2009年6月アーカイブ

いくつか創っていた。

2009年5月20日
青い空見ている僕も澄みきって鳥になりたいそう思う午後 中川公隆 に触発されて
青空に見られたるかな飛ぶ鳥のもの思ふらし羽ぞ欲しける


2009年5月5日
去く人の姿かたちを重ねつつ暮らし重ねむ去く身であれば Aさん への返歌
作業場に気高く立てるボール盤往にたる父ぞものつくりける
ボール盤1つ残りし作業台血のにほひしつ懐かしきかな
万力ふたつ取り外したる作業台幼き日々の不確かなりき
鑿鋏使いてもよし在りし場に戻せといひて黙りたる父
作業場を片づけたれば思ひ出も消え去りにける連休中日


父親の49日に詠める
2009年3月27日...かの人の三回忌は既に過ぎていた
知識とふ仮想遺伝子伝へたる彼の人往きて三回忌なり
庭先の梅さへ遺伝子残したり仮想なりとて残せましかば

父親の49日に詠める
2009年3月13日
義手義足往にたる父ぞつくりけり評判聞きて吾のつくり比す
職人の往にたる父のつくりしはメンテナンスも込みの品なり


2009年2月24日
かなしくてないてしまうも涙さえ出ない吾あり引きつる身体


2009年2月20日
いくつかのしなきゃならねぇことどもが並列配置また横になる


2009年2月17日
我れあるはサーバたちのおかげなり廃棄機械のメモリー外す
歩道橋階段昇る下肢重く飛び降りる気になれぬ春の日
曇天にちょびっと欠けた月天心市営団地の庭に梅咲く
企図なんぞ許すまじとふ人々のをりたる幸を感ぜざる午後


2009年2月14日
目の中に入れたとしても痛からず父の思いや知らざる吾妹

という標題とは異なる内容じゃい。

5月に帰省した時、手持ちのMac Book Proで接続テストをしてみた。
PPPoEを接続する時に時間がかかって...大した時間ではないのだけど、さ、体内クロックが歳と共になのか使っているコンピュータと共になのか、速くなってしまっていて...歳をとると気が短くなる、ということはこういうこと、なんかね...かつてのモデム接続みたい、ぴぃ〜〜〜ひょろひょろひょろぉ〜〜
100Mはなかなかよい。

で、だ。
自宅内ネットワークは1000Mである。
某ヤマダ電機の定点観測時、不覚にも、某電力会社系BBIQと契約してしまった。
それまでは、某ケーブルテレビの回線を利用していて、8Mという速度に甘んじていましたっ
まぁ、1GBのファイルを職場に送る程度なら、問題はないし。
最近、映像ファイルを複数送ることが多くなって、一晩かかることもあったりして、ウンザリしてまして。
料金も安くなるし...お金はないし。

工事は6/2に無事終了、手持ちルーターの設定に手間取りましたけど...PPPoEの設定はできているのにつながらない、と、思ったら、ルーターの再起動が必要でしたっ...100Mを体感しているこの頃。
某ケーブルテレビの回線だと、sshやVNCでサーバを調査している時、通信が途切れちゃうのでした。少なくとも、切れにくくなったし、自宅ネットワークのDNSからアクセスすれば、ほとんど問題はないっす、ね。
なかなか、良い。
問題は、使用料金、だす。
結局、某にふていと某BBIQの2つから請求が来ることになる。

父親は、2回線持っていた。その2回線分の料金と、某にふていの料金の天秤。
近い将来、母親にiMacでも買ってやって、テレビ電話ができるようにしてみようか、と思っている。
...あれ、これは、日記、の記述だ、な。

5月に帰省した時、電話回線を光にした。プロバイダーは、某にふてい。
で、だ。
宮城県仙台市に電話回線を持っている、正確には、父親名義からあたし名義に変えた、ので、当然、某にふていさんは、某NTT東日本に何やら請求しなければならない、の、では、あるが、あたしの現在の住所は福岡なので、某NTT西日本になにやらやったみたい。
某NTT西日本では困った、みたい、ね。存在しない電話番号に対する請求が来たのだから。
で、某NTT西日本から電話、が、来たので、折り返した。言われるがまま、あたしの電話番号を告げたら、とても困っていた。というのも、繰り返すけど、某NTT西日本にその電話番号に相当する回線はないのだから。
さらに、誰が電話したのかわからない、と、きたもんだ。
お互いに困った、ね。
あのー、それって、某NTT西日本さんの管理体制の問題でしょ?
なんとか、探せないっすかねぇ〜、ほんの5分前なんですけどぉ

待っていたら、来ましたね。
結局、某にふていには、却下、と、返事してもらうことにした。仕方ないもの、ねぇ。

その後で、某にふていに電話した。
えっとぉ、手引きが、2通届いているんですけどぉ、さらにぃ、回線が利用できないことにしちゃったなんてメールも届いているんですけどぉ...

