2007年アーカイブ

晦の明け方に見た幻覚は友がすりより尻押しささやく
金縛り友とかすかに思ふのみ誰とも知れず過去悔いるなり
無いはずの襖が開いて人ぞ来る布団剥がされ寒さで起きる
襖開き見知らぬ3人見下ろしつ何ぞいひたき哀しげなかほ
幻覚とひたすら叫ぶ知識あり睡眠薬かアルコールかも
電機屋で
独り言いふ
吾を見たり
待合室の
隣人のごと
9月末から、前期に行った教育実習研究のビデオ学習に利用した各種ファイルのバックアップ作業をしている。本来ならば、TAの仕事の筈だが、書類上、前期で雇い上げは終わっているし、何やら指導生どもは忙しそうなので、あたしがやっている。

90分の授業をDVストリームで取り込むと、20GB程度の大きさになる。それが8回分、300GBを越えるのだな。適当に圧縮して...それぞれの授業毎にディスクイメージにした...284.45GB、DVD-Rで約70枚分だ。
特殊なDVDだが、DVD+R DLを使うことにした。1枚で8.5GBの容量がある。が、それでも37枚程消費する。
その他、あたしの別の授業で利用可能な素材が55.57GB、教育実習研究用の素材が75.02GB、合わせて約130.6GB程になる。DVD+R DLで17枚分だな。

で、だ。
まず、ディスクイメージを作成するまでにすったもんだがあった。
ヒジョ〜に、時間がかかる。CPUを最大限に使い...プロセスの優先順をを勝手に変えたりして...さらにディスクイメージ作成用のアプリケーションを2つ使い、そのうちの1つでは複数の作業をさせてみたりして...
まぁ、こんなもんかな〜と思っていたのだが、よくよく考えてみると、USBのハブに2台のハードディスクを接続していた。ノートパソコンへの入り口は1つだから、そもそも物理的にハードディスクの読み取りに時間がかかる、はずだ、な。
1台をFireWire接続に切り替え...結局、それまでの作業はちゃらになったけれども...て作業し、なんとか作り上げた。

問題は...DVD+R DLへの書き込み作業なんだな。
メディアは、研究費で50枚ほど購入していたが、枚数が不足する。仕方ないので、自腹を切って購入。ところが、10枚に1枚ほど書き込みに失敗する。
それはそれとして、仕方ない。
困ったことは、コンピュータが止まったり、DVDドライブが拗ねたり、途中で止まってしまうと、最初からやり直ししなければならない、ということ。
自宅のノートパソコンで作業することにして、ゴミ屋敷同然のわが家で作業していたのだが...

ノートパソコンのバッテリーは、それなりに使わないと、直ぐに使えなくなってしまう、ので、放電と充電を繰り返しながら、バックアップ作業をしていた、ところ、居眠りをしてしまっちゃったりして、ね〜
バックアップするファイルどもは、外付けハードディスクに保存していた。で、ノートパソコンの方は、スリープしてしまい、起きた時には外付けハードディスクを認識しなくなっていたりする。
それが2回も続けてやっちまったりして。
二度あることは三度ある、と言うから、バッテリーを抜いて使うことにした。
とりあえず安定、First User Switchを使って、2つのIDでノートパソコンを酷使している。
つまり、書き込み専用ユーザーに書き込み作業を任せ、First User Switchを使って自分のIDで改めてログイン、勿論、極力、余計なウィジット等を止めて、メールとWebの閲覧だけしていた。
さらに、VNCを使って、書き込み専用ユーザーの画面を覗き、書き込み具合を時々チェック。
なんとか、素材の分17枚...細かく言えば、これも2回ほど一枚目から作業し直したけど、ビデオ学習用の分37枚中33枚まで書き込むことに成功!

ただぁ〜し。
百里を行く者は九十里を半ばとす、今朝、外付けハードディスクを蹴飛ばしてしまった...
幸い、保存していたファイルは無事...つまり、読み出していただけだから...だったから、ひとまずはよし、と、する。
さて、一枚目からやり直し、なんだな〜

週末の
都心の空に
あかあかと
火星が一つ
吾を見つめをり

頑張れと
すでに誰もが
言わざりし
踏張ってしまう
吾が前頭葉

一時に、3つのハードディスクが壊れた。正確には、あたしが壊した、ことになるのだな。
このブログサーバーのハードディスクのデフラグをしたのが始まり。
そもそも、このような作業は、オペレーティングシステムが基本機能として備えておくべきもの。
某世界的事務機器会社のおーえすつーでは、自動的にやっていた。つまり、できないことはない。
「それは、デフラグすればいいんだよ」なんて、ちょっと言ってみると、なんとなく優越感を覚える、の、か、ね。
そもそも、デフラグしなければならないようなファイル管理システムに問題がある、とは、誰も言わない、かも。
で、だ。
ハードディスクの容量が大きくなっているから、このブログサーバーのデータ領域をデフラグするまでに10日以上かかってしまっている。
他のサーバーでも実行したのだが、我慢できず、複数のアプリケーションを併用してしまった、のが敗因、だと、今では考える。
1台のノートパソコンの内蔵ハードディスクは、ガリガリいい始めた。久しぶりに聞く音。幸い保証期間内だったので、ハードディスクの交換。データはたいしたものはなかったし、幸い、バックアップしていたので、問題はない。
次。
職場のメインマシンのハードディスクがいかれた。ファイルがどこにあるか、を管理しているテーブルが目茶苦茶になってしまった。
30時間以上「ゴミ箱あさり」をさせているのだが、成功したら御の字。
さらに。
自宅のメインマシンのデータ用ハードディスクがいかれた。こちらも、ファイルがどこにあるか、を管理しているテーブルがいかれた。
こちらは、バックアップしていたので、大丈夫、と、思ったら、そもそも、そのバックアップ用のハードディスクが、2台とも...安全のため、2つの領域に交互にバックアップしていたのだがその2台とも...管理テーブルがいかれていた。
バックアップ計画を作り直す必要がある。

そんなこんなで、仕事ができない。
ぼんやり、プログレスバーを見て、煙草を吸って、コーヒーを飲んで、時々昼寝して、過ごす。
11/10, 11の土日は、先に書いたウィルスの後始末とこれからの対策に費やしたのだが、その疲れも出てきている。
久しぶりに、どっかり来た。
食欲が無い。
...訂正だ、時々昼寝、ではない、ほとんど寝ている、な。

いつの間にか、11月だ。それも、10日を過ぎ、中旬だ。
最後の書き込みが7月末、コメントの書き込みが8月末、既に2ヶ月半が過ぎている。
追々、書きたかったことを追加して行くことにして、今月に入ってから、サーバーの調子が悪い。
基本的に、利用しているコンピュータは何らかのサービスを他のコンピュータに提供しているから、利用している全てのコンピュータの調子が悪い、と言っても過言ではなかった。
そもそも、このブログサーバーだって、10日ぶりに正式稼働させたもの。
勤務先のサーバーは、ウィルスによってバックドアを作られていたし、学生用に仕立て直したコンピュータはしょっちゅう止まる。研究室のサーバーは、商用電源の電圧が少しでも下がると止まってしまう。
個人持ちのノートパソコンも機械のくせに言うことを聞かない。
公費で購入したノートパソコンは、内蔵ハードディスクがガリガリ音を立てる。
上からは、ホームページを更新せよと矢の催促だし。
参った。

川べりで背を競いたるイネ科ども花風にゆれ銀に輝く

喫煙を
しようとしても
火を点ける
タバコの先も
見えざるよはい

太棹の
三味の音響く
下通り
肥後の国にて
津軽を聴けり
副作用無しと言はれしパキシルは服用停止で暴れまくれり
処方せん持って走りしすぐにでも服用したし輝ける薬
体内の濃度高まるその日まで続く闘い萎える身体
催促がネット介して押し寄せりただひたすらに丸くなるのみ
空腹も尿意も痛みも我慢しつ毛布抱えて縮まる昼間
闘いは企図せぬことと副作用我慢我慢で数日過ぎる

眠れずばカップ麺食べビール呑み
ラボナ流して妙な夢見る

譫妄を見ている夢を見る吾は
幻なるか妄想なるか
吾が中の誰が叩くや張りぼての鐘の音こそ尾骶打ちけり
あちこちの空洞たちが鳴動すぼわんぼわんと吾を攻め来る

眠剤に抗ヒスタミン剤混ぜし
フラツキが
夜来ましかば昼ぞよからまし

歩くたび電気ショックが駆け巡る
通院できず過ぎし4日目

酒呑みて
何も変わらず
喫煙す
何も変わらず
ただ丸くなる

眠剤に抵抗しつつサーバーのクラスター見るまだ25億あり
真夜中にサーバーたちのご機嫌を伺いながら会議は気になる
結局は終わった頃に起き出したり誰にも知られずサーバーは動く
知らぬ間に欠席裁判として拝命す委員会には出られざりけり
これだけは守り抜きたき授業さえろれつ回らず沈みゆく吾

園児らが帰りつく頃出かけしが夕日に月に送り出さるる

過眠、である。
気がついたら、暗かった。鳴門以来、久々だ。
午前中は通院、昼から授業、の、筈だった。
目茶苦茶である。
17:30頃、院生・学生たちの部屋のコンピュータに侵入して画面にメッセージを書いてみた。
なんと、演習中だから、後で返事をする、と、書かれた。
あたしがいなくとも、ちゃんと、指導生どもはしっかり学習を進めているのだった。
そう、教師は消え去るものである。
いや、まだまだ、とは、思いたいが、既に消えているのだろうな。

