2009年アーカイブ

11/18、妹からメールが来た。母親と通院し、さらに、妹の家に母親を連れて行った、という事だった。

妹の話によると、隣家の人から妹の携帯電話に電話があったらしい。
母親が訳の分からない事を行っている、と、いうことで...
雨の中、隣家まで歩いていったらしい。
そして、譫妄の内容を訴えたらしい。
訳がわからないだろう。
譫妄なんて、素人には理解できまい。
原因の一つが、電気ストーブ、だった。とほほぉ〜
タイマーで電気炊飯ジャーが起動する、と、ブレーカーが落ちる。
ご飯が炊けていない。
で、霊の仕業、と、なるのだ、な。
ブレーカーが落ちたのは、一度ではない。先週も電話が来た。
電気ストーブは、常に電源を入れていないと、寒くて困る。
電気ストーブにもタイマーを設定しておけばよかった、の、だった。とほほぉ〜
悪い事に、電話を光回線に変えてしまっていた。ブレーカーが落ちると使えなくなる。
で、ずぶ濡れになりながら、隣家まで歩いていった、の、だった。ぐはぁ〜
電話が使えなくなった事も、霊の仕業、に、なっていた。ぐぇ〜
母親の担当医の話では、もう限界、らしい。
で、妹が妹の家に連れて行った、ということだ。
このまま、母親が妹の家で暮らすにしても、あたしが万が一引き取るにしても、それまで母親が住んでいた、父親が契約した、あたしが修理した、この家には、母親は住めない。
それは、今、実感している。
この家で寝泊まりして、あたしは自分のうつがひどくなるだろうと直感的にわかった。
ちょっと一本通りを外れているだけで、車の音がしない。
風通しが悪い。
遮光性のカーテンのせいだろうが、時刻がわからない。
母親は目覚まし代わりにラジオをつけていた。そうでもしなければ寝過ごす。
そういえば、午前中寝ていた、と、以前、母親が電話で話をしていた。
いずれにしても、まだ、父親の遺物が残っている。
母親の生活に必要最低限のものどもだけを残すように、整理する必要がある。
で、まぁ、まだ、仙台に居るのだった。

11月の連休、正確には10/31〜11/4、そして、11/20〜、仙台にゐる。

母親が独り暮らしに耐えきれなくなった、ようだ、から、なんだ、な。
2009年現在、パーキンソン病の治療薬は、諸刃の刃、である。
動きをとるか、譫妄をとるか。二者択一、だ。
人間は動物である、から、動けなくなったらおしまい、動いていなければならない、と、操体法を学んだ時から考えている。
あたしの場合、譫妄を経験しているから、モトイ、知識が構造化されているから、譫妄にも対応できた。
母親の場合、見えるものが真実なのだから、辛かったと思う、否、今も辛いはずだ。
10月末、夜中に珍しく母から電話があった。
何でも、家に父親がつれてきたのが2人居て、夜中にうるさい、らしい。せっかく炊いたはずのご飯が朝にはなくなっている。作ったみそ汁もなくなっていて、おまけに鍋は洗ってあるのだそうだ。
急に霊能者になったか、オオボケをかましているか、ここは一つ、霊的なものとは無縁のあたしが行って、少なくとも一晩は泊まってみることにした、の、が、11月の上旬。
両親はあたしが生まれたとき、銭湯の2階に下宿していたそうだ。今でも、銭湯のところが2人の本籍になっている。
あたしが記憶しているのは、長屋、だった。共同のトイレ、井戸端...さすがに吸上げポンプになっていたけど。貧乏な我が家は、追い出されては家賃の安い借家を探して住んでいた。
小学生の頃はある寺の借家、遊び場は墓場である。当然、この時点で何かがあってもおかしくはない、の、だが、何もなかった。
今、父が往き母が住まっているのも、別の寺の借家である。
大学4年のとき、卒論もしないで夏期休暇中、この家の修理にあたった。といっても、崩れてくる壁、すかすかの天井にベニヤ板を張っただけであるけど。
このベニヤ板、20年以上経過してもまだ健在である。さすがに、台所の天井は水蒸気のために表面がはがれているけど。
一級技能士、職人の父親の使う道具は、ほとんどが大工道具であった。それらを見よう見まねで使い、よく怒られた。と、言っても、道具を元に戻さないから、だったけど。
後になって、極地方式研究会に関わり、小学生にもプロの道具を使わせよ、という考え方がすんなり入ったのは、このような経験があったからだと思う。
話はだいぶそれた。
母親は、私生活を他人から見られる、覗かれることを極端に嫌う。
徹底的に遮光性のカーテンでおおい、透明なガラスの窓には段ボールを設置する。
昼でも暗い。
そのような中、独り暮らしである。
誰か人が居なければ、あたしなんざぁ、うつがひどくなりそうだ。
それにしても、このような環境で、よく8ヶ月も独り暮らしできたもんだ。
10月上旬には、一番気になっていた父親の布団の一部を処分した。
よくよく聞いてみると、あらゆる、しわ、が、人の顔に見えるらしい。
特に、布団、座布団、タオル、そして、ビニールの袋の中。
この時には、薬の副作用による譫妄だ、ということを話した。
気になっていた、しわ、も取り除いたのだから、大丈夫だろう、ということで、とりあえず福岡に戻った。
このとき、ついでに、でろんぎの電気ストーブを購入し、セットしていった。
石油を燃やす暖房器具では、石油の供給が一人ではできないのだ、な。
で、電気ストーブ、ということだ。
これが、大騒ぎをもたらしちまった...つづく。

Tigerの場合、IntelマシンもPowerPCマシンも、特に問題はなかった。

Leepardと、Snow Leopardで困る。
うまくいったりいかなかったり。Intelだから、PowerPCだから、という訳ではないようだ。
ちなみに、無茶ぶりを示す Power Mac G4 Cube ( PowerPC G4 450MHz ) に、Sonnet の SG4-C1800 を乗せたマシン、これもLeoperdにしてある、でも、問題なさそうだった。
無茶ぶりに関しては、別に書いた方がいいかな。
そもそも、
---------- ---------- ---------- ---------- ----------
Intel pc
---------- ---------- ---------- ---------- ----------
sh
export CFLAGS='-arch i686' 
export LDFLAGS='-arch i686' 
./configure --enable-check --prefix=/usr/local/clamXav --build=i686-apple-darwin`uname -r`
---------- ---------- ---------- ---------- ----------
Intel Mac ... Snow Leopard
---------- ---------- ---------- ---------- ----------
sh
export CFLAGS='-arch x86_64' 
export LDFLAGS='-arch x86_64' 
./configure --enable-check --prefix=/usr/local/clamXav --build=i686-apple-darwin`uname -r`
を実行すると、
  :  :
checking check.h usability... yes
checking check.h presence... yes
checking for check.h... yes
checking linking with check... configure: unable to compile/link with check
configure: error: 
ERROR!  Check was configured, but not found.  Get it from http://check.sf.net/
と表示して、configureスクリプトが止まるのだ、な。
checkに関しては、portで導入した、はず、だ。で、
/usr/local/lib/libcheck*
を調べてみると、なんか、機械によってバラバラ、だし。
念のため、
port -df uninstall check
の実行後、
port -d install check
を実行してみたが、自宅サーバ、MacBookPro Leopard、MacBookPro Snow Loepard、はダメだった。
で、checkを手動で導入。こちらは、いわゆる普通の手順で難なく成功。
その後、改めて、clamavのconfigureスクリプトを実行すると、問題なく進む。
/usr/local/lib/libcheck.*
が、portコマンドによってシンボリックリンクされている機械は、とりあえず、このような手順を踏まなくてもいいようだった。
つまり、上記3台は、シンボリックリンクが、ヘン、だったのかもしれない。
Tigerの場合も同様だろう。単に、
/usr/local/lib/libcheck.*
のファイルの問題、だと思いたい。

こちらも、すげぇ。


from YouTube

さすが、だ、ね。


from YouTube

どこで入手したURLか忘れてしまった...いや、ここ

お遊び、否、逃避、だ。
Mixiの足あとをみていると、IT関係...Instructional Technology...、血液型、高校、なんかからたぐってくるのだろうね。
それと、聞いている、否、流している曲、アーティスト、に引っかかる場合もあるのだろうと思う。足あとの主のプロフィールには、それらしいアーティストが載っているもの。
で、まぁ、Movable Typeのウィジェットを作ったみたのだなぁ。
これって、宣伝、か...

自分のブログに行き当たる、というのは、とてもガッカリする。

地球上の誰も困っていないのかぁ〜、という訳ではなくて、勿論、検索キーワードが悪いのだろうけど。
Movable Typeでmysqlを使っているから、DBD::mysqlモジュールは必須、なのだが、4.013がうまく導入できない。
前のバージョン(4.011や4.012)も同じように導入できなくなっていたっ
#   Failed test 'use DBD::mysql;'
#   at t/00base.t line 21.
#     Tried to use 'DBD::mysql'.
#     Error:  Can't load '/Users/DBD-mysql-4.013/blib/arch/auto/DBD/mysql/mysql.bundle' for module DBD::mysql: dlopen(/Users/DBD-mysql-4.013/blib/arch/auto/DBD/mysql/mysql.bundle, 2): Symbol not found: _is_prefix
#   Referenced from: /Users/DBD-mysql-4.013/blib/arch/auto/DBD/mysql/mysql.bundle
#   Expected in: dynamic lookup
#  at (eval 7) line 2
# Compilation failed in require at (eval 7) line 2.
# BEGIN failed--compilation aborted at (eval 7) line 2.
FAILED--Further testing stopped: Unable to load DBD::mysql
make: *** [test_dynamic] Error 255
とか、
#   Failed test 'use DBD::mysql;'
#   at t/00base.t line 21.
#     Tried to use 'DBD::mysql'.
#     Error:  Can't load '/Users/Shared/install/DBD-mysql-4.012/blib/arch/auto/DBD/mysql/mysql.bundle' for module DBD::mysql: dlopen(/Users/Shared/install/DBD-mysql-4.012/blib/arch/auto/DBD/mysql/mysql.bundle, 2): Symbol not found: _mysql_get_host_info
#   Referenced from: /Users/Shared/install/DBD-mysql-4.012/blib/arch/auto/DBD/mysql/mysql.bundle
#   Expected in: dynamic lookup
#  at (eval 7) line 2
# Compilation failed in require at (eval 7) line 2.
# BEGIN failed--compilation aborted at (eval 7) line 2.
FAILED--Further testing stopped: Unable to load DBD::mysql
make: *** [test_dynamic] Error 255
なんてメッセージがでてしまう。
をキーワードにググったのだ、な。で、ここ、に書いてあって、がっかり。
幸い、ここ、とか、ここ、を見つけて、読んでみた。
どうも、32bitアプリケーションか、64bitアプリケーションか、という問題らしい。
ふむ。
それと、perl Makefile.PLに渡す引数も変わっているようだ。
基本的に、mysql_configの出力に従ってくれるみたいで、これはこれで有り難い。
残りの引数として、testuserやtestpassword、念のためにtestsocket、を指定すればいいのだろう、ね。
自宅サーバの場合、Leopardに元々入っているphp(5.2.10)と共にmysql(5.0.82)を利用している、し、ライブラリーやincludeファイルは自分でダウンロードしたものども(mysql-5.0.86-osx10.5-x86のそれら)を使ってるから、mysql_configの場所が異なる。
perl Makefile.PL \
    --testhost=127.0.0.1 --mysql_config=/usr/local/mysql/bin/mysql_config \
    --testsocket=/var/mysql/mysql.sock \
    --testuser=sdewe --testpassword=adfed
こんな感じ。
別の(職場)サーバでは、
mysql-5.1.39-osx10.5-x86_64
や、
mysql-5.1.39-osx10.5-powerpc-64bit
なんてのを導入して喜んでいたけど、DBD::mysqlを導入するために、それぞれ、
mysql-5.1.39-osx10.5-x86
と、
mysql-5.1.39-osx10.5-powerpc
に戻した。
ふぅ