某NTT西日本にしても、某にふていにしても、東日本と西日本をまたいで利用する、ということは、想定していないようだった。
なかなか、楽しい。

結局、某にふていが某NTT東日本に何やらする、というこで決着、その後、3通目の手引きが届いた。
某にふていの電話では、1通を破棄し、もう1通を活かす、と言うことだったんだけど、ね。
コンピュータみたいな対応、じゃ。
働いている人たちも、コンピュータの言うがまま、なの、かねぇ。

...続く...


からが、大変だった。
火曜は、あたしのための会議、だった。途中で気分が悪くなった。
これまでの数年、メーリングリストで会議をしていて、一言も言わなかったのがバリバリ発言しやがる。
いいさ、やってもらいましょう。
夕方、研修会に遅刻。
気分は段々悪くなってきていたが、共同研究者も気分が悪そうだったので、むりくり張りきりましたっ、ぷつっ
研修もうまくいかない。
先月の研修ができ過ぎ、だったせいか、反省会。グラスワインを4杯も呑んでしまった。

夜中に頭痛。面倒だったので、そのまま寝続けていたら、会議の時刻がとっくに過ぎた頃、あまりの痛さに起きる。面倒がらずにニフランを服用しておけばよかった、頭痛薬は早めに大量に。
とりあえず、事務室に電話を入れる。
これが水曜。結局、午後まで横になる破目になった。

気を取り直して木曜日、通院の日。
週末が鬼門、それ以外はとりあえず夜寝て昼起きる、という、当たり前の生活であることを再確認。
午後は授業。あまりはしゃぎ過ぎないように。
夕方は、月曜日に下見した研修に出かける。
が、全く、予想が的中、棟内で迷う。
幸い、受付が開いていたので、担当者に内線をかけてもらうことにした。
すみませぇ〜ん、迷ってしまいましたぁ、遅刻して申し訳ありませぇ〜ん、小講義室にはどう行けばよかったのでしょ〜かぁ〜
え゛っ、今週ではなくて、来週ですよ...

はい、第三木曜日の夕方、でしたっ

小講義室が開いていたので、悔しいから、投影テストをしてきた。

金曜は、とりあえず午前中には起きた、というより、あまり寝ていない。3時間くらい寝て起きてまた寝て起きて...の繰り返し。
頭がまともに働き出した頃、メールで、会議が終わったことを知る。
ふぇ〜

で、13時から3年生の時期外れ研究室訪問を受けるために出かける。
が、来ない。そう言えば、夕方、社会人院生との打合せの途中で乱入しなさい、と、指示していたことを思い出す。
火曜の会議で、とりあえず、2台のサーバはお払い箱になることが決まったので、そろそろ、自分が利用するコンピュータを用意しなければならない、ので、用意した、のだが、うまくできない。
気がつくと、夕方。

約束通り、乱入してきた。
社会人院生のための授業は、20時5分から21時35分まで、それに参加する、ことにさせた。一応、ごり押しはしていない。
この授業がまた濃かった。
ここ弐〜参年、前期のこの授業は、濃い。
お陰様で、頭が活性化してしようがない。
3年生もなかなかいいところに目をつけて質問している。
授業後も、話しは続く。
社会人院生に車で送ってもらって、社内でも話は続く。
ますます脳は活性化する。
で、眠れなくなっちゃったりして。

金曜、土曜、は、火曜日の夜と同じような繰り返し。
時計を見ると、4時、5時、だったりして、外が明るくなってきてしまうと、起きてしまう。
何をする訳でもなく、テレビをつけ、映画を観て、煙草を吹かす、ぷぅ〜。

血液検査で、中性脂肪がとてもとても高い数値だった。
とりあえず、1日1麺主義に戻し最低1回はソバを食することにして1週間目。
出歩きたくないので、近所のコンビニザルソバだ。割り切って食す。
こーゆー時に限って、やれ当たったの、サービスだの、と、唐揚げやチップス系の揚げ菓子が手に入ってしまって...もったいないので食べちゃったりして。