ケータイにメールがたまっていた。
授業のうち、2つが演習、1つが講義...授業と呼びたいのだが...、演習は先のように、指導生どもが自主的に進めていて、講義が問題だった、のだな。
院生の1人に、常々、変わりにやってみぃ〜、と言っていたのだが...やってくれなかったみたいだ。
恐れ多くも畏くも、授業研究をするのであれば、あらゆる機会を使って、授業すべきだ、と、あたしは考えている。
あたしが大学院生の時には、かなり喜んで話したものだった、けど、な。
一度、 H.O.Sawyer先生に頼まれて、演習を仕切った...H.O.Sawyer先生はご出張、休講にしたくないのであたしに仕切らせた、のだな...ことがあった。当時の授業は、学部生も院生も両方履修できたのだけれども...教育効果を考えれば、そうとう望ましいと思うのだが、なぁ〜...今の制度ではなんともできない、あ〜あ...、出てきていた院生たちがクスクス笑っていた。後で聞いてみると、H.O.Sawyer先生にそっくり、だった、らしい。光栄なことだと思った。

で、その講義、なのだが...
あたしの話を聞きたいと、部屋でずっと待ってくれていた学生さんがいた、と、いう。
うぅっ
なんと、有り難いことだろう。
確かに、受講生の知識の構造化を目的としてはいるが、そして、かなりの程度、成功しているという手応えは感じているのだが...測定何ぞ、長年の経験と勘で行うのである...、それにしても、毎回、思いつきで話をしている。勿論、それでも、目標を決めているし、まとまるのだよん。
既に、2回、休講にしてしまっている。
今回は、最低の無断欠席である。
来週は、土下座だ、な。
受講生を大事にしないと、バチが当たる、かも。

それはそれとして。
過眠である。
昼夜逆転は言うまでもない。
眠剤を服用しても、眠くならない。
本来なら、午前中に通院して相談しなければならないのだ、が、困った。

健康診断にしても、通院にしても、ある程度、健康でないと、行けないのだな。

確かに、肉体的な疲れ、精神的な疲れ、はあったはずだ。
5/22火曜日に、あたしがいないと進まない委員会があった。
暴れた。
会計報告があったのだが、刊行物を販売しているのに、収入に計上していない。支出にはそれらしい項目があったけれども、「等」でまとめてある。
質問したら、係長は、困っていた。
「あなたのところの係員が販売していたのに、何故、係長のあなたは知らないのか?」
また、事務に嫌われた、な。

I都地区の問題も深刻だ。一生懸命、受講生に不利にならないように、あたしは努力しているつもりだ。でも、まだまだ努力は不足していると思っている。
だから、いくつか提案してみた。
I都地区の代表は一言も話をしなかった。
なんだか、むなしい、な。
...後で、代理ということがわかったのだけれども、少しは、学生たちのことを想像してみなさいよ。

で、疲れた、はず、なのだけれども、認知に歪みがあるためか、そのまま、残って、サーバのメンテナンスを始めてしまった。
結果的に、朝帰りだ。
事務の皆さんがご出勤なさる時刻に、あたしはフラフラとバスで帰った。
ほんと、歩き方、姿勢が妙だった。

サーバの管理というのは、とても、とても、大変だ。
基本的に、サーバは、止めてはいけないのだから。
利用者が少ないと思われる夜中にするしかない。
あるいは、休日、かな。

5/27日曜日は、作業停電が予定されている。
こういう時が、メンテナンスのチャンス、なのではあるが。
いくら、裁量労働制度が導入されたとしても、理解しがたい労働形態だろう。
特に、ボランティアで作業しているのだから。
悪く言えば、趣味でやっているのだから。
病気にならない方がおかしい、かも。

曇天に
朧にひとつ
月の在り
夜半の散歩は
犬に吠えらる

1割の月かたぶきし
雲の間に
残照をおひ
かなしからずや

ゆふぐれに雨粒ぼつり落つベンチ指に近づく炎のみ見ゆ

全身をアリシン臭で包まれてなおダルダルの吾ぞ悲しき

カモガヤ発見。2006年も4月21日頃に写真を撮っていた。
梅雨の季節の「天敵」の筈だったのに、4月から攻撃してくるとは。
授業に行く途中で小さな「むれ」を発見。敵ながら、相変わらず、なかなか、見事である。
カモガヤ2006A

ニコチンかタールかわからないが、スギの季節は目が多少痒いだけでやり過ごした。
これからが本格的な闘いだ。
連休の頃には次なる「天敵」マツが来るはずだ。
果たして、ノドハナ反応鈍らせ作戦は通用するのか。

2007年に入ってから、確実に喫煙量が増えている。
あたしのノドハナは、多少の花粉では反応しなくなってしまっているのだろう。
それはそれで、いいのだが、依存が確実に進んだ。
身体についた煙草臭さを消すために、試供品としてもらったダンヒルのムスクなんぞをつけてみたりして...この手の香料は、個人によって好みが違うののだから、嫌われる可能性が高いだろうな。

相変わらず、片づけはできない。渾沌度が加速度的に進んでいる。
授業のための資料の収拾がつかない。頼りのTAたちは、あたしの指導生なのに、あたしの授業を聴くことに、ただただ夢中。それはそれでいいのだけれども、少なくとも授業研究、それも構成法、アクションリサーチをやろうとしているのであれば、あたしの授業を乗っ取るくらいの提案が欲しいものだ。
代わりに授業をさせてくれ、と、まで言い出したら、凄い。
もっとも、ぜぇっ〜たいに、代わりはさせないけど、ね。
今の時点で、あたしの命をつないでいる唯一の事なのだから。

授業後、受講生に捕まる。不安なんだろうな。
4回目の授業、中だるみにならないよう、厳しいことを沢山話した。
疲れ果てて戻ると、既に19時、モツ鍋研究会が始まってしまう。
S谷先生が残って居てくれた。タクシーで移動。
今日は5人でふた鍋、ちょっと、きつい。
久々の焼酎でよく覚えていないが、いつものようにお代わり6鍋は行った筈だ。チャンポン玉も見事にできた。
多少は自信になるかな。

葉あいからひとひら散りし花びらをしばし眺めて吾を忘れむ

かほのいろは
うつりにけりな
ニコチンに
わが身任せて
ふかしせし間に

人知れず散りし桜や居待ち月しがみつく吾ねなき春かな

耽溺の極みと斜めに居直りつビール泡盛タバコをふかす
泡盛で勢いをつけ喫煙す四合瓶空く惰眠の日々
相変わらずの過眠が続く。
布団の中で毛布をかぶってひたすら寝る。
大勘違いは、授業の開始日もそうだったように思う。
はまちゃんの日記には、9日から学部の授業が開始される、と書かれていた。
読み飛ばしていた。
最初の仕事は、9日の16:40から開始される、ことに、なる...
準備していない。
幸か不幸か、ホームページで公開した日程表では、13日を初回にしていた。
ラッキーだったかもしれない。
ただ、いつになく落ち込む。
健康科学センター、上司にメールを送った。
まじめに休職を考えている。
必修の授業は、ビデオ学習にしてしまおうか。
最悪だな。

大好きな授業ができないかもしれない。
H.O.Sawyer先生もこのような状態だったのだろうか。

学会の仕事もできてない。
大迷惑をかけている。
ダメだな。
幸い、自殺は考えていない。
昨日購入した泡盛をちびちびやって、勢いをつけてメールを書いている。
...ニコチン依存だけでなく、アルコール依存にもなるかな。

通院の日。
この日から、担当医が代わる。
初回なので、割り引いて考えなければならないが、比較的よく話を聞いてくれたと思う。
とは言え、前日なかなか眠れず、11時過ぎに動き出し、診療終了時刻の15分前に行ったのだからそれなりに限界はある。
薬の量は変わらず、ラボナを毎日服用できるようにしてもらった。
それと、次回、2週間後、仙台に行く可能性を話して、3週間分の薬を出してもらった。
今の状態で仙台に行くのは無謀かもしれない。
が、どうにも、心配で仕方ないのだ、な。

通院後、DVD-Rメディアなどを買って、フラフラした。
天気が良い。暑いくらいだ。
ただ、どうにも疲れて、コンビニで昼飯らしいものを購入して自宅に戻った。
おにぎりを食し、ビールを飲む。
...アルコール依存になるかも...
昼寝した。
なんでこんなに疲れるのだろう。

1つのことに捕らわれると、他のコトが見えなくなる。
典型的だ、な。重要な判断はしない方が絶対にいい。

できることから始めようと、いくつかのホームページの更新をしようとした。
ところが、公開されているページの更新日付と、手元に残っているファイルの更新日付とがひと月以上ずれていることがわかってしまって、パニック。
公開されているページに対応する原稿ファイルが見つからない。
布団に戻って、毛布をかぶって、家元の落語を聴いた。
これまでなら、少しずつ元気になるのだが、寝てしまった。
家元の落語を聴いて寝てしまう、なんということだ。
ダメ、だな。

二度寝に昼寝、重ねて昼寝。過眠だ。
そして不眠に炭水化物依存。
テレビも見る気になれない。
起きるとタバコを吸って、また、布団に戻る。
家元と志の輔の落語を聴く...そのうちに寝てしまう。
家元と、家元がほめた志の輔の落語で寝てしまうなんて、ね。
医者が言う死の宣告は、当たる。
つまり、死についてはよくわかっているのだろうね。
逆に、なぜ、生きているのか、については、よくわからないのだろう。
どんなに関係が悪くとも...実際に悪いとは思っていないが...この世に一人しかいない父親、母親の死を目の前にする、というのは、きついことなんだな。
此れ程とは思っていなかったのだけれども。

