもの。
これで、また、妙な「神話」がつくられるのだろうな。

26日は、部局の会議。
月曜・火曜の疲れが出て、昼過ぎまで寝ていた。儀式的な喫煙量が増える。
最初の会議は、「出席して、黙って首肯いて」いた。
次の会議で、肝腎のことを話さなかった。
しまったな。次の会議で間に合うかな。

で、28日、29日は倒れることだろう。

会議の後、ご著書をいただいた。
学校は軍隊に似ている―学校文化史のささやき487415591X
で、ある。
前々から、某ブログに掲載(その前には、某雑誌に掲載されていたらしく、ブログに掲載したのは「整理」「加筆・訂正」するためだったのだと思う)され、ちらちらと読んでいて、本にならないかなぁ〜、と思っていたので、狂喜乱舞、であった。
かつて、H谷先生が授業で、「御真影」の逸話に関しては、十二分に吠えていたし、某ブログに掲載されていたときには「君が代」について、あたしも触発されて「調べ学習」をしたことがあった。
そんな訳で、読むのがとてもとても楽しみだ。
そうそう、H谷先生は、某スキナーは必ず「ドクター・スキナー」と呼ばせていた(多分、実際に軍人だったのかも)、とも吠えていたなぁ。少なからず、軍隊の影は学校に落ちている。
かく言う、あたしの研究室だって、あたしが絶対的な存在だし。
あー、やだやだ。
「手習い」では、先生が逆さまに字を書く、というのには、とてもとても驚いた。時々、面談をしていると、逆さまに字を書いてくれる(つまり、対面にいるあたしが見て読めるように配慮してくださるのだな)学生さんがいて、あたしにはとてもできない、と、驚嘆の目で眺める。おそらくは、今の学生さんたちは、家庭教師をしながらその「技」を身に付けたのだと思う。
...あたしも家庭教師をやったことがあるが、対面には座らなかった。だって、怖がるんだもん。
もちろん、究極の自学自習であることは、初めて知ったし、同時に、某横浜の小学校の先生が、総合的学習の時間で、座席表に付箋を貼り、それぞれの子どもがどこまで学習を進めているのかチェックされていたことを思い出した。

で、夜は久しぶりにもつ鍋研究会。もちろん、例の店、である。今回は、豆腐を入れるタイミングを研究。まるで構成法だ。
途中、「特殊清掃」に話題が飛ぶ。
何しろ、「液体人間」だ。もつ鍋を食しつつ、こんな話題で平気なのは、あたしだけかと思っていたのだが、メンバーもそうだったようだ(そう、あたしに見えただけか...)。ちょっと、驚き。
とは言え、あたしの場合は、すでにCSI*で何度も見ているので、なんてことはなかったのだが...
紹介されたブログを読んで、ちょっと吃驚。
うーむ、脂肪を落としてカラカラになって死にたいものだ。

どこのブログだったか忘れてしまった。
地図が載っていた。
Google Maps APIを使っていることはわかったので、とりあえず、遊んでみた。
でも、ばればれ、になってしまうな。

ランダムに滑って止まり跳ね停まるさざ波に揺れ戻さるる蟲

水を裂き波紋を壊しゆらゆらとそは縄張りを持たぬものかは

鑑賞文をお送りいただいた。高専の国語の授業を観て詠めるで、7首をお送りした高専の国語の先生からだ。何しろ、書評のプロ、である。

「水面」の二首に寄せて
水面の小ひさき波紋泡をなし喘ぎたる魚術知らぬ吾
残照がやはらかにさす水面と木々から雲へ乱るる蜻蛉
 この二首には、「水面」に投影された「吾」の心象風景が詠み込まれている。これらを連作として読んでみたい。
 一首目の「水面」は、小さく揺れている。水中に生きる魚であるはずなのに、今はどうだ、水面から姿を現わして喘いでいるではないか。それを眼前にする「吾」の心はとたんに苦しくなるが、なす術はない。魚に対しても、そして自分自身に対しても。下の句は、「魚」と「吾」の重なりが「波紋」と同調して動的に表現されており、巧みである。
 やがて魚は水中へと帰っていき、「水面」の波紋もおさまっていく。「吾」の思索の時間がゆるやかに流れていき、揺れていた「吾」の心もやがて風景の一部となって落ち着いていくのだった。
 二首目の「水面」は静かである。残照は、「水面」をなだめるかのように「やはらか」でやさしい。この光によって、疲労を体に残したままではあるが、「吾」の心は癒されていく。時が佇んだかのような静謐な夕暮れの風景だ。だが、ふと仰ぐと蜻蛉が乱れ飛んでいるのが「吾」には見えるのだった。人によっては、ただ美しい風景かもしれないが、ようやく整えることのできた「吾」の心には、小さな波紋が再来するのであった。
 魚が「喘ぎたる」のも、蜻蛉が「乱るる」のも、それは「吾」の生物への感情移入によった表現であろう。「吾」の小さき生物へのまなざしはとても優しい。そんな優しく傷つきやすい歌詠みの心の「水面」は、日常の喧噪によって幾度も「波紋」におそわれる。時に自然の風物に癒されつつも、完治することのない深い傷は、その度に疼きだすのである。
 人々は程度の差こそあれ、誰しも「波紋」と折り合いをつけながら毎日を過ごしている。けれども繊細な感性を持つ人にとっては、うまく遣り過ごせないことの方が多い。葛藤は言葉に置き換えられ、定型におさめられて、外部へと押し出されていく。そして傷みや感動を共有できる読者を得ることで、それは「歌」として自立するのだ。

残照がやはらかにさす水面と木々から雲へ乱るる蜻蛉

通院の日。
7/5水曜日にダラダラしていた所為か、起きたら11時を回っていた。
さりながら、ちゃんと「儀式」は行って、慌てて診療時間終了間際に駆け込む。
6/22木曜日に行った血液検査の結果が心配。
尿酸値が8から6.8に下がる。不思議。境界が7だから安心はできないけど。
ガンマ等、肝機能は正常範囲。
中性脂肪がずば抜けていた。
夜食が効いているのだろうな〜
薬は変らず、小青竜湯はストックがあるし、なにより喫煙でくしゃみ・鼻水が出なくなっているので止める事になった。
血圧の薬は残った。

午後は、3コマの授業。
学生たちの作業を主に(特に2コマは演習だし)したのだけれど、やはり、疲れた。
おまけに、主に使っているコンピュータが機嫌を損ねるし、もしかして、iMac G5を使うこと自体間違っているのかもしれない。
CPUメーターを見ていると、ほとんど100%使っているものな〜
とは言え、Power Mac G5とディスプレイを置く場所は、ない。
...掃除しろっ!、片づけろっ!、て、そーなんだけどさぁ〜

水面の小ひさき波紋泡をなし喘ぎたる魚術知らぬ吾

午前中は、いつものように(儀式的に)、コーヒーを入れながら、タバコを3本、コーヒーを飲みながらまた3本、あっという間に時間が来て、タクシーで向かう。
授業が億劫、かもしれない。
が、やはり、授業をし始めると調子が上がる。
に、しても、ぼんやりタバコを吸っていた時の突然の留守電のメッセージには参った。留守電のメッセージはケータイに転送するようにしている。
なんと、上司から、明日、7/4のヒアリングに備えて、今日7/3の13時から事前打合せをしたい、という。授業とかぶってしまう。休講にするのかよぉ〜、やれば調子出てくるのに。
教育・研究よりも会議が優先される、のでは、あるが、13時からの授業は大学1年生を対象としたとてもとても大切な授業だ、それはおわかりいただけるでしょう、だから、出席は無理です、とメールを送っておいた...首切られるかな。

幸い、資料に必要事項を記入し、7/4の会議に出よ、とのメールでのお返事。
その会議、数週間前、出欠を尋ねられ出席すると回答したにも関わらず、出席者には名前が載っていなかった。
出なくてもいいのでしょう?と事務にメールを送ったのだが、梨のつぶて。
なんだろーねー

で、7/4の会議、は、JKセンターの主立った方々が、部局の情報機器、セキュリティ等の状況についてヒアリングする、というもので、恥ずかしながら、我が部局で、太刀打ちできるのはあたししかいない、にも関わらず、出席者に名前がないのだから、勝手にしやがれ、と、思っていた矢先の留守電だ。
上司は、副○○長が事情があって出られないのであたしに出てもらった、と、言い訳していたが、仮に某○○長が出席した場合でも、その某○○長があたしを呼んだことと思う。
強みはまだある。
何しろ、JKセンターの紀要への投稿、研究会での発表、という、実績もあたしは持っている。
もちろん、当のJKセンターの委員でもあるので、「主立った方々」はほとんど知っている人ばかりだし、当然、その委員会でバシバシ発言するから、彼らだってあたしのことは知っていたことだろう。
それにしても、なんで出席者から外したのかね〜

始まってみると、案の定、Linuxは何を使っている、とか、MTAは何だ、とか、端末室での学生の利用状況は、とか、コンピュータウィルス対策は、とか、両脇の我が部局の方々は辛い時間を過ごしていたことと思う。事務局も質問されて困っていた、ので、助けてあげた。
...助けられた、とは、思っていないだろうな。
それに、あたしのおかげで、我が部局には、(自慢できる*)独自のアプリケーションが複数存在している。公開しているデータペースだって複数ある。ヒアリングに参加していた他の部局よりも凄いのだぞぉ!

そうそう、情報教育に関して、暴れた。
某部局が、大学1年生の情報処理教育では、メールの送り方、ワードプロセッシング、表計算アプリケーションの使い方を教えてくれ、Pascalは学生に評判が悪い、等という、事情を知っているものにとっては強烈な「暴言」をはいたのだな。
...勿論、教材の砕き方、目標の設定の仕方、そして教え方が悪い、のかもしれないけど、ね。
JKセンターの方々がざわついたので、その隙に、あたしの持論を披露した。
つまり、メールの送り方、ワードプロセッシング、表計算アプリケーションの使い方、なんてのを大学でやるのは意味がない、そんなもんやっちゃったら、専門学校と変わりがなくなるではないか、仮に実施したとしても、ワードリテラシーやエクセルリテラシーが身に付くだけで、コンピュータリテラシーは身に付かない。大学における情報処理教育をどうすべきか、今では高校で情報を履修してくる学生もいるというのに、それだけ考えることだけでも大変なのだ。さらに各学部からの「素人の要求」、そんなジレンマに情報処理教育担当者は陥っているのだぁ!、わかりやがれ!
すると、間髪を入れず、某教授(今回はJKセンター側)が、それを言い出したら時間が足りない、と静かに止めてくれた。そう、20年前から、某学会では議論され続けているのだし、決まらないだろうさ。
某教授は、わたしだってやりたいことがある、とおっしゃっていた。そうだろうさ、情報の専門家だもの。そして、最後に、問題は誰が担当し実施するか、だ、人任せ(他部局の教員に依頼)にするのではなく、必要ならば担当すべき、と締めた。
よくぞ、言ったり!、その通り、要求だけでなく、自らが育てたい学生に必要ならば、自らそれなりの基礎教育をすべきなのだ。
...基礎教育って、何?という基本的な問題は残るけど。
少なくとも、あたしは、やっているつもりだ。
最近、我が研究室の名称を「尻拭い研」と言い換えることにしたばかりだった。
これまでの授業では聞いた事がない、なんとなく聞いた事がある、といった事柄を、必要ならば、丁寧に、短時間で、正確さを犠牲にして、わかり易く説明してから本筋に入る。
(正確さとわかりやすさは反比例する)

で、また、疲れた。7/5は、一日ダラダラしていることだろう。
タバコは一箱いくかもしれない。
あ〜あ

ビデオにて古文読み解く子らを見る常ならざるや私語の少なき
ズボン脱ぎ熱日に耐へつ黙々と課題解けしや楽しかりしや
次々と前の時間の要点を発する子らぞ主人公なり
古文読み意味ぞ知りたき子らが増ゆ鑑賞文へ一歩近づく
苦慮しつつ自分の言葉捻り出すそはすばらしき気付きつる子ら
大声を張り上げずとも子らを御す御された振りも子らの智慧なり
百倍の時間をかけて創りたる授業の意味を子らや知らなむ*

同僚の母堂の訃報吾の母もPDなるぞ未来の重き

博論の構想発表があったはずだ。
教授会もあったはずだ。
起きた時には、既に始まっていた、という、例のパターンである。
とても、背中が痛い。だるい。
で、さぼる事にした。
移動疲れ、学会疲れ、委員会疲れ、が、一気に襲ってきたようだ。
一日中、ダラダラと、撮りためたドラマ(CSI*)を見る。
食欲もない。タバコは増える。
ろくな事はない。
明日、木曜日は、半日(3コマ連続)授業である。
できるかな...