相変わらず、先の見えない日々が続く。
いずれにしても、まだ、1日に1つの仕事、しかできない、と言うことだ、な。



久々に、外で仕事(仕事のための会場の下見)をした。
前の晩は眠れず、横になっているうちに4時間くらいは寝たようだ。
結局、約束の時刻に間に合わず、タクシーを飛ばす。
いつぞやの時と同じような状態、出て行けなくてごめんなさい、をしていないだけいいのかね。
体調が、いつぞやの時と同じくらいまで戻ってきた、ということかね。

病院地区に初めて行った。伊都地区には移転しないし、法人化前にガバガバ予算請求して通っちゃったみたいに、ドカドカ新しい建物が建っていた。
某東北大学附属病院も似たようなものではないか、ね。帰省する度に、建物が増えて行くもの。
某日赤病院も建て増しに建て増しを続けて迷路状態だったけど、面積が広くて迷路状態だと、困っちまう。
初めてだと、ランドマークにすべき特徴を見いだせない。
兎に角、中央の2階の講義室で「講演」するらしい。

講義室に入って、かつて映画で観た、19世紀の医学部の階段教室を思い出した。
中央の床の上に台が置いて有って、屈強な助手4人は患者の手足をしっかり押さえていたりして、名人級の外科医が、30秒で大腿部を切断、とか。
外科医は、血しぶきが目立たないように、フロックコートを着てた、とか。さらには、どれだけ血しぶきで汚れているか、が、ステータスだったらしい。
きったねぇ〜

いつも授業するような階段教室とは段の高さがまるで違う、の、です。
さらに、ふっるぅ〜い機器と真新しいプロジェクターに無線LAN機器、対照的なモノドモが並んでいた。

いつもなら、OHP2台に対応するスクリーンを用意して、と、お願いするのだけど、ね。
そもそも、まともなOHPが1台でもあれば御の字。
講義室の広さを考えれば、250ワットでは暗いかも、理想的には400ワットくらい欲しい。
勿論、ルーメンで記述しなければならないのは知ってますよん。
でも、機器に書いてあるのは、ワット数なんだもん。

取ってつけたようなスクリーンが黒板をふさぐ。
某パワポかスライド投影時に使うレーザーポインターが2つも有った。
マイクは、有線のハンドマイク1つ、ワイヤレスもハンドマイク、1つ。
うーん、暴れられない。

OHPとスクリーンは用意してくださる、というので、実物を見に行った...正確には案内してもらった。1人で行け、と言われても2度と行けないかも。
新館の多目的室、と呼ばれる部屋に行った。小会議室等も有って、母親の事で説明された某大学病院の会議室を思い出した。
新館の作りは、某大学病院の新館ととても似ていた。
そうそう、今の職場に赴任した時、母校の作りと全く同じで、感激した記憶がある。
さっすっがっ、元国立大学。

OHPは250ワットで、某看護教員養成講習の会場に有るのと同じ。とても暗いのであります。
フタを閉めて利用するタイプのプロジェクター兼用機も見せてくれた。フタを閉めないといけないから指示棒が役に立たないのだな〜
せっかく、人さし指型のを買ったのに、使えない。
問題は、スクリーンだ。
床に設置して引き上げるタイプ、が、ある、というのだ、な。
OHPをどこに置くのか、考えてんのかぁ〜
考えてないのだな。
最悪、OHPとスクリーンを持参するか、ね。
そこまでして、ボランティア「講演」をするか、よ。しないね。
...学内非常勤に、手当てが出なくなって久しい。
黒板使ってみよう。

「講演」や「講義」のように、理路整然と緩急もなくただ話をすることは、とても苦手だ。
我慢できなくて、必ず笑いを取りに行ってしまう。
いい加減、やめないといけないだろうね〜

そうそう、某日赤とは違い、かなり、自分の中に判断基準がない方々を相手にしなければならないだろう、という具合に予測している。
当然、「講演」だから、ただ聞いていればよい、と、思って参加するだろうし。
資料が有れば当日の午前中までに用意してくれ、と、言われた。
誰かさんのように、パワポを2段組で印刷したようなものでも資料なんだそうだ。
OHPもそうしてみようか、ね。A4用紙に16枚分、縮小して印刷してやろう。
きっと、裏に何やらメモして、わかったつもりになるはず。