妹に迷惑をかけてしまっているな〜、という思いもある。
もちろんのこと、職場に出ていっていないのだから、とても悪いな〜とも思っている。
来週から授業が始まる。
あたしがついていけるのだろうか、とても不安である。
OHPを使って、型通りの話はできるだろう。
それでも、普通の授業よりは「面白い」はずだ。
どっと疲れるのだろうな。
会議には出ていけるのだろうか。
無理かもしれない。
父親が始めて入院した2004年は、訳がわからなかった。
次の年の2005年は、ほとんど会議に出ていけなかった。
2007年が、2005年と似たような年になることは、目に見えている。

体重が減った。
78Kgだったのが、この3ヶ月で72Kg。
特に、寝てばかりいる時、食欲がない時、煙草ばかり吸っている時、が、多かった週は、2Kgくらい減ってしまったことがあった。
父親にも体重測定を指示した。
この間、測定した時には、父親自身、10Kg減った、と驚いていた。
そう、うつの時には、体重が減るのだ、な。
あたしのズボンはブカブカ、ベルトはもう穴がない。

10時過ぎに起きる。
全身の筋肉がダルダルモード。
当たり前なんだろうが、ね。
取りためていたCSI*も見る気になれない。
2度寝して、昼寝して、一気にこの日記を公開した。
とにかく、ゆっくりしていよう。
夕方、馴染みの居酒屋に行ってみようぅっと。

明け方、寝苦しくて起きる。フラフラする。
2度寝して8時過ぎに起きる。
出発の支度をして、妹とメールで打ち合わせ、とにかく、昼ご飯を父親と一緒に取ることにした。
フロントに荷物をあずけて実家に移動。
父親に説教する。
あたしと同じ病気の可能性があること、循環器の先生に、やる気が出ないことを話してもよいのだ、と伝えた。
妹がおかずを仕込んでいる時に掃除をした。
父親の着ているモノを着替えさせ、洗濯した。
風呂に入らなくてもいいが、着替えはしなさい、と、また、説教だ。

妹と大学病院に向かう。
母親は、昨日よりも動きが悪い。
帯状疱疹も酷くなっていた。
相変わらず、お腹が空いたという。
売店で日もちのするケーキや甘夏柑等を買ってきた。
ぱくぱく食べている。
とにかく、体力をつけてもらいましょ。

16時過ぎ、病室を辞した。
空港に向かった。
仙台空港線というのが開通して、シャトルバスが廃止されていた...チケットが1枚残っていたのだが、な。
モバイルSuicaで乗車してみた。シャトルバスよりも料金は安かった。
17分は確か速い。
仙台駅を出発する時には満席でかなり混んでいたのだが、実際に空港で降りた乗客は案外少なかった。はて、採算は大丈夫なのかね。

空港で生ビールを飲んで煙草を吸った。
どうも、使用機到着遅れ、らしい。
10分遅れて出発、さらに、揺れた。
新幹線よりも揺れた。
上下に揺れるのはジェットコースターだと思えば楽しいが、小刻みに左右に揺れるのは疲れる。
到着も20分ほど遅れた。

タクシーで馴染みの居酒屋に駆けつける。
大将曰く、疲れてます...
そうだろうな〜
合鴨のネギ焼のポン酢、いつもより酸味を利かせてくれて、さらにすり下ろしたニンニクを入れてくれた。
これで、元気になるかな。

実家に行った。今日は、大学病院に母親が入院する日だ。
受付は9時40分まで。
8時50分ごろに実家到着。
母親は、髪がぼさぼさで長すぎること、洗髪していないこと、を気にしていた。
ヒゲバリカンを持っていって、耳の周り、襟足の髪の毛を適当に切ってあげた。
...看護師に洗髪と清拭をお願いしよう。
身動きがままならないので、風呂に入っていない。
太ももに湿疹ができていた。これも看護師に話しておこう。
9時過ぎに妹到着。
タクシーを呼んで、移動にかかる。
が、母親は動き難い。
靴を履いたのはいいが、立ち上がれない。
「抱えていこうか?」と、無謀だとは思ったが、言わざるを得なかった。
幸い、甲野善紀の本を読んでいたので、寝ている状態から半身を起こす動きは、あたしの身体にそんなに負担をかけずにできる。
運んでタクシーに乗せるのは、別だ。
高校時代にならったバーベルを持ち上げる動作、を思い出した。
大腿筋を使う、のである。
左膝を地面について右膝を立て、母親を抱えて、一度、右膝に母親の身体を乗せ...座らせて、脇の下と膝裏に手を添えて、スクワットと同じ要領で立ち上がる。
タクシーに乗せる時には、どうしても身体が前かがみになる。ちょっと腰に来た。
大学病院に着いてすぐ、妹に車いすを用意させ、タクシーから母親を抱き上げて下ろした。
今度も一度膝に乗せて...座らせて、立ち上がる。ふらついた。
小さな身体は、重かった。

入院してしまえば、看護師がなんとかしてくれる。
一安心だ。
そうなると、問題は、家に1人残された父親だ。
正直、父親も入院してくれれば、安心だ。看護師が何とかしてくれるからだ。

母親の診断はまだ始まらない。
昼、妹と実家に戻った。父親と一緒に無言の食事をした。
下手をすれば、ご飯とみそ汁しか食べなかったかもしれない。
薬もまた飲まなくなるかもしれない。

午後、妹と買い出しに出かける。
父親は食材にうるさい。
特定の食材しか食べない。まるでヒト以外の動物みたいだ。
...人間は雑食のはず、だから。
決めた魚屋の肴しか食べない。
その魚屋に行って、ブリ、タラ、シャケの切り身を買う。
野菜を買う。
妹に、煮物、焼き魚を作ってもらう。
食事の際に、つつけるものを作ってもらった。
その間、あたしは区役所に出かける。介護認定のための書類を作って提出してきた。

16時過ぎ、妹と大学病院に行く。
診察は本格的には行われていなかった。
診断名は、「パーキンソン病の疑い」だ。
来週、本格的に検査をするらしい。
入院予定は3週間と書かれていた。

母親は、病院に行く途中のタクシーの中、午後から訪ねた時、妹と盛んに話しをしている。
不安なのだろうな、と、思う。
数十年離れていたのに、すっかり、実の娘になっていた。
父親の入院に際しても、今回の母親の入院に際しても、妹がとても頑張ってくれている。
自分にだって、家庭はある、子どもたちの世話も必要だ。
姑との関係だってある。
あり難い。
両親と妹との関係を修復しておいて、本当に良かったと思う。

ふと、とんかつが旨い、と、母親が言い出した。
もちろん、自分が食べたいのだ。
食欲がある、ということは、この場合、唯一の救いだと思う。
妹にも食べさせたい、と、いう。
これは、あたしに「買ってやれ」ということだ、な。

病院を辞して、豚カツやに行く。
ロースカツ弁当、ひれカツ弁当を買う。
貧病でもあるあたしには、この位しかできない。
甥っ子達が喜んで食べてくれればいいな。
ひれカツ弁当は、あたしの分も買った。
久しぶりに、ひれカツを食す。
山下清が元帥に例えた豚カツだ。旨い。

ビールを飲んでから、マッサージをしてもらった。
これで良く眠れるかな。

おお勘違いをしていた。
ゆっくり起きて、昼過ぎに出かけようと思っていたら、フロントから電話。
チェックアウトは何時か、と、聞かれた。
?????
よくよく考えれば、航空券で予約した帰りの便の日付と宿泊日程がずれていた!
お間抜けだ。
もう1泊することを伝えた。
幸い、同じ部屋に連泊できた。

11時過ぎに出かける。
買い物をしてから、昼ご飯に田舎蕎麦を食す。
なかなか旨かった。

母親が通っていた個人病院に、大学病院から来た手紙を届けて挨拶をするために出かけた。
介護認定のための意見書の作成を依頼する必要もあった。
ところがっ
よくよく考えてみれば、今の両親の主治医ではなかった。
父親は循環器の専門医にかかっているし、母親は入院している。
断られた。
当たり前といえば、当たり前だ。
診察しないと、意見書は書けない。
父親が入院した病院からは何も言ってこないし、さらに紹介したはずの自分のところに通わず、別の専門医に通院していることに怒っていた。さらに、母親が入院した大学病院からの手紙は、院長の顔写真入りの「お礼状」で、母親の状態については何も書かれていない、それにも怒っていた。
そりゃそうだろうね。
個人病院を辞して、父親が通院している循環器の病院に挨拶に行った。
意見書の作成依頼と、さらに、父親の「うつ」らしい状態について話した。
その足で、区役所に行って、書類の作り直しを頼んだ。
大学病院に向かった。

母親の病室に行くと、名札がなかった。
はて、移ったのだろうか?
まだ、母親は寝ていた。
どうやら、右足に出ていたのは湿疹ではなくて、帯状疱疹だったようだ。
で、個室に移動、と言うことになったらしい。
火傷の水膨れのように水泡ができている。
そういえば、入院直後に体温を測った時、37度あったな。
何と言っても、神経痛が来ているようだった。

看護師さんは、移動先の部屋を片づけ、掃除をして、バタバタと汗をかきながら動いていた。
その間、母親は、お腹が空いた、とブツブツ言っている。
1時間近く待たされ、ようやく部屋を移動。
個室にはトイレもついていた。
確かに、廊下のトイレに行くよりは、移動が楽だろう。
ただし、トイレはユニットバスと一緒なので、段差がある。
転ぶと大変だ。