久しぶり、に、書きます。

2009/6以降、なんだかわからない日々を過ごしております。
うつ、というより、身体全体がガタガタ、で。
とりあえず、標記、だ。
導入したら、
リンクテーブルを処理するための追加機能が無効になっています。理由についてはこちらをご覧ください
と、言われた。何か、設定が変わったのか?????
ググってみると、別に3.2.2になってから設定が変わった訳ではないようだった。
つまり、3.2.2よりも前のバージョンでこのようなメッセージが表示され、対応しているページが見つかったのだな。
何やら、面倒な手順が書いてあったけど、も、よくよく探してみると、
../phpMyAdmin/scripts
内に、
create_tables.sql
というテキストファイルがあって、この内容を実行すれば良かったみたい。
特にエラーメッセージという訳でもないので、そのままphpMyAdminのSQLタブを選択してボックス内にコピー&ペースト、実行ボタンをクリックしただけ。
一度ログアウトして、
config.inc.php
を編集、当該部分、
/* Advanced phpMyAdmin features */
のコメントを外すだけ。
ひとまずは何とかなった。

いくつか創っていた。

2009年5月20日
青い空見ている僕も澄みきって鳥になりたいそう思う午後 中川公隆 に触発されて
青空に見られたるかな飛ぶ鳥のもの思ふらし羽ぞ欲しける


2009年5月5日
去く人の姿かたちを重ねつつ暮らし重ねむ去く身であれば Aさん への返歌
作業場に気高く立てるボール盤往にたる父ぞものつくりける
ボール盤1つ残りし作業台血のにほひしつ懐かしきかな
万力ふたつ取り外したる作業台幼き日々の不確かなりき
鑿鋏使いてもよし在りし場に戻せといひて黙りたる父
作業場を片づけたれば思ひ出も消え去りにける連休中日


父親の49日に詠める
2009年3月27日...かの人の三回忌は既に過ぎていた
知識とふ仮想遺伝子伝へたる彼の人往きて三回忌なり
庭先の梅さへ遺伝子残したり仮想なりとて残せましかば

父親の49日に詠める
2009年3月13日
義手義足往にたる父ぞつくりけり評判聞きて吾のつくり比す
職人の往にたる父のつくりしはメンテナンスも込みの品なり


2009年2月24日
かなしくてないてしまうも涙さえ出ない吾あり引きつる身体


2009年2月20日
いくつかのしなきゃならねぇことどもが並列配置また横になる


2009年2月17日
我れあるはサーバたちのおかげなり廃棄機械のメモリー外す
歩道橋階段昇る下肢重く飛び降りる気になれぬ春の日
曇天にちょびっと欠けた月天心市営団地の庭に梅咲く
企図なんぞ許すまじとふ人々のをりたる幸を感ぜざる午後


2009年2月14日
目の中に入れたとしても痛からず父の思いや知らざる吾妹

という標題とは異なる内容じゃい。

5月に帰省した時、手持ちのMac Book Proで接続テストをしてみた。
PPPoEを接続する時に時間がかかって...大した時間ではないのだけど、さ、体内クロックが歳と共になのか使っているコンピュータと共になのか、速くなってしまっていて...歳をとると気が短くなる、ということはこういうこと、なんかね...かつてのモデム接続みたい、ぴぃ〜〜〜ひょろひょろひょろぉ〜〜
100Mはなかなかよい。

で、だ。
自宅内ネットワークは1000Mである。
某ヤマダ電機の定点観測時、不覚にも、某電力会社系BBIQと契約してしまった。
それまでは、某ケーブルテレビの回線を利用していて、8Mという速度に甘んじていましたっ
まぁ、1GBのファイルを職場に送る程度なら、問題はないし。
最近、映像ファイルを複数送ることが多くなって、一晩かかることもあったりして、ウンザリしてまして。
料金も安くなるし...お金はないし。

工事は6/2に無事終了、手持ちルーターの設定に手間取りましたけど...PPPoEの設定はできているのにつながらない、と、思ったら、ルーターの再起動が必要でしたっ...100Mを体感しているこの頃。
某ケーブルテレビの回線だと、sshやVNCでサーバを調査している時、通信が途切れちゃうのでした。少なくとも、切れにくくなったし、自宅ネットワークのDNSからアクセスすれば、ほとんど問題はないっす、ね。
なかなか、良い。
問題は、使用料金、だす。
結局、某にふていと某BBIQの2つから請求が来ることになる。

父親は、2回線持っていた。その2回線分の料金と、某にふていの料金の天秤。
近い将来、母親にiMacでも買ってやって、テレビ電話ができるようにしてみようか、と思っている。
...あれ、これは、日記、の記述だ、な。

5月に帰省した時、電話回線を光にした。プロバイダーは、某にふてい。
で、だ。
宮城県仙台市に電話回線を持っている、正確には、父親名義からあたし名義に変えた、ので、当然、某にふていさんは、某NTT東日本に何やら請求しなければならない、の、では、あるが、あたしの現在の住所は福岡なので、某NTT西日本になにやらやったみたい。
某NTT西日本では困った、みたい、ね。存在しない電話番号に対する請求が来たのだから。
で、某NTT西日本から電話、が、来たので、折り返した。言われるがまま、あたしの電話番号を告げたら、とても困っていた。というのも、繰り返すけど、某NTT西日本にその電話番号に相当する回線はないのだから。
さらに、誰が電話したのかわからない、と、きたもんだ。
お互いに困った、ね。
あのー、それって、某NTT西日本さんの管理体制の問題でしょ?
なんとか、探せないっすかねぇ〜、ほんの5分前なんですけどぉ

待っていたら、来ましたね。
結局、某にふていには、却下、と、返事してもらうことにした。仕方ないもの、ねぇ。

その後で、某にふていに電話した。
えっとぉ、手引きが、2通届いているんですけどぉ、さらにぃ、回線が利用できないことにしちゃったなんてメールも届いているんですけどぉ...

某NTT西日本にしても、某にふていにしても、東日本と西日本をまたいで利用する、ということは、想定していないようだった。
なかなか、楽しい。

結局、某にふていが某NTT東日本に何やらする、というこで決着、その後、3通目の手引きが届いた。
某にふていの電話では、1通を破棄し、もう1通を活かす、と言うことだったんだけど、ね。
コンピュータみたいな対応、じゃ。
働いている人たちも、コンピュータの言うがまま、なの、かねぇ。

...続く...

からが、大変だった。
火曜は、あたしのための会議、だった。途中で気分が悪くなった。
これまでの数年、メーリングリストで会議をしていて、一言も言わなかったのがバリバリ発言しやがる。
いいさ、やってもらいましょう。
夕方、研修会に遅刻。
気分は段々悪くなってきていたが、共同研究者も気分が悪そうだったので、むりくり張りきりましたっ、ぷつっ
研修もうまくいかない。
先月の研修ができ過ぎ、だったせいか、反省会。グラスワインを4杯も呑んでしまった。

夜中に頭痛。面倒だったので、そのまま寝続けていたら、会議の時刻がとっくに過ぎた頃、あまりの痛さに起きる。面倒がらずにニフランを服用しておけばよかった、頭痛薬は早めに大量に。
とりあえず、事務室に電話を入れる。
これが水曜。結局、午後まで横になる破目になった。

気を取り直して木曜日、通院の日。
週末が鬼門、それ以外はとりあえず夜寝て昼起きる、という、当たり前の生活であることを再確認。
午後は授業。あまりはしゃぎ過ぎないように。
夕方は、月曜日に下見した研修に出かける。
が、全く、予想が的中、棟内で迷う。
幸い、受付が開いていたので、担当者に内線をかけてもらうことにした。
すみませぇ〜ん、迷ってしまいましたぁ、遅刻して申し訳ありませぇ〜ん、小講義室にはどう行けばよかったのでしょ〜かぁ〜
え゛っ、今週ではなくて、来週ですよ...

はい、第三木曜日の夕方、でしたっ

小講義室が開いていたので、悔しいから、投影テストをしてきた。

金曜は、とりあえず午前中には起きた、というより、あまり寝ていない。3時間くらい寝て起きてまた寝て起きて...の繰り返し。
頭がまともに働き出した頃、メールで、会議が終わったことを知る。
ふぇ〜

で、13時から3年生の時期外れ研究室訪問を受けるために出かける。
が、来ない。そう言えば、夕方、社会人院生との打合せの途中で乱入しなさい、と、指示していたことを思い出す。
火曜の会議で、とりあえず、2台のサーバはお払い箱になることが決まったので、そろそろ、自分が利用するコンピュータを用意しなければならない、ので、用意した、のだが、うまくできない。
気がつくと、夕方。

約束通り、乱入してきた。
社会人院生のための授業は、20時5分から21時35分まで、それに参加する、ことにさせた。一応、ごり押しはしていない。
この授業がまた濃かった。
ここ弐〜参年、前期のこの授業は、濃い。
お陰様で、頭が活性化してしようがない。
3年生もなかなかいいところに目をつけて質問している。
授業後も、話しは続く。
社会人院生に車で送ってもらって、社内でも話は続く。
ますます脳は活性化する。
で、眠れなくなっちゃったりして。

金曜、土曜、は、火曜日の夜と同じような繰り返し。
時計を見ると、4時、5時、だったりして、外が明るくなってきてしまうと、起きてしまう。
何をする訳でもなく、テレビをつけ、映画を観て、煙草を吹かす、ぷぅ〜。

血液検査で、中性脂肪がとてもとても高い数値だった。
とりあえず、1日1麺主義に戻し最低1回はソバを食することにして1週間目。
出歩きたくないので、近所のコンビニザルソバだ。割り切って食す。
こーゆー時に限って、やれ当たったの、サービスだの、と、唐揚げやチップス系の揚げ菓子が手に入ってしまって...もったいないので食べちゃったりして。

相変わらず、先の見えない日々が続く。
いずれにしても、まだ、1日に1つの仕事、しかできない、と言うことだ、な。

久々に、外で仕事(仕事のための会場の下見)をした。
前の晩は眠れず、横になっているうちに4時間くらいは寝たようだ。
結局、約束の時刻に間に合わず、タクシーを飛ばす。
いつぞやの時と同じような状態、出て行けなくてごめんなさい、をしていないだけいいのかね。
体調が、いつぞやの時と同じくらいまで戻ってきた、ということかね。

病院地区に初めて行った。伊都地区には移転しないし、法人化前にガバガバ予算請求して通っちゃったみたいに、ドカドカ新しい建物が建っていた。
某東北大学附属病院も似たようなものではないか、ね。帰省する度に、建物が増えて行くもの。
某日赤病院も建て増しに建て増しを続けて迷路状態だったけど、面積が広くて迷路状態だと、困っちまう。
初めてだと、ランドマークにすべき特徴を見いだせない。
兎に角、中央の2階の講義室で「講演」するらしい。