そうそう、師長クラスの方々がいらっしゃる、らしい。
うーん、どこに焦点を当てて話せばいいのだ?
ま、いつものように、うなずいてくださる方々に合わせてしまおう。

資料、ねぇ。
科研の報告書にまとめたワークシートから借りてきてみようか。
...あのワークシートにも著作権を与えないといけないな。
かなり独創的な発問と教示の配列だ。特許になるのかな。
いずれにしても、作ったことが、ない。
ワークシートなら作れるから、資料と偽って、ワークシートを創ろうか。

帰りは、寄り道した。
昼時だったので、木陰で食事をする人々が数名、鳴り物入りで作った庭園らしい。
楠が見事だった。
整備されていないところの雑草どももなかなかよい。
いつも携帯しているデジカメで撮影しまくる。

ふらふらと歩いて、滅多に行くことのない職場の「本部」に行ってみた。
ニワセキショウ、ムラサキカタバミ、そして、ヘラオオバコの群。
ここでもまた写真撮りまくり。
恥ずかしながら、3時間ほど歩いただけで筋肉痛、そのまま自宅に戻った。

そうか、こんな散歩コースもあり、か。
サンダルか下駄を履いて、足の指を活用して歩くようにしてみようか。

久々に、楽しかった。
...資料のことを考え、頭痛がしたけど。

何やら、母親の担当医2人は、譫妄対策に、安定剤を出したらしい。

退院の前日、母親の部屋に行くと、寂しそうな顔を通り越して、仮面うつ病患者を見ているようだった。
表情筋を動かせない訳ではない。
パーキンソン病の薬がかなり効いていて、それなりにトイレにも1人で行けるのだ。

担当医の1人が病室に来た。
母親は切れました、ね。
こーゆー点は、あたしが受け継いでいる。

曰く、
あんだが、まず、薬、飲んでみでがら、他人さ飲ませなさい!

いいねぇ。そのとーり。

兎に角、担当医を病室から連れ出し、話をした。
処方した薬が、意図通り効かなかったことは認めた。

あんた、話しが下手だねぇ、と、ひとこと言ってやった。
母親にはあたしが話をすることにした。
後1晩で退院だ、兎に角、下手なことはしてもらいたくない。

母親には、嘘をついた。
あたしはコンピュータの専門家である、だから、ナースステーションに行って、監視装置をこのベッドだけ外してくる。
そんなごど、でぎんのがぁ?
なにいっでんだぁ、オレは専門家だじゃ。

ま、実際には、トイレに行ったのですけど、ね。
病院の外に出で煙草でも吸ってきても良かったんだけど、帰りの飛行機の搭乗時刻が近づいている。時間が無い。

切ってきたぜ、どうよ。
えっ? そんなごど、でぎんのがぁ?
あったりめーよ、専門家だぁ、ついでに、看護師にも話しをつけどいだがらさ。
そーなのがぁ、いがったぁ〜

帰りがけに、あたしの携帯電話を置いて行った。ボタン1つで、もう一つのあたしの携帯電話につながるようにして。
何か来たら、兎に角、電話しなさい。
じゃ、来月、また仙台に来るからさ、それまで、辛抱してね。


今日は、仙台に行く日だ。
前の晩、結局、よく眠れなかった。
午前3時前に起きてしまう。
次回の授業の教材*を作りながら、電子シラバスシステムを見直したり、その間、寝たり起きたり。
そんなこんなしているうちに8時になってしまった。
シャワーを浴びる時間がない。
タクシーを呼んで空港に向かう。
飛行機は、新幹線並みに揺れた。結構、疲れた。疲れを自覚できている。
妹に、食事をしてからホテルで少し休むことをメールで伝えた。
休むと言っても、寝てしまっては困る。ので、窓の外を見ながら煙草を吸ったり。
15時過ぎに実家に向かった。16時からは、家族そろって担当医の話を聞かなければならない。
父親がごねた。行きたくない、と、言うのだな。
妹と2人、とにかく、運動を兼ねて出かけるように勧める。
母親が相手ならばごね続けたことだろうが、支度をし始めてくれた。
タクシーを呼ぶ。
運転手の後ろに妹、助手席にはあたし、あたしの後ろに父親が乗った。
あたしが助手席のドアを閉めたところ、妙な音がした。
父親の右手があったのだな。
なんとまぁ、我慢強いのだろう。
血が出てきた、と、言っただけ。
運転手に頼んでコンビニに寄ってもらい、アイスパックを買ってとにかく冷やした。
とーちゃん、ごめんなさい!