移動疲れ、学会(ケンカ)疲れ、が、いったいいつ出てくるのか、ドキドキしながらの月曜日。
やはり、まず、授業をやりたくなかった。珍しく遅刻する。
タバコの本数も増えてしまった。
某クレジット会社のポイントというやつでもらったコーヒーメーカーでコーヒーを入れながら、2〜3本、吸っている。
コーヒーを飲みながら、2〜3本吸っている。
気がつくと、もう、授業の時間が迫っている。
慌ててタクシーで駆けつける。
話をし始めると、例のように調子は上向くのだが、それまでが、なんとも。
睡眠も乱れ始めてきた。まずいなぁ。

27日火曜日は、全学の会議。かつてやった事のある委員だが、どうにも、ムダな作業なので、初回、副学長が出席されるはずだから、文句を言ってやるつもりで、頑張って時間通りに出かけた。
この委員会は、「親委員会」のワーキングのような存在だ。毎年、報告書を作成し、それを「親委員会」に報告する。
では、その報告の結果、どのような情報が与えられたのだろうか。それを知りたい。
その情報を元に、今年度の活動計画は調整されなければならない。
授業評価と同じはずだ。
以前、このことを質問した時には、副学長の顔色が変った。
例によって、本当の事、痛い事、を言ってしまったのだろう。
今回は、事務方がゴモゴモと状況を説明してくれた。
これでは、結局、この委員会の作業が、「無意味なもの」として、単なる慣例として、続けられる事になってしまう。
あ〜、イヤだ。

6月24日(土)・25日(日)は、 JAPTL の年会だ。
今年は、茨城キリスト教大学(日立市大甕)だった。
築○十年のビジネスホテルに泊まる。インターネットが利用できる、ということと、会場に近い、というだけで予約。
他の皆さんは、どうやら、日立市に泊まったらしい。
一応、理事なので、24日の理事会にさえ出ればよかったので、かなり気がラク。
初日、2日目と、遅刻。セッションの最初の発表の終わり頃に会場入り。
この学会は、小さい事もあり、発表に15分、質疑応答に15分、さらに、セッションの終わりに改めて討論の時間が取ってある。
授業研究が主体であり、大いに刺激される。
で、2日目の午後。プログラムを見ていて、どうにも気に入らない研究があったので、そのセッションに潜り込む。
小学5年生を200人も被験者(被害者)にして、段落の要点をまとめられるのは、中学生になってからだ、という、極めて傍観者的、無責任な研究だった。
M谷純先生が降りてきた。
「極めて無責任な研究なので、いちゃもんをつけます」とケンカを挑んだ。
「200人の小学生のこれまでの学習成果に関しては、何故、無視できるのか」
「向山洋一の段落のまとめ方に関しては、ご存知だと思われるが、意見を聞きたい。」
すると、「方法の研究ではない」から「答えられない」ときたもんだ。
思わず、「あなたは、子どもたちにどうなってほしいのだ!」と叫んでしまった。

悪い事に...次の発表がつまらなかったので、寝てしまった。
起きた時、ちょうど、総括討論の時間で、W大のMさんが、先にケンカを挑んだ発表者に質問していた。
「もし、要約する課題文に、筆者の感想など、ダミー文を入れた場合には、結果は変ったのではないか」
穏やかに質問していたが、強烈である。
いつぞやも書いたのだが、発表者はその質問の意味を理解できていなかった。
我々は、ニヤニヤしていた。
おー、怖い。

ゼミといふ閉空間のやりとりに吾の動悸を知りたるぞなき

ワイシャツで上着抱へて昼歩く冷房に耐ふ長袖なりき

ダラダラと蒸し暑くなり草深く博多の初夏や終わりたるらし

花粉症鼻粘膜にヤニ被せ緩慢な死と引き替えにする(8日 11:09:39)
花粉症鼻粘膜にヤニ被せくしゃみ抑えて依存と死を待つ(8日 11:18:26)
...どっちが、いいかな。

青空と白い半月ランダムに音なく輝り飛ぶものおかし

水面から首出し泳ぐ亀二匹歩きタバコを睨み咎めし

緑から次第に黒くなる水面紫煙の先で魚の跳ねたり

世界禁煙デー、だった、らしい。
まずい、いつもより、多く吸ってしまった。

「遠い」同僚から、重たいメールが届いていた。
世界禁煙デーに関連するURLだけならまだしも、複数の添付ファイルがあった。
一つ一つ、それらの資料を読む気にはなれなかった。始めから無視していた。

ここに1ヶ月で、急速にニコチン中毒、ニコチン依存、に進んだ、と、思う。
先の重たいメールでは、タバコは、毒である*、身体に悪い、他のドラッグと同じだ、と主張されていた。

それはそれでいいのだけれど。
どうして、「依存**」という事を前面に出さないのだろう。
すぐに、禁煙、ニコチンパッチを勧め、是非とも治療せよ、となるのは、どうしてなのだろう。
この手の説得、単なる「脅し」で進めようとするのは、単に、教育の方略を知らない無知だからなのだろうか。

依存しないで生きて行けるヒトは居ないと、考えている。
単なる、思い込み、そう思いたい、というレベルかもしれない、けど。

だから、タバコにしても、アルコールにしても、ドラッグにしても...もしかして、鬱にしても、かな、鬱依存という言葉をタイトルとした本があったけど、なんだか、読んでいてイライラした、有名な先生が書いていたはずだが...依存という問題を抜きにして考えてはいけないのではないかと、常々考えていた。
勿論、その筋の専門では無いので、よくは知らないけど。

朝、3本から5本、とりあえず、起きたら、吸っている。***
どんなに、遅く起きても、遅刻しそうになっても。
どうやら、儀式化しているようにも思う。
授業しながら、授業の合間、仕事の合間に吸いたいとは、まだ、思っていない。
だいたい、仕事をしながらタバコを吸おうとすると、火をつけても、仕事に夢中になり、結局、その一本を無駄にする。
確かに、日本のタバコは安いので、それはそれでいいのだけど、ケチなあたしは、許せない。
だから、昼間はほとんど、あるいは、まったく吸わない。
夕方、誰もいない喫煙所で、池を見ながら、ぼんやりしながら、吸うのは好きだ。
これも、儀式化しているかもしれない。

かつて「瞑想の会」に参加し...実は、おかげさまで、「手かざし」で、治療まがいのことができる、勿論やらないけど...操体法(追記参照)に入れ込んでいたとき、タバコを吸う必要はない、と、当時タバコをスパスパ吸っていた、民間療法の「師匠」が言っていた。ただ深呼吸すればいいのだ、煙を吸い込む必要はない、タバコを吸うことは、実は、深呼吸と同じだ、と、言うのだった。
確かに、日中は、時々、深呼吸...それも、腹式の...をする、しているのに気付くこと、が多くなったように思う。

でも、ニコチン大魔王は許してくれない。

演舞場舞台に並ぶ志の輔を一番上手いと誉める家元<

家元と志の輔、二人会、親子会である。
何をおいても、観なければ、聴かなければ、ならない。
で、いくつか、さぼった。

前期は、週に授業(常に全力投球!)が7コマ、ある。友人たちに言わせれば、これ位が普通、らしい、の、だが、診断名がついて3年目くらいから、「疲れる(事が自覚できる)」ようになり、とても、続けられない。
5/26などは、すぅ〜っかり、「出席する」と伝えた会議を忘れていた。
前日の木曜日が連続3コマの授業、わずか3コマ続いただけで、次の日にはぐったりしてしまう。
某公立大学の時には、朝から夕方まで出ずっぱり(1日5コマ)、立ちっぱなしでも、次の日の朝から(1コマ目から)授業をしていたのに。
何といっても、歳だな。
月曜日に2コマ授業があり、火曜日はぐったり、下手をすると、水曜日もぐったり。
木曜日に3コマ連続してあることは書いた通り、金曜日はぐったり、ぐったりしていることを見せずに、2コマ授業をするので土曜日と日曜日は、チョーぐぅ〜ったり、である。
すでに書いたように、連休はぐったりダラダラ、ほんとに、有り難い時に連休があるものだ。

で、新橋演舞場だ。
初めて行った。
花道があった。
つまり、お芝居をするところ、なのである。
客層は、いつもの家元の客層、というよりは、志の輔の客層が多かったかもしれない。
とは言え、あたしを始め、オタッキーな方々が、集まっていた。
隣のお兄ちゃんは、1つ終わるごとに、演目をメモっていた。
家元の「○○のジョーク、やろうか?」には、あたしよりも先に笑っていたから、相当なものだろう。
...恐らく、ブログに書いていることと思う。

で。
大方の予想に反して、幕が開くと、花道からいきなり家元がゆっくりと登場。
誰が前座をするのだろう、それとも、幕が開くと2人が出てくるのだろうか、などと、予想していたのだけど。

家元、耳が聞こえないのだ、もうダメだ、とは言うものの、なになに、まだまだ、やはりすごい。
何しろ、新橋演舞場で、あのネタだもの...あたしは...書けない。
終わって、次は、やはり花道から志の輔登場。
ひとしきり、弟子になって24年、ずっと、家元は自分の予想に反する事をしていたとを話した。
勿論、志の輔だから、その後が長い。
荻生徂徠、だった。
うまいなぁ〜
休憩を挟んで、再び志の輔、みどりの窓口、ところどころに、独特のくすぐりを入れる。
うまいなぁ〜
そして、取りは家元。
談志百選だったか、著書だったか、子別れは上中下あるのに、誰も全部はやらない、と、言っていた。
それらを解説しながら、演じてしまう。
子は鎹、先日の正蔵、モトイ、こぶ平、セリフをかんだけれども、演じた子どもはかわいかった。
家元の子どもは、なかなか生意気。でも、あんな子ども、居そう、だな。
最初に、例のごとく、オレの落語がわかるヤツだけ聴け、と、断っていたけれども...
あの子どもをみせたかったのかもしれない...違う、かな。
途中で、これじゃあ、今迄のと変わらねぇなぁ、とは、言ってはいたが、どうして、面白い。
やはり、すごい。
しかし、家元、だから、昨日、玄能でたたかれそうになったのかぁ...の、後、納得がいかなかった様子。
そこに、いきなり、幕が下りる。
これ、演出かも、と、思ってしまう。
もちろん、いつものように、幕が再度上がって、評価活動が始まった。
一番上手いのは、志の輔だ、と、言いかけたところで、志の輔登場。
2人が並んでいる姿が、また、よかった。
再度、家元、一番上手いのは志の輔、と強調していた。
もう任せた、と、言ってはいたが...
また、二人会が観たい。
...ちなみに、19時開演で、終わったのは、21:55であった...長い...そこが、いい...いつまでも聴いていたかった...

これで、明日は、妙な論文の査読もできるかな。
そういえば、妙な報告書を仕上げなければならなかった。
うーん、興奮して、眠れないかも。
...まずい、今日は、全然、薬を飲んでいなかった。

中年の鬱は脳超え肝臓と降圧剤の調整になる

内科なら酒とタバコは怒りて即禁悩み困りし精神科医は

5/24は会議の日であった。
どうにもだるく、頭痛がして、結局、さぼってしまった。
今年度に入って、初めてである。
週に7コマの授業は、特に、木曜日の3コマ連続は疲れる、週に2回の事前指導も疲れる。
特に後者は、講義後のフォローアップに翻弄されている。
TAも大変だろう...ありがとう。あの授業は、ほとんど、TAでもっているようなものだ。
25日は通院の日。
喫煙のことを話す。
拾ったタバコ一箱を吸ったことがきっかけ。まるで小学生みたいだ。
始めはクラクラしてそのまま寝ていたのだが、次第にエスカレート、朝5本、夕方から夜にかけて15〜20本。
さらに、体重が増えたことも話す。喫煙しているのに不思議。
単に、夜中に眠れない時、カップ麺を食べたり、ビールを飲んだりするのが効いているのだろう。
内科医ならば、食事制限(酒量...最近とても減っているのだけれども、夜中のビールはまずいな)と禁煙を宣言されるところなのたが、精神科医は悩んでいた。
それから、喫煙してから、花粉の影響が鼻に来ないこと...目には来る...も話す。
痛しかゆし、かな。
で、最終的な禁止令は、0時以降の夜食、喫煙の禁止、であった。
とりあえず、23時以降に自発的に早めて実施することにした。

蝙や蜻蛉飛ぶ池餌となる虫も豊富に飛ぶものなるべし

それなりに人は抱えしそれぞれの病気も吾の人格となり

朝五本夕方十五急速にニコ中目指してまっしぐらかな

心臓が胸郭肋骨突き破り往っちまいたい初夏の午後過ぐ

ニコチンの興奮だけが沈殿し沈静の浮く脳漿なりき

どろどろのニコチン浸けの脳漿が切れたシナプス無理矢理繋ぐ

学生を十人連れて父親気分翌日ぐったり学生あたり

ただ座りうなずくだけの会議でも前の晩から押し寄せし圧

喫煙所捜し求めつヤニ色の人差し指は鼻こするふり

裏門に吸殻の浮く缶のあり少年野球の小学校の

静かなる逆白波に跳ねる魚釣り人もなく鷺もない午後

青空に花びらもなく咲き乱るムズがる鼻は涙に暮れる

5/12で教育実習の事前指導が終わった。
裏でどれくらい「仕込み」をしているのか、誰も知らない。
思いつきで話しているように見せかけて、一応、プラン通りに進める。
疲れる。
その上、5/10には、教務委員に「なって」いた。さらに、その日のうちに会議があった。
疲れる。
そして、5/10は、親交会の新入会員歓迎会だ。あの手の「会」の司会は、(誰もそうは思っていないようだが、かなり)苦手だ(今回は、1ヶ月前から眠れなかった)、が、そつなく進められる。
友人の結婚披露パーティの司会で、本職さながらにやった経験が生きている。
で、疲れる。
5/15、5/16は、事前指導の後始末。
欠席していましたぁ〜、なんとかしてくださいぃ〜、というのが、必ず出てくる。
事前指導と教育実習が重なってしまった場合はともかく、就職活動を平行して実行してやがるからだ。
勿論、不慮の事故、病気、ご不幸、等々、様々な理由はある。
兎に角、休んでしまうと、8回しかない授業で3分の2以上の出席、に引っかかる。
ちなみに、毎年、分数の計算ができない学生どもが出てきて、12月に呼び出しをかけることになる。
4年なので、後期はほとんど大学に出て行かなかったので、掲示を見ていませんでしたぁ〜、等と、自己主張するやからもいやがる。落とすぞっ!
対策として、ビデオ学習会なるものを開いている。これだって、TAが必死こいて「仕込み」をしている。学生どもはなぁ〜にも知らない。
事前申し込みが前提なのに、勝手に友人に付いてくるやつらがいやがる。慌てて資料を準備する。
で、さらに、疲れる。
TAはもっと疲れているか。
5/16の夕方は、日赤で卒後1年目を対象とした研修だ。
なかなか統制が効かない、ってゆーか、関係ない話をしている。まぁ、彼らも勤務後で疲れているのだし、仕方ない。
で、こちらも疲れる。
そんなこんなで、5/17は、全身筋肉痛状態で起きられなかった。
幸いと、一日中、ダラダラしていた。
もっとも、メールで仕事はしたけど。