講義室に入って、かつて映画で観た、19世紀の医学部の階段教室を思い出した。
中央の床の上に台が置いて有って、屈強な助手4人は患者の手足をしっかり押さえていたりして、名人級の外科医が、30秒で大腿部を切断、とか。
外科医は、血しぶきが目立たないように、フロックコートを着てた、とか。さらには、どれだけ血しぶきで汚れているか、が、ステータスだったらしい。
きったねぇ〜

いつも授業するような階段教室とは段の高さがまるで違う、の、です。
さらに、ふっるぅ〜い機器と真新しいプロジェクターに無線LAN機器、対照的なモノドモが並んでいた。

いつもなら、OHP2台に対応するスクリーンを用意して、と、お願いするのだけど、ね。
そもそも、まともなOHPが1台でもあれば御の字。
講義室の広さを考えれば、250ワットでは暗いかも、理想的には400ワットくらい欲しい。
勿論、ルーメンで記述しなければならないのは知ってますよん。
でも、機器に書いてあるのは、ワット数なんだもん。

取ってつけたようなスクリーンが黒板をふさぐ。
某パワポかスライド投影時に使うレーザーポインターが2つも有った。
マイクは、有線のハンドマイク1つ、ワイヤレスもハンドマイク、1つ。
うーん、暴れられない。

OHPとスクリーンは用意してくださる、というので、実物を見に行った...正確には案内してもらった。1人で行け、と言われても2度と行けないかも。
新館の多目的室、と呼ばれる部屋に行った。小会議室等も有って、母親の事で説明された某大学病院の会議室を思い出した。
新館の作りは、某大学病院の新館ととても似ていた。
そうそう、今の職場に赴任した時、母校の作りと全く同じで、感激した記憶がある。
さっすっがっ、元国立大学。

OHPは250ワットで、某看護教員養成講習の会場に有るのと同じ。とても暗いのであります。
フタを閉めて利用するタイプのプロジェクター兼用機も見せてくれた。フタを閉めないといけないから指示棒が役に立たないのだな〜
せっかく、人さし指型のを買ったのに、使えない。
問題は、スクリーンだ。
床に設置して引き上げるタイプ、が、ある、というのだ、な。
OHPをどこに置くのか、考えてんのかぁ〜
考えてないのだな。
最悪、OHPとスクリーンを持参するか、ね。
そこまでして、ボランティア「講演」をするか、よ。しないね。
...学内非常勤に、手当てが出なくなって久しい。
黒板使ってみよう。

「講演」や「講義」のように、理路整然と緩急もなくただ話をすることは、とても苦手だ。
我慢できなくて、必ず笑いを取りに行ってしまう。
いい加減、やめないといけないだろうね〜

そうそう、某日赤とは違い、かなり、自分の中に判断基準がない方々を相手にしなければならないだろう、という具合に予測している。
当然、「講演」だから、ただ聞いていればよい、と、思って参加するだろうし。
資料が有れば当日の午前中までに用意してくれ、と、言われた。
誰かさんのように、パワポを2段組で印刷したようなものでも資料なんだそうだ。
OHPもそうしてみようか、ね。A4用紙に16枚分、縮小して印刷してやろう。
きっと、裏に何やらメモして、わかったつもりになるはず。

そうそう、師長クラスの方々がいらっしゃる、らしい。
うーん、どこに焦点を当てて話せばいいのだ?
ま、いつものように、うなずいてくださる方々に合わせてしまおう。

資料、ねぇ。
科研の報告書にまとめたワークシートから借りてきてみようか。
...あのワークシートにも著作権を与えないといけないな。
かなり独創的な発問と教示の配列だ。特許になるのかな。
いずれにしても、作ったことが、ない。
ワークシートなら作れるから、資料と偽って、ワークシートを創ろうか。

帰りは、寄り道した。
昼時だったので、木陰で食事をする人々が数名、鳴り物入りで作った庭園らしい。
楠が見事だった。
整備されていないところの雑草どももなかなかよい。
いつも携帯しているデジカメで撮影しまくる。

ふらふらと歩いて、滅多に行くことのない職場の「本部」に行ってみた。
ニワセキショウ、ムラサキカタバミ、そして、ヘラオオバコの群。
ここでもまた写真撮りまくり。
恥ずかしながら、3時間ほど歩いただけで筋肉痛、そのまま自宅に戻った。

そうか、こんな散歩コースもあり、か。
サンダルか下駄を履いて、足の指を活用して歩くようにしてみようか。

久々に、楽しかった。
...資料のことを考え、頭痛がしたけど。

何やら、母親の担当医2人は、譫妄対策に、安定剤を出したらしい。

退院の前日、母親の部屋に行くと、寂しそうな顔を通り越して、仮面うつ病患者を見ているようだった。
表情筋を動かせない訳ではない。
パーキンソン病の薬がかなり効いていて、それなりにトイレにも1人で行けるのだ。

担当医の1人が病室に来た。
母親は切れました、ね。
こーゆー点は、あたしが受け継いでいる。

曰く、
あんだが、まず、薬、飲んでみでがら、他人さ飲ませなさい!

いいねぇ。そのとーり。

兎に角、担当医を病室から連れ出し、話をした。
処方した薬が、意図通り効かなかったことは認めた。

あんた、話しが下手だねぇ、と、ひとこと言ってやった。
母親にはあたしが話をすることにした。
後1晩で退院だ、兎に角、下手なことはしてもらいたくない。

母親には、嘘をついた。
あたしはコンピュータの専門家である、だから、ナースステーションに行って、監視装置をこのベッドだけ外してくる。
そんなごど、でぎんのがぁ?
なにいっでんだぁ、オレは専門家だじゃ。

ま、実際には、トイレに行ったのですけど、ね。
病院の外に出で煙草でも吸ってきても良かったんだけど、帰りの飛行機の搭乗時刻が近づいている。時間が無い。

切ってきたぜ、どうよ。
えっ? そんなごど、でぎんのがぁ?
あったりめーよ、専門家だぁ、ついでに、看護師にも話しをつけどいだがらさ。
そーなのがぁ、いがったぁ〜

帰りがけに、あたしの携帯電話を置いて行った。ボタン1つで、もう一つのあたしの携帯電話につながるようにして。
何か来たら、兎に角、電話しなさい。
じゃ、来月、また仙台に来るからさ、それまで、辛抱してね。<

今日は、仙台に行く日だ。
前の晩、結局、よく眠れなかった。
午前3時前に起きてしまう。
次回の授業の教材*を作りながら、電子シラバスシステムを見直したり、その間、寝たり起きたり。
そんなこんなしているうちに8時になってしまった。
シャワーを浴びる時間がない。
タクシーを呼んで空港に向かう。
飛行機は、新幹線並みに揺れた。結構、疲れた。疲れを自覚できている。
妹に、食事をしてからホテルで少し休むことをメールで伝えた。
休むと言っても、寝てしまっては困る。ので、窓の外を見ながら煙草を吸ったり。
15時過ぎに実家に向かった。16時からは、家族そろって担当医の話を聞かなければならない。
父親がごねた。行きたくない、と、言うのだな。
妹と2人、とにかく、運動を兼ねて出かけるように勧める。
母親が相手ならばごね続けたことだろうが、支度をし始めてくれた。
タクシーを呼ぶ。
運転手の後ろに妹、助手席にはあたし、あたしの後ろに父親が乗った。
あたしが助手席のドアを閉めたところ、妙な音がした。
父親の右手があったのだな。
なんとまぁ、我慢強いのだろう。
血が出てきた、と、言っただけ。
運転手に頼んでコンビニに寄ってもらい、アイスパックを買ってとにかく冷やした。
とーちゃん、ごめんなさい!

父親は、血液凝固抑制剤を服用している。
開きが悪くなっている心臓の弁に負担をかけないように、血液をひたすら流すのだ、な。
納豆を食べてはいけないのだった。
大好きだったのにな。

大学病院に到着。
時間外入口から手続きをして病室に向かう。
母親は、妹が見舞った時の病室には居なかった。
どうしたのだろう。
病棟を一回りした。最初に入院した時に入っていた部屋にいた。
我々を見るなり、なんとも悲しい表情をした。何だかおかしい。
「わたしのことを、みんな、頭がおかしいと思っている!」
うーん、脳内伝達物質の出が悪いのだから、確かに頭がおかしい...誰かつっこめぇ〜
まくし立てるように、不満を語り出した。

ウサギ男、それも、出っ歯、いつも見張っている、らしい。
さらに、ベッドの寝た時に頭が来る位置の上、要するに電源やらナースコール用のコードやらが付いている場所、に、赤いランプが点いて、寝返りを打つよう様子を監視している、と言うのだな。

あれ、まぁ、譫妄だよ、これ、きっと、そうそう、間違いないっ

で、医者との会合、全く新しい情報がないまま、今の状況を考慮すれば自宅に戻って療養した方がよい、ということを兎に角医者は言いたがった、のだよ。
つまり、譫妄対策にほとほと手を焼いているのだ、家族が引き取って何とかせぃ、と言うこと。
おいおい、医者かよ、おまえら。
そうそう、医者は判断しかしないから、いいのだよ、ね、これで。
看護師が済まなそうにちんまり座っていた。
まだまだ、白い巨塔、なんだろうね。

我が母校の大学、医学部は別なのだろう。

院の日。今日から、担当医が代わる。
これまでの状況については、それなりに引き継がれているとは思う。が、やはり、患者本人から状況を説明した方がよいだろうと考え...考えなくてもいいのかもしれないのではあるが、考えてしまったのだから仕方がない...午前中、早い時刻に通院しよう、と、思った。
結局、午前中は、煙草を吸ったり、布団に丸くなったり、グズグズと過ごして、診療時刻終了の15分前に到着。
初めて、と言うことを割り引いて考えなければならないが、よく話を聞いてくれた、と、思う。
前の担当医と違い、ラボナを日数分出してくれた。習慣性が強いらしく、かつ、「葛根湯医者」の処方する葛根湯と同じ位置付けらしく、なかなか出してくれなかった。これで、すんなり眠れるかもしれない。とにかく、夜、寝たい。

iTunes Soreでまた無駄遣いをする。
消費しか受け付けない脳とはいえ、消費するには、お金を使うには、それなりに元気でないとダメだ。
と、いうことは、多少はよくなってきている、と考えたいものだ。
...しかし、借金は増える。

Ana Johnsson
LITTLE ANGEL
Ana Johnsson
B000M2E9WG

Malene Mortensen
MALENE
Malene Mortensen
B000JVS3DQ

Liz Phair
Somebody's Miracle
Liz Phair
B000A7TFEA

Liz Phair
Liz Phair
B00008VHBA
Whip-Smart
Liz Phair
B000002SW1

Leigh Nash
Blue on Blue
Leigh Nash
B000GG4XFG


Diana Krall
Live In Paris
Diana Krall
B00077DB48

From This Moment On
Diana Krall
B000GG4KTU

Sophie Milman
Sophie Milman
Sophie Milman
B000637XN8

Bei Xu
Lost In Translation
Bei Xu
B000KJTJ1W

ここ、とか、ここ、とか、ここ、とか、ここ、とか、と、似たような状況に陥った。

MTのバージョンを4に上げてからは、mt-config.cgiに、
OneHourMaxPings 50
OneDayMaxPings 1000
を記述してなんとかなっていた、の、だけれども、今、ログをみたら、1日に200件以上のトラックバックが届いた居るのだ、な。
なぁ〜にやってんだか、さ。