今日の母親は、比較的よく動いていた。
薬が効いているのだろう。
2名の主治医が顔を見に来たので、名刺を渡して挨拶した。
ようやく、あたしが九州から来ていることが伝わった。
何しろ、事前調査の項目に、緊急連絡先としてあたしの住所を書く欄がないのだから、な。
その点、父親が入院した時には、看護師がアセスメントしていろいろと書いていたし、引き継ぎもきちんとされていた。当たり前の事なのだが。
何しろ、偉そうな大学病院だから、な。
なんだかんだしているうちに、18時になってしまった。
父親が夕飯を食べたのか心配だ。
急いで実家に向かった。
父親は、白飯だけを食べたようだった。
うーん。
折角、妹が作ったおかず、みそ汁、煮物には全く手を付けていなかった。
大丈夫か?????
ダメだろうな。
困ったな。
沈みそう。
仙台に来た時によく行く居酒屋に寄った。
初ガツオ、ホヤ刺し、ハナワサビのお浸し、で、日本酒を2合。
適当に酔っぱらって、さけ茶漬けを食べた。
疲れてはいるが、酒の力で気分は良くなった。
明日も頑張れるかな。

なかなか寝つけなかった。
朝飯のために買っていたおにぎりを夜中に食べてしまう。
まずいな。
掃除の音、街の騒音、車の音、静かになったな、と、気がついた時には、14時を過ぎていた。
やってしまった。
3月8日と9日と同じだ。
明日は母親を大学病院に連れて行かなければならない。
ひたすら、休むことにした。
ゆっくりとホテルを出る。
夕方、仙台に着くように新幹線を予約したのだが、昼過ぎの列車に替えてもらった。
新幹線に乗って、ビールを飲みながら、家元の落語をiPodで聴く。
久しぶりに列車に乗った。揺れる。
わずかに2時間なのだが、思いの外疲れた。
モバイルSuicaで駅弁を買う。
ホテルにチェックインして休憩後、実家に出かけた。
母親は、テレビ電話の時よりはだいぶ動けるようになっていた。
お腹が空いた、と言う。
食欲があることは、なによりだ。
3つ買って行った駅弁を、3人で取り分けて食べた。
後片づけをした後、眠くなってきた。
予想通り、疲れている。
20時過ぎ、妹が来てくれた。
入院のための準備、書類の確認、をする。
妹は、明日以降の食事の準備をしてくれた。
温めればいいように、煮物やみそ汁を作っていた。
22時前、妹と2人でタクシーで移動した。
明日、ちゃんと起きられればいいのだが...

午前中、昨日作ったCD-Rを事務にあずけに行った。
昼過ぎから移動である。

実は、26日は、相模大野に行って、家元の独演会を聴くのであった。
うひひっ
この位の楽しみがないと、やってられない。
いいでしょっ、ねっ

相模大野に行くまでが大変。
ちょうど、夕方の通勤ラッシュに当たった。
乗換案内に従って行ったのだが、下北沢で乗り換える際、出口を間違えて時間をロス。
さらに、相模大野に着いてから、会場まで迷ってしまった。
前に行くグリーンのジャンバーを着た男性の後に付いて行ったのだが...何しろ、家元のファンらしいニオイがしたもの!
ただ、あたしは途中でコンビニによって、おにいちゃんに道を聞いた。
開演10分前に到着。
やがて、グリーンのジャンバーを持った男性が隣に座った!
やっぱり当たった。
それはそれとして。
前座が出てきた。若い弟子がいるのだな〜、とりあえず、いいな〜、と、思った。
家元は、相変わらず。
ただ、年齢にはかなわないのだろう、出足はちょっとテンションが低い。
家元の最初の話は、与太郎話の大工調べ。
休憩後、パントマイムの松元ヒロが出てきた。
家元の次の話は、金玉医者。
なかなか凄い。
最後は、闘牛場のレストランのジョーク。
いやー、良かった。
一期一会なんだっ、と、叫んでいた。
そうね〜、できるだけ、サボって、家元を聴きに来ないといけないな。

夜、マッサージを頼んだ。
左の腰が痛み出していた。
思いの外、両肩が凄い状態だった。
股関節がずれたのか、両足も凄かった。
マッサージをしてもらって、だいぶ良くなった。
これで、明日から、大丈夫、かな。

何時寝たのか判らない。
珍しく9時に起きた。
科研の中間報告書の仕上げをして、昼寝。
夕方、また中間報告書の最終的な仕上げをして、CD-Rにデータを保存した。
また、行きつけの居酒屋に行って食事をした。
明日からの元気は十分かな。
昨日の作業の余波か、あるいは、両親を心配した所為か、寝つけなかった。
昼前に起きた。
今日は、妹が実家に行っているはずだ。
14時過ぎ、妹の携帯電話にテレビ電話をかけた。
甥っ子(長男)も来ていて、入院のための準備を手伝ってくれたようだ。
車によったらしく、寝ていた。
父親は相変わらず、座って新聞を読んでいる。
母親は、寝ていた。
手足が動かないという。
半身を起こしてもらっていた。
言葉は明瞭、きちんと話ができた。
パーキンソン病のステージ5、かもしれない。
30分程の通話だった。
テレビ電話を真面目に使ったのは初めてだった。
講義のネタとして、デモンストレーション...1人で2台持っているから...したことはある。
なかなか便利かも。
...電話会社に騙されているのかも。

午後、科研の中間報告書の仕上げをした。
夕方、行きつけの居酒屋に行って食事をした。
居酒屋の大将によれば、酷い状態、らしい。
来週からのことを考えれば、沈んでしまう。
悲しい状態になったらどうしよう、と、考えてしまう。
3月8日と9日のように、ホテルで寝込んでしまうかもしれない。
考えないようにしてみよう、か、な。

眠れなかった。
結局、2度寝して、昼過ぎに起き出した。
暗い歌を作る。
午前中、妹からメールで連絡があった。大学病院に母親を連れて行くという。

今日は、IT利用室の機器導入に関して、最終打合せがある。
先の打合せどおり、仕上がっているのかどうか、確認する必要があった。
あり難いことに、あるいは、予想通り、若いSEはきちんと仕事をしてくれた。

問題は、この後だった。
Mac OS X用のウィルス定義ファイルの更新作業に手を付けてしまった。
1つのサーバにシステム起動用ハードディスクと緊急起動用ハードディスクがあるので、1台につき2回導入作業が必要になる場合がある。台数は14台。
さらに、1つのサーバを設置している部屋には、4月から異動してくる方がいらっしゃる。そのためにサーバ2台を移動させなければならない。2台分の移動スペースがない。とりあえず、1台だけ移動させることにした。
ウィルス定義ファイルを更新しながら、サーバを移動させた。
だんだんと、気が遠くなるような気がした。
呼吸が荒くなる。
フラフラする。
ダメかと思った。

17時過ぎ、妹からメールが届いた。
結局、1日かかってしまったようだ。
大学病院の外来の診断によれば、薬を増やして様子を見て、来週、改めて検査入院することになったらしい。
父親に続いて、今度は母親が入院する。
困ったな。

沈み込みながら、あたしの仕事は、なんとか進められた。
タクシーで帰った。
行きつけの居酒屋によって、おいしいものを食べた。
幸い、少し、元気になった。

うつうつと馬齢重ねて無力なり紫煙の先ににじむ父母

桜咲き吾が人生を悔やみをり足首つかむ老いた父母

21日(水)は寝て暮らす。寝ていない時はテレビばかり見ていた。
22日の午前中、通院しようと思っていた。
なかなか寝つけなかった。
結局、午前中、どうしても起きることができなかった。
午後、光ファイリングシステムに関して、業者との打合せがあった。
どうにも、出ていけない。
断りのメールを送った。
が、返事が来ない。
ので、なんとかタクシーを飛ばして約束の時刻までには出て行った。

年休を取ることにした。
念のため金曜から、そして来週いっぱい。

打合せが終わった後、通院した。
来週は、母親の様子を見に仙台に行くことにしたので、いつもの日程では通院できないことがわかっていたから。母親は、パーキンソン病の所為か、どうにも動けず、ここのところずっと寝ているらしい。
担当医ではなかったが、薬だけ出してもらった。
家に帰って、横になった。
とりあえず、食欲はなかったが腹にいれた。
テレビばかり見てしまう。

昼前、妹から、メールが届いた。母親は足が動かず、救急車でかかり付けの個人病院に運ばれたらしい。往診を頼んだはずだが、その個人病院の院長は、場所が判らないと断ったようだった。
昼過ぎに不在着信があり、緊急のメールが来た。
母親は入院した方がよい、という診断だった。あたしに、すぐに来て欲しい、と、言うことだった。
妹ひとりでは不安なのだろう。
が、今のあたしでは、どうにもならない。出ていけないのだから。
通院後、自宅でインターネットを介して、宿の空室状況と航空機の空席状況を調べてみた。
すでに、来週の予定は組んであり、宿と航空機のチケットは手配してある。
今からその予定を変更するか、23日の午前中に移動して金曜の夜の1泊だけにするか。
それは、いくらなんでも、疲れてしまう。日曜日休んで、また移動だ。目に見えている。
妹は午後から仕事に出かけたのか、連絡が来ない。

夕方、仕事が終わった妹とようやく連絡が取れた。
個人病院ではどうにもならず、大学病院で検査する必要がある、と言うことだった。
さらに、家族で今後のことを話し合え、という指示だったらしい。
よほど酷いのだろう。
とは言え、あたしも酷い。
あたしの状態を説明して、妹に母親を大学病院の外来に連れていってもらうことにした。
あたしとしては助かった、の、だが、妹には大変な負担だろう。

眠れなかった。
昼過ぎに起きる。
今日は、IT利用室の機器導入に関して、納入業者との打合せがあった。
15時からに設定していて良かった。
とは言え、布団から出たのは1時間前、布団の中で伸びたり縮んだり、なかなか出て行けない。
タクシーで駆けつける。
事前にメールでやり取りしていたので、大筋は決まっていた、幸いだった。
若いSEが利用者制限について、いくつか提案してくれた。
いずれも、もっともである。
Cドライブを見せない、なるほど、ね。
ローカルドライブのファイルを検索させない、なるほど、ね。
でも、ローカルドライブだけを検索対象から外してもらいたいものだ。ネットワーク上のコンテンツやコンピュータは検索できた方がいいのだから。
どうやら、制限の方法は調べなければならないらしい。
調べるあてがあるのだろう、多分、きっと、恐らく。
任せることにした。
さて、IEのホームページは、どこにしようか、な。
はまちゃんに聞いてみようっと。

情けない。
また、腰痛になった。
寝過ぎたため、筋力が落ちた所為だろう。
操体法を駆使してとにかく動く。
夕方、とりあえず、大学にでていってみた。
科研の報告書の準備をしなければならない。
左足を引きずっている。
...会議はさぼってしまった...また、優先順位が逆になった...

