そーいえば、28日(土)は、志の輔*の「志の輔こらぼ 能楽どーや」を観に横浜に行く予定であった。
そして、今日、29日(日)は、明治座秋の落語まつり「風間杜夫の平成名人会」に行って、志の輔*を観るはずであった。
志の輔三昧な週末になる、はず、だった。
バタバタ、どたどた、どよよぉ〜ん、だらだらぁ〜ん、でろでろぉ〜ん、の1週間、それどころではなくなっていた。
キョーレツに疲れている。
チケット代…
貧病が進む。
来週末は、また、仙台、かな。
そして、貧病が進む。
そーいえば、28日(土)は、志の輔*の「志の輔こらぼ 能楽どーや」を観に横浜に行く予定であった。
そして、今日、29日(日)は、明治座秋の落語まつり「風間杜夫の平成名人会」に行って、志の輔*を観るはずであった。
志の輔三昧な週末になる、はず、だった。
バタバタ、どたどた、どよよぉ〜ん、だらだらぁ〜ん、でろでろぉ〜ん、の1週間、それどころではなくなっていた。
キョーレツに疲れている。
チケット代…
貧病が進む。
来週末は、また、仙台、かな。
そして、貧病が進む。
気がついたら、おやつの時間に近かった。
何しろ、寝たのが今朝だ。
儀式をしながら、ブログのまとめ書きをする。
バタバタ、どたどた、どよよぉ〜ん、だらだらぁ〜ん、でろでろぉ〜ん、の1週間、のまとめ。
今から、何年前だろう。
上の甥っ子が既に小学5年生、下の甥っ子は小学2年だから、11年以上前にはなるな。
福岡に来て10年だから、15年くらい前か。海馬の萎縮した今となっては、記憶の彼方である。
母親から電話が来て、妹がその日の朝、突然、いなくなっていた、と、いう。
付き合っていた「彼」がいたから、二三日様子を見ていたが、戻る気配がない。
アルバイトから始めて漸く正社員になった職場に連絡してみても、無断欠勤しているという。
妹名義の預金もすっからかん。
さらに、住民票が移されていたらしい。
あたしは、テレビドラマを見ているように思ったものだ。
「彼」は、在日、である。
当時、さらに、日本国籍がなかった。
この騒動で、あたしは、父親の強烈な「偏見」を知ることになった。
曰く「あいつらは、嘘つきだ」
父親は障碍者手帳を持っている。昭和1桁生まれだ。
先の大戦時には、自身、どんな差別を受けたのか、あたしは知らない。父親も語らない。
...そもそも、15歳で丁稚奉公に出てきて、どんな悲惨な状況だったのか、も語らない。
当時の考え方に照せば、あの人の「赤子」として生を受け、その五体に自ら傷を付けた訳だから、どんなに酷かったろう、と、想像はできる。さらに、侵略した先の国々の人々に対して、どのような考え方が植え付けられたのか、これも想像するしかない。
先の発言の「あいつら」の中には、隣国の人々が全て含まれている。
頑固な母親は、「彼」のいい加減さが気に入らない。どんな事情か知らないけれども、定職に就けないでいた。恐らくは、「国籍」が問題になることがあったのだろうし、「偏見」と「差別」もあったのだろうと思う。しかし、そんな事情は、母親にはどうでも良かったのだ、な。結婚するなら、職につけ、だ。
さらに火に油を注いだのが、「彼」の両親との会見だったらしい。
「彼」の両親とは、あたし自身、まだ、会ったことはない。
おおらかな人たち、なのかもしれない。
だが、頑固できっちりしている母親にとっては、多分、それが気に入らなかったのだろう。
とにもかくにも、「彼」との結婚には、両親とも絶対反対、だったはずだ。
そして、妹は駆け落ちした、訳だ。
あたし自身、両親の心情はそれなりに理解できたから、そして、やはり、結婚するなら定収入が必要だと考えていたから...古いか?...2人の結婚にはあまり積極的ではなかった。
何より、「彼」が日本国籍を取得し、定職付くことが、先だと考えていた。
若い夫婦は、それでも、自分たちで何とかしようと、職を求めて仙台から首都圏に移ったり、また仙台に戻ってきたり、それなりにがんばっていたことと思う、いや、思いたい。妹もパートで働くようになったようだし。
あるとき、妹から連絡が来た。手紙だったか、メールだったか、電話だったか、海馬の萎縮した今となっては、記憶の彼方である、が。
このとき、やはり、まだ、両親の心情を優先的に考えるあたしがいた。
それでも、遺伝子を共有している、この世で唯一の2人しかいない兄妹であるから、少なくとも、妹の味方にはならなくてはいけない、とは、思うようになっていた。
携帯電話のメールが時々届いた。
甥っ子の話、もう1人子どもが産まれた話、パートの仕事の話、なんとか両親に詫びを入れられないか...