で、.../mt/lib/MT/App/Trackback.pmを書き換える作戦に出た。
まず、

            {   blog_id    => $tb->blog_id,
#
#    2009.06.07 Kumecchi
                                ip => $user_ip,
#
                created_on => [$from]

と、追加して、その次に、

        blog_id    => $tb->blog_id,
#
#    2009.06.07 Kumecchi
                                ip => $user_ip,
#
        created_on => [$from]

と、追加した。
これは、MT3でやったことと同じ。
とりあえず、自宅サーバに自宅マシンからトラックバックは送れるようになった。
と、ゆーことは、mt-config.cgiの記述、
OneHourMaxPings 10
OneDayMaxPings 50
と、戻してもいいのかも。

面倒だから、やんない。
職場サーバは、...、知らない。
学会サーバは、基本的にトラックバックもコメントも受け付けないから、いらない

彼にとって、この仕事はいやらしい。
アイツはいやらしい。

これらの文の中の「らしい」の区別は、時枝文法に基づく中学生レベル、つまり、高校入試に際して、最高級の問題LaCie。
2009年時点でどうかは知らない、が、あたしが中学の時にはそうだった。
時枝誠記の文法が基本的に小中学校で習う日本語文法の基礎であることは、そうそう変化しないはずだ、という推測である。
留学生たちもこの文法を学んでいるのだろうか、多分、そうだろう。
珍しく、推測ばかりだ、な。

実は、これはどうでもいい。
LaCieだ。
LaCie Miniの最後の1台が予想通り、壊れた。
で、また、予想通り、基盤がやられたみたいだ。
USBやFireWireのHUBとしては機能してやがる。
用意していた、外付けHDDケース(NewerTech miniStackMacSalesから購入)に内蔵されているHDDを入れてみると、見事に復活、はにゃにゃぁ〜ん、である。
今、同じく、MacSalesから購入した、NewerTech miniStack v.2.5に、某ビックカメラから購入したWESTERN DIGITALのWD20EADS (2TB SATA300)をセットした外付けHDDに、中身をコピーさせている。回転数は、5400rpm、と、某ビックカメラでは表示されていた。本家日本語ページ、には回転数に関する情報は、ない。はて?

使っているのは、CCC(Carbon Copy Cloner)だ。
些少だが、20ドル、donationした。安い買い物である。

実は、内緒で職場でも利用している。経費でdonationできるとは思えない。
用度係が困る、だろう。
と、いうのも、NewerTech miniStack v.2.5を購入する際、ハードディスクケース、ではなくて、外付け1.5TB HDDとしたのだが、ケースだけが届いた、の、だ、な。
未だに、国外から直接購入はできないようだ。

いずれにしても、だ。
もう、LaCieの購入はいやLaCie。

公園のベンチで横になりぬれば雲1つなし初夏の風吹く
あを空の手前に焦点合わせれば煌めく点ぞランダムに飛ぶ
煌めける光に混じる細胞のやうなものあり往にて戻りき
濁りたる目にも空こそをかしけれ蒸し暑き風とろけつる脳
無理矢理に前頭葉で疲れしと納めたるこそものぐるほしけれ<

夢を見る。
特に、父親が亡くなってから、頻繁に、似たような光景だ。

うつ病になって、治療薬、眠剤を服用するようになってから、夢に色が付いていることに気付いた。
それまで、夢は見るけれども、出来事だけが記憶に残り、色など、細かなところは覚えていなかった。
かつて、友人に聞いたところ、色つきの夢を見る、と言うことだったので、あたしも色つきの夢を見たいものだ、な〜、と、思っていた。

どの薬の副作用かわからんけど、キラキラ、グルグル、ピカッ、てのに集中して行くと、何故か、部屋の様子が見えてくる。一応、目を開けて確かめてみたけど、微妙に違っていたので、夢の中で構築したものだろう、と、思う。
もっとも、目を開けて眠る、こともあるようなので、定かではないけど。
部屋は、寝ている部屋がほとんどだけど、ホテルで寝ていても同じ部屋なので、夢の中で構築したものだ、ということになる、はず。

で、だ。
分析も必要ないほど、その時々の心配事が出てくる、の、よ。つまらんくらい。
例えば、父親が亡くなった後は、足下に母親と妹がしがみついてくる、とか、父親がにゅーっと顔を出したところに、あたしが怒鳴り散らしている、とか。
そして、着ているものの色を記憶していたりする。

時々、パキシル服用停止時の副作用の1つ、耳鳴りがしたりして、ドキドキすることもある。
大抵、酒を呑んだ時だ。いかん、ね。

2月から3月は、そんなふうに家族が登場。
4月から5月は、授業の準備、大抵間に合わなくてアベアベする。
この時期は、また、父親登場、である。

妹からメールが来た。
母親が言うことに、夜中に父親が寝ていた布団(今はたたんで畳の上に置いている)が動き出す、と。
うーん、来たね、譫妄だ、よ。

パーキンソン病の治療薬は難しい。
パーキンソン病患者には、ドーパミンが不足している、という事実がある。
しかし、原因は不明。
事実に基づき、ドーパミンを増やす、あるいはドーパミン受容体を敏感にする、といった方法で薬を処方してくれる、の、よ、医者は。
医者は判断するだけ、だから、お気楽だ。
で、ドーパミンが出ると、譫妄をみちゃうんだよね。
だからといって、譫妄対策に何らかの向精神薬なんてのを服用した日にゃあ、身体が動かなくなっちまう。
痛しかゆし。

あたしの場合、抗うつ薬でパーキンソン病様の副作用が出ることがある、のじゃ、な。
自覚しているのは、膝が笑ってしまう...カハカハカハッー...トタン...コケる、両手の震顫...プッププップルッ、せっかく老眼鏡を新調したのに...父親のために買ったダンヒル製、レンズを代えましたっ...文字がメニュロメニョローン。
念のため、血液検査でCPKをはかってもらった、けど、異常なし。
単なる副作用、ね。

16時過ぎ、母親に電話してみた。
何の用だ、っと来たので、元気かぁ、と言ってみる。
そのうち、なんでれいがくるのだろう、と、言ってきた。
はいはい、そー来ましたか。
オレのどごさも、でで来たぞ〜、と、答えて、笑いをとってみた。
んだべぇ〜、やっぱりぃ〜
...違うって、さ。ここは笑うところ。

大事な話しがある、と、句調を変えて、先に書いたような説明を試みた。
今は、ひと月に1回、長いと、2ヶ月に1回しか通院していない。
薬の微調整が必要なのに、某大学病院の外来はそんな程度しかしないのよ、ね。
研究第一、も、たいがいにせぃっ
あっそうか、あまりにも当たり前のパーキンソン病なので、研究対象にもならないの、ね、多分。
検査入院に際しても、母親への譫妄対策はお粗末だった。

はて、我が職場の付属病院はどーなんだろ。
6月、8月、9月、と、3回、看護実習を受け入れる看護師さんたちに授業をする。
ほんとは、研修会の講演を頼まれたのだけど、あたしは講演ができない。
つまり、理路整然と淡々と眠くなるように話し続けることができない。
落後してこようっと。

それにしても、きちんとした基準を持っている人々なのだろうか。
医者の言うがまま、かもしれない。
何しろ、母親が入院した某大学病院...実は我が母校の付属病院...の看護師がそうだった。
ベッドサイドで、医者の暴走から患者を守る最後の砦、なのだけど、ね。

電話に戻る。
でできだら、どーすんだぁ
というので、無視して見ていればいい、薬の所為なのだから、と、念を押してみた。
明日、また、電話してみよう。
あたしのような対応を言葉だけで伝えられるのだろうか、否か。
それなりに、戦略が必要なのか、否か。

多少は、前頭葉が働いてきている、かも。

最初の職場で、某世界的事務機器たち、の、SEやCEとお付き合いさせていただいた。
RS-6000というワークステーションの設定をSEに任せ、あたしは仙台に行った。

で、だ。
中型計算機9370の設定時、パスワードがユーザーIDと同じ、という、今考えるととてつもなく恐ろしい状態で作業していたのだな。
RS-6000の設定時には、採鉱権限者rootのパスワードは、なし、だったのだ、よん。
当時でも恐ろしかったので、仙台に出かける前、週末金曜日、密かにパスワードを設定しておいた。
そいでもって、電話を待っていましたっ

あー、なんてイヤLaCieのだろう。
電話がかかってきた時、とーぜん、SEをいぢめた。
ま、自分は何でも知ってるぜぃ、ふんっ、と、ゆーよーに見えたので、とっちめてやったのだね。
そもそも、パスワードなし、という状態で放ったらかしておくのが悪いのである。

久々に、お間抜けな開発者に出会った。
このブログもMovableTypeである。
これは、職場や学会のサイトを作成する上での、いわば練習としても位置づけるためだ。
自宅サーバで練習して、職場や学会のサイトを構築するのだね。
alternative...代替案、あるいは、代替策、と訳して使っている...を用意することは、極めて大事なことだと考えている。
バックアップだって、alternativeの1種だとも考えている。

で、さ。
職場サーバに、某特別設置型プログラムの専用サイトを作る、その開発を外部委託したのでありますな。
その会社自体は、Googleプロジェクトに関わっているらしく、それなりに優秀な人材が揃っているのだと思う。
もっとも、窓口が印刷会社で、そこの営業は、よくわかっていない。
窓口と教員の連絡窓口は、助教さん、これまた、よくわかっていない。
まるで、伝言ゲームみたいだった。
こんな条件に合うサーバか、なんて、ミョーな事を尋ねられた。
やれMySQLだ、Perlだ、PHPだ、なんだぁ、かんだぁ...
条件を見て、既に存在しているMovableTypeとは別に、某専用サイト用にMovableTypeを導入しそうな勢い、に、思えたのですよ。
なんて無駄なこと、と、思って、放ったらかしておいたら、上から圧力がかかった。
CD-ROMが送られてきて、アップロードしろ、なんてことになっていた。
それも無視した。

ようやく、4者会談が開かれて、結局、開発者とあたしとが空中戦をやり、10分くらいで方向性が決まったのでしたっ
最初から、こうしとけば良かったのに、ね。

で、初期状態のサイトを作って、開発者に連絡、開発は順調に進んでいたようだった。
が、5/26を境に、なんともミョーな事になってしまっていた。

数名から、掲示板に文字列を入力できない、新規記事を作成できない、と、苦情が来ましてね。
実際、あたしも掲示できなくて、困りました。
MovableTypeは、自宅サーバ、職場サーバ、学会サーバ、どれも同じ環境にしてある、が、職場サーバだけミョーなんですな。
開発者もメールを送ってきて、JSが変だ、調べてちょ、と言うことだった。

ん?
JavaScriptってのは、ブラウザが処理するのだから、利用者のブラウザの問題か?
違うね、あたし自身、職場サーバには掲示できないけど、自宅サーバには問題なく投稿できる。
ぐむ。