フラフラと、映画を観に行った。
「叫び」
難しい、な。

通院の日。
悲しくなったこと、父親が入院したこと、母親の動きが悪くなったこと、を話す。
ついでに、父親の「状態」について質問する。
片づけられない、意思決定できない、動き難い、昼間は寝てばかりいる...どうにも、あたしの状態に酷似しているのだ、な。
うつではないか、と、思った。
老人性うつ病、というのがあるらしい。
担当医が言うには、体重の変化が目安らしい。
そういえば、調子が悪い時には、激痩せする、ものな〜
なるほど。
あたしに関しては、パキシルの量を増やして様子を見ることになった。
これまでは10mg錠を1日3錠、つまり30mgだった。
それを「限界量」の40mgにする。20mg錠を2錠服用するのだな。

通院後、大学に行った。
溜まっていたモノどもコトどもが押し寄せる。
一気に疲れて、夕方、珍しく早い時刻に自宅に戻った。
この日は、結局、2時間ほどしかねていなかったので、(当然)疲れた。

一日中、家に居た。
13日の夕方、寝ていたら、また、悲しくなった。
夜中に炭水化物を食べる。炭水化物依存だ。
14日、会議があったはずだ。
出て行けなかった。
14日の夕方、学外で仕事があった。
ここで出て行かないと、もう2度と出て行かないと思った。
仕事の優先順位はともかく、学外の仕事には出て行くことにした。
...これで、いよいよ、本務は首だな。
頭が働かなかった。受講生の質問に、適切に回答したとは思えない。
頭の良い受講生は、その答えで回答に臨んでくれた。あり難い。
14日の夜中、なかなか寝つけなかった。
大事な日だった、はずだ。
どうにも、起き上がれなかった。
2度寝する前に、ごめんなさいメールを委員長に送った。
某消費者金融のCMでは、大人のマナーではない、のだが...
昼、テレビを見た。すぐに眠くなった。
過眠だ。
1日、家に居た。
今日は、全員参加の入試の日だった。
首を切られるかもしれない。
なかなか眠れなかった。
2度寝して9時過ぎに起き出す。荷物をまとめて、移動。実家に寄って挨拶し、空港に向かう。
母親の動きが悪い。パーキンソン病の薬が効いていないようだ。
これまで、家の中ならば比較的自由に動き回っていたのだが、立って移動できない。
今は、はい回っている。
あぁ、次は母親か。

妹からメールが届き、親父は来週の火曜には退院できるらしい、とのこと。
治療らしいことは何もしていない。
単に、これまで使っていた薬を一時的に点滴を使って多量に投入しただけだ、と思う。
空港で、ビールを飲んだ。
喫煙所で煙草を吸う。
飛行機の中ではiPodで家元の落語を聞いた。
あまり笑えない。
...もちろん、1人だけニヤニヤしているのは変だが。
空港からタクシーで家に移動。少し休む。
夕方、近所の居酒屋に向かう。
日本酒を4杯ほど飲む。
脱税して、追徴金を毎月600万円払っている人、の、話で盛り上がる。
自宅まで歩いた。フラフラだ。

歩いている途中、なんとも悲しくなった。
否、悲しい、としか、言語化できないような状態になった。
動けなくなった。道端にうずくまる。
この先、どうなるのだろう。
親父が死んだ時は、どうなるのだろう。
いや、あたしが死んだ時は、どうなるのだろう。
このまま死んでしまうのだろうか。
父親は子どもであるあたしに介助されているのだが、子どものいないあたしはどうなるのだろうか。
惨めな人生だ、と思った。
このまま死にたくなった。
死んでしまおうか、と、思った。
涙が出てきた。

悔しかった。このまま、人生を終えてしまうことが、ものすごく、悔しかった。
こん畜生、と、叫んでみた。
ちくしょう、ちくしょう、こん畜生...*
立ち上がれた。
家まで戻れた。
そのまま寝た。

なんとか午前中に起きる。
実家に移動して、親父が散らかしたものどもの片づけ、後、母親と一緒に昼飯を食す。
午後、病院へ。
担当医から話を聞く*。
ちょっと、憤慨して、実家に戻る。
妹が来てくれた。一緒に買い物に出かける。
買い物の帰り、妹を車で送って、実家に戻る。
ホテルに移動。
何とも、やるせなかった。
波が、来た。
この2日間、ホテルでじっとしていた。
...このホテルは、あり難い。ほったらかしにしてくれた。掃除の音、窓の外の車の音、雑踏、は、うるさかったのだが。
ダメかと思った。
やはり、無謀だった。
でもな〜
心配だしな〜

コーヒーを飲んで、煙草を吸った。
テレビを見た。
普段見ることのない番組だった。
暗くなって、コンビニに買い物に出かける。
何か食べなければならない、と、いう意識はある、幸いなことに。
10日はなんとかなるかな。
とりあえず、寝る。

また、仙台に来た。
我ながら、無謀だと思ったのだが...即断即決した。

3/6、とても調子が悪かった。
昼過ぎに起きたが、また、寝てしまう。二度寝だ。
なんだか静かだと思ったら、ケータイの電池が無くなっていた。
充電してみると、妹からメールが届いていた。
またまた、父親が入院したらしい。
三度寝から立ち返った。

妹からは、3/3に不在着信、そしてメールが届いていた。
また、薬を飲んでいない、ということだ。
3/4、父親に電話して、服用するようにきつく、きつぅ〜く、話した。
妹によれば、3/3に訪ねてみると、父親のまぶたがミョーに膨らんでいる、という。
むくんでいるのだろう。
呼吸も苦しいようで、息をする度に喘鳴を伴っているという。
確実に、肺に水が溜まっているはずだ。

三度寝から立ち返って、時計を見ると、17時だった。
これから、仙台に行くか、つらいな。
インターネットを活用して航空券と宿を確保、バタバタとパッキング、タクシーで空港へ。
最終便で移動、仙台市内に着いた時は、21:30を過ぎていた。
どうやら、妹はまだ母親のもとに付き添っているらしい。
タクシーを飛ばして実家に向かった。

パーキンソン病の母親は、身動きできずにいた。
動作の途中で止まる。一度座ると、立てない。
変に手を貸すと、どうなるかわからないので、黙って見ているしかない。
なかなかつらいものだ。
妹がそれなりに付き添っている。
関係を修復しておいて、本当に良かった、と、思った。

いろいろ調べていくと、1/19に通院していて、それがどうやら最後だったようだ。
つまり、2006年10月の時と同様、ひと月近く、薬を服用していなかったことになる。
父親は、1日の大半を温風ヒーターの近くに横になって過ごしていたらしい。
苦しくて、動けなかったに違いない。

患者は、嘘をつくものだ。
あたしも時々担当医に嘘をつくもの...調子、いいです、なんて...
3/4に電話した時には、服用していないのは、3日ほどだ、なんて、言っていた。
うそこけっ!
幸い、今回は、個人病院から救急車で運ばれることはなかった。
その代わり、妹が付きっきりであったとのこと。
すまないなぁ。
3/5にいつも通っている...月1回だが...個人病院に付き添って薬をもらい、3/6には地域総合病院(2004.5.13に入院した時と同じ地域病院)に付き添って入院と検査の途中...妹だって仕事がある...までいてくれた。
なんとあり難いことだろう。

妹と2人、タクシーに乗ったのは、0時を回っていた。

なんだかよくわからないのだが、どうにも、疲れてしまった。
気がついたら、昼過ぎだった...会議が終わっていた...
その後も起きる気がしない。
あ〜ぁ
また、戻ってしまったか。

とりあえず、ゆっくりしよう、と、思って、二度寝する。
と、17:30から、学外で打合せがあることを知らせるメールが届く...やばい。
土曜日と同じ格好をして出かける。
なんとかこなせた。
ふぅ〜

仙台に来ている。
2007年1月3日に亡くなったH谷先生を語る会が夕方から開催された。
その前に、研究会があった。
久しぶりに、仲間たちに会った。
これまでの体調を考えると、とても出ていけないかもしれない、と、とてもとても不安だったのだが...