「彼」が日本国籍を取得し、漸く結婚できたこと...
一度、仙台空港で、妹一家と会ったことがある。「彼」とはその時が初対面。
できるだけ、中立的に、それまでに会ったことがある、長男の甥っ子と話をすることを中心に。
...甥っ子は2人とも、興奮しまくっていた。長男は賢くて優しくて、次男はやんちゃで負けん気が強くて、まだ甘えん坊さん。
あたしは、2人の子どもをここまで育てた妹に、とても感動していた。
「彼」は、あたしに、あたしの両親の影を見たのかもしれない、とてもキンチョーしていた。
ところで、授業は、学習者の持っている土着の知識・信念体系との対決でもある。
そのための戦略は、時として、説得に近いものがあるな、と、考えていた時期だった。
ならば、あたしの両親の信念体系と対決し、説得するのは、あたしにしかできないのだろう。
両親説得大作戦を開始することにした。
ドヒャーで進めては、絶対に反発が来るはずだから、ジワジワ、攻めることにした。
まずは、実子よりもかわいい孫をダシに使う作戦に出た。
が、最後の仕上げで失敗した。
やはり、「彼」と「彼の両親」の遺伝子を持っていること、が、最大の「壁」なのだろう、と、推測した。孫の影に「彼」「彼の両親」が見えてしまうのだろう。
一からやり直しだ。
ならば、せめて、自分たちの遺伝子を持っている妹だけでも、なんとかすればいいのだ。
目標を変えた。
手紙作戦は失敗した。何しろ、現金書留に入れたため、手紙の存在に気付かなかった。
仙台から帰るとき、遠いところのあたしより、もっともっと近いところに、自分たちの子どもがいるのだよ〜と、一言、言い残す作成は続けた。
最大の転機は、そして、作戦決行の最大のチャンスは、何と言っても、10/18の父親の入院だ。
2004年の時も、似たような状況ではあったのだが、あたし自身の体調が最悪*で、父親の事しか考えられなかった。容量限界に近い状態。2週間に1回、半年に渡って、仙台に通い続けた。よく身体(頭も身体のうち)が持ったものだと、今でも、我ながら感心する。
で、今回も、実は、本当に最悪の時、だった。
自分自身のことでさえ、思うに任せない。
義理の妹に、入院手続きまでしてもらった。
とにかく、作戦は、失敗して元々、ドヒャーで進めることにした。
あたしが、両親に説教するのである。
移動中、説教の内容をあれこれ考えていた。考えているうちに、気が重くなる。
10/19に仙台入りし、翌20日、戦略的にドヒャーとなるが、妹をCCUに連れて行ったことは既に書いている。
思いの外、父親の反応は良かった、と、思う。
入院2日目の混乱に乗じた作戦で、卑怯かもしれないけど、悪魔の手を借りた。
20日の夕方、パーキンソン病で身体が動かなくなっている母親には、語気を強めて、なんで他人の娘(つまり義理の妹)に手を借りなければならない、実の娘がいるだろう、と、ドヒャーで攻めた。
これまた、身体が思うに任せない状態に乗じた作戦で、卑怯かもしれないけど、悪魔の手を借りた。
翌21日は、母親の方から、子どもなんか連れてくるなよ、と釘を刺された。実子はいいが、他人の遺伝子を持っている甥っ子は生理的に受け付けない、といった、状態だ、な。
デパ地下に買い物に行く前、以前送っておいた現金書留を母親が出してきて、中を確認し、手紙の存在に気付いたようだった...あたしは書類の整理に夢中になっていて、母親が何やら黙ってしまったことだけに気付いただけだったのだが...