要するに、サーバから送られてくるJavaScriptにミスがあるのだ、な。
で、よくよくファイルを調べてみると、何故か、書き込みしてはいけない場所に、5/26付けのJavaScriptが保存されていて、5/26付けのファイルが他に10個ほどできていまして、ね。
本来あるべきJavaScriptが無くなって、代わりに5/26付けの個別サイト用のJavaScriptが保存されていた、の、で、ありますた。
この場所に本来あるべきJavaScriptは、複数のサイトで共通に利用するものだから、書き換えてはいけないのだ、よ。
なんでまた、プロの開発者がこんなことするのかねぇ。
そんで、自分でやったことに気付かず、5/26以降、JSが変だ、なんてメールを送ってきて、さ。
あんたが書き換えたんだろう、がぁ〜

結局、管理者のあたしが責任をとらないといけない。
あぁ〜あ、やだやだ。

あたしが作っている任意団体の名称は、失敗授業後始末研究会、だ。
失敗開発後始末研究会も作らないといけないようだ。

安心して任せられる開発会社・者はいないものかねぇ。
ソリューションを提供しますぅ、と、サイトでは謳っていても、実作業者がこれでは、信用できんね。
↑大手もそうだったりする。

前の職場では、某F士通のA森のSEは、バックアップ取らずに作業し始めようとしたので、ちういしたことがある。
何で、あたしが社員教育するのだぁ、と、思ったのだが、失敗初任者研修後始末研究会を作れという啓示だったのかもしれない。

あたしの後始末は、誰がするのだろう。
サーバに関しては、あたし自身がしているから、誰もできないでしょうな。
これは極めて異常な事だ。
ただでさえ、うつ病で、赴任当時のような判断ができないのに、任せっきりだし。

とりあえず、企図も念慮もここ2ヶ月ほどは出てきていないけど、某N鉄電車の急行が通り過ぎる際、飛び出す誘惑は未だにある。
タクシー待ちの時、歩道橋の陰から3号線に出て行く、歩道橋の上から下を見てそのまま吸い込まれそうになる、そんな誘惑も未だにある。
自宅でただ寝ていても、死ぬ予感は、いつもある。
明日はちゃんと生きているのだろうか、寝てしまったらそのまま心臓の鼓動が停止するのではないかという強迫観念も未だにある。いつまでも寝たくないのは、その所為だろう。
こんな時刻だし。

病気、両親の介護の問題、借金、等々、誰でもなんらかの問題を抱えているのだ、と、あたしの愚痴に答えてくださった方がいらっしゃる。
あたしのように、死と隣り合わせ、それも、自ら命を絶つと言う死、そんな問題を抱えている方々は、そんなに多くはあるまい。
1年先、5年先、10年先、なんて、どうなるのかわからない。
そう、だから、中期目標なんて、立てられないのだね。
何しろ、明日どうなっているのか、考えるだけで怖いのだもの。

兎に角、9台のサーバの面倒を見るのは、ストレス、に、な、る。

特に、メールサーバとウェブサーバは止めてはいけない、という、縛りを自ら作り、それに自らが縛られて久しい...最初に就職してからだから、既に、20年以上になる。

2009年の3月末には、何故か、電子シラバスサーバが止まってしまった。
データ保存用のハードディスクをミラーリングし、かつ、Time Machineでバックアップしているので、甚大な被害にはならない。
やはり、入ってるインテルでPower PC用のファイルメーカーPro v6を稼働させているので、無理、が出たのかね。
年度末だし、新年度に向けて、フル稼働しなければならない、の、だけど、ね。

ついでに、メールサーバと部局のWebサーバが動かなくなった。
よくよく考えてみると、Mac OS Xのバージョンアップ、セキュリティバージョンアップをした後、なんだよね、これら。
あたしは、Webサーバのドキュメントルート /Library/WebServerを、別ボリュームに作成し、シンボリックリンクして稼働させている。起動ディスクが破損しても、サイト内のデータは無事、ということを狙ってまして、ね。
と・こ・ろ・がっ
Mac OS Xのバージョンアップによっては、シンボリックリンクがお気に召さないらしく、新しく作成してくれちゃうのだなぁ〜
以前から気付いていたのだけど、過去五年ほどの記憶は引き出しを引き抜いたように、すっぽり抜けてしまっているので、なかなか気付かない、の、で、ありまする。

担当医の指示、と、言うことで、まず、徹夜は止めた。
その日のうちに寝て、朝は、早いと6時過ぎ、遅くとも、9時には起きる。
起きても、しばらくはダラダラしてるし、そのうちに昼を過ぎて腹減ったなぁ、と、いう状態になるのだな。
煙草は減らない。
土日は吹かしっ放し。
ノドにいい(小青龍湯の主成分、甘草が含まれている、花粉症、鼻風邪に効くのだ)、と、中南海のメンソール8mmなんぞを吸ったりして、はい、本末転倒でござる。
湯にするのだから、焼はダメよね。漢方薬のほとんどが、丸、か、散、か、湯、であるのだし。

そうそう、サーバ、ね。
内蔵ハードディスクがへたってきているのだろう、か、ね。
相次いで、暴走してしまう。それとも、基盤に問題があるのか???
alternative...代替案、あるいは、代替策、と訳して使っている...として、それぞれのサーバには緊急起動用システムディスクを用意してある。
そいつから起動して、メインの起動ディスクをメンテナンスする。
その間、当然、メールもウェブサイトも機能していないので、文句が来る。
知らん、です。

車だって、半年に一度はメンテナンスするのだから、ね。
24時間、365日、動かしっ放しなんだから、月一でメンテナンスは必要でしょう。
コンピュータを家電品として扱いたい人々で1杯だ。
まだまだ、家電品にはなっていないのだし、サーバだ。
時々止まっても仕方ない、と、は、考えないのだろうね。
いつの間にか、ライフラインの1つになっているし。
その割には、あたし1人に面倒を押し付けて、平気で居る。

幸い、2009年の親分は、この点に関してなんとかしてくれそうだ。
レンタルサーバにしてしまえば、こっちのもの。
つまり、あたしが、堂々と文句を言えるのだ、な。
早くそうしたい、ので、こつこと、コンテンツ等を切り分けている。
実は、そのために、時々、サーバを止めないといけないのね。
いいでないの、1週間くらい利用できなくたって。

そうそう、ようやく、このように考えられるようになった。
なかなか、よい。
この調子で、緩解できると、御の字である。
うっひっひっ
止まってしまえ〜

先週までは、この時間帯、授業をしていた。毎週月・金の2回と言うイリーガルな授業だ。

全学に対して責任のある、教育実習の事前指導、で、ある。
必修で、かつ、教育実習の単位認定にも関わる科目であり、かなりキンチョーする。

初回なんぞは、毎年、話し始めてから話し終わるまで、90分、膝がガクガクと震え続ける。
それを見せないように、感じさせないように、にこやかに、きつ、厳しく、初回のオリエンテーションを進める。それが、プロだ、と、あたしは思っている。信念、だ、な。

ある会議で、事前指導は、誰でもできるのだから、云々、ということが話題になった。
つまり、あたしが倒れたとしても、死んだとしても、だいじょーぶ、と、ゆーわけだ、な。

だったら、やってみやがれぇ〜

勿論、自己満足である。
あたしが計画した授業、8回は、かなり綿密に練ってある。
実習先で大学の看板を背負って学生たちが恥をかかないよう、そして、あたしが考える教育実習の第一目的である授業を創り、実施して、評価活動をする、こと、が、ちゃぁ〜んとできるよう、必要ならば、あたし自身を教材として、恥を切り売りしている。

その姿があまりにも痛々しかったのか、数年前から、第8回目の終わりには、拍手まで起きている。
同情するなら、金をくれっ、お願いっ

教える・教えられる関係というのは、教室以外にもあり得るし、そのような属性に着目すれば、日常的に行われているような関係なのかもしれない、と、あたしは思いたい。
では、教室内の教師・学習者の関係をちゅうしょーかして、当該教師の役割、機能、は、どのようなものになるのだろうか。
ダメ。
これはWHタイプクエスチョン。
どんな機能を満たせば、どんな役割を果たせば、教師たり得るか。
How-toタイプクエスチョンにしないと。

極端な例として、あたし自身を紹介することにしている、精神障碍者として。
友人の中には、身体障碍者で車いす生活をしながら大学で教えている・研究している方もいらっしゃるし、コロラド州立大学助教授だったテンプル・グランディンTemple Grandin, Ph.D.(The Way I See It: A Personal Look at Autism & Asperger's)なんて人も知っている。

たとえ神経症性うつ病であっても、周囲の人々に迷惑かけっ放しであっても、いったん教室に入り、教師の機能を全うできれば、それだけで十分ではないか、と、いうのが、あたしの主張。
幸いなことに、あたしの授業は面白い、らしい。
小噺と自慢話ばかりで、アクが強く、嫌だぁ〜、という方々がいらっしゃることも承知している。
...家元の落語と同様、あたしの授業じゃないと我慢できねぇや、というリピーターが居ることも確か。

で、だ。
所属学部のそれぞれの学年で、特に、1年生相手に話す時が面白い。
きゃ〜、そーは、みえなぁ〜いっ
らしい。
しかぁ〜し、顔色みればすぐにわかるって。
顔色を見分ける基準がないのだろう、な。
大抵の場合、引きますな。
先述の教育実習の事前指導では、教師として多少先に生きている者としてのアドバイスが多く、かつ、それらは彼らが普段していることで気付かないこと、が、多いため、共感して聞いてくださる。
そのうちに、一部熱狂的なファンも現れる。
そーゆー方々にとっては、拍手を送る相手、になるのだろう。

問題はっ
毎年、8回の授業が終わってから、何故か、必ず、あたし宛てに特別メールが届くのである。

あたしの日記を読んだ、は、まだよい。
読んだところ、何だか今の自分の状態に近い、とか、かつての自分の状態に近い、とか、友達が...とか、とか、とか...
あたしゃあ、その手の診断者でもないし、相談員でもない。
精神科に行きなさいって。

でも、さ。
やっぱり、精神科には行きたくないよ、ね〜
なんとなく、にこやかに笑っている、警戒させない、あたしに、探りを入れるのでしょうなぁ。
日記を読んだんだったら、Q&Aもあるのだし、対応できるだろう、に。

ん、Q&Aが不十分、な、の、か。
これは、おにいちゃんのつまずきではなくて、あたしのつまずき以外の何ものでもありません、だ、な。
...楽屋落ち。

んでもって、あたしもまた説得できるような経験も持っていたりして、それなりに答えちゃうんだな〜

こいつも、教師の機能の1つ、なのかも。

2000年に診断名が付く以前から、頭痛持ちだった。
風邪を引くと、身体の弱い部分に痛みが出る、そうだ。
あたしは、子どもの頃からずっと頭痛。つまり、頭が弱い、の、だ、な。

16歳の時に、椎間板症候群というやつになって、腰椎の4番5番の間の椎間板が圧迫されてしまう。
30歳を過ぎた頃から、風邪を引くと、頭痛だけでなく、肩・首・腰も痛み出す。
さすがにこの歳になると、高血圧、で、かつ、喫煙しているからだろう、頻繁に頭痛がする。
特に、朝起きようとした時に頭痛がすると、とても困る。
家から出て行くことに妨害的に働くから。

こっそりもらった、ブルフェン(イブプロフェン)200mg錠を、日本人の1日の最大量(450mg/日)を超えない程度に、来そうだなっ、と、感じたら服用していた。
鎮痛剤は、早めに大量に、だ、そうだ。