四捨五入すれば五十路に近づけりますます尖るオヤジなるかな

四十路過ぎ覚えたタパコくわえつつ燻る煙に見えない明日

四十半ば敢えて覚えた煙り草緩慢な死へ転びまろびつ

次々と日程表をうめながらこの日はわたしの誕生日かも

いつだったか、たばこ(ニコチン)と「うつ」という記事を見つけた。
何故か、頭に残っていた。

それと、あたしと同じくカモガヤが天敵の友人が、タバコを吸うと、くしゃみが出ない、とも言っていた。

そんなこんなで。
いつだったかもう忘れたが、1ヶ月前か、2ヶ月前か、ふと、タバコを吸ってしまった。
クラクラするので、そのまま寝た。
強い肝臓は、ニコチンもすぐに分解してくれるようになったらしい。
毎朝、起きがけに3本、吸っている。
昼間、仕事をしている時には、全く吸わない。
時々、夕方、池の水面を見つめながら、外で、灰皿の側で、ぼんやりしながら、一本吸うこともある。
食事の時は、絶対に吸わない。灰が飛ぶし、味がわからなくなる。それは、なにより、料理人に失礼だと思う。
歩きタバコは、悪いと知りながら、時々。
右手の人さし指の爪は、すっかりヤニ色だ。
問題は、休日。
ほとんど、チェーンスモーカー状態。
咳き込みながら吸っている。
土日で1箱は確実に開けてしまう。
次の問題。
眠剤を飲んでも、中途覚醒してしまうことがる。
こんな時は、決まって、まるで、腸の中に何かが居て、運動会をしているようだ。
世の人々は、これを「いらつく」と言うのだろうか。
幼い時にもこんな状態にしばしばなった記憶もあるので、あたしなりの「いらつく」状態なのだろう。
でも、変な論文や、変な研究計画書や、変な卒論・修論の口述試験の時の「いらつき」は、アドレナリン上昇、心臓バクバクだから、ちと違う。
で、フラフラと起き出して、2本ほど吸ってみる。
眠剤が効いているので、頭はぼぉ〜っとしているし、目はとじたくてしかたないのに、腸だけ...「腹」の表面...激しく「何かが居る」感じがする。
吸い終わると、そいつらは、どこかに行ってしまう。

そして、この時期、マツとカモガヤの二重攻撃を受けているはずだが、くしゃみは出ない。
...特に、メンソール系がいいように、「思う」「思っている」だけ、かも。
何より、4月・5月のチョー忙しい時期も乗り切れた。
...連休中はチェーンスモーカーだったけど。

ある先輩が、喫煙は緩慢な自殺だ、と表現していた。
そうなると、これも、自殺企図の一種か。

さらに、ダラダぁ〜ラな連休が続く。
5/5は、すっかり二度寝。昼をとっくに過ぎて起きる。
山積みのモノドモを見て、がっくり。
ひたすら、テレビを見て過ごす。子ども番組だけだ。
仕方ない。
5/6は、指導生との打合せ。
3回の授業のまとめとなる最終回。あたしとしては、最初の回で主張した看護の方法の元になるルールに立ち返りたい。
さて、どうまとめるか。
かつて、技術は、人間的営みにおける法則の適用、と定義した人がいた。昭和25年である。
すばらしい定義だ。
あたしは、これで行きたい。
法則は知識体系と通じるものがある。知識が構造化されていない(否、知識が孤立している)看護学生どもに、多少でも構造化するメリットを伝えたい。
なかなか面白そうな授業になりそうだ。
...ほんとは、一緒に聞いている同分野の他の教員どもに理解させたいのだ。何しろ、そのうちの一人はあたしの授業をかつて受けたことがある、にも、関わらず、理解していないようなのだもの。単位、返してもらおうかな。
で、興奮したせいか、また眠れなかった。
月曜日から大丈夫かな。

ダラダぁ〜ラな連休。
たまっているモノドモを片づけようと、まずは道具から、と、一番安いシュレッダーを購入した。
...ついでに、ヒゲ用にバリカンも買った。
シュレッダーにかける書類が山積みだったので、とりあえず、一山崩した、ところで、飽きた。
5/4は、指導生との打合せ。
直接の指導生だけでなく、その友人が来ていたので、3人で「歴史」の授業を中心によもやま話。
だが、このようなよもやま話の中に、極めて貴重な示唆が含まれることが多い。
あたしが院生の時には、他人の論文の話(構想、データ処理等々)をよく聞いた。とても役に立った。
指導教員との打ち合わせは、10分位で終わって、残りはパズル談義、よもやま話であった。
しかし、さすがに指導教員、的を得ていた、と、今になって思う。
だって、役立っているのだもの。
打合せ終了後、自分の仕事...サーバの点検をした。
腹が減ったので、泡盛のお湯割りを2杯ほど飲みながら進めた。だって、単純作業が10回も繰り返しなんだもぉ〜ん。
白ワインもあったので、500mlの「お茶」のペットボトルを洗って移し、ちびちびやっていた。
で、バスに乗る。
途中で寝てしまったようだ。
「お客さん、着きましたよ!」と、運転手さんに起こされた。終点に来ていた。
バス路線は住宅地を回って営業所まで行くのだが、実は、営業所と自宅は歩いて10分くらいだ。
軽く散歩をしながら帰る。
に、しても、不覚。
で、夜中、眠れなかった。5時過ぎにようやく寝つく。
明日以降、さらにダラダぁ〜ラな日々になるだろう。

隅々に積み上がりたるモノどものケモノ道行くトイレの遠き

カモガヤ発見。2005年は4月22日に写真を撮っていた。
3月はスギ、5月の連休はマツ、梅雨の時期にはカモガヤ、と、順番が決まっていたのだが、ここ数年、ずれる。
散歩の途中で「むれ」を発見。敵ながら、なかなか、見事である。
カモガヤ2006A
まだ、穂が出かかっている、と、思ったら、熟しかけているではないか。
カモガヤ2006A
花粉まで飛ばしそうな勢いだ。
カモガヤ2006A
マツはマツなりに、松ぼっくりを準備中だ。
つまり、連休は、マツとカモガヤの二重攻撃にされされるのだろう。
家からでいないことにしょっと。

思い立って、仙台にいる。
目的は、またまた、父親に説教すること、母親の愚痴を聞くこと、そして、終身保険に入ってもらうこと。
で、8日、寝過ごした。始めから、午後の便にしておけば良かった。キャンセル料金8000円、改めて片道料金を払ってチケットを購入した。
夕方遅く仙台到着。PowerBookG4 12インチで、お仕事。電子シラバスシステムから時間割を作るhtmlファイルを調整した。大学院の時間割は7時限目まで表示してしまうことにした。
9日、デパートで買い物。後、母親に電話して買い物リストを作る。イヤホンマイクを取り出し、メモ用紙をとり出し、ボールペンをとり出し、リストを書いて、デパートを出てしばらくして、ウェストポーチのジッパーが開いていることに気付く...それも財布が落ちたから、気付いた。で、よくよく調べてみると、運転免許証とクレジットカード入れが、ない!
デパートまでの道を戻りながら探したが見つからず、デパートのインフォメーションのおねーちゃんに、近くの警察の場所を聞いた。中央警察署があったはず、だが、移転したはずだ。どこが近いのだろう???
と、その時、隣にいたインフォメーションのおじさんが、K米さんですか?と声をかけてくれた。はい、と答えると、こちらへどうぞ、と裏の事務所に案内してくれた。届いていたのだった!
あー、有り難い!
それにしても、昨日に続き、朝から、ボケボケである。
父母は、保険料金はあたしが払う、ということで、終身保険に加入してくれた。何より、入院費用がそれなりに支給されるのが言い。2004年のようなことが合った場合、いや、今後は必ずあるはずだし、多少でも助かる。
夕方、カレーライスを作る、と、いう母に手伝った。
ジャガイモと肉の煮える言い匂いがした。なんと、ヒレ肉を使っていた!
煮すぎるとかたくなる、だろうから、とてももったいない、と、思い、一度引き上げることを提案。カレールーを入れる直前に肉を入れ、トマトケチャップと醤油で味を整えた。
母親がいつも作るカレーは、父親用に小さな器に入れて出すらしい。具だけを拾って食べ、汁は残す、のだ、そうだ。
今回も小さな器に持って出した。肉をちぎりながら、これは牛肉か?と父が聞く。いいえっ、豚のヒレ肉でござる。
どうよ、柔らかくて、うまいでしょ。
今回は、器をなめるようにして食べてくれた。
ちなみに、カレーライスは、箸で食す。最後に二口分くらい白飯を残しておいて、カレーの汁を集めて食べるのがこつ。
そうそう、みそ汁も作った。ジャガイモにセロリ、キャベツの乱切り、具だくさん。
炭水化物過多、であった。
10日は、寝坊してしまい、ギリギリに空港に到着。20分前だったが、チェックインはできた。
問題は、手荷物検査。ケータイ電話を腰にぶら下げたままだし、ポケットにはのど飴、ばしばし、引っかかった。
なんとも、3日ともボケボケであった。
10日は大学院のオリエンテーションがあったはずだが、老人の介助ということで許してもらおう。
疲れは、11日にでるのかな...
通院の日。
処方せんが「美しくない」ということだった。なるほど、プロにはそれぞれの分野で美意識があるわけだね。
確かに、薬が多い。特に、内火薬...ボンっ...内科薬が増えている。降圧剤、眩暈の薬、花粉アレルギーの薬、それに、眠剤系も増えている。眠剤が増えているにも関わらず、眠れないのだから、困ったものだ。
で、眩暈の薬を朝1錠(メチコバール500μg1錠は廃止)に、眠剤を変えることになった。具体的には、
朝...ニューロタン25mg2錠...降圧剤
朝...メリスロン6mg1錠...眩暈対策
朝晩...小青龍湯...花粉症対策
夕方...パキシル(SSRI)10mg1錠、レスリン50mg1錠(量が増えた)
夕方...ザジテン1mg1錠...花粉症対策
就寝前...レスリン25mg1錠、デパス1mg1錠、ドラール20mg1錠、さらに不眠時ラボナ50mg1錠
レボトミンからドラールに変えた。以前、服用したことがあり、比較的よく効いていた記憶がある。

ちなみに、ヒゲを伸ばし始めた。4/5に床屋に出かけたのだが、バリカンできっちり整えてもらった。
別に、H谷先生を目指している、わけ、ではない。
あごにできた傷のカサブタが治る前に引っ掻き、引き剥がしてしまう「自傷行動」を抑制し、傷をなんとか治したいから、である。3月の慰労会で、Y口先生が、湿疹ができて困っていてヒゲを伸ばすことにした、と、立派なヒゲを見せてくれたことがヒントになっている。
まだ、しょぼい。
周りの人たちはなんて言うかな...