父親は、血液凝固抑制剤を服用している。
開きが悪くなっている心臓の弁に負担をかけないように、血液をひたすら流すのだ、な。
納豆を食べてはいけないのだった。
大好きだったのにな。

大学病院に到着。
時間外入口から手続きをして病室に向かう。
母親は、妹が見舞った時の病室には居なかった。
どうしたのだろう。
病棟を一回りした。最初に入院した時に入っていた部屋にいた。
我々を見るなり、なんとも悲しい表情をした。何だかおかしい。
「わたしのことを、みんな、頭がおかしいと思っている!」
うーん、脳内伝達物質の出が悪いのだから、確かに頭がおかしい...誰かつっこめぇ〜
まくし立てるように、不満を語り出した。

ウサギ男、それも、出っ歯、いつも見張っている、らしい。
さらに、ベッドの寝た時に頭が来る位置の上、要するに電源やらナースコール用のコードやらが付いている場所、に、赤いランプが点いて、寝返りを打つよう様子を監視している、と言うのだな。

あれ、まぁ、譫妄だよ、これ、きっと、そうそう、間違いないっ

で、医者との会合、全く新しい情報がないまま、今の状況を考慮すれば自宅に戻って療養した方がよい、ということを兎に角医者は言いたがった、のだよ。
つまり、譫妄対策にほとほと手を焼いているのだ、家族が引き取って何とかせぃ、と言うこと。
おいおい、医者かよ、おまえら。
そうそう、医者は判断しかしないから、いいのだよ、ね、これで。
看護師が済まなそうにちんまり座っていた。
まだまだ、白い巨塔、なんだろうね。

我が母校の大学、医学部は別なのだろう。


通院の日。今日から、担当医が代わる。
これまでの状況については、それなりに引き継がれているとは思う。が、やはり、患者本人から状況を説明した方がよいだろうと考え...考えなくてもいいのかもしれないのではあるが、考えてしまったのだから仕方がない...午前中、早い時刻に通院しよう、と、思った。
結局、午前中は、煙草を吸ったり、布団に丸くなったり、グズグズと過ごして、診療時刻終了の15分前に到着。
初めて、と言うことを割り引いて考えなければならないが、よく話を聞いてくれた、と、思う。
前の担当医と違い、ラボナを日数分出してくれた。習慣性が強いらしく、かつ、「葛根湯医者」の処方する葛根湯と同じ位置付けらしく、なかなか出してくれなかった。これで、すんなり眠れるかもしれない。とにかく、夜、寝たい。

iTunes Soreでまた無駄遣いをする。
消費しか受け付けない脳とはいえ、消費するには、お金を使うには、それなりに元気でないとダメだ。
と、いうことは、多少はよくなってきている、と考えたいものだ。
...しかし、借金は増える。

Ana Johnsson
LITTLE ANGEL
Ana Johnsson
B000M2E9WG

Malene Mortensen
MALENE
Malene Mortensen
B000JVS3DQ

Liz Phair
Somebody's Miracle
Liz Phair
B000A7TFEA

Liz Phair
Liz Phair
B00008VHBA
Whip-Smart
Liz Phair
B000002SW1

Leigh Nash
Blue on Blue
Leigh Nash
B000GG4XFG


Diana Krall
Live In Paris
Diana Krall
B00077DB48

From This Moment On
Diana Krall
B000GG4KTU

Sophie Milman
Sophie Milman
Sophie Milman
B000637XN8

Bei Xu
Lost In Translation
Bei Xu
B000KJTJ1W

ここ、とか、ここ、とか、ここ、とか、ここ、とか、似たような状況に陥った。

MTのバージョンを4に上げてからは、mt-config.cgiに、
OneHourMaxPings 50
OneDayMaxPings 1000
を記述してなんとかなっていた、の、だけれども、今、ログをみたら、1日に200件以上のトラックバックが届いた居るのだ、な。
なぁ〜にやってんだか、さ。

で、.../mt/lib/MT/App/Trackback.pmを書き換える作戦に出た。
まず、

            {   blog_id    => $tb->blog_id,
#
#    2009.06.07 Kumecchi
                                ip => $user_ip,
#
                created_on => [$from]

と、追加して、その次に、

        blog_id    => $tb->blog_id,
#
#    2009.06.07 Kumecchi
                                ip => $user_ip,
#
        created_on => [$from]

と、追加した。
これは、MT3でやったことと同じ。
とりあえず、自宅サーバに自宅マシンからトラックバックは送れるようになった。
と、ゆーことは、mt-config.cgiの記述、
OneHourMaxPings 10
OneDayMaxPings 50
と、戻してもいいのかも。