で、これらが無くなってしまったのだよ。無くなった、てゆーか、服用し尽くした、のだす。
薬屋で、有名でないイブプロフェンを大量に購入して、服用していたこともある。
通常、1回に2錠、1日3回、つまり、2錠でイブプロフェンが150mgなんだな。
ブルフェンは200mg錠だから、市販薬では3錠で225mgになる、ので、頭痛がひどい時には3錠服用していた、から、大量に購入しても、直ぐになくなっちまう。

担当医*に相談したところ、病院の薬局にブルフェンはない、と言うことだった。
代わりに処方箋には、ニフラン**、75mg錠、が追加された。食後、1錠、1日3錠、1日の最大量は225mgのはず。
これが、かなりよく効く。今のところ、1錠服用すれば、1日はもつ。
もっと早い時期に相談すれば良かった。

サフラン、ニフラン、マゼラン
何故か、ニフランという名前が覚えにくく、サフランに近い名前だな〜、と、タグをつけて覚えた。
マゼランは後付け。

過去の記憶は残っているが、ここ数年の記憶は、すっぽり抜けている。
まるで、引き出しを抜いたように。
海馬はどうなってんだろう。
何故か、LaCieと聞くと、らしい、を思い出すのだ、な。

で、その、らしい、だ。
某AppleStoreでLaCie製外付けハードディスクを4台購入した。
1.mini Hard Drive & Hub 500GB (2台+2台)
2.Ethernet Disk 1TB
3.Big Disk Extreme+ Triple 2TB

2も3も筐体ががっしりしているので、さらに、某AppleStoreでMacintosh用として掲載されているのだから(1も掲載されていた!)、と、安心感から購入した、の、に。
ことごとく撃沈。

1なんぞは、2台共に撃沈したので、同じ製品をUSのネットショップVintage Computerから新たに購入したくらいだ。
後でわかったことだが、内蔵されているハードディスクには問題がなく、ケースを購入して再利用できた。
2は、ネットワーク接続のために、ギガビットHUBまで購入したのだが、遅い。撃沈後、林檎派ケースを秋葉館から購入、再フォーマット、新たな外付け1TBハードディスクとして利用している。
500GBHDDが2台入っていた。林檎派ケースでは、ミラーリングもできるのだが、1TBとして利用することにした。

で、3と、1のUSから購入した一台が撃沈。
どうも、酷使していることと、発熱のために基盤がやられるようだ。

ま、データは、多すぎて、何が入っていたのか記憶していないから、気にしない。

1は、経験上、遅かれ早かれ、熱にやられるだろう、と、推測していたので、OWC...Office(tm) Web コンポーネント、ではない...(MacSales)からケース(NewerTech miniStack)を購入済み。内蔵HDDをこのケースに入れちまえば多分データが残っているはず。
...解体してケースに入れるのがめんどくさい、から、未だにやっていない。

問題は、3の今後。
やはり、林檎派...秋葉館...かねぇ。

林檎派のケースは、ファンも頑丈だし、インターフェイスも3つある。
友人もコメントしてくれたけど、らしい、は、ダメらしい。

某ぶっふぁろーの外付けハードディスクの方がいいかも。
Mac用1TBが発売された時、早速購入、筐体上部にファンがついていて、酷使に堪えている。
別に、eSATA接続できる外付けハードディスクを2台購入、MacBook Proに接続するため、ExpressCardカード(高かったけど、2ポートのSonnet製)も購入した。快適である。

某にしでじたるのMyBookには驚く。
インターフェイスが複数あって、小さくて、安いし、酷使にも堪えている。
1TBを2台購入しちまった。1台はTimeMachine用、もう1台は、複数のパーティションに割り、緊急起動用に利用している。

NewerTech miniStackには、V2, V2.5, V3がある。
職場でも1を購入したけど、そうそうに撃沈。今は、NewerTech miniStack V2 500GBが代役。
ケースにハードディスク(500MB)を内蔵した形で購入、酷使はしていない...うそかも...けど、かなり頼りになる。

それと、自宅作業用MacBook Proの緊急起動用とTimeMachine用に、V3 1.5TBHDD内蔵タイプを購入した。
...送料別で、後から振り込まなければなかった...
電源を入れた時に、カッコン、キィ〜、という気持ちの悪い音はするものの、かなり酷使しているが、未だに壊れてはいない。

そうそう、らしい、の内蔵HDDはそれ自体がかなり発熱していた。特に、1はたいへん。
2の内蔵HDDも発熱していた。
3はこれから調査、多分、発熱するだろうな。

まぁ、内蔵HDD1台で500GBになった時、ケースが余っていたから2台ほど購入して試しに利用してみた。かなり発熱していた。
その後の内蔵製品は、静かであまり発熱しないものになった。
さらに、1台1TBHDDの登場で、またまた驚いた。

iPodも容量も増えて薄くて安くなったのもうなづけるが、かなり悔しい、ね。
未だに、重たい60GBを首にぶら下げているから。
ん、だから、首、肩が凝るって...そーかも。

freshclamのログに、警告が出ていた。0.95が出た、と思っていたら、もう0.95.1だ。

0.95までと同様に作業をする。
と・こ・ろ・がぁっ

freshclamが止まってしまうのである。
何が何だか、ログだけではわからなかった。
コマンドラインからfreshclamを動かしてみると、引数に問題がある、らしい、こと、が、わかった...
manページは0.95のままだし、何だかよくわからない。
試しに、org.clamav.freshclam.plistを書き換えてみた。
具体的には、

        <array>
                <string>freshclam</string>
                <string>-d</string>
                <string>-pfreshclam.pid</string>
                <string>-c 4</string>
        </array>

の部分を

        <array>
                <string>freshclam</string>
                <string>-d</string>
                <string>-pfreshclam.pid</string>
                <string>-c4</string>
        </array>

と、しただけなのだ、な。

動いた。

あ〜あ、全てのMacintoshで変更しないといけない。
やだやだ。

2008年秋から絶不調が続いた。無理して職場に出て行くものの、その後で、2日ほど寝込む。

大好きな授業なりせば出て行けり後先知らず張り切り過ぐる
時間差で筋肉痛は襲い来る前頭葉は1週間後

既に、父親が亡くなったことは書いた
その後、担当医と相談して、薬の組み合わせを変えた。
具体的には、
朝 ニューロタン(降圧剤)
夕方 レスリン50mg, パキシル40mg(日本人の最大量)
夜 レスリン25mg, (不眠時ではあるが)ユーロジン2mg, (時々自己調節で)エバミール10mg

かなりよく眠れるようになった。夕方のレスリンが効いている。
で、よく眠れると、朝遅くとも9時には起きる、ちょっと午前中、メールのやり取りをして、午後には職場で出て行ける。
なかなかよい。

研究室の電話は、古い型のFAX兼用。もう用紙を確保できないので、実は、FAXは受信できない。
留守電が数十件溜まっていた。
大抵は、ツーツーツーという音、なので、消去した。
残ったメッセージの中に、予備校からの腐れ縁の友人の名前、井上芳友、が聞こえた。話していたのは学部生の時の友人の1人らしい。声に聞き覚えがある、のだが、連絡先として指定されていたのは斎場だった。
で、だ、このメッセージ、2008年1月16日、なのだ、な。
父親の葬儀だけでなく、友人の葬儀にも出て行けなかった、ということだ。
しばらく、ぼう然とし、このメッセージを3回ほど聞いた。

電話をくれた友人は大学関係者なので、インターネット上に何らかの情報があるはず。これは直に見つかった。メールを送った。あたしの今の状況、そして、井上芳友の情報を教えてくれ、と。

同時に、インターネット上に、もしかすると、井上芳友の情報があるかもしれない、というのも、宮城県仙台市では有名な高等学校、なんと、あたしの母校、仙台第一高等学校である、に転任した、というハガキをもらっていたからだ。
某Mixiでも仙台一高関係のコミュニティを探ってみた...ついでに、仙台一高陸上部コミュニティに参加してみた。
それにしても、構成メンバーが若いっ!
あたしは31回生だが、42回生、50回生以上がほとんど。それでもオジサンと自ら呼んでいるのだからあたしは、オジサンを通り越して、ジイサマ、あるいは、ミイラ、あるいは、化石、かも。

それはそれとして。
ここに、井上芳友の転任情報が載っていた。
Mixiにも死亡情報が載っていた。投稿したのは、もしかすると仙台一高フェンシング部関係者ではないかな...
最後の勤務地は、田尻だったそうだ。

仙台一高陸上競技部関係の友人(過労死)に続き、2人目の友人を失った。
人は死するものである、とは言え、自分自身が常に自己破壊の危機に直面しているだけに、なんとも辛い。あたしより早く往ってしまうのかよ。

人の出会いは、偶然である。某予備校、それも、母校の関係者が大抵行く予備校を避けて小さな予備校を選んだのだった。初日、3人掛けの事務机の端(黒板に向かって右)にあたしが座り、真ん中には陸上競技部の同期、そして、この同期生の中学時代の友人、ということで、左端に座ったのが、彼だった。以来、1年間、ずっとこの3人は同じ机に座り続けることになった。
妙な予備校で、遠足(山形県関係者が嫌う仙台の芋煮だ)、運動会、が、あったり、超有名な某私立大学の教員を講師に呼んだり...予備校の兼業はいいのかね...実は、英語が苦手だったあたしは、この中の1人の講師の授業を受けることで、自分でも成績が伸びたと思ったし、無謀にも、赤毛のアンをペーパーバックで読んだり、映画のテスを見る前にやはりペーパーバックで読んでみたりしたものだった、し、英文を日本語らしく訳すことにかなり自信を持った...、三人組でかなり楽しんだ記憶がある。
その後、井上芳友とあたしは、東北大学教育学部に進んだ。
国語の教員免許状を取得するため、同じ教育心理学専攻に進むため、ほとんど同じ授業を履修していた。部活動はあたしが陸上競技部、彼はフェンシング部と異なったが、ほとんど一緒に居たと言っても過言ではない。
フェンシングにしても、陸上競技にしても、高等学校から続けたものだ。
ちなみに、井上芳友は、アオザルにこを、わかる人だけわかりなさい。
だから、あたしの母校に転任したと聞いて、気の毒にぃ〜、と、思ったりしたのだな。
何しろ、地方で張り合っている男子高2つの1つで、ライバル校から転任したのだからね〜
ここでは、歩く妖怪手引きの井上先生、と、表現されていた。
読書量が半端でなく、国語の教員としても優れていたはずだ。
あたしも、自慢するが、授業はうまい、と、思うが、多分、高校で授業したら、絶対に彼にはかなわないと思う。
確かに、あたしの授業では脱線して、とんでもない話しをする...なんでそんなこと知ってるのぉ〜、というようなこと...し、多少は妖怪手引きにも慣れると思うけど、さ、かなわんよ。

死因は、脳溢血、とのこと。
「新設高校の教務主任をしていて、多くの仕事を抱えていた」らしい。
これって、過労死じゃねぇのか?
労災認定せいやっ!