3月2日(金)
実際、出て行くまで、大変だった。
午前中に起きたのではあるが、どうにもならずに二度寝。昼過ぎに起き出す。
...二度寝の前にアナフラニール10mg錠を服用。
とりあえず、一服。
カップ麺を食べてみる。
椅子から立ち上がろうとしたら、腰がガックリ、ぎっくり腰だ。
ゆっくり、元に戻す...と言っても、痛みは残っている。やばいな〜
気がつくと、出発時刻の2時間前。バタバタとパッキング。タクシーで空港へ。
乗ってしまえばこっちのものだ。
夕方、仙台市内に入る。チェックイン後、友人たちと食事。
腰が痛い。
湿布薬を購入。ホテルではマッサージを頼んだ。
久々に入浴。

3月3日(土)
8時過ぎ、ゆっくり起き出す。アナフラニール10mg錠を服用。
煙草を3本吸う。
食欲はない。部屋でゆっくりする。
身支度をして、10時過ぎにホテルを出る。
買い物して、蕎麦を食す。
腰は相変わらず、だが、動けるならば多少は動かないといけないと思い、研究会会場まで30分ほど歩いた。
研究会では、院生さんたちが3人、仲間たちが2人、発表した。
なかなか面白い。
来て良かったな〜、と、思う。

で、18時から語る会。
出発前日の3月1日、「思い出語りの拠り所」に手持ちの資料を持ってきてくれ、という連絡のハガキが届いた。
おいおい、前日かよ、資料、何を持って行けばいいのだろう〜、と、悩んだ。
そもそも、家も職場も片づけができなくなって、探せ出せないのだもの。
残念だな〜、と、思っていたのだが、見つけた。

H谷先生たちが創った極地方式研究会の名作テキスト「世界の気候」だ。
あたしが中学1年生の時の担任で、その後、ずっと理科を担当してくださったT先生の授業で配布されたものだ。
当時、妙な授業だなぁ、と、思っていたのだが、正直、面白かった。
その後、大学に入って、3年生の時の専門の授業で、そのテキストの内容が授業で出てきて驚いた。
なんと、講義しているH谷先生たちが創ったもの、だったのだな。
これだけは、すぐにわかるところに置いてあるのだった。
語る会では、司会者に指名された順に、「思い出」を語った。
あたしも指名された。
当然、中学の理科を担当してくださったT先生のこと、習った「世界の気候」に大学の授業で再会したこと、今の研究会のこと、新しく学会を立ち上げたこと、そして、議論をしている仲間たちの言葉の端々にH谷先生がちらちらと見えること、その議論にあたしが加われることの幸せ、を、語った。
泣きそうになった。
やばいな〜
今夜は、いつになく眠れないかも...

通院の日。
どうにも元気が出ないこと、を話す。
今、何か、抱えている仕事、うまく行かないこと、悩み、について聞かれた、が、心当たりがない。
医者も困っていた。
かつて「ハイ」になったことがあるアモキサンの処方が候補に上がった。
しかぁ〜し。
2002年に服用を止めている。とても「ハイ」になったからだった。
今回も、薬で引き上げる事は必要なのだろうが、上がり過ぎる方が危険だ。
個人的にも上がり過ぎるのは困る。
で、まぁ、アナフラニール錠10mgが処方された。
ハイパー薬事典によると、
成分(一般名):塩酸クロミプラミン
区分:神経系用剤(含む別用途)/イミプラミン系/うつ病・うつ状態治療剤
で、
脳内の神経伝達物質であるノルアドレナリンやセロトニンの量を増やし、神経の働きをよくします。ノルアドレナリンの増加は「意欲」を高め、セロトニンの増加は不安感をやわらげ「気分」を楽にするといわれます。
と言うことらしい。アモキサンと同様、第一世代の三環系抗うつ薬だ。
...副作用が強そうだ、な。
これまでに見たことのない「三角形」の錠剤。
朝一番に服用してみよう。

スパムメールを眺める、寝る前の「儀式」だ。
相手も工夫している。これまでのように、
http://www.faplance.com/?bc=vd02&ma=自分のメールアドレス
というURLではなく、
http://www.bruaju.com/?bc=jan03&md=Ln_ZhIxFm-82w0s61s59s_w-19
http://www.hamekura.com/?bc=eki15&md=Ln_ZhIxFm-82w0s61s59s_w-19
http://www.jazlbl.com/?bc=com04&md=Ln_ZhIxFm-82w0s61s59s_w-19
http://www.angelsabc.com/?bc=ag01&md=Ln_ZhIxFm-82w0s61s59s_w-19
http://www.hamekura.com/?bc=eki15&md=Ln_ZhIxFm-82w0s61s59s_w-19
といった具合に、一見、無意味な文字列に変わっている。
メール本文に変わりがないし、相変わらず、送信元は、
rthtuwb67uw4urbthw64@yahoo.co.jp
sdrd5645e6g636b63@yahoo.co.jp
der6w656gw6536g3636@yahoo.co.jp
rty7h7684785h7r@yahoo.co.jp
h657n5245qbhu6untw@yahoo.co.jp
der6w656gw6536g3636@yahoo.co.jp
なぁ〜んて無意味綴りだから、これまでと同じだろう。
アクセスする気にもなれない。
ちなみに、
Ln_ZhIxFm-82w0s61s59s_w-19
の部分は、
abcde@hjkm-nop.su.xy.com
である。
暇つぶしに「解読」を試みた。文字コードのビット列に対してXORやSHIFTしているのかと考えたのだが、どうやら、「対応表」を作って変換しているようだ。
文字列の最後は必ず「19」だから、これが「鍵」なのだと思うが、やる気がなくなった。

googleでメールのSubjectに書かれている文字列を検索してみたら、スパムメールを収集しているサイトが複数表示された。
それらの中には、
mc=6E727437773436377568737472793534373473407961686F6F2E636F2E6A70
や、
md=Ln_ZhIxFm-82w0s61s59s_w-19
の部分をそのままにして公開しているものもあった。
危険だな〜
自分のメールアドレスを公開しているのだから。
...それとも、あたしのように変換しているのかな...
調べればわかるけど、全くやる気がない。
あ〜あ

あっという間に、ひと月が過ぎている。
久しぶりに、ものすごぉ〜く、低調だった。
薬は効いているのかしらん...

まず、1月末からの炭水化物依存。
寝る前に、カップ麺を食す。
明日のために買った食料を夜中に食べてしまう。
翌日は食欲がないし、体重が増えるし、血圧も上がる。
週末は、万年床でダラダラ、時々起きてタバコを吸ってテレビを見て過ごす。
吸い殻を数えてみたら、一日で35本以上吸っていた。まずいな。
たまに仕事に出ていくと、ミョーに暑かったり寒かったり、気温に適応できない。
「気分が悪い」というのが、このことなのだろう、何も食べていないのに、消化器官が暴れる。
初めて「気分が悪い」状態を自覚した。
頭痛も時々。

片づけは相変わらずできないし、ものをなくす。
シャワーすら浴びる気になれない。
外で仕事がある時だけ、適当に洗って、ヒゲを剃る。
自分では気づかないが、体臭・口臭...タバコ臭...がひどいと思う。
洗濯もできない。実際、洗濯機がやってくれるのだけど。
着るものがなくなって、慌てて夜中に洗濯機を動かす。
...靴下、左右で色の違うやつをはいて出ていったこともありましたっ
会議はさぼるし、打ち合わせは忘れるし、さんざん。
ほんと、皆さん、ごめんなさい。

でもね〜、なんだかわからないけど、つらいのだよね〜
さ、出て行くぞっ、と、思っても、布団の中で、丸くなって、動けないことがしばしば。
ひたすら、じっとしている。
これが、漠然とした不安、なのかもしれない。
単なる疲れ、なのかもしれない。
なんとも、仕方がない。
ずっと寝ていたら、腰痛になった。
同じ姿勢で寝ているし、筋肉も衰えたのだろう。
とは言え、整形外科に行く気にはなれない。
湿布と操体法で治めた。

ひたすら、録画しておいたドラマを見る。
元気なるはずの番組を見ても、これまでのように元気にはならなかった。
某大学の備品のノートパソコンにコーヒーをぶちまけてしまったこともあった。
キーボードの「ぬ」のところに「根性焼き」作ってしまったパソコンだ。
さすがにキーボードがいかれた。
「コロン:」が入力できなくなっていた。
あたしは平仮名キーを拾って入力するので、「け」も入力できなくなる。
あたたっ
仕事では、「コンピュータの周りでは飲食厳禁」なんて言っているのに。

2月中旬は、夜中に炭水化物を食べてしまうので、買い置きをやめた。
睡眠儀式を早めた。
エバミール10mg+時々ラボナ10mgはなかなかよい。
午前中は、相変わらずコーヒーを飲みながらタバコを吸ってダラダラ、ではあるが、とりあえず、寝込むことはなくなる。
ただし、食欲がない。
胃がくぅくぅなるのだが、買い物に行く気になれず、ひたすらタバコを吸う。
気がついたら、体重が3Kg程減った。
そういえば、クラクラする。

2月は、口述試験のオンパレード。
毎年、確かに疲れる。
自分に関係する院生・学生がいると、なおさら。
特に今年の入試では、自分のことのように、ドキドキした。
なんだろうね〜

2月は、2回通院した。
睡眠儀式を早めたり、夜中に食べなくなったのは、医者の指示もあったからだが...
SSRIパキシルの量が、増えた。一日、10mgを3錠服用。
果たして、効いているのだろうか...