面倒だから、やんない。
職場サーバは、...、知らない。
学会サーバは、基本的にトラックバックもコメントも受け付けないから、いらない。

彼にとって、この仕事はいやらしい。
アイツはいやらしい。

これらの文の中の「らしい」の区別は、時枝文法に基づく中学生レベル、つまり、高校入試に際して、最高級の問題LaCie。
2009年時点でどうかは知らない、が、あたしが中学の時にはそうだった。
時枝誠記の文法が基本的に小中学校で習う日本語文法の基礎であることは、そうそう変化しないはずだ、という推測である。
留学生たちもこの文法を学んでいるのだろうか、多分、そうだろう。
珍しく、推測ばかりだ、な。

実は、これはどうでもいい。
LaCieだ。
LaCie Miniの最後の1台が予想通り、壊れた。
で、また、予想通り、基盤がやられたみたいだ。
USBやFireWireのHUBとしては機能してやがる。
用意していた、外付けHDDケース(NewerTech miniStackMacSalesから購入)に内蔵されているHDDを入れてみると、見事に復活、はにゃにゃぁ〜ん、である。
今、同じく、MacSalesから購入した、NewerTech miniStack v.2.5に、某ビックカメラから購入したWESTERN DIGITALのWD20EADS (2TB SATA300)をセットした外付けHDDに、中身をコピーさせている。回転数は、5400rpm、と、某ビックカメラでは表示されていた。本家日本語ページ、には回転数に関する情報は、ない。はて?

使っているのは、CCC(Carbon Copy Cloner)だ。
些少だが、20ドル、donationした。安い買い物である。

実は、内緒で職場でも利用している。経費でdonationできるとは思えない。
用度係が困る、だろう。
と、いうのも、NewerTech miniStack v.2.5を購入する際、ハードディスクケース、ではなくて、外付け1.5TB HDDとしたのだが、ケースだけが届いた、の、だ、な。
未だに、国外から直接購入はできないようだ。

いずれにしても、だ。
もう、LaCieの購入はいやLaCie。


公園のベンチで横になりぬれば雲1つなし初夏の風吹く
あを空の手前に焦点合わせれば煌めく点ぞランダムに飛ぶ
煌めける光に混じる細胞のやうなものあり往にて戻りき
濁りたる目にも空こそをかしけれ蒸し暑き風とろけつる脳
無理矢理に前頭葉で疲れしと納めたるこそものぐるほしけれ

夢を見る。
特に、父親が亡くなってから、頻繁に、似たような光景だ。

うつ病になって、治療薬、眠剤を服用するようになってから、夢に色が付いていることに気付いた。
それまで、夢は見るけれども、出来事だけが記憶に残り、色など、細かなところは覚えていなかった。
かつて、友人に聞いたところ、色つきの夢を見る、と言うことだったので、あたしも色つきの夢を見たいものだ、な〜、と、思っていた。

どの薬の副作用かわからんけど、キラキラ、グルグル、ピカッ、てのに集中して行くと、何故か、部屋の様子が見えてくる。一応、目を開けて確かめてみたけど、微妙に違っていたので、夢の中で構築したものだろう、と、思う。
もっとも、目を開けて眠る、こともあるようなので、定かではないけど。
部屋は、寝ている部屋がほとんどだけど、ホテルで寝ていても同じ部屋なので、夢の中で構築したものだ、ということになる、はず。

で、だ。
分析も必要ないほど、その時々の心配事が出てくる、の、よ。つまらんくらい。
例えば、父親が亡くなった後は、足下に母親と妹がしがみついてくる、とか、父親がにゅーっと顔を出したところに、あたしが怒鳴り散らしている、とか。
そして、着ているものの色を記憶していたりする。

時々、パキシル服用停止時の副作用の1つ、耳鳴りがしたりして、ドキドキすることもある。
大抵、酒を呑んだ時だ。いかん、ね。

2月から3月は、そんなふうに家族が登場。
4月から5月は、授業の準備、大抵間に合わなくてアベアベする。
この時期は、また、父親登場、である。

妹からメールが来た。
母親が言うことに、夜中に父親が寝ていた布団(今はたたんで畳の上に置いている)が動き出す、と。
うーん、来たね、譫妄だ、よ。

パーキンソン病の治療薬は難しい。
パーキンソン病患者には、ドーパミンが不足している、という事実がある。
しかし、原因は不明。
事実に基づき、ドーパミンを増やす、あるいはドーパミン受容体を敏感にする、といった方法で薬を処方してくれる、の、よ、医者は。
医者は判断するだけ、だから、お気楽だ。
で、ドーパミンが出ると、譫妄をみちゃうんだよね。
だからといって、譫妄対策に何らかの向精神薬なんてのを服用した日にゃあ、身体が動かなくなっちまう。
痛しかゆし。