どっかで、暴れてるぅ
宮城県の教育庁にでも殴り込もうかな。

まずは、これから書いておこう、かな。
彼岸を避けて、前の週に仙台に出かけた。
ホテルの掃除を2日に1回にしてもらい、ゆっくり寝たり、何故か年休を取っているのに送られてくるメールに返信して仕事してしまったり。

往にたる父は、まだ、本堂裏に預けられている。それを納骨堂に移動してもらい、経を読んでもらうお願いをしに、大家兼菩提寺に挨拶に行く。
とは言え、母親(パーキンソン病)の体調がよくなければ、儀式ができない。

まだ、電話が2本引いてある。
1つは、父が独立した時に購入したもの。仕事をやめてからもずっとそのまま使い続けていた。
番号に思い入れがあったのだろう、と、思う。今でも覚えている、隣のパン屋さんには電話があって、呼び出されて父は行ったものだった。
初めて電話が引かれた時、子どもだからか、なんともワクワクした。今では使われなくなったパルス式のダイヤル電話、黒電話だ。パルスは10、ダイヤルが戻るのがとても遅い。
もう一つは、仕事場を借りた時に引いたものだ。
その後、あたしが電話の権利を購入し、モジュラーケーブルでプッシュ式の電話をつなぎ、パソコン通信に利用していた、そのモジュラーコンセントに、黒電話をつないでいた。ちょうど、仕事をやめた時に仕事場の黒電話を持ってきたとのこと。こちらの黒電話もパルス式、20なので若干ダイヤルの戻りが速い。
で、仕事用の電話は業務用の契約なので月額2500円の基本料金、仕事場のは何故か一般家庭用で月額1700円。
母親は、業務用の電話を早く止めてもらえぇぇ〜、といつも叫んでいた、のだが、往にたる父は、頑として聞かなかった。電話帳に番号が載っているので、かかってくる電話のほとんどが、何らかの勧誘だったりする。
で、今回、業務用の電話番号を停止し、家庭用の電話番号をメインに利用することにした。
ついでに、Bフレッツの契約をしてIPフォン、ナンバーディスプレイの契約をして、電話機もプッシュ式のを購入した。

ところが、である。
あたしのヘマか、母親が忘れたか、そもそも理屈を母親がわからないのか、否、そもそも、業務用の回線に新しい電話機をつないでいたのが問題かな、これはやはりあたしのヘマだ。
業務用の電話番号が止められたので、仙台から戻って家庭用の電話番号にかけてみたのだが、30分経っても出てくれない。後で妹に聞いたところ、なんと、まぁ、電話線をはさみで切ったらしい。
家庭用の回線につないでいた黒電話は、ほこりをかぶっているので、触りたくない、のだろうね。
仕方がないので、業務用の電話番号は使えなくなったこと...1週間ほど電話をかけることも電話がかかってくることも、できなかったのだな...電報を打った。
普通の電報だとつまらないので、裃を着てお辞儀しているウシ、で送った。ま、びっくりするか、呆れるか、大笑いするか、だろうと予想して。
モジュラーケーブルは妹に送って、つないでもらった。
番号も表示されるし(妹とあたしは、なかよし、グループに入れたみたい)、電話が鳴る度にドキドキしていたという母親も少しは安心して電話に出ることができるかも。

あれ、彼岸の話題はどこに行った?

まぁ、いい。
後は、母親が寝ているベッドの傾きを直した。
元々、居間の床が傷んでいるし、畳も傷んでいる、ので、せっかくのベッドが傾いていた。
パーキンソン病なので、起き上がるのが一苦労、入院した時にはベッドに寝ていて、比較的ラクに起き上がることができたのだろうか、家でもベッドに寝たい、ということだった。
ところがっ
傾いたベッドでは、寝ているうちに落ちてしまう、らしい。
仕方がないので、足が来る場所に枕を置き、北枕で寝ていたのだね。
あたしが持ち上げる役、妹がすのこを調整して配置する役。
まだまだ、腰に負担をかけずにそれなりのモノを持ち上げることは可能だ、が、そのままベッドの高さを維持するためにはかなり広背筋に負担がかかる、ということは、翌日わかった。
大腿筋、広背筋、そして大デン筋の上部が筋肉痛だった。翌日に筋肉痛が出てくると言うことは、まだ年寄りにはほど遠いのか?????

それと、葬儀費用の支払いがあったっけ、な。
葬儀社の取り計らいで、分割払いにしてもらった。無利子無担保で。
ついでに、鈴と焼香炉を買いたいと葬儀社の営業の方に相談したら、葬儀社が葬式の時に貸し出す小さな古いのがあるから、貸す、それも永久に、と、言ってくださった。
なんとまぁ、有り難いこと。
匂いがあまりしない線香まで付けてくれて。

仙台を離れる前に、般若心経を読んだ。
で、次(いつになるのだっ!)につながる。

結局、往にたる父の負の遺産(遺物、かも、発掘しないといけない)の整理はまだできていない。
何でも、借りた仕事場、家賃を払っていない(何年分だ?)、工具類(工業用ミシンに)を置きっぱなし、らしい。
うげぇ〜

さて、何から加工か...書こうか...

1.職場Webサーバが突然往ってしまった
2.友が亡くなった
3.彼岸前後が親父の49日
4.最近の趣味
5.ドラールと酒
6.薬の組み合わせを変えた
7.今だから公開できる歌
8.般若心経と減煙
9.この日記、面白い、と、言われた

9個か、苦しいはずだ。
眠剤、変えたのに、今日は効かない。こんな時刻だし。
エバミールを追加服用しちゃう。

とにかく、寝ても寝ても寝ても寝てもねても、眠くて眠くて眠くて、寝てばかり居る。
幸い、念慮も企図もない。
詠んだ歌を読み返して、暗くなる。
心臓の上の肋間が痛い。これは、かつて、最初に就職した職場で味わったものと同じだ。
明日は木曜日、医者に行ってみよう。

「父は往にけり」を繰り返して使う、というのは、遊び、だね。歌を1首詠むと、もう1つできることがある。偶数よりは奇数にしたいので、もう1首作る。うつうつしながらでも、そんなことを考えている。
そんなことをしても、...忘れられないんだけど、さ。
で、4首創っちまうと、もう1首ひねり出して5首にする。
「父は往にけり」は、5首にした。6首目は言い方を変えてつながりを創ってみたりして。
何人かの友人にこれを送ってみた。社会人院生のSさんは返歌を送ってくださった。S谷先生は号泣したと誉めてくれた。

映画を観ても、ドラマを見ても、筋を追うことができない。集中できない自分に苛立つ。
寝入りばなに、パキシル服用停止に伴う副作用の1つの耳鳴りがしたりする。
ちゃんとパキシルは服用しているのに。
効いていない、ということかも。
セロトニン、ちゃんと出てくれ〜



人体の代替パーツ丸太から削り出す腕静かに消える
日々弱る僧帽弁にムチ打ちてモノ運びたるもの言わぬ父
酒飲みてふらつく帰りほつほつと身体の芯に凝るもの1つ
肉親を失ひて受く悲しみは心臓のうへ3センチ中
のどやなか日差しの中に梅一輪知ることもなく父は往にけり
障碍の足引きずりつ倒るまで自らせしむ父は往にけり
すいすいと鏨走らせて寡黙なり誇りを秘めし父は往にけり
イビキかき口半開き安らかないつもの寝顔で父は往にけり
直接の死因欄には癌とあり多臓器不全ぞ父は往にける
ちんまりと箱に納まり笑み浮かべ往にたる父のかほはつめたし
父のそば丑三時に目が覚める往にたるかほ見しばし眠れず
次々と昔のことを思ひ出し悔恨に吾押し潰さるる
明け方に通夜堂抜けて逃げ去りてホテルの部屋で一人かもねむ
絶え間なくマナーモードのケータイが痛む頭に責め込みにけり
気がつけば12時間が経過して式終はりたり情けなき吾
妹の電話を受けしその日より積もりたるモノ吾を眠らさず
心臓のうへ3センチ中ほどに痛みに似たるモノ膨張す
哀しみと名付けてみても余りたり太刀打ちできず飛び起きにけり
音楽も癒しざりけりギリギリと肋骨を押しぶちきらる夜
妹も母にもかのモノありたるか眠剤なくていかに眠らむ
眠剤も効かず眠れず朝が来てとうとう今日は初七日なりき

バスに乗り勝手知ったる道行けど変わらぬものを探しかねつる
20年通ひし床屋久々に髭剃り頼み父の話しす
仕事では細かく人に合わせしと父の噂を聞きて涙す
全身をピンクで固めバス停で行き先告げし娘ぞ一人
吾は多分かの父親と同世代たまらず共にバスに乗りたり
吾の父にかなわぬまでも人助け寄り道しての道案内
毎夜聴くノラ・ジョーンズも心臓の鼓動に負けし眠気を呼ばす
妹の電話を受けしその日より積もりたるモノ吾を眠らさず
心臓のうへ3センチ中ほどに痛みに似たるモノ膨張す
哀しみと名付けてみても余りたり太刀打ちできず飛び起きにけり
音楽も癒しざりけりギリギリと肋骨を押しぶちきらる夜
妹も母にもかのモノ有りたるか眠剤無くていかに眠らむ
眠剤も効かず眠れず朝が来てとうとう今日は初七日なりき

父のそば丑三時に目が覚めるい往たるかほ見しばし眠れず
次々と昔のことを思ひ出し悔恨に吾押し潰さるる
明け方に通夜堂抜けて逃げ去りてホテルの部屋で一人かもねむ
絶え間なくマナーモードのケータイが痛む頭に責め込みにけり
気がつけば12時間が経過して式終はりたり情けなき吾

...ほんと、情けない...

のどやなか日差しの中に梅一輪知ることもなく父は往にけり
障碍の足引きずりつ倒るまで自らせしむ父は往にけり
すいすいと鏨走らせて寡黙なり誇りを秘めし父は往にけり
イビキかき口半開き安らかないつもの寝顔で父は往にけり
直接の死因欄には癌とあり多臓器不全ぞ父は往にける
ちんまりと箱に納まり笑み浮かべ往にたる父のかほはつめたし
吾の父の訃報聞きたる人々は何とはなしに他人行儀
間接に聞きし吾さへきつければ直面したる母妹は如何
お互ひに目を合わせたくなし残された家族3人雑魚寝する通夜

人体の代替パーツ丸太から削り出す腕静かに消える
孫を見る前歯の抜けた笑顔でも容赦なき攻め勝負は譲らず
最後まで文字読み続けたる父なりし積み重ねたる新聞の山
鉛筆で書き込みをした辞書2冊拡大鏡で見てる父をり
日々弱る僧帽弁にムチ打ちてモノ運びたるもの言わぬ父
酒飲みてふらつく帰りほつほつと身体の芯に凝るもの1つ
肉親を失ひて受く悲しみは心臓のうへ3センチ中
正月は吾のことのみを考へし父母にさへ顔ぞ見せざる
パキシルはうつの悲しみ負かしてもこの悲しみに効かざるものか
こはなんぞ胸郭の中きりきりと暴れをるもの心臓つかむ

おや?地震だ!
親父死んだ

1980年代の後半、パーソナルコンピュータ上の日本語ワードプロセッサでは、漢字変換処理機能だけをワードプロセッサ機能と切り離して、つまり、別のプログラムとして導入されるようになっていた。
既に別売されていたか、記憶は定かではない。
妙な漢字文字列に変換されることを利用して、日本語入力用のテキストの最初の課題にした。
例:やまのうえにはながさきました→山の上には長崎真下
問:できるだけ多く、変な変換をさせてみよう!