眠剤三種盛り、効かない。
スパムメールをつらつら眺める。
すると、これまでのように、
http://www.faplance.com/?bc=vd02&ma=自分のメールアドレス
というURLではなく、
http://www.faplance.com/?bc=ds01&mc=6E727437773436377568737472793534373473407961686F6F2E636F2E6A70
といった記述のURLを見つけてしまう。
この文字列は、メールアドレスなんだろうな、多分。
アルファベットを16進数の文字列に書き換えてあるに違いない。
40は@マークだし、ピリオドは2Eだし...
2桁ずつに区切っていくと、
6E 72 74 37 77 34 36 37 75 68 73 74 72 79 35 34 37 34 73 40 79 61 68 6F 6F 2E 63 6F 2E 6A 70
見つかるもの。
ちなみに、この文字列は、
nrt7w467uhstry5474s@yahoo.co.jp
だ。送りつけられたメールの送信元からあたしが作り出した。
?マークより左側のサイトはこれまでにも出てきているようなものだから、結局、どのリンクをクリックしても、行き先は「請求書」ということになる。

さて、これからはどんなURLで攻めてくるのだろう、か、ね。

ラボナ追加して、横になってみようかな。

以下、拾ったURLども。
怖くないよ〜ん...勿論、自己責任、を、忘れずに。

http://www.hamekura.com/?bc=bds01&mc=6E727437773436377568737472793534373473407961686F6F2E636F2E6A70
http://www.hamekura.com/?bc=bds02&mc=6E727437773436377568737472793534373473407961686F6F2E636F2E6A70
http://www.hamekura.com/?bc=bds03&mc=6E727437773436377568737472793534373473407961686F6F2E636F2E6A70
http://www.megabankforav.com/?bc=like01&mc=6E727437773436377568737472793534373473407961686F6F2E636F2E6A70
http://www.ureqky.com/?bc=bid02&mc=6E727437773436377568737472793534373473407961686F6F2E636F2E6A70
http://www.ureqky.com/?bc=bid03&mc=6E727437773436377568737472793534373473407961686F6F2E636F2E6A70
http://www.ureqky.com/?bc=bid04&mc=6E727437773436377568737472793534373473407961686F6F2E636F2E6A70

鎮静剤リスパダール*0.5mlの処遇に困る。
何しろ、一つしかないのだから、いつ、服用するか?
結局、ずうっ〜と、服用しないまま、週末を迎える。
1/19、20、21は、眠剤三種盛り(エバミール20mg、ラボナ10mg、ドラール15mg)で、翌日に残る...切れが悪いのはドラールだろうが...
フラフラしながら、ノートパソコンで、サーバの状態を確認、メールチェック。
そんな状態だから、気がつくと、キーボードの「ぬ」の下に煙草の灰...火が残っている...が落ちているのに気付いた時には、時既に遅し、「根性焼き」を作ってしまった。
出資者にメールすると、一言、「煙草やめたら?」
そうなんだけどね〜

1/23は、S学院での試験監督。これまたギリギリに出て行く。
このところ、タクシーばかり利用している。
高速でぶっ飛ばす。
なぜか、ドキドキする。答案用紙等を数える手が震える。
みんな、ちゃんと書いてくれよぉ〜

1/24は、会議の日。
2つ目の会議は、事実上、あたしの仕事を増やすことの確認に終始した。
疲れたのと、S谷先生の愚痴を聞くため、久々に例の店にもつ鍋を食しに出かける。
ものすごく混んでいた。予約していなかったのだが、店の好意で一つだけテーブルを空けてもらう。
店の人曰く、「事前に連絡してください、量が半端じゃないのだから...」
ゲヘっ、すんません。
3回目に豆腐を入れ、チャンポン玉まで完食、少なくとも、あたしは元気になった。

1/25は、論文のレジメの締め切りを控えた指導生どもに付き合って遅くなる。
...といっても、1人には1/24中に提出させた。1/25にバタバタしたくないからだ。
あたしは、てっきり、17時締切だと思い込んでいたが、21時30分だった。
17時ギリギリに1人が来る。もう1人は13時過ぎに来て、研究室の隅でなにやらやっていた。
研究室では、授業プランの構成で盛り上がっている。
どんな発問をどの順番で提示したら、学習者が「気付くのか」といった高度な問題を考えている。
この作業は、とても楽しい。ずっと続いてもらいたいくらいだ。

さて、17時ギリギリに着た指導生は、すんなり提出してしまった。
残りは1人。
彼が問題だ。
「某Wordリテラシー」「某I太郎リテラシー」がない。ない、というよりも、あるはずなのにパニック**で思うように操作できないみたいだった。
仕方ないので、手を出すことにした。
あたしだって、早く帰りたいのだし。

休憩時間に廊下に出ると、廊下が凄い臭い。
聞くと、キムチとモツで鍋をしているらしい。
電熱式の鍋だ。
ちらっと、ブレーカのことが気になった。
21時30分過ぎ、レジメの提出が遅れそうだと、謝りに行った、ら、なんと、その部屋のブレーカが落ちていた。
こらこら、電熱器、何台使ったんだぁ〜
この職場は、セコイし古いので、数部屋をまとめて15Aのブレーカをつけている。
レジメを提出する部屋のコンピュータがすっかり死んでいた。
廊下にある配電盤を見て、ブレーカを元に戻す。
窓達は大丈夫なのかな〜

すったもんだで、レジメは無事に提出。
車で送ってもらって、久々に近所の居酒屋に出かける。
ここの大将と話すにはとてもエネルギーを使う。
遅かったので、客はあたしだけ。
「頭がよい」というのはどういうことか?
「天は二物を与えず」、「一芸に秀でれば、他の分野ではバカなのか?」
難しい問題を与えてくれる。
さて、皆さんはどう考える?

大将たちは、兄弟弟子たちと月ごとに「勉強会」を開いているらしい。
それぞれが「アドバイザー」が居るらしい。
もちろん、ここの大将のアドバイザーは、あたしだ。
で、「あんたんとこのアドバイザーは何ものだ?」と、いうことになったらしい。
大将は「何でも屋さんだ」と答えているらしい。確かに、そうかな。
失敗授業後始末研究会会長だものね〜
ようするに、弟子たちにどんな具合に教えたらいいのだろう?ということが問題なのだな。
一つには、「味の絶対的基準による記憶」と、独特の言葉の一般化、だろう。
大将のところで働いてるTちゃんの作るみそ汁と大将の作るそれは、Tちゃんでもわかるくらい味が違うらしい。材料もその量も順番も同じにも関わらず。
とは言え、それぞれの材料の量が違っているはずだ。「塩一つまみ」だって、量が異なる。
鍋に入れる「出し汁」だって、厳密に計量カップで計っている訳ではない。
...そんなもので計っていたら、時間がかかって仕方がない。
大将の持論は、1品7分、五品で35分、なのだ。それで客の様子を見る、らしい。
例えば、三品目で酒を飲み始めたら、その後の料理はゆっくり作ってで良い。
どんどん進むのならば、追加注文が来るはずだ。
7分以内で料理を作らなければならない。
計量カップでなんて、計っていられない。
お玉で擦り切り1杯、といった計り方もあるらしい。
が、擦り切りというのがくせ者だろう。
傾いたら、量が異なる。

Tちゃんは、適切属性に気付いていないのだろうな。
大将は、適切属性を言葉にできないのだろうな。
あたしの出番である。
とは言え、調理場に口を出したことはない。
今度、Tちゃんのみそ汁と大将のそれとの「味見」をすることになった。
煙草で舌がいい加減になっているのだけども...禁煙かな。

問題は、1/25の夜だった。
ドタバタしたので、眠れない。
眠剤三種盛りしたが、どうにも眠れない。リスパダール0.5mlのチカラを借りることにした。
さすがにすぐに効いてきて、寝たのだが、途中覚醒。
三種盛りが後から効いてきて、1/26は午前中、ずっと寝ていた。

調子が悪いのだろう。
なかなか、家から出ていけない。
それに、シャワーを浴びることも億劫だ。
1/24のアリシン臭を保ったまま、最後の授業に出かける。
煙草は、どうも、1日に1箱以上吸っているみたいだ...今度、数えてみよう。
三種類の煙草を次々と吸っているから、何本吸っているのか、よくわからない。

ちなみに、ここまで書くのに、7本吸っている。
ニコチン0.8mgを7本吸うのならば、思い切って、15mgに替えようか?
ダメだろうなぁ〜
吸う行為に執着しているようなので。

1/27は、各種ホームページに細工をした。
これから、続きをしてみよう。
...あれ、採点は、いつするのだ?

あたし宛てのメールは、全てgmail.comに転送し、スパムメールフィルターを通してからPCで受信するようにしている。
で、元気がないときには、それらを見ながら、午前中をつぶす。
時々、次のようなメールが送られてくる。

差出人: ハイライト <j57jfu57uifj57dfj@yahoo.co.jp>
返信先: j57jfu57uifj57dfj@yahoo.co.jp
宛先: 自分のメールアドレス
日付: 2007/01/20 15:19
件名: スチュワーデス入社試験盗撮面接・身体測定・内科検診
http://www.faplance.com/?bc=vd02&ma=自分のメールアドレス

...不思議なことに、「自分のメールアドレス」の部分に「他人」のメールアドレスが書かれていることもあって...盗まれたのかねぇ〜
そもそも、差出人のアドレス、j57jfu57uifj57dfj@yahoo.co.jp、が変だ。

多少なりともWebページのからくりを知っていると、?マークに続いて書かれている文字列は、サーバ上の「プログラム」に送られてしまうこともわかるのだな。
つまり、URLをクリックすると、これらのメールを送ったヤツラに、自分のメールアドレスを知らせてしまうことになる訳だな。