突然、どうもすみませんでした、ごめんなさい、と、母親は両手をついて深々とお辞儀をしていた。
この、突然の行動の意味が判らず、あたしは混乱したが、先に失敗したと思っていた手紙作戦が成功したことに漸く気付いた。ムダではなかったのだな。
...実際のところ、何を書いたのか、手書きだったし、海馬の萎縮した今となっては、記憶の彼方である、が。
22日は、ちょうど、あたしが母親と一緒にいるときに、S市にいる伯母さん、母親の姉様、から電話があった。
この伯母さんを味方につけないのは損だ。作戦が有利に進むはずだ。
強引に電話を代わってもらい、無沙汰の挨拶、今回の状況の説明、妹の事情の説明、さらには、妹の件で母親を説得してくれ、と頼んで、改めて母親に電話を代わった。
さすがに、実の姉様からの言葉は重かったのだろう。
こちらに戻ってから、妹からメールが届いて、なんと、母親から妹に電話があったとのこと。
あぁ〜、よかったぁ〜
大前進、壁はまだ残ってはいるが。
で、28日、今日、だ。
妹と伯母さんには、芋焼酎**を送っておいた。お礼だ。そろそろ、届く頃だ。
さらに、土曜日なので、妹は仕事が休み、一般病棟という空間ではあるが、久しぶりに親子3人の対面、になるはず。
バタバタ、どたどた、どよよぉ〜ん、だらだらぁ〜ん、でろでろぉ〜ん、の1週間の疲れと落ち込みで、あたしは、さらに、どよよぉ〜ん、と、していた。
ひたすら、妹からの連絡、母親からの連絡を待っていた。
来ない、ので、ある。
夕方、東郵便局まで配達証明付きの郵便を取りに出かけ、いつもの居酒屋で1杯ひっかけ、さらに、妹と伯母さんに送ったのと同じ芋焼酎を購入して、フラフラと家に着いたのが、20時過ぎ。
ちょうどその時、S市の伯母さんから電話があった。
まずは、芋焼酎、とても気に入ってくれたようだ。よかった。
そして、今日28日の顛末を聞いた。
どうやら、大成功だったようだ。
だったら、早く、誰か、直接あたしに連絡してくれ〜
喫煙量が一気に増えた。
芋焼酎をストレートでちびちびやりながら、録画しておいたドラマを見ていると、22時過ぎに妹からメールが届く。
うん、そのこと教えてくれるの、おそかったかも。でも車椅子 で移動したよ。メールが届いたとき、ちょうど病室にいた時間、トーチャンの他に一人患者さん。三人ででかい声で盛り上がってしまいカーテンしめられた。退院はまだみたい。もし、実家に連絡がきたときには土曜日にしてもらいたいということを伝えるからーと、母ちゃん。
いろいろとご迷惑をかけてしまいました。おかげで仲直り出来ました。ありがとね。
帰ってから電話で孫達とはなししたよ。『みのるちゃん、と、いさむちゃん』で呼んでほしいんだと。
友達だあ。
え゜っ、孫と話しまでしたの!?
なんじゃい。あたしが数年かけて用意してきた作戦、どうなるんだよぉ〜
孫との対面は、もっと後からのはずだったのにぃ〜
壁は、思いっきり崩れたのかもしれない。
そういうのは、一気に進むのか。そもそも、ドヒャーで攻めたからな。知識構造のくみかえは一気に進んでしまったのだな。そういうことにしておこう。
久しぶりに、ほっとしたし、泣きそうになった...プロジェクトXを見ているときのように。
芋焼酎が胃にしみた。
またまた、昼過ぎに起きる。
儀式をしていたら、いつの間にか、授業開始の40分前になる。
さすがに、出ていけるかどうか、自信がなかった。
煙草を10本ほどふかして、また、タクシーをぶっ飛ばして出かける。
また、眼鏡と時計を忘れていった。もちろん、ヒゲは剃っていない。
講義室に行って見ると、学生がすくなぁ〜い。
ので、「ひとみしり」の研究の仕方、について、話をした。
ついでに、発問論、ペットボトルロケット、瀬戸大橋の話に進んで、説明の説明に入ろうか、というところで、時間になる。
まぁまぁ、だな。
次の演習は、演習開始時刻前から、学生たちが作業を進めていた。
もう、こうなったら、開始も終了もない。
そう、こういうのを自学自習と言うのでしょうね。
あたしは、フラフラしながら、間違っている学生をからかって…いるように見せて、実は凄いことをやっているのだけれども、誰もまだわかっていない、ようなので、書いてみる。
この演習は、あたしが作った自学自習用テキストを使うコースと、Aさんとあたしが作った自学自習用テキストを使うコースの2つが同時並行して進められている。
どちらのテキストも、基本的には、プログラム学習の原則に則って作られている。
ただし、特に、あたしが作ったHyperCardの演習テキストは、課題とその配列に、それなりの工夫があって、必ず「先生」に聞かなければ進められないようになっている。
いわば「落とし穴」が掘ってあるのだな。
1人、ちょうど、首まで入り込んでいる学生がいたので、ちょっかいを出してみた。
「こことここの太さが違っているように見えない?」
と聞くと、やはり、気になっていたようだった。つまり、やり方が間違ってるのである。
気付いていても、どうにもできなくて、とりあえず、残りを進めていたようだ。
終了時刻が迫っていて、TA役の学生たちも、集まって、見ていた。
このような時、その学生に、できるだけ自分の力だけで課題解決させようと、TA役はヒントを出したり、テキストを読み直すように…もちろん、TAにはテキストのどこを読めばよいか、すぐに言