あたしの場合、抗うつ薬でパーキンソン病様の副作用が出ることがある、のじゃ、な。
自覚しているのは、膝が笑ってしまう...カハカハカハッー...トタン...コケる、両手の震顫...プッププップルッ、せっかく老眼鏡を新調したのに...父親のために買ったダンヒル製、レンズを代えましたっ...文字がメニュロメニョローン。
念のため、血液検査でCPKをはかってもらった、けど、異常なし。
単なる副作用、ね。

16時過ぎ、母親に電話してみた。
何の用だ、っと来たので、元気かぁ、と言ってみる。
そのうち、なんでれいがくるのだろう、と、言ってきた。
はいはい、そー来ましたか。
オレのどごさも、でで来たぞ〜、と、答えて、笑いをとってみた。
んだべぇ〜、やっぱりぃ〜
...違うって、さ。ここは笑うところ。

大事な話しがある、と、句調を変えて、先に書いたような説明を試みた。
今は、ひと月に1回、長いと、2ヶ月に1回しか通院していない。
薬の微調整が必要なのに、某大学病院の外来はそんな程度しかしないのよ、ね。
研究第一、も、たいがいにせぃっ
あっそうか、あまりにも当たり前のパーキンソン病なので、研究対象にもならないの、ね、多分。
検査入院に際しても、母親への譫妄対策はお粗末だった。

はて、我が職場の付属病院はどーなんだろ。
6月、8月、9月、と、3回、看護実習を受け入れる看護師さんたちに授業をする。
ほんとは、研修会の講演を頼まれたのだけど、あたしは講演ができない。
つまり、理路整然と淡々と眠くなるように話し続けることができない。
落後してこようっと。

それにしても、きちんとした基準を持っている人々なのだろうか。
医者の言うがまま、かもしれない。
何しろ、母親が入院した某大学病院...実は我が母校の付属病院...の看護師がそうだった。
ベッドサイドで、医者の暴走から患者を守る最後の砦、なのだけど、ね。

電話に戻る。
でできだら、どーすんだぁ
というので、無視して見ていればいい、薬の所為なのだから、と、念を押してみた。
明日、また、電話してみよう。
あたしのような対応を言葉だけで伝えられるのだろうか、否か。
それなりに、戦略が必要なのか、否か。

多少は、前頭葉が働いてきている、かも。

最初の職場で、某世界的事務機器たち、の、SEやCEとお付き合いさせていただいた。
RS-6000というワークステーションの設定をSEに任せ、あたしは仙台に行った。

で、だ。
中型計算機9370の設定時、パスワードがユーザーIDと同じ、という、今考えるととてつもなく恐ろしい状態で作業していたのだな。
RS-6000の設定時には、採鉱権限者rootのパスワードは、なし、だったのだ、よん。
当時でも恐ろしかったので、仙台に出かける前、週末金曜日、密かにパスワードを設定しておいた。
そいでもって、電話を待っていましたっ

あー、なんてイヤLaCieのだろう。
電話がかかってきた時、とーぜん、SEをいぢめた。
ま、自分は何でも知ってるぜぃ、ふんっ、と、ゆーよーに見えたので、とっちめてやったのだね。
そもそも、パスワードなし、という状態で放ったらかしておくのが悪いのである。

久々に、お間抜けな開発者に出会った。
このブログもMovableTypeである。
これは、職場や学会のサイトを作成する上での、いわば練習としても位置づけるためだ。
自宅サーバで練習して、職場や学会のサイトを構築するのだね。
alternative...代替案、あるいは、代替策、と訳して使っている...を用意することは、極めて大事なことだと考えている。
バックアップだって、alternativeの1種だとも考えている。