そうそう、学部1年生のオリエンテーションがあった*。例年のように、「心理学やりたいですっ」「カウンセラーになりたいですっ」と元気に答えてくれる。意見変容や説得の実験がたくさんできそうだ。
腕が鳴る、ブンブン。
ちなみに、毎年失敗している。評価活動をしよう、と、してはいるが、今年は講義がないから、頓挫。
コアセミナーでがんばりますか、ね。

明け方寝て、ふらふらしながら午前中から昼にかけて「規則的に」起きる。
幸い、今年は、某ガイドを直接編集する必要はない、ので、昨年のように徹夜続き、腱鞘炎で悩む、ことはないが、似たような生活をしている。
助手諸君がとてもがんばってくれている。有り難い。もつ鍋、だな。
可能性として、4/6のオリエンテーションで配布する、とした場合、カラーコピーの時間を考えれると、4/5の午前中までにはなんとか初稿をあげなければならない。
仮に、4/6に印刷利用しないとして、ホームページで公開する、という場合、であっても、PDFファイルの作成は、アナウンスまでには完了しておかなければならない。アナウンスが4/6ならば、実質、4/5までに作業を終えなければならないことには変わりはない。
印刷屋に頼んでいた時より、経費は80万円ほど浮いているらしい。
とは言え、コンピュータが20万円、アプリケーションに20万円、半分近くは物品に消えた。
複数の委員会が関わっているので、作成までに紆余曲折がある。
いっそ、あたしを編集長に任命してくれればいいのに。
他の委員会の委員はいいからさ。
編集長と言えば、ホームページも同様。
外部委託した場合、どのくらい経費が必要なのか、よくわかっていない人たちが、作れぇ〜と、言ってくる。
電子シラバスシステムにしても。
IDカード認証システムにしても。
IDカードで管理することで、どれだけ楽になったのか、もう、誰も気にしない。だから、誰がメンテナンスしているのか、についても誰も気にしない。
嫌な時期だ。
また、iTunes Music Storeで衝動買いをした。
どうやら、ちょっと低めの女性ヴォーカルが、スローテンポで歌うのがいいみたい。
日本語が入っていないほうが、いい。
なんとも、歌詞が気になってしまう。
英語でもケルト語でも中国語でもいいけど、音の一部として処理しているようだ。
...「単語」として聞き取れてしまうと、もう、だめ*。意味処理をしてしまう。文脈を作ろうとする。

で、まず、Celtic Woman。
Celtic Woman
B0007GAEGC
「Danny Boy」は...終わった瞬間、止まってしまった...泣いたかも。キャー。
「Orinoco Flow」も、Enyaと比べてみると、なかなか面白い。

次からは、よくわからないが、「Just For You**」と、言われて、試聴して、その気になったもの。

Corinne Bailey Rae
Corinne Bailey Rae
B000DN6ZGC
Put Your Records on
B000E5L8B6
「全英アルバム・チャート初登場1位」だそうだ。
ちょっと、声がなんだけど...慣れればいいのかな。

KT Tunstall
Eye to the Telescope
B0007A0GD4
こちらは、「ブリット・アワード(英国の音楽賞)」で「British Female Artist」を受賞したらしい。
なんだかよくわからない、が、凄い。
声もなかなか良い具合に響く。

Arden Kaywin
Quarter Life Crisis
B000CAKIW8
ドラマのバックで、流れそうな感じぃ〜、みたいなぁ〜
公式ページこちらはみたい...いきなり、Me With Meが目一杯の音量で流れる...あ、ストップボタンがあった...おっ、アルバムの曲を選択して聴けるようになっていける、け、ど、これ、いいのかな。良からぬやつらが持ってっちゃうかも...あれ、PayPalにもリンクがあって...$11.05 USDで売っている。
ダウンロード販売、かな。基本的に、iTunes Music Storeもダウンロード販売だものね〜。似たようなことはすぐにできるようになる(普及する)だろうさ。
ふ〜む。ネタにできるかな。

そして、Anna...
POP RADIO ポップ・ラジオ
B000E6G2FC
...これは、もう少し、聴かないとよくわからない、かも。
バックの弦楽器が耳障りに感じるのは、あたしだけぇ?
ロックだから、いいのか...偏見だな。

そういえば、卒業式・修了式、であった。
あたしが学生の時には、直前までコンピュータ関係の仕事をしていて、そのままふらっと出かけた。
周りに人たちに、あれ、出るんだ、と、驚かれたけど。
院生の時は、よく覚えていない。何しろ、専攻で一人だけの院生*だったから、誘ったり誘ってくれたりする友人がいなかったから、出たような出なかったような...後ろの方に座って、他学部の総代のパフォーマンスを見ていたかな。
教員になってからは、とりあえず、助手の時(国家公務員)にはひたすら仕事をしていた。式が終わって、思い出したように訪ねてくれる学生・院生はいたけれども、何といっても、仕事をしていた。
青森に移って(地方公務員になって)からは、一応、毎年、出ていた、といっても、現職の時には一回だけ。1期生を送り出した。
その後、2期生までは卒論に関わっていた...遠隔教育...し、4期生が1年生の時にゼミを担当した、ので、その後も、卒業式に通っていた。
立派になった卒業生・修了生を見ると、なんとなく、あたしの力でここまでなったんだよね〜と、勘違いする。
別に、お礼を言われるなくてもよい。何しろ、あたしの仕事なのだから。
で、今の職場(また国家公務員、今は微妙に違う)に移ってからは、全然出たことがない。
一度だけ、世話人として司会をするために、修了式に出たことがあるけど、それは、仕方なく、かも。
謝恩会、と、いう、類いも、あまり出たことがない。
仮に出て行ったとして、卒業修了生たちがそれなりに喜んでくれている、と、も、思えなくて。
あたしの指導教官が、謝恩会とは何事だ!、と、吼えていたから、かもしれない。
オレは恩なんか売っていないぞ!...ガォ
あたし自身、S谷先生と同様、恨みは買っても、恩は売らない、し**。
青森にいた時に参加した、1期生の謝恩会は、なかなか凄かった。あんたはどこでアルバイトしてたのだぁ〜、というようなしゃべりの達人が司会をしていたし、構成もなかなか凄かった。
その後、通った3回は、だんだんと、卒業生が単にどたばたと小さな仲間同士で騒いでいるだけ、に、なっていったっけ。
謝恩会から卒業パーティになっていったんだと思う。それはそれでいいと思う。
そうそう、時々、看護系の学校の謝恩会に呼ばれることがある。これは、なかなか、凄い。
一人一人の教員に、「お世話担当」が決まっていた、場合もあった...ほとんどかも。
今の職場では、社会人の謝恩会の2回くらいは、そんな感じだった。
今年は...
卒業パーティの案内が電子メールで届いた。
おおっ、凄いっ、やったぁ〜、とうとう、こうなったかぁ〜、と、とても、感心した。
と、同時に、まずいよ、なぁ〜、と、も、思った。
例えば...というような意見もあります。とても良いことが書かれていると思う。さすが、S谷先生だ。
直後、卒業生からはごめんなさいメールも届いた。個人的には電子メールを歓迎するが、ほんとに招待したいのであれば、指導生に挨拶がてら出欠を確認させなさい***、とも、書いてやった...そうそう、代表があたしの指導生でなくて良かった、と、駄目押しもした、けど...ちなみに、あたしの指導生だったら、しっかり指導を入れます、はい。
2年ほど前のことだったと思う。卒業生が来て、謝恩会に出てくれ、と、有り難い申し出をくださった。その時、「恨みは買っても、恩は売らない」から、謝恩会には出ないよ〜、と、言ったら、じゃあ、謝恩会はやめて卒業パーティにしますから、出てください、と言ってくれた。
その時から、卒業パーティという名前になったように思う、の、だけど、違うかな。
2005年は、調子も悪かったけど、指導生が招いてくれたので、がんばって出て行った。
今年は、卒業生からは、あのメール以来何も言ってこなかったし...アポの取り方、知らないのかも...社会人の院生からも何も言ってこなかったし、そもそも、何よりも、調子が良くなかったので...会議をすっぽかすし...出て行かなくてちょうどよかったと思う。


そうそう、あたしが学生・院生の時には、お弁当と日本酒一合が配給されたっけ。
それを持って、ちょっと広めの演習室に専攻の院生・学生と教官たちが集まって、わいわい、食事をしたものだ。
今の職場に来てから、そのようなことをやっている研究室がある、の、に、最近気付いた...勿論、配給はなくなっているけど。
というのも、我が研究室では、なぁ〜んにも、しない、から...とても、驚いた、と、同時に、あぁ、凄い指導力だなぁ〜と感心もした。
あたしが博士課程の2年目に就職が決まって中退した時、最後の晩に、院生の皆さんが院生談話室(通称「院談」)で焼き肉パーティをしてくれた。ちょうど焼き上がった時に、指導教官のH谷先生や同僚のU野先生がひょっこり顔を出してくれたことを覚えている。
ちょっと、驚いた。
たかが1人の院生の追いコンである。もしかすると、H谷先生もうれしかったのだろうか...そうか、あたしならうれしいな。
青森にいる時から実施しているのは、卒業・修了生を送る会、を、あたしが主催して、恩着せがましく、卒業修了記念品****というのを渡していること。
あたしが学生・院生の時には、毎年、修士課程一年が専攻の追いコンを企画、司会する、ことになっていた。
卒業の時にはマグカップ、修了の時には写真立て、をもらった(逆だったかな)。すぐに壊してしまったように思う。
どうせなら、もっと良いものをあげたいなぁ〜、という、自己満足のための行事である。
青森の時には、開学したばかり、先輩も後輩もいなかったので、送り出す人々がいなかったし、今の研究室は人数が少なく、送り出す人々がいたりいなかったりするし。
自己満足のための行事は続くのである。
とても、チョーシ、が、悪い、かも。
27日は、打合せが、あった、らしい。
どうなら、曜日だけを覚えていて...メールには「27日(火)」と書いてあったので...すっかり、明日だと思っていた。
ここ1週間ほど、ずっと、明け方に寝て、昼過ぎ、それも14時過ぎ、に、起きている。
眠れない、のは、もちろんなのだが、どうにも、起きる気がしない。
一応、午前中には目が覚めるのではある、が、iTunesで音楽や落語を聴いている、うちに、また、寝てしまう。
二度寝、三度寝、が、当たり前になってしまっている。
で、起きていても、何をするわけでもない。
テレビを見ている。
ぼぉ〜〜〜っ、と。
仕方なく、コンビニに買い物に行く、よーな、かんじぃ、みたいなぁ。
4月のアーカイブにまとまっておりまする。

3月27日(月)〜4月2日(日)


3月27日(月)〜その2
仙台にいる。
数年ぶりに台所に立った。
母親の指示の元、なんと、夕食を作った、の、だった。
パーキンソン病が思わしくないようだ。日によって波がある、らしい。
今日は、買い物に出かけて、歩けなくなってしまったそうだ。
で、あたしに指示を与えている。
とは言え、あたし自身、包丁を持つのも、おぼつかない。
ジャガイモ、ナス、の、皮をむくことはなんとか...はずかしながら、切り方がよくわからない。
味噌汁を作りながら...ジャガイモを茹でながら...、切り身のシャケを焼き、真空パックのサンマの甘露煮を温め(電子レンジは無いので鍋で)、キャベツの千切りを蒸し、リンゴの皮をむき、セロリを切る、という、作業どもをなんとかこなした。
に、しても、シャケを見ろ、鍋を見ろ、と、指示を出す母親は凄い。
あたしは、一つの作業に夢中になってしまって、他のことは忘れてしまう、し。
シンクが低くて腰も痛いし、簡単な作業だったのだけれども、食べる前に疲れてしまった。
チョー、調子、悪い。
ひたすら、だるい。
3/15から眠りのリズムが乱れ、3/18と3/21は、絵に描いたような中途覚醒だった。レボトミン5mg1錠とラボナ50mg1錠を服用したのに、3時間くらいで起きてしまった。特に3/21は、目がシバシバして目をつぶると眠れそう、なのだが、実際には全く寝つけなかった。夜中、さらにレボトミン5mg1錠とラボナ50mg1錠を服用した、にも関わらず、で、ある。
結局、6時過ぎまでバッハやモーツァルトを聞きながら、午前中を寝て過ごす。
大学院の先輩が、20日から開催されていた某学会の全国大会に来ているとのことだったので、夕方、会いに出かけた。
この先輩には、大学院の時だけでなく最初に就職した時も、とてもとてもお世話になったし、はずかしながら、とてもとても迷惑をかけてしまったこともある。
なんとしても、会わなければならない、と思う。
統計本の打合せもしたいし、コンピュータに関するよもやま話もしたい。
それより何より、である。
それにしても、凄い人だ。
「勉強をさぼっていて...」と、は、言うものの、なんとも、凄いことを知っている。
刺激になるなぁ。
で、幸いなことに、この夜からちゃんと眠れるようになった。

Q&Aの続き(実際のやりとりに加筆訂正)

Yさんからのメール
ご心配をおかけしています。またメールを開けなくなっておりました。すみません。真面目に2週間に1度の通院と、投薬は守っていますが、波があるようです。レポートを提出する頃はがんばれたのですが・・・・。ここのところは、またおちこんでおりました。薬を替える相談もしていますが、もう少し様子を見ようということにしています。(もう少し強い抗うつ剤があるそうですが・・・。あまり強い薬に頼って良いものか気になっています。) まだ、電話やメールを開くのが怖いです。今日は久しぶりに思い切って開けましたが・・・。