標題も区切る位置で意味が異なってくる、という文の1つで、確か、国語学関係の本で見つけたものだったと思う。
いつか使ってやろう、と、思っていて、結局、テキストには未だに使っていない。

妹が何度も携帯に電話してきていた。
土曜日の仕事の余波か、興奮して眠れず、明け方にうとうとと眠りについた。
気がついたのが14時過ぎ、いつも妹の口調は堅い...つまり、あたしと話すのにきんちょーするのだろうと思う...のだが、堅すぎる。
メール、見てないの?
ごめん、今起きた。
とーちゃん、天国にいっちゃったよ。
...

親の死に目に会えない、だろうな、とは、思っていたけれど、それ以上に、自分自身の状態の悪さに嫌気がさす。
自殺念慮に振り回されて、身動きできないでいる。
両親よりは先に死なないことが1つの親孝行だと思っている。

2008年11月20日、また入院した。
今回は終わりか、と、覚悟したが、どうやら、インフルエンザの予防接種の結果、反応が強く出すぎたということだった。ひと安心、したのも、つかの間だ。
担当医と直接話をしたのはいつだったか、余命は数ヶ月と言い渡されて、1年以上生き延びた。
トイレにたって、そのまま意識がなくなったそうだ。
かなり苦しかったのではないだろうか。
泣き言は一言も人前では言わなかった。
我慢の82年。
自分自身、身体障碍者で、かつ、あまり障碍者を好きではなかったように思う。
普通の自転車で仙台から青森まで行ったことがある、とか。
蔵王にも登山した。この時は、偶然、テレビに映っていた。子ども心に誇らしかった。
仕事で使うために、スバル360を購入、以降、なんどか買い替えた。
自動車の運転が大好き、だったはずだ。
それを無理に廃車手続きを進めて取り上げた。
取り上げなければ、無免許でも運転し続けた。
医者には、いつ、発作が起きるかわからないから、と、自動車の運転が禁止されているにも関わらず。
とてもとても好きだったのだと思う。
それを取り上げなければならなかった。
取り上げてから、外に出なくなった。
急激に老け込んだと思う。

無免許時代、大学の構内、建築中の住宅地、で、自動車の運転を習った。
教えるのがとても上手だった、と、今では思う。それも研究者の立場で。
おかげで、どんな車でも、どんな場所でも、縦列駐車や車庫入れができる。
身体障碍者の運転コンクールで、何度か優勝していたはずだ。
サイドミラーと壁の間、1cmという駐車の仕方をよくしていた。
あたしは、20cmが最小だ、かなわない。

2人のわがままな子どもたちに障碍のあるスネをかじり尽くされた82年、だな。


2008年11月20日
入退院繰り返しつつ生き延びる父に呆れつ祝ひ酒呑む
ただじっと服薬もせず一日を過ごす父親企図せざりしか
脳内の伝達物質出にくい母遺伝なりしか吾もまた同じ
入浴も片付けもせず一日を暮らす父なり吾に似てゐる
悲しみは酒も煙草も消しはせずただいたずらに層なす痛み

参りましたっ
SSRI服用停止の副作用が出できた。
どっかんどっかん、耳鳴りがする。歩く度に電気ショックが駆け巡る、鎮痛薬の効かない頭痛に吐き気。
眠ると例の念慮が渦を巻く。
担当医からは夜中の作業を禁じられた、し、また、そうすることでなんとか尋常なヒトの生活に戻りつつあったのだけれども、休んだり横になると、念慮、だ、ヘタバルマデ、ディスプレイに向かっている。

で、標記、だ。

1.unknown encoding: iso-2022-jp
まず、
Uncaught runner exception: unknown encoding: iso-2022-jp
と、来て、
LookupError: unknown encoding: iso-2022-jp
と、来た。
おいおい、JISコードは時代遅れかよ。

こちらに関しては、
http://mm.tkikuchi.net/pipermail/mmjp-users/2006-October/001883.html
http://earlybirds.ddo.jp/namahage/inegalog/forum/topic.php?tid=92&p=&pn=&pm=38&qid=834
といったところが直ぐに見つかり(前者の記述は2006年の秋だ!)、次の4つのファイルについて、
import japanese
を探しだし、コメントアウト(行頭に#をつける)する、と、なんとかなることがわかった。

/usr/share/mailman/bin/paths.py
/usr/share/mailman/cron/paths.py
/usr/share/mailman/scripts/paths.py
/usr/share/mailman/tests/paths.py


2.ordinal not in range(128)
次が、
Uncaught runner exception: 'ascii' codec can't encode characters in position 11-18: ordinal not in range(128)
と、来て、
UnicodeEncodeError: 'ascii' codec can't encode characters in position 11-18: ordinal not in range(128)
と、来る、やつ。
こちらに関しては、経験があった。
/usr/share/mailman/Mailman/Archiver/HyperArch.py
に対してパッチを当てておいたはず、なのだけれども...
これに対しては、
http://mm.tkikuchi.net/pipermail/mmjp-users/2004-June/000921.html
を参考にしたのだった。
で、念のため、HyperArch.pyを編集してみると、既にパッチが当たっているのだった。
仕方ないので、
re.sub('@', _(' at '),
を探し出して、同じような処理を追加してみる。

これで一安心、の、筈だったのだけれど。

3.再度unknown encoding: iso-2022-jp
こいつがどうしても消えない。
つまり、前項、1、の処理ではダメ、ということになっちまったのだな。
で、だ。
http://mm.tkikuchi.net/pipermail/mmjp-users/2006-October/001883.html
によれば、Python 2.5の2バイト系文字列の処理に問題がありそう、に思える。
動いているのは、Python 2.5.1だ。
幸か不幸か、MacPortsの副作用で、Pythonは2.5.4と2.6.1が導入されている。
ちょっと賭けになるが、次のような作業をしてみた。

cd /usr/bin/
mv python python251
mv python-config python-config251
mv pythonw pythonw251
ln -fs /usr/local/bin/python2.5 python
ln -fs /usr/local/bin/pythonw2.5 pythonw
ln -fs /usr/local/bin/python2.5-config python-config

この後で、unshuntすると、無事、溜まっていたメールどもが配送されましたっ
寝よ。
...念慮で眠れなくなるのが怖い...
...実際、寝つけない...
...煙草の量がまた増え出した...

死を思ひ思ひ直して経回りきまだ前頭葉が静止せしむる
居酒屋の大将の顔ママの顔思ひ浮かべて企図止めるなり
浮かぶ顔家族仲間と指導生そは願ひのみ気配すらなし
かじかんだ手を握りしめキーボードひたすら叩きインストールす
吾死すと困るはずなりまずこれを仕上げざらねば誰ぞ仕上げむ
さりながら誰も困らぬことも知る企図忘る法思ひつかざり
寝入りばな考へてしまう死する吾考へるだに悲しくなりき
うとうとと枕ぬらしつ死ぬる法思ひし吾を止める吾あり
酒を飲み煙草吸ひたりしびれつつ消へぬ思ひに身体狂わす
葉巻吸い気分悪くし横になる胃の痛みにて企図忘れたし

久しぶり、である。
いろいろ、あった。いろいろ、とか、様々、とか、指導生どもには、使ってはいけない言葉、に、指定してある。何も記述していないからだ。
つまり、何もなかった、の、かも、しれない。

とりあえず、サーバどもは、言うことを聞かない。
portコマンドを再実行したり、perl 5.10を再導入したり...portを使うと、perl 5.8.9が導入されちゃう。
TigerからLeoperdにアップグレードしたり...そしたら、メール送信ができなくなったりして。

自宅LeopardサーバにMovable Type 4.23を導入した。
まず、MySQLのソケット問題が浮上して、phpMyAdminが利用できなくなった。
Loepardサーバには、MySQLが導入されているので、とりあえずそのまま利用、DBD::mysqlの導入のためにライブラリを/usr/local/mysqlに置く。
これが、また、悩ましい。
LeopardサーバのMySQLのバージョンに合わせて、
mysql-5.0.67-osx10.5-x86_64.dmg
を置いたところ。DBD::mysqlがmake testで引っかかる。
で、
mysql-5.0.67-osx10.5-x86.dmg
に代えた。
mysql_configの吐き出す情報では、socketが
/var/mysql/mysql.sock
となっている。上述のdmgを元に導入すると、
/tmp/mysql.sock
と、場所が異なるのであった。
/etc/my.cnf
を作成してsocketの位置を確定、するだけで良いのだぁ、と思い込んだところでミス。
/etc/php.ini
にも記述する必要があった、と、気付くまでに1日。
ついでに、phpMyAdminのバージョンを2.11.6から3.12に上げてしまう。
同時に複数の条件を変えると、エラーの原因が突き止められなくなる、のは、当然、知ってる、し、指導生どもには偉そうに言ってはいるけど、ね。
案の定、Movable Typeでつまづく。
アップグレードの途中で、

アップグレード中にエラーが発生しました
failed to execute statement CREATE TABLE mt_log
 ( log_id integer NOT NULL PRIMARY KEY auto_increment, log_author_id integer DEFAULT 0, log_blog_id integer DEFAULT 0, log_category varchar(255), log_class varchar(255) DEFAULT 'system', log_created_by integer, log_created_on datetime, log_ip varchar(16), log_level integer DEFAULT 1, log_message mediumtext, log_metadata varchar(255), log_modified_by integer, log_modified_on datetime ):
 Table 'mt_log' already exists at lib/MT/Upgrade.pm line 2553.

と、怖いメッセージが出てきてしまって、先に進めない。
ググってみても、Upgrade.pmを覗いても、よくわからない。
要するに、元のデータベースが、ヘン、なのだろう、と、phpMyAdminでmt_logテーブルを表示しようとしたらっ
なんと、壊れていた、らしい。
ログだから、まあ、いいや、と、削除しちまった。
コマンドならば、
drop table mt_log;
だな、多分。
無ければ、作るはず、という予想は当たり、無事にアップグレードが成功。

このような練習を積んで、公式サーバのメンテナンスにかかるのである。

それにしても、TigerからLeopardに代えたサーバは、未だにメールのやり取りができていない。
実は、2度目、である。
アップグレード直後は、Postfixの設定と、clamav, freshclam, amavisdの設定がTigerのままだったのでうまく行かない、ということは、直ぐにわかった。幸い。
2度めは、よくわからない。

それから、TigerからLeopardにアップグレードすると、WebサーバはApache 1.3が動くの、ね。
サーバ管理には、2.2にアップグレードするボタンがあるのだけれども、クリックすると、致命的なエラーが起きちまう。
何でも、translateできないらしい。
で、apachectlを使って、httpd.confをチェック、Tigerサーバの設定で、フォルダ名に空白を使用していたのだが、そこで引っかかることが判明。空白は%20に置き換え、さらに、/etc/apache2/sites/内を空にしてから再挑戦、無事に成功した。

こうゆう仕事って、誰も認めてくれないのだよね〜
担当医は、夜のサーバメンテナンス禁止令を出した。
が、サーバのメンテナンスは、誰も利用していない夜中しかできないのだ、な。
ふん。

いくつか、暗い歌を詠んだ。それも、ぼちぼち、載せてみよう、かな。
Leopard用のclamav, freshcalm, amavisdの設定も、多少変えた、し、な。
既に書いたような設定をしてしまうと、ディスクユーティリティでアクセス権を修復すると元に戻ってしまって、埒が明かない。
ぼちぼち、なんて言っていると、直ぐに、4月が来てしまう、かな。

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