で、さ。
職場サーバに、某特別設置型プログラムの専用サイトを作る、その開発を外部委託したのでありますな。
その会社自体は、Googleプロジェクトに関わっているらしく、それなりに優秀な人材が揃っているのだと思う。
もっとも、窓口が印刷会社で、そこの営業は、よくわかっていない。
窓口と教員の連絡窓口は、助教さん、これまた、よくわかっていない。
まるで、伝言ゲームみたいだった。
こんな条件に合うサーバか、なんて、ミョーな事を尋ねられた。
やれMySQLだ、Perlだ、PHPだ、なんだぁ、かんだぁ...
条件を見て、既に存在しているMovableTypeとは別に、某専用サイト用にMovableTypeを導入しそうな勢い、に、思えたのですよ。
なんて無駄なこと、と、思って、放ったらかしておいたら、上から圧力がかかった。
CD-ROMが送られてきて、アップロードしろ、なんてことになっていた。
それも無視した。

ようやく、4者会談が開かれて、結局、開発者とあたしとが空中戦をやり、10分くらいで方向性が決まったのでしたっ
最初から、こうしとけば良かったのに、ね。

で、初期状態のサイトを作って、開発者に連絡、開発は順調に進んでいたようだった。
が、5/26を境に、なんともミョーな事になってしまっていた。

数名から、掲示板に文字列を入力できない、新規記事を作成できない、と、苦情が来ましてね。
実際、あたしも掲示できなくて、困りました。
MovableTypeは、自宅サーバ、職場サーバ、学会サーバ、どれも同じ環境にしてある、が、職場サーバだけミョーなんですな。
開発者もメールを送ってきて、JSが変だ、調べてちょ、と言うことだった。

ん?
JavaScriptってのは、ブラウザが処理するのだから、利用者のブラウザの問題か?
違うね、あたし自身、職場サーバには掲示できないけど、自宅サーバには問題なく投稿できる。
ぐむ。

要するに、サーバから送られてくるJavaScriptにミスがあるのだ、な。
で、よくよくファイルを調べてみると、何故か、書き込みしてはいけない場所に、5/26付けのJavaScriptが保存されていて、5/26付けのファイルが他に10個ほどできていまして、ね。
本来あるべきJavaScriptが無くなって、代わりに5/26付けの個別サイト用のJavaScriptが保存されていた、の、で、ありますた。
この場所に本来あるべきJavaScriptは、複数のサイトで共通に利用するものだから、書き換えてはいけないのだ、よ。
なんでまた、プロの開発者がこんなことするのかねぇ。
そんで、自分でやったことに気付かず、5/26以降、JSが変だ、なんてメールを送ってきて、さ。
あんたが書き換えたんだろう、がぁ〜

結局、管理者のあたしが責任をとらないといけない。
あぁ〜あ、やだやだ。

あたしが作っている任意団体の名称は、失敗授業後始末研究会、だ。
失敗開発後始末研究会も作らないといけないようだ。

安心して任せられる開発会社・者はいないものかねぇ。
ソリューションを提供しますぅ、と、サイトでは謳っていても、実作業者がこれでは、信用できんね。
↑大手もそうだったりする。

前の職場では、某F士通のA森のSEは、バックアップ取らずに作業し始めようとしたので、ちういしたことがある。
何で、あたしが社員教育するのだぁ、と、思ったのだが、失敗初任者研修後始末研究会を作れという啓示だったのかもしれない。

あたしの後始末は、誰がするのだろう。
サーバに関しては、あたし自身がしているから、誰もできないでしょうな。
これは極めて異常な事だ。
ただでさえ、うつ病で、赴任当時のような判断ができないのに、任せっきりだし。

とりあえず、企図も念慮もここ2ヶ月ほどは出てきていないけど、某N鉄電車の急行が通り過ぎる際、飛び出す誘惑は未だにある。
タクシー待ちの時、歩道橋の陰から3号線に出て行く、歩道橋の上から下を見てそのまま吸い込まれそうになる、そんな誘惑も未だにある。
自宅でただ寝ていても、死ぬ予感は、いつもある。
明日はちゃんと生きているのだろうか、寝てしまったらそのまま心臓の鼓動が停止するのではないかという強迫観念も未だにある。いつまでも寝たくないのは、その所為だろう。
こんな時刻だし。

病気、両親の介護の問題、借金、等々、誰でもなんらかの問題を抱えているのだ、と、あたしの愚痴に答えてくださった方がいらっしゃる。
あたしのように、死と隣り合わせ、それも、自ら命を絶つと言う死、そんな問題を抱えている方々は、そんなに多くはあるまい。
1年先、5年先、10年先、なんて、どうなるのかわからない。
そう、だから、中期目標なんて、立てられないのだね。
何しろ、明日どうなっているのか、考えるだけで怖いのだもの。





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