あたしのお返事
Subject: まずは薬物療法が先です
お返事がなかったので、調子が悪いのだろうなぁ、と、想像していました。
また、電話に出られない、メールを開きたくない、の、だろうなぁ〜、と。
強い薬といっても、ちゃんと医者が処方するので、強烈なことにはなりません*。
心理療法をする場合であっても、まず、薬物療法によってある程度コントロールしてから、の方が効果的なのだと思いますね。
前に話したかもしれませんが、あたし自身、「ああ、これで効いているな〜、調子いいな〜」とわかる薬が決まったのは診断名が付いてから3ヶ月後でした。その後も、長くて数ヶ月単位で薬は変っています。その都度、強くなったり弱くなったり。
気が重いかも知れませんが、腰痛(あるいは慢性病)と同じで、いかにして共存するか、がポイントです。
薬を使っても、病気を飼いならせれば、いいわけです**。
戦略的にやりましょう。
例えば、できれば、自分のリズム...1週間ではいつ眠気がでてくるのか、1日ではいつ眠気がでてくるのか、数ヶ月単位ではどうか、といったことも、記録しながら確認して行くといいのではないかと思います、って、これは担当医が指示することだっ。
それから、かつて、あたしの指導教官だったH谷先生も躁鬱病で、あたしに診断名が付いた時、どうもH谷先生はちゃんと薬を服用していないようだ、という噂を聞きました。
で、あたしとしては、しゃかりきになって服用した(これはこれで神経症的ではありますが)わけです。今も、1日分を小分けにして必ず服用するように心がけています。前は、シートの裏側に日付を書いて管理していました、が、書きにくいので、1日分をまとめるように変えました。

恐らく、そろそろ、薬に対してどんな反応をするのか...効きにくいのかすぐに効くのか、といったこと...を担当医がつかんでいる時期だと思います。ですから、強い薬にする、と、言った場合、これからいくつかの薬を試して行くことも含まれるのだと思います。
ホルモンと同様、体内での濃度が問題になるのだと思います...だからこそ、継続して服用する意味がある。
あたしの場合、1週間か2週間の観察で、薬を変えて行きました。
そのようなことをする時期に来ているのだと思います。

あたしは、仕事をしながら闘病する道を選びました。
休職するという方法もありましたが、そちらの方法では、職場に戻ってきた時(同じ職場であれ違う職場であれ)に...職場の環境はそんなに簡単には変化しないのに、自分だけ変化しても、また自分が元の状態、病気の状態、に、戻ってしまう可能性が高いので...対応できない可能性を考え、環境に適応しつつ病気を飼いならす道を選んだわけです。
そうなると、緩解するまでにはとても長い期間が必要になります。
その点も含めて、一生ものの病気、なのですね。
くれぐれも、病気である、ということを再認識してください。
つまり、気の持ちようでどうにかなる、気合いの入れ方でどうにかなる、のでは、「ない」、のです。
また、風邪に喩えて、「うつ病は心の風邪だ」と言う場合がありますが、病気とはいえ、薬を服用すれば簡単に治るわけでもないようです。風邪の場合にはウィルスを退治できれば(休養と栄養によって免疫機能を高める、他の感染症を防ぐために抗生物質を使う)、生体の自然治癒力によって治るのに比べ、うつ病の場合には、いわば、脳内伝達物質の機能障害という状態(さらに、何故そうなってしまうのか、まだ理由がわからない、つまり、原因を取り除けない)であり、根治することが難しいということも理解すべきだと思います。
気長に飼いならすようにした方がいいと思いますよ。

思いつくまま書きました。

調子、悪いかも。
ここ数日のことだが。
何より、寝つきが悪い。一応、眠剤で寝てはいるようなのだが。
そもそも、夜中に寝る気になれない。眠くない。
仕事をしてしまう、テレビを見てしまう。
よくないパターンだ。
それでいて、起きる(翌日気がつくと)と、だるくて頭痛がする。
この時期だから、花粉の影響(鼻詰まり、発熱)もありそうだ、が、それにしても。
で、15日だ。
気がつくと、面接が始まっている時刻だった。

気がつけば軽い頭痛と嘔吐感既に会議は始まっている

目覚ましは鳴っていた、の、かもしれない。痕跡がある。
そして、だるい。
とても起きる気になれず、結局、14時過ぎまで寝ていた。
とりあえず、整形外科には行ってこよう。

ケーブルテレビのターミナルを交換してもらった。
デジタル放送対応である。
チャンネル数がやたらと増えた。
ビデオ・オン・デマンドVOD、や、ペイ・パー・ビューPPV、も、できるらしい。
双方向でやり取りすることもできるらしい。
文字放送やラジオもある。
ターミナルと言うだけあって、コンピュータと同様、MACアドレスやIPアドレスが設定されていた。

ところで、これまで、VHSとDVのダブルデッキに録画して好きな番組を見ていた。
週に7つの番組とほぼ決まっていて、それならばっ、と、ハードディスクレコーダー*を購入した。
HDD付DVDレコーダーということも考えたが、DVDを作るのは、コンピュータでもできる。
で、その7つの番組のうち、4つがCSI**である。何度見ても面白い、から、仕方ない。

ところで、VODの無料放送に、花粉症とうつ病に関するものがあった。地元局が某大学病院に取材して作ったようだ。
...ナレーションのアクセントが変だった、な。
で、うつ病。
うつ病になりやすい性格特性(タイプと言っていた)として、真面目、几帳面、完璧主義、他人任せにできない、なんて言われると、全人格を否定されたように感じる。何しろ、それを売りにしてこれまで生きてきたのだから、さ。

このような「売り」を否定する、否定される、と、いうことは、自分自身の崩壊になるのではないだろうか。
ある人から、次のように考えてしまう、という話を聞いたことがある...その人が、うつ病だったか、統合失調症だったか、記憶が曖昧だが...
薬を使って症状を抑えるということは、自分が自分でなくなること、と、思ってしまう...
と。
そーよね〜
どーするか、ね〜
あ〜、悩ましいぃ〜
...調子、悪いのかな。

入学者選抜個別学力試験(後期日程)、面接を担当した。
久しぶりに高校生を面接した。
面接担当者としては、お決まり回答をいかに崩すか、が、腕の見せ所である。
例えば、ここを参照。
あたしの場合は、にこやかに、受験生の目を見て、うなづき、なるほどぉ、そうなんだぁ、へぇ〜、いいねぇ〜、と、言いながら、こいつほんとのこと話してんのかぁ、怪しいぞぉ〜、あらあら〜、抽象的、一般的な回答になったぞぉ〜、おいおい、ちゃんと質問に答えろよぉ〜、と、辛い点数をつけているのである。
われながら、なかなか、堪える、辛い、疲れる。
ある面接担当者は、原稿を見ながら、最悪、それを読み上げながら、話していた。つまり、受験生を見ていない。
仕方ないので、その間、あたしが受験生を見て、その答えに相づちを打つのでありました。
で、そんなわけで、受験生は、だんだんと、あたしの方だけを見て話をするようになっちゃうのだよね〜
うなづいてくれるから、安心するのだろうね〜
でも、違うのだな〜
ほんと、我ながら嫌になる。
で、疲れる。
疲れたところで、慰労会があって、会議室で立食で飲み食いをする、の、だが、また、これで疲れる。
2月の「学生あたり」、「口述試験あたり」に続き、「面接(想定問答)あたり」に「慰労会あたり」である。
この疲れがとれるまでには3日くらいかかるだろうな〜<
会議3つ。
卒業者、修了者、入試の合格者、休学者の認定、研究生、決めなければならない。
それにしても、目がかゆい。
鼻水が止まらない。
これに連続くしゃみが加わったら最悪だったのだが、くしゃみはなかった。
木曜日の会議の後、退職する方々の送別会もあった。
一人、泣いていた。
もちろん、アレルギー反応である...突っ込むまでもない、か。
頭痛もする。血圧も高い。
とりあえず、8日の夕方には整形外科にリハビリに行った。
リハビリに行くたび、仰臥位で足を上げる時、だんだん垂直に近づいているのがわかる。なかなか楽しい。
ちなみに、リハビリ開始時は45度がやっとだったし、引き剥がされるような痛みが走ったし、膝も曲がっていたのでした。
今は、リハビリと呼ぶ拷問にじわじわと股が裂かれる金を取られる、では、ない、な。
もちろん、裂かれるのは、いぃ〜やぁ〜、では、ある。
ピリピリと引き剥がされる大腿の裏の筋肉、息が詰まり、息が止めてしまい、全身に力が入る、ますますピリピリする。
典型的な悪循環。
それにしても、リハビリは、あと、どのくらい続くのだろう。9月からだから、かれこれ半年だ。
それだけ元に戻りにくくなっているということか。
某総合病院で卒後1年目(7日)、卒後2年目(10日)の研修をやった。
お疲れのところ、ガリガリ頭を使ってもらうので、チョコレートをお土産に買った、ところ、デパートはすっかりホワイトデー。
包装は必要ありません、と、言ったら、では、包み直しますぅっ、と言うので、結局、そのまま、つまり、ホワイトデー包装で。
なんとなく、こっぱずかしい。
で、さらに疲れる。
わずか90分程立っていただけなのに、骨盤の奥の方の細い筋肉がビリビリ張っている。
そうそう、10日は、立て続けに会議もあった。
1つの会議では、方針がひっくり返されて、1ヶ月前に戻ってしまった。
あ〜あ、なんだろね〜
九代目正蔵を観てきた。
うーん...
三枝、小朝、歌之介、そして、弟一平が前座。
口上では、1年間精進した、らしい、ことは強調されていた、なぁ。
うーん...
いつも、セリフをかんでいる一平がなかなか見事だった。歌之助はいつものように、小朝はかなり遊んでいて、三枝もいつものように客をいじっていた。
うーん...
子はかすがい、泣けるはずだった、けど、な。
兄ちゃんは、肝腎なところで、かんだ、し、な。
「おとっちゃん、また、出て行っちゃう...あっ」
かむ、というか、「あっ」だし。
うーん...
かんだ、と、しても、そのままやって、ぼける余裕もなかったし、な。
...いつぞやの枝雀のように、おかみさんに「あんた、間違いはったやろ?、順番、間違いはったやろ?」と言わせる、とか。
うーん...
何だけど、志の輔だったら、もっと引っ張るだろうし、確実に泣いちゃっただろうし、な。
うーん...
まだ、こぶ平と呼んでおこう。
Q&Aの続き(実は2005年12月に公開しようと準備していたもの)
「あんた、さ。酒飲んで、薬飲んで、大丈夫なの?」
ダメかもね〜
眠剤が効きにくくなってるし...効いてくるのが遅くなっているのかも...
...風邪薬なんかも効きにくくなっているかも。
...酒も、かな。
(大)酒を飲んでいると、その日のうちに頭痛(二日酔いタイプ)がしてくる。
3ヶ月に一回くらい、血液検査(特に肝機能)してますけど、中性脂肪が多いくらいで、とりあえず肝機能は大丈夫。
ここ数ヶ月は、血圧も高い(150/100)...頭痛(脈動タイプ)もする...頭痛は血圧が高いからかも。
内科の医者なら、かなり強く禁酒*を命ずると思う。そこはそれ、精神科の医者は「リラックスできるのならね〜」としぶしぶ認めてくれているみたい。
肝臓の大きさは体重に比例する、らしい...処方に際して体重を目安にするのはそのため。あたしの身体だと、それなりに大きな肝臓を持っていることになる...親に感謝。じさま、ばさまにも、かな。そうなると、そーとー肝機能も高いのかもね〜
とてもとても、人さまには薦められまへんなぁ〜
とは言え、そーとー働いていることは確かだ。
効きにくい、遅く効く、と、いうのは、分解に時間がかかっているだと思う。
ちなみに、今服用している薬をまとめると...
朝...ニューロタン25mg2錠**...降圧剤
朝晩...メチコバール500μg1錠、メリスロン6mg1錠...眩暈対策
朝晩...小青龍湯...花粉症対策
夕方...パキシル(SSRI)10mg1錠、レスリン25mg1錠
就寝前...レスリン25mg1錠、デパス1mg1錠、レボトミン5mg1錠、時々と処方されているけど頻繁にラボナ50mg1錠
こう書き出してみると、多いな。
花粉の攻撃に耐えられなくなると、ここに抗ヒスタミン剤が加わる。
年末、一時に無くなって、困ったわけだ。
ヤクチュウ***だし、特にSSRIの。

花粉にやられている。
飛散量は少ないという前評判だったので、高を括っていたのだが、悲惨である。
晴れていると、家から出たくない。
もちろん、家にしても鼻は詰まる、鼻水はたれる、くしゃみが連続する、目がかゆい、ので、憂うつ、家から出たくないに拍車をかける。
...むっ、このカテゴリーは「うつ」かな。
悪いことは重なるもので、血圧も高いまま、頭痛もする。ますます、家から出たくないに拍車がかかる。
買い物、整形外科のリハビリ、最低の外出で済ませるが、決死の覚悟で臨む。
で、精製長鎖炭化水素、で、ある。
某フマキラーが販売している某アレルシャット 花粉 鼻でブロック チューブ入、で、ある。
かすかに機械油のにおい*がする...が、そこは人間の鼻だ、慣れる。
鼻の内側に綿棒**でぐりぐり塗る。
マスクは必要ない、と、いう、謳い文句だけれども、怖くてずっとマスクはしている。
ムズムズ感はするものの、鼻の詰まりや鼻水はないし、連続くしゃみもない。
とは言え、晴れた日にマスクを外して実験、するのは、まだ怖い、な。
まぶたと目の下に塗ると、目がかゆくなくなる、ってことには、ならないかな...