ちなみに、あたしのコレクションのURLは次のとおり。

http://www.angelsabc.com/?bc=abc05&ma=自分のメールアドレス
http://www.angelsabc.com/?bc=abc07&ma=自分のメールアドレス
http://www.angelsabc.com/?bc=gal01%26ma=自分のメールアドレス
http://www.angelsabc.com/?bc=gal02%26ma=自分のメールアドレス
http://www.faplance.com/?bc=goh01%26ma=自分のメールアドレス
http://www.faplance.com/?bc=sd03&ma=自分のメールアドレス
http://www.faplance.com/?bc=sd08&ma=自分のメールアドレス
http://www.faplance.com/?bc=vd01&ma=自分のメールアドレス
http://www.faplance.com/?bc=vd02&ma=自分のメールアドレス
http://www.faplance.com/?bc=vd03&ma=自分のメールアドレス
http://www.megabankforav.com/?bc=meg01&ma=自分のメールアドレス
http://www.megabankforav.com/?bc=meg03&ma=自分のメールアドレス
http://www.megabankforav.com/?bc=meg04&ma=自分のメールアドレス
http://www.megabankforav.com/?bc=sh02%26ma=自分のメールアドレス
http://www.megabankforav.com/?bc=sh03%26ma=自分のメールアドレス
http://www.okazustation.com/?bc=ocz01&ma=自分のメールアドレス
http://www.okazustation.com/?bc=ocz02&ma=自分のメールアドレス
http://www.okazustation.com/?bc=ocz03&ma=自分のメールアドレス
http://www.okazustation.com/?bc=ocz05&ma=自分のメールアドレス
http://www.okazustation.com/?bc=sb01%26ma=自分のメールアドレス
http://www.udmad.com/?bc=lsc01%26ma=自分のメールアドレス
http://www.udmad.com/?bc=lsc01%26ma=自分のメールアドレス
http://www.udmad.com/?bc=lsc02%26ma=自分のメールアドレス
http://www.udmad.com/?bc=nga02&ma=自分のメールアドレス
http://www.udmad.com/?bc=nga03&ma=自分のメールアドレス
http://www.udmad.com/?bc=nga06&ma=自分のメールアドレス
http://www.udmad.com/?bc=nga10&ma=自分のメールアドレス
http://www1.fgter.com/?bc=gtr01&ma=自分のメールアドレス
http://www1.hwrws.com/?bc=hwr01&ma=自分のメールアドレス
http://www1.hwrws.com/?bc=hwr02&ma=自分のメールアドレス
http://www1.hwrws.com/?bc=hwr08&ma=自分のメールアドレス
http://www1.vgkwu.com/?bc=ism04%26ma=自分のメールアドレス
http://www1.vgkwu.com/?bc=ism04%26ma=自分のメールアドレス
http://www1.vgkwu.com/?bc=vgk02&ma=自分のメールアドレス
http://www1.vgkwu.com/?bc=vgk03&ma=自分のメールアドレス

ちなみに、%26は、&の(16進数表示の)こと。
怖いもの見たさ、で、実際にクリックする場合には、例えば、

http://www1.vgkwu.com/?bc=vgk03&ma=j57jfu57uifj57dfj@yahoo.co.jp

と、URLを変えてから実行すべきだよん。

で、怖いもの見たさはあるけど、怖い人のために、あたしの実行結果を示しておく。

電子シラバスシステムの入力項目について、注文があった。
ホームページ作成を外部に委託すれば、最低100万が相場だろう。
まして、特別にあつらえたシステムならば、最低でも400万はするはずだ。
指導生の院生が作成したし、あたしの研究の一部だろう、と言われればそれまでだが、実際に利用しているのだから、それなりにわかってもらいたいものだ。
1/18は、通院の日だったので、ついでにこの話を担当医にした。
IT関係の患者の苦しみが理解して貰えることを狙ったのだけど、ね。

で、だ。
もっとも大変なのは、仕様変更とそれにともなう改変作業なのだよね〜
銀行系で困るのは、新規システムに入れ替えたとき。
あるいは、仕様変更でちびつと直したとき。
大抵、ATMが利用できないという場合は、こんな作業が終わった次の日だ。
他人の作ったシステムをいじくるのは、チョー大変なのである。

幸い、仕様作りには関わったから、それなりに直せるけどサ。
1日作業だぜ、簡単に言って欲しくないものだ。
で、20日の午後、とりあえず、新しい「仕様」に合わせた。
報告のメールを送った。
その返事がふるっている。
元に戻せっ、と、きたもんだ。
ぜぇっ〜ったいに、ヤだもぉ〜ん。
まだ、返事をしていない。
何しろ、めげたんだもん。
コンピュータ・ウィルスでもまき散らしたいくらいだ。
その前に、1週間、寝込んじまうかも。

論文の締切日。
なんで、あたしがドキドキしなければならないのだろうって言うくらいドキドキしましたっ

1/3に亡くなられたH谷先生もそうだったのかなぁ。
夕方、一服しながら、夜空を見上げると、そんなことを考えてしまう。

逆になるが、午前中は、久々の通院。
新しく処方された眠剤エバミールが効いていること、ただし、週末、眠剤の3点盛りでも眠れないことがある、と話した。
すると、鎮静剤が1回分だけ処方された。
どうやら、患者が暴れたときに利用されるヤツみたい。
キャー

1/5は演習があった。
疲れた。
1/6からの週末、連休は、風邪のせいか、ぐったり。
...それでも、某学会の会員管理システムは完成させた...

1/9は打合せのために出かけようとしたが、急激に腹痛で約束の時刻を1時間ずらしてもらった。
下腹部が刺すように痛い。ようするに便秘なのだろうけど、とてもとても苦しい。
これを1/10も引きずってしまい...10日は頭痛も加わった...会議をサボる。
11日、12日の授業もフラフラしていた。
そして、13日、14日の土日も寝て過ごす。
1/15は、半日かけて、「統計値」の計算、16日の会議に間に合うか?
事務方には迷惑をかけてしまったが、なんとか、15日の午後には書類をメールで送った。
で、16日が会議。t検定について、
「我々は普通、両側検定をするのだが、なぜ、片側検定がしていされているのか?」
という、お間抜けな質問が某学部から出てきた。何が普通なの〜
数学を専門とされていると思われる先生が苦笑、
「絶対にAの方がBよりもその平均値が大きいのだ、という確信があれば...」
と、お答えになる。すかさず、
「要するに、統計的仮説をどのように考えるか、ということですね?」
と、発言したのだが、どの程度の委員がわかったのだろうか?
教員がこのような具合だ、まして、学生・院生はどうなっているのだろうか、かなり不安。
ちなみに、最初の発言は、理系学部の代表からでましたっ<

全く、どうしたもんだろう。
すったぁ、もんだぁ、でありましたっ
年末は、A先生の集中講義。指導生たちが頑張ってくれたので、そうとう楽だったが、やはり疲れましたっ
A先生のお話は、そうとう役立ったみたいだ。
A先生、ありがとうございましたっ

後始末もそこそこに、仙台に向かう。
今回も父親に説教、パーキンソン病がひどくなった母親の様子見。
買い物やら掃除やら。
1/2は、妹と甥っ子ども2人をいじくる、予定だったが、いじくられた。
やんちゃな弟は、足をくじいたとのこと。久々に、かつての「技」を使ってみる。
陸上部に所属していたときに、捻挫に対して行った「運動の指導」である...口が裂けたら痛いが、金を取ったら手が後ろに回る...決して、治療ではない。
患部と同じ場所を指圧で刺激、痛みを感ずるまで実行、後は、米粒を1日貼り付ける、それだけ。
翌日、妹からメールが届き、弟は朝一番「痛くないっ」と叫んだそうだ。
まだまだ、やれるな。

久々に「ばば抜き」をやった。
面白いもので、ジョーカーが手元に来ると、弟はすぐに反応する。小学2年生では、「騙す」ことは無理なのかな〜

この間、ずぅ〜っと、禁煙していたのだが、コンビニにトランプを買いに行った時、宮城県限定発売のキャメルメンソールナッティティストが目に付いてしまって、ライターとともに購入、帰り道に吸ってしまう。これがニコ中というやつか。

1/4に福岡に戻ったが、すぅ〜っかり、元の生活に戻ってしまった。
喫煙量激増。

既に書いたが、1/3に先生を亡くした。
最後にお会いしたときは、ヒゲを蓄えていらっしゃった。
追悼のために、少なくとも、偲ぶ会までは、このままヒゲを伸ばす事にした...床屋で手入れはしてもらうけど。

ホテルにて訃報聞きたり窓を開けオリオン探す憎き月影
教室で頷きたる吾吾だけに話しかけたる師ぞ楽しげなれ
教室で皮肉たっぷり吼えてみる所詮真似しかできぬ吾おり
みちのくのホテル窓開け禁破り一服しても沈みわだかまる
死してなほスクールといふなにものか吾のどこかに残りつ燃ゆれ

H谷先生の訃報を聞く。

あたしを極地方式研究会のテキスト、名作「世界の気候」、そして、「地質学への第一歩」を使って、教えてくれた中学の理科のT先生は既に亡くなっている...確か、今のあたしと同じくらいの年齢だったはずだ。
そして、大学・大学院と、極地方式の神髄に触れさせてくださったH谷先生が、今日、亡くなられた。
とても痛い。

卒業論文を「横から」入れてくださった...わかる人だけわかったくださいな。
博士課程後期2年の時、どこに掲示されたのか、わからなかった「公募の掲示」を探してくださった。
助手の時、情報教育に関して「事実を持っている」という事だけで、あたしを情報処理教育研究集会の「基調講演者」に推薦してくださった。
パズルの話、学部長時代の「マニュアル作り」、楽しげに語ってくださった。

そう、「この人...あたしのこと...は、比較的よく、わたしの話したことを実行している」と、おっしゃっていたっけ。
あたしは、結局、H谷先生の行動を「真似ること」、そして、それによって、外延を拡げること、に、終始しているに過ぎないのだ、な。
そんな指導者・研究者が、1人くらい居てもいいと思っている。
だから、研究者としては二流なんだろうし、一流ではなくても良いとも考える。
少なくとも、「高いレベルの科学...最近は社会科学や人文科学だが...」を、あたし自身がやさしく教えるだけでなく、学習者に教えられるような学生・院生を育てているつもりだし。

何とも、嫌な日だ。

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