花粉である。
ほんとに、まったく、もう、大変である。
連続くしゃみに鼻水、目もかゆい。

2/21は、某委員会。認定に関する説明はあたしがやった(とはいえ、その前の某委員会では、あたしは委員ではないのであたしの説明なしに決定されてたのであるけれども...)。さらに、思わぬ質問が出た時、某係長の説明では納得していただけなかったようだったので、経緯を説明した。これでは、某委員会と同様、ほとんど、あたしで持っているような会議になってしまっている、まずい。
2/22は会議の日。で、夕方はもつ鍋。7人で鍋2つ。例のように1つを担当。なかなかよくできた。雨だったので花粉の影響も少なく快適。
2/23は通院の日。抜き打ちで血液検査されたっ。尿酸値がやばいっ。
それにしても。
2/23・2/24と頭痛がひどい。イブプロフェンを決められた服用間隔を空けずに服用。左耳の上の部分に脈動する痛みがある。血圧も高い。
やだな。

霞み立ちやはらかな風春の空くしゃみ連続涙に暮れる
疲れた。
我々の仲間(どうしようもない学生の論文をそれなりに仕上げる職人たち)内では、食あたりならぬ「卒論あたり」という言葉がある。毎年、2月は、その伝で言えば、差し詰め、「口述試験あたり」だ、な。
2/18(土)は、博士課程(社会人特別選抜)があった。
外国語に関しては、ここに書かれていることに大賛成。外国語で書かれたニュースサイトで大意をつかむことくらいはできてほしいのだけれども、なぁ〜
それに、いつもながら、研究計画がいいくらかげんだと思ってしまう。
質問紙調査をなめている、と、しか、思えない。
インタビューをなめている、と、しか、思えない。
以前、某青森公立大学にいた時、某弘前大学に赴任していた先輩と組んで、某鳴門教育大学の遠隔実験授業に参加した。統計学である。某SPSSをコマンドで使うのである。その際、先輩が、調査法と実験計画の概要を説明するところで、ちゃっちゃっと質問項目を作り、適当に因子分析(その前にクラスター分析をして因子数を決める)をして、はい、調査研究の一丁上がりぃっ、と、皮肉を込めて書いていた。
それすら、ない。
妙な文章を仮説と呼んでいる。
もちろん、仮説演繹法を使っているようには見えない...知らないのかな???
理屈が見えない。
疲れる。
で、最低週に2回、整形外科に通うことにした。
コンピュータの前に数時間座り詰め、ということがないためか、担当マッサージ師が驚くくらい、背中は柔らかくなっていた。ただし、右足の背面の筋肉が強張って、仰臥位から垂直にまで上げられない...左足はそれなりに上げられるようになったのに...
まだまだ、だな。
2週間前のことだけども、書く気になったので、投稿することにした。
1月31日(火) の会議でのこと。
欠席された方がいらっしゃって。
事前に、委員長宛には「体調が悪い、当日も行けないかもしれない」との連絡をしていたとのこと。
そのように連絡するだけ、まだ、いいと、思った。
あたしの場合には、気がつくと会議の開始時刻を過ぎていることが多々あるのだし。
で、だ。
同じ系の委員がボロクソに言っていた。
「男の更年期のようだ」とは言うのだが、ボロクソ、であった。
...でも、あたしの見る限り、立派なうつだと思う。
おせっかいだけど、あたしの経験では...、と、弁護してみようか、と、思ったのだが、すくんでしまった。
ああ、情けない。
もしかすると、あたしのように、カミングアウトしていないのかもしれない。
もしかすると、あたしの時のようには、同僚が事情を知らないのかもしれない。
あたしが会議を欠席している時、あのように言われているのだな、と、思うと、いたたまれなくなった。
まだまだ、だな。
2/14と2/16は、家から出たくなかった。
単純に、疲れた、の、だと、思う。
おまけに、久しぶりに頭痛がする。血圧も高い。150/100。
動きたくないので、食欲もない。
とりあえず、降圧剤と眩暈の薬と鎮痛薬(イブプロフェン)を空きっ腹に入れた。

2/14の午後は、それでも、打合せに出かけた。
4月から研究生になりたいという留学生との面談である。
これまで、日本の大学を卒業した留学生は指導したことがある。研究生から始める場合は初めてだ。
実は、もう一人来るはずだったのだが、連絡なし。
結果的によかったのかも。体調を考えれば、一人でも十分...いっぱいいっぱいかも...かな。

2/15は、久々に整形外科に行った。2/14も行きたかったのだが...2/16も行きたかったのだが...
ただでさえ眠れないのに、背中が痛くて、ますます眠れないことがある。
この時期、口述試験が連続し、長時間座っていなければならないことが多いので、できるだけマッサージは受けておいたほうがいいのだろうな。
2/17と2/18の午前中も行くことにしよう。

実は、連日...口述試験の後でさえ...サーバたちの種々のアプリケーションを更新(バージョンアップ)するため、夜中まで大学で作業してしまっていた。さすがに夜中までいると、頭が痛くなる、し、咳まで出てくる。花粉アレルギーが始まったようで鼻もグズグズする。
そんなこんなで余計に疲れる。
疲れたからといって、家で寝ているだけでも、また、疲れる(疲れが取れない)、の、では、あるが、とりあえず、寝て過ごす。

試験続きであった。
2/3...卒論口述試験
2/4...修論(社会人)口述試験
2/10...修士課程入試(口述試験)
2/13...修論口述試験
毎年、とても、まいる、時期。
自戒を込めて、そうとう厳しく質問するし、点数をつける、ことに、している。
いつまで続けられる、かな。
口述試験で質問され、答えられない、と、いうことで(院生・学生さんたちが)悩む必要はないかもしれない、と、最近、思うようになった。
もちろん、その質問の内容にもよる、の、だけれど...
いつぞや、某先生から、「あなたの質問は明快だ」と言われた。
そりゃそーだ、それが研究分野の1つだもの。
それにしたって...
あたしの場合は、質問の目的の1つが「土台を崩す」質問をすること。
もう一つは、成果を前提とした場合、どのような予測が成り立つのか、と、聞くこと。
それにしたって...
そもそも、意見なのか、感想なのか、代理でまとめているのか、指導なのか、わからない質問、というのも、実は、ある、のだ、な。
試験官の一人として聞いている、このあたしでさえ、何を聞きたいのか、よく、わからない、場合もあって、院生・学生がかわいそうになる。
で、質問の意図がわからなくて、答えられない、と、いうのは、よし、とすべし、かも。
口述試験でいちばん困るのは、質問すら出てこないこと。
無言のまま、厳しい点数を付ける、試験官だって、いる、の、だし...これ、かなり、怖い、よん。
どんどん質問が出てくる、というのは、それなりにできが良かったのだ、と、思うべし。
とは言え、穴だらけ、で、その穴をバシバシ指摘する、と、いう場合、が、ほとんど、かな...
ありゃ?
Q&Aの続き...Q&A_6の続き
(実は2005年12月に公開しようと準備していたもの)
「ブログでカミングアウトしているけど、差別とか、ないの?」
類は友を呼ぶ、か、朱に交われば赤くなる、か。
ここ1年のうちに届いた、近しい人たちからのメールの中から。

○Zさん
とはいえ、ここ最近の私は精神的に不調でありまして(少量ですが抗鬱薬を処方してもらっている状態で)、著しく知的作業の効率が落ちているようです。
だからどうだ、という話ではありませんが、一応知っておいてもらいたいと思い、加えてご報告いたします。

○Yさん
今年の2月に体調を崩し、人間ドックで糖尿病と肝機能障害が見つかりました。まだ生きておりますので、それほど重大な症状ではなかったと思ますが、父の病気や、痴呆症の祖母の介護の問題、その他の自分の家族の問題、仕事の問題が重なり、落ち込んでしまいました。
自分がしっかりしないとと思うと病気のことも家族には内緒にしております。入院することがこわくて、それ以来病院に行けなくなりました。仕事も子どもたちが学校にいる間は気を張って何とか出来るのですが、子どもを帰したあとに虚脱感におそわれるようになってきました。人に会うことがおっくうになり、調子が悪いときは携帯電話に恐怖感を憶えたり、こわくて2ヶ月間メールが開くことができなかったこともありました。

どちらの場合も、どう考えても、うつだと思うのだな〜
特にYさんは、一時期(電話やメールが怖いのは、今でも続いている)のあたしの状態と同じで、かつ、診断の時の適切属性となった事柄が書かれている。とても立派なうつだと思うのだが、文面に書かれている「病気」は、糖尿病に肝機能障害であって、鬱病ではないと思う。本人自身、精神病とは認めたくないのだろうと思う。
そして、どちらの方も、周囲にカミングアウトはしていない(できない)ようだ。
家族にすら言うこともできず、学校や職場でも秘密にしなければならない、というのは、自分自身の持っている精神病に対する思い、恥ずかしさだけでなく、周囲の無理解に対する警戒(周囲は無理解だろうという推測)もあるように思う。
あたしのように、無理解は「職場自体の存在を揺さぶるハズだ」と居直ることは、実は極めて稀なことなのだろう。
(稀だからこそ、貴重なのだと考えたい)
果たして、義務教育の学校で、そこに所属する先生が精神病だということがわかった時、仲間の先生方は、子どもたちは、その親たちは、どのような反応をするのだろうか?
子どもたちにとって、とてとても良い先生であったとしても、先生として極めて優秀な働きをしていたとしても、辞めさせろ運動が起きるのだろうか?
もしもそのような事が起きたとしたら、その学校の人権教育が失敗している証拠になると考えざるを得ない。
妙なところでFDファカルティ・デベロップメントができてしまうと思う。

Q&Aの続き
(実は2005年12月に公開しようと準備していたもの)
「ブログでカミングアウトしているけど、差別とか、ないの?」
あたしの職場でそれがあったとしたら、それはその職場自体の存在を揺さぶるハズだ。
そんなんで教育学部なのかいな。
そんなんで教育学なのかいな。
そんなんで(教育)心理学なのかいな。
とは言え、逆手にとっているあたしは最低かもね〜
とは言え、html版日記を作り始めた時から、差別と闘うのが大学教員としての役割の1つだあると考えたのは事実。
さらには、精神病、精神病院に対する偏見とも闘うつもり。
気軽に精神病院、精神科に行こうね〜

なんと、なく、また、iTunes Music StoreからフォーレFaureの曲を数曲、衝動買いした。

まず、「パヴァーヌPavane, Op. 50」である。
実は、数年前、某サントリーの某山崎のCMのバックに流れていた曲...ヨーロッパの民族音楽がベースになっている、と、いうことは、覚えていたのだけれども、どこの国かは忘れていて、検索できなかった...が、欲しかったのだけれども、見つけられなかった、ので、いくつか試聴して選んだ。

その後、本命...某サントリーの某山崎のCMのバックに流れていた曲...は、
ペレアスとメリザンド 「3.シシリエンヌ」 Op.80-3
Pelleas et Melisande "3.Sicilienne" Op.80-3
とわかった。
iTunesのアートワークに表示されるジャケット
B000001G8P
は、Boston Symphony Orchestra & Seiji Ozawa、フォーレ:パヴァーヌのようである...amazon.co.jpでは「現在お取り扱いできません。」とのこと。amazon.comでは扱っていた。
ちなみに、amazon.co.jpでも、「[from US] [Import]」ならば入手可能なようだ。Faure - Pelléas et Mélisande ~ Dolly ~ Après un rêve ~ Pavane ~ Elégie / Hunt, BSO, Ozawa
B000001G8P
で、試聴もできる。

同僚の悪口を聞く明日の吾が身を思へども弁解なせぬ
うーん。
週末寝て過ごす、の、連続だ。
なんとも、動きたくなかった。
ひたすら、ぼおぉ〜っと、(iTunesで)音楽なんぞを聞いている、だけ...もちろん、布団の中で。
ひたすら、ひたすら。
聞いているうちに...新しく買いたくなって...iTunes Music Storeで試聴したりして...買っちゃったりして。
...同じだ。
30日には、いくつか書類を提出しなければならない。
そうそう、成績を報告しなければならない!
幸か不幸か、その思いだけはちゃんとある。
29日は、頭痛がした。イブプロフェンを服用して、寝ていた。夜中に起きた時にもまだ頭痛がひどかったので、また、イブプロフェンを服用。成績の集計をする。結果が出たのは、30日の朝、6時過ぎ。
以下、次項へ続く。
(久々に)通院。
と、いうのも、年末に仙台に戻った時、薬を(1週間分)持っていかなかったから、余っていたのだ、な。だから、本来は先週のはずが、今日になった。前回、年末年始を挟むので、薬を3週間分出してもらっていた。結局、1ヶ月ぶりの通院ということになってしまった。
で。
薬を持っていかなかったことを担当医に話すと、即座に「苦しかっただろう」と言う。
どうやら、SSRIパキシルの服用を急に止めるとつらい症状が出るらしい。ギャー
って、ことは、あの時(仙台に行って3日目位から)の気分の悪さや頭痛は、パキシルが切れたから、か。
まさに依存だ。
それにしても、考えるだに、よく乗り切ったものだ。
それはそれとして。
週末から月曜にかけて寝て過ごすこと、血圧は相変わらず高いこと...運動もしていないし、整形外科にも行っていないこと、等々、報告。
これまでは、毎朝、降圧剤ニューロタン25mgを1錠服用していた。これを2錠にする、と、いうことだ。
もし、これでも下がらなければ、精神的な原因だろう、と、の、こと。
ふーん、そーなんだぁ〜
午後からは演習、講義、打合せ。
その後、明日の社会人修士の授業の準備(レポートの課題の作成)をして、21時過ぎに帰る。
Q大北門のバス停に向かう時、で、ある。
3号線を歩道橋で渡るのがかったるくて、幸か不幸か、ちょうど信号の関係で車が途切れた、だけでなく、都合の良いバスが来ている(信号待ちしている)ではないか!
思わず、横断するために走った、ら、こけた。
縁石*に躓いた。
一応、前受け身をとった、けど、何故か左手の甲に擦過傷、両手の平は打撲傷のような痛み、両ひざに痛みあり、そして、伸びていた左手の爪が一部欠けていた。
信号が変わって車が来ることを恐れてとっさに歩道に戻ったけど、動揺が収まるまで待っていたら、もちろん、バスは通過してしまうし、結局、ゆっくりと歩道橋を渡る破目になった。
多分、始めから歩道橋を渡っていれば、バスには乗れたかもしれない。乗れないまでも、痛い思いはしなくて済んだ。
調子、悪いかな。
単に、歳かな。
どっちも、だな。
会議の日。
咳が出るし、ふらつく。
午前中、複数の口述試験の日程ですったもんだ。おいおい、そんなに単純に計算できないぞぉ〜
思わず、叫んでしまう。
どうにも、感情の抑制が効いていないようだ。
午後は指導生との打合せ、後、会議。
後、FD...正直、忘れていた...
院生の精神衛生について。
不肖ながら、指導生に対して、病気の可能性があるので精神科を受診しなさい、と、言うことは可能だ、し、実際に受診させることも可能だ。
幸か不幸か、あたし自身が現実に体験していることだし、それなりに説得力を持って語れる、し、説得もできる。
問題は、その後だと思う。
例えば...
家族に内緒にしておきたい。
社会人ならば、職場に知らせないでおきたい。
気持ちは、とおぉ〜っても、よぉ〜く、わかるっ
けど、さ。
家族や職場の理解がなければ、立ち行かないのが、このての病気である。
で、生々しい問題。
あたしが家族に対して、あるいは、職場に対して、何らかのアクションを起こしても良いのだろうか。
おせっかいではないだろうか。
あたしの担当医は、「それはあなたの仕事ではない、親の仕事だ」と言う。
ならば、なおのこと、親を巻き込まなければならないだろうに。
で、おせっかいの線引きについて質問した。
一瞬、講師が黙ってしまった。
どうやら、本質をついてしまった、らしい。また...か、な。
個別に対応しなければならない、と、言ってしまうのは簡単である。
しかし、それでは、学問としての責任を放棄していないか?
常々、気になっていた、の、だった。
絶不調。
後で、詳しく追加しまする。
以下、2/1に追加。
なんとも、動きたくなかった。
ひたすら、ぼおぉ〜っと、(iTunesで)音楽なんぞを聞いている、だけ...もちろん、布団の中で。
ひたすら、ひたすら。
聞いているうちに...新しく買いたくなって...iTunes Music Storeで試聴したりして...買っちゃったりして。
で。
Norah Jones
COME AWAY WITH ME
B0000635NG

Feels Like Home
B00018D44U
は衝動買い。ビデオまで買ってしまう、し。
試聴して決めたので、どのくらい売れたのか、なんて、知らなかった、し。
その前は、amin
ACROSS
B0009XE8WO

おなじ空の下
B00028XEBW
だった。
次は、Enyaと、おねーさんのMoya*だな。
ひたすら、聴く、と、眠くなる、で、寝る。起きて、また聴く。
そー言えば、日本のiTunes Music StoreでEnyaのAmarantine
アマランタイン
B000BDJ1GK
は購入できなかった。試しにUKにアクセスしてみたところ、購入できるようだった。IDをもう一つ用意するか、クレジットカードを切り替えなければならないようだったので、止めた。
面倒だな。
面倒なのは、いや。ひたすら、聴く、そして、寝る。
寝ながら、Enyaの歌のあの浮揚感は多重録音のせいかぁ〜、教材に使えそぉ〜、なんて考えて、そのうち、また、寝る。
朝から頭痛。軽く咳が出る。
とりあえず、総合感冒薬を服用。
午前中、そのまま寝て過ごす。
午後は、iTunes Music Storeで購入したSheryl CrowWildflower
B000AOENCM
を聞きながら、ブログの整理。
...もちろん、あたしに歌詞が聞き取れるはずがない、けど、なんとなく。
手元にはチューズデイ・ナイト・ミュージック・クラブ
B00005FM5K
がある、はず(例によって行方不明、ジャケットに見覚えはある)、なのだけれども、何故、購入したのか、よく覚えていない。
チューズデイ・ナイト・ミュージック・クラブが発売された1993年と言えば、青森に行った時、だな。ラジオで聴いた*のかも。
Wildflowerは、iTunes Music Storeの2005年のベスト100アルバム(の最初の20)に入っていたので、なんとなく、購入した。
なんとなく、なんとなく。
Midwife Jeimieの日記も更新。
泣きそうになる。
寒いから、暖をとるために火を使う、だから、火傷が多い、ん、じゃ、ないかなぁ〜。
(もちろん、Midwife Jeimieは手を尽くしているのだけど)助けられずに見ている、なんて、どんなのだろう。
考えるだに、泣けてくる。
プロジェクトXや、カレーヌードルが倒れた時の黄色いACアダプターも泣けたけど、それ以上に泣けちゃう。
只管、泣ける。
思わず、iTunes Music Storeで、宮崎駿の世界(ORGEL)オルゴールの世界、を買ってしまう。
なんとなく。
泣けてしまう、から。
あれっ、ちょーし、悪い、の、かな。
あれだけもつを食したのに、夜中におなかがすいてしまう。
カレーヌードルを食しつつ、マニュアルを見ていたら、カレーヌードルが倒れた。
PowerBookG4 15インチの白いACアダプタが黄色くなった。漏電しなくて良かったけど。
えーん。
8時に目を覚ました。頭痛がする。
昨日、タイマーで止めたサーバが、予定通り稼働しているかどうか、とりあえず、調べる。
幸い、うまく動いていたのがほとんど。ファイルサーバとXIOサーバの間で共有しているファイルがうまく開いていなかったので調整する。
後、仙台の家賃の振込みをインターネットバンキングで行う。
...それにしても、裏側で何をやっているのやら、銀行によってこうも使い勝手が違う、というも困ったものだ。
...さらに、使用できるブラウザを限るし。某77番目の銀行の場合は、ローカルファイルでJavascriptの制限を外してしまってアクセスしているが...これってハッキングになるのかな...違うな、サーバに悪さしているわけではないから「お客様の責任の範囲」のはずだけど...これまでは特に問題はない。いつぞや電子メールで知らせたのだけれども、直す気は無いのだろうね。もしも動かなくなったら、責任問題だし。
...それと、通帳記入しなくてもいいようにインターネットバンキングしているつもりだけど、過去2週間分の取引データしか保存しない...できないようにしている...銀行もあって、とても困る。もっとも、某西の日本の都市の銀行では「テレフォンバンキング」だったから仕方ない。こちらが口座番号を入力し間違って振り込むと、電話がかかってくる。3回かけてもつながらないと午後になってようやくメールを送ってくる。15時近くじゃ、仕方ないっつーの。
もとい。
で、昼近くになって大学に到着。論文指導。
今日は、センター入試の前日なので、講義棟で行う講義は午後から休講。幸いだったかも。
職人技を発揮しても良いのだが、口述試験の時に本人が困る、ので、我慢する。そもそも、(もちろん、アリシン効果はあったけど、まだ、ちびつと)咳が残っていてそのような元気ない。
その間、Midwife Jeimieに励ましのメールを送ろう運動を展開する。
S谷先生を始め、指導生・卒業生・修了生にメールを送る。
16時過ぎ、H法研に行き、学生・院生の尻をたたく。
何しろ、印刷・製本の時間を考えて作業していない、し。
プリンターだって、一度に仕事を依頼される(印刷命令を送られる)と、時間がかかるのよん。
仮とじのために2穴バインダーに綴じるのだから、パンチしなければならないでしょ。
パンチくんにも一度に作業できる(紙の枚数に)限界があるのだし。
我慢できずに、パンチに手を出す、えいやっ、体重をのせて、おりゃっ
...こいつら、パンチの手入れを怠っている...「受け」のプラスチック板を回転させていない...説教だな。
17時の30秒前、なんとか、送り出せた。
で、金曜日は、夜間の社会人の講義があった。
うーん、調子、いいかも。
いや、この反動は、いつくるのか、心配する必要があるな。
先週から休んでいないもの。

本来は、通院の日。
仙台に薬を持っていかなかったので、1週分余っている。
咳が残ってるし、だるかったので、午前中はのんびり過ごし、通院は来週に延ばした。
午後は、修論指導、演習...用意しておいたワークシートで作業させてビデオを見せる...らくちん、卒論指導。
ところが。
用度係から、22時から翌朝8時まで、作業停電する、というメールが飛び込む。
論文提出の前の日だっちゅうのに、なんと、まぁ、気の毒なこと。
どんな事故か知らないが、事故ならばしかたがない。
かつての人身事故のように、突然の停電、よりは、まだましだ。
...電気工事をしていて作業員が感電したらしい。通常、工事に際しては回路を迂回しているはずなのに、それが働かず、もろに停電になった。このときには、うちの事務部と、そこで聞き出したQ電の担当者に文句の電話をかけた、けど、それが効いている、わけではないだろね。
あたしの方は、演習で学生にビデオを見せながら、サーバどもにスケジュール設定をして回るだけ。1台だけcronを仕込む。事務補佐員の方に、明日の朝、通勤したら電源を入れてもらうように手配する。
で。
もつ鍋、である。場所は、もちろん、ふか川(リンクはこちらも)だ。
詳しくは、S谷先生のもつ鍋愛好会に書かれている、ので、省略。
ちなみに、S谷先生ご自身が鍋奉行であることはもちろんだが、不肖ながら、あたしがもう一つの鍋を担当。T谷さんに食べていただいた。
何しろ、2回目の大波が来てから、掃除はもちろん、食事の支度なんてしていない。唯一、食事に関わる作業である。
きんちょーして臨んだ。
E頭助手が遅れてきたので、担当鍋は、T山さんと、身体の大きな社会人修了生のH高さんと、身体の大きなあたしの3人で食すことになった。時々、O助手にも手伝ってもらったけど...回転が悪い。どうしても煮詰まってしまう。
とは言え、5回は鍋のお代わりをし、11月24日カレー汁状態に限りなく近づけ、なんとかスープをすべてチャンポン玉に吸わせることには成功。P1000013s.jpg

(食い散らかした後ですが、こんな感じ)

アリシン臭をまき散らしながら地下鉄で帰る。
会議の日。とはいえ、午前中だけ。
午後は、20日締め切りの卒論修論の指導。
これまで、何度も何度も、言葉に敏感になれて言い続けて、この時期になっても、まだ、言い続ける。
咳はまだ残っている。
明日はもつ鍋の日。アリシン効果に期待しよう。
指導の合間、久しぶりに整形外科にリハビリに行った。
身体の「かたさ」が、治療を始めた最初のころのものに戻ったかも、ギャー。
...「かたさ」にアリシンは効かないだろうし...
地道に繰り返し、だな。
比較的早い時刻に眠くなってきた。
7時に起床、だるい。疲れが出てきたか。咳も残っている。
適当に食事。チェックアウトギリギリまでホテルにいる。
13時過ぎの飛行機に乗るためには、余裕を持って12時には空港にいたい。そのためには、11時過ぎのシャトルバスに載る必要がある。何しろ、仙台空港は仙台に存在していない...そのうち、合併するかな...何しろ、仙台市の東は太平洋で西は山形県境だ...南にも広げるかも...それは、ないか。
で、結局、実家には電話をかけてそのまま移動する旨を伝える。ついでに、早くインフルエンザの予防注射をするようにと釘を刺しておいた。
空港に着いてみると、使用機到着遅れ。20分遅れで搭乗。
機内では例のようにPowerBookG4 12インチをiPod代わりに家元の落語を聞く、つもりだったのだが、よくよく考えてみると、ワイヤレスマウスを使っていることに気づいた...今ごろ。
これって、いわゆる「電波を発する電子機器」で、「機内では常にご使用になれません」ではないか???
注意書きには、Bluetoothとは書いていないけど。
うーん。
で、Bluetoothを使わない、ようにしたら、トラックパッドも使えなくなってしまった!
慌てて、再起動、でも、ダメ。
管理者になって、利用者の設定ファイルを強引に書き換え、トラックパッドを使えるようにした、の、だ、けど。
この間、20分ほど、ワイヤレスマウスを隠して使っていた。
飛行機は、ガタガタ、揺れた、けど、これって、気流の関係、の、はず。
うーん。
そんなこんなで、福岡空港の第1ターミナルに到着。あずけた手荷物を受け取る。
手荷物を受け取るとき、あたしはいつも手荷物がすぐに出てくる口に向かい、わざと、反対の口の方を見ていることにしている。知っている人は知っているのだろうが、知らない人は、特に第1ターミナルでは、反対の口の方に群がる。
何故か、は、知らない...不適切属性の口の位置に着目しているか、基準もなくただ立っているか、かな。
少なくとも、あたしは、国内ならば、どの空港でも、間違いなく出てくる口の近くにいける、はず...検証中。
今回は手荷物をあずけた客が少なく、慌てて反対側から走ってくる子ども、はいなかったけど。
動き始めて、反対だぁ〜、と、どよめくのは面白い。
に、しても、某るいびとんのキャスター付きのバックなんて、持ち込むなよな〜
某るいびとん、だけじゃないけど。
狭い通路がますます狭くなる。
あたしのバックだって、M越百貨店で購入した某hartmannのツイードのバックなんだぜぇ〜
某るいびとんのバックを手荷物としてあずけると、ビニールの袋に入れてくれるけど、あたしのはそのまま。ふん。
空港からタクシーに乗る。
自宅に近づいて、値段が気になってメーターを見たけど、点灯していない。
どうやら、某ひゆーざー社長の証人喚問に気を取られて、メーターのスイッチを押してなかったようだ。
確かに、面白い答えをしていた。
いつも、1800円位だったので、2000円でどうか、と提案した、ところ、1700円でいいと言ってくれた。
チョッピリ儲かったかな。
食事をして、すぐに、珍しく、眠くなった。
明日は会議。

咳で起きる。頭痛もする。
明け方近く、寒くてガタガタ震えた。悪寒だ。もちろん、暖房は入っていた。
体温計を貸したままだった、ので、持ってきていない、が、38度近くはあったかも。
食欲は無い、が、とりあえず、梅干しにお粥、漬物にみそ汁を食す。
コンビニで購入した栄養ドリンクを飲み、午前中の活動に備える。
今日は、家賃*の自動振込の依頼と、溜めにためていた学会費の振り込みをする、予定。
とりあえず、用事が済んだら、ホテルに帰って寝ることにしよう。
午前中の用事は問題なくすんだ。
で。
昼飯を食べていたとき、駐車場料金はどうなっているのか、と、父親が聞いてきた。
さらに、廃車にする、とも、言っていた。
やったぁ!
今回の目的は達成されたといえよう。
とは言え、駐車場使用料、どうなっているのか、よく覚えていない。父親が入院した直後、各種公共料金等、一気にあたしの口座から引き落とすようにした。その時に、駐車場使用料も含めたはずだが、細かなことは忘れてしまっている。多分、家賃と同様、月末に来月分を振り込んでいたはずだ。
確認する元気はなかったし、廃車の手続きもすぐに、という訳にもいかないだろうから、次回、来仙した時に作業することにしよう。
後は、二人の年寄りの生き甲斐をどう見つけるか、だな。

午後から、これまでより激しく咳が出るようになった。
胸骨の真ん中に異物感、が、ある、が、2005年12月9日ほどではない。
とりあえず、午前中は、M越百貨店でお買い物。昼はデパ地下、親子で親子丼を食す...ちびつときばって、名古屋コーチンの、に、したのだけれども、入れ歯の年寄りにはちびつと難だったかも...。午後はスーパーで生鮮食料品のお買い物。
夕方、ホテルに戻る。21時過ぎ、マッサージを頼んだ。どうにも、右の肩と左の腰が硬くなってしまっている。このところ、ずっとリハビリをさぼっているせいだろう。
総合感冒薬と、咳止めを服用した...強烈に抗ヒスタミン剤が効いたか、23時過ぎには眠くなる。

仙台に来ている。
というのも、父親に説教するためだ。
2004年5月13日、父親が入院した。(後からわかったことだが)心臓弁膜症である。青い顔をして近所の内科医院に行ったところ、循環器系のある総合病院に救急車で運ばれた。弁がうまく働かず、循環が悪くなっていた、ため、肺に水が溜まってしまっていた...レントゲン写真を見たところ、半分近くが真っ白だった...
父親の誕生日が5月、ちょうど、免許書き換えの時期だった、の、だが、入院したため、書き換えができなかった。
担当医からは、きつぅ〜く、自動車の運転を止められた。また、いつ、どこで、発作が起きるかわからないから、というのが、一番の理由だ。運転中に発作を起こせば、重大な責任問題である。
にも、関わらず、退院後、こっそりと...無免許で...運転を続けていたのである。
確かに、歳をとり、自由に移動できない、ということは、辛いことではある。
タクシーにしても、他人の力を借りて、というのは、嫌なことだろうと思う。
が、しかし、何よりも他人を傷つけてしまう可能性がある、ということが、重大だ。
結局、弁膜症が治ったわけではない。血液凝固抑制剤を使い、負担をかけず循環させているに過ぎない。
自らが怪我をした場合、傷口から通常より多量の出血をする場合もありうるだろう。
そんなこんなで、説教なのである。
あー、つらい。
なんとも、疲れた。
9日(月)...だらだぁ〜ら、の、一日、の続き。5時に寝て11時過ぎに起きるペースに戻ってしまった。
10日(火)...会議の日、と、言っても、たいしたことは無い、の、では、ある、が...
あれが、机上の空論、と、言うヤツではないだろうか、ね。
相手先(それも2つ)の考え方が全くわからず、あーでもない、こーかもしれない、と、やっていては埒が明かない。我慢できずに、まとめてしまった。これって、司会の仕事だろう、と、思ったけれども、誰が司会なのかわからない会議であった、と、気づいた。
11日(水)...午前・午後と会議。夕方、先日審査した博論の公聴会があった。
反転時計問題の回答率が、小学校の4年生で断トツに上がり、5年生、6年生と、だんだん下がるのは何故か?
高学年になると、自らのルールに固執してしまう、という回答だった。
でも、これって、平行四辺形の面積の問題が小学校の5年生で断トツに上がり、6年生で下がる、というのと、同じ構造ではないかというのが、あたしの意見。何しろ、小学校の4年生の算数で、普通の時計の問題を大々的に取り上げているのだもの。4年生の算数で徹底的に時計問題を解くので、反転時計問題も解きやすくなっている、という、仮説。
どーかなー
12日(木)・13日(金)...授業の日。講義の後、ノドが痛い。乗物酔いのように気分が悪い。
もしかすると、風邪か?
論文指導している時、あいつら、ゲホゲホやっていたものな〜
もらったかもね〜
週末はきつそうだな。
また、眠れなくなっているし。

このブログ内で相互にトラックバックができなくなっていることに気づいた。
過去の投稿に対してトラックバックを送ると、
トラックバックは失敗しました:HTTP error: 403 Throttled
というエラーが出てしまう。
2006年1月5日には、他のサーバからトラックバックが届いた。
そういえば、2005年12月28日には、ちゃんとこのブログ内部の記事にトラックバックできていた。
とりあえず、「HTTP error: 403 Throttled」でググルと...ありましたっ
え゛っ、こんなに不具合があったの!
それにしても、トラックバックできたりできなかったり、と、いう状態は、気になるな。
パッチを当てると、ちゃんとトラックバックできるようになりました。
...なぜ、突然できなくなったのか、は、説明できていないぞ。
さらに、気づいたこと。
ecto*でログインできなくなっている(コンソールを見ると、Invalid login になるようだ)のも、不具合のせいかな...かつてひどい目に遭っているから、使わないつもり、だから、いいんだけど...気になるぅ〜

だらだぁ〜ら、の、一日。
起きる気になったのが11時過ぎ、いつものペースだ。
iTunesで、みゆきねぇーさんの「地上の星/ヘッドライト・テールライト」を繰り返し聴く。幸い、泣かなかった。ナレーションがなかった所為か...
その後、1月3日に購入したApple AirMac Express ベースステーションと、10年くらい前に購入したSONYのラジカセZS-8(多分、ダブルラジカセ、だな)とを接続し、このブログのサーバ上のiTunesのプレイリストを、手元のPowerBookG4から操作して鳴らす、なんて事をしながら、過ごす。
このラジカセでは、電子的に処理して、仮想的に「ドーム」、「アリーナ」、「ライブ」、「ホール」で演奏しているような音を出す。
で、「ライブ」、「ホール」にして家元の落語を流してみた...お囃子の太鼓と三味線、特に太鼓が妙に響く、のだから、当然、家元の声も響き渡る。当たり前だが、ホール落語に近くなるわけではない。
とは言え、可能性はあるわけだ。「ホール落語モード」なんて、誰も作らないだけだな。多分、売れないだろうから、作られることはない、な。
聴きながら、ブログの調整なんぞをする。
夕方からテレビを見始める。
「バイオハザード」、「バイオハザードII」、「こっくりさん*」、その後、「極道の妻たち」を見る。

で、読者からメールをいただいた。なんと有り難いことだろう。
そうよねぇ〜
微調整は無視しているものなぇ〜
多分、寝過ぎるのが一つの兆候だろう。
眠れないことが心配で、どうしても1錠多く服用してしまう...余っている(捨てない)のも悪いのだけど。
予定では、次の通院で、調整のための話し合いをする予定であります。
請うご期待。

At 2:36 AM +0900 06.1.8, xxxxxxxxxx@yyyyyyyyyy.zzzzzzzzzz.jp wrote:
> 私的なことに首をつっこむ感じで失礼極まりないのですが...
> 処方されているお薬の量(というか、「強さ」?)、少々多い気がするんですが。
> 副作用とか、etc...
> 私は医者じゃないので、こんなことを言うのは検討違いですが、何となくそんな
> 感じがして、ちと不安になってメール致しました。
> 安定剤とか睡眠薬とか、その他の内科系の薬などの飲み合わせなんかで、微
> 妙に副作用が増減するというのは分かりきったことですが、服薬が逆に命取りに
> なることもあるので。(これも分かりきったことですね...)
> なんか前置きが長くなってしまいましたが、「こいつは体がヤバイ」と実感した
> ら、医者に申告するなりして調整してもらったほうがいいかと。それでも、相手が
> のらりくらりなら、いっそ医者(病院)を変えるとか。
> 確かに、薬>カウンセリング、かもしれませんが、やはり薬は「さじ加減が命」で
> すよ...。
> ...ほんっとうに失礼なメールですみません。

来た。
気がつくと、10時であった。
N野先生の集中講義の最終日である。
携帯に指導生からメールが届いていた。どうやら、大学には居るようで、N野先生よりは早く到着したようだった。
とりあえず、体調が悪いことを伝える。
頭が痛い。目まいの薬、鎮痛薬を服用し、様子を見る、つもりが、そのまま、寝てしまった。
気がついた時には、17時を過ぎていた。
資料の始末が気になった。教室の後始末はどうにでもなる。
指導生に携帯からメールを送る、と、入れ違いに、N野先生が帰られたことが報告される。
とほほぉ〜
見送りできなかった...


Tunesで、みゆきねぇーさんの「地上の星/ヘッドライト・テールライト」を繰り返し聴く。幸い、泣かなかった。ナレーションがなかった所為か...
家元*のお血脈、釜泥、包丁、を、聴く。凄いなぁ〜
夜中、CSIマイアミ**とCSIニューヨーク***を見る。
取り合えず、元気になったけど、既に、明日になっている。
N野先生の集中講義が始まる。
...初日から遅刻である...あたしが。
指導生どもは、それなりに到着。とはいえ、12時集合ってことは、アナウンスしておけばよかったかな。
大学院の授業で、今年度は留学生が多い。
無理を承知で、まず「基本的な事」を講義していただくように頼んでみた。
そもそも、カリキュラムとプログラムとプランの違いがわかっていなかったり、ただ理路整然と話をすれば、学習内容が学習者に伝わると考えていたり、評価と評定の違いもわからなかったり、する、可能性が高かったから。
...それに、唯一、授業の事を話しているあたしの授業を受けていないのが9割だし。
なんとあり難いことに、この提案に対応してくださった。
いつもながら、楽しそうに講義されている。
今年度は、今までになく楽しそうだ。
休憩時間も、あたしを相手に話しまくっている...勿論、あたしが適切なコメント、意見、反論をするからだけど。
...近くにいる指導生どもに、よく聞こえるように話していたつもりけど、通じたかな。
それぞれにとって、かなり重要な事が話されていたのだけれども。
恒例となった囲む会には、S谷先生、Y谷先生に声をかける。当初、4人でこっそり、と、考えていたのだが、N野先生が受講生と一緒が良い、と、言うことだったので、急きょ、受講生たちにも声をかける。3名、来てくれることになった。
魚村の個室が確保できたので、19時30分から開始。3時間も居てしまった。
皆さん、満足していただけたかな...
31日の昼過ぎから、背中の上部、首筋に「ゾクゾク感」がある。
首をを動かしたり、何かを見つめると、まるで首筋に「鍼」を刺したときのような「響き」が生じる。
どうやら、目を動かすと、生じる、ようだ。
もしかすると、目まい、の一つの症状、かもしれない。
忘れた薬の中には、メリスロンとメチコバールが含まれている。
と、いうことは、これらの服用も、もうしばらく止められない、と、いうことか。
寒けがしたので、風邪を疑った。
とりあえず、イブプロフェンを服用、さらに仙台空港で「葛根湯」を購入して飲んだ。
食欲はない。
ぐったり、疲れた。眠い。
タクシーに乗ってしばらくすると、吐き気がしてきた。まるで、乗り物酔いのようだ。恐らく、めまいだろう。
家について、まず、薬を探した。小分けにした袋があった。
メリスロン、メチコバール、ニューロタン、パキシル、レスリンを服用。ついでに胃薬も服用。間を於いて、レスリン、デパス、レボトミンを服用。とにかく、寝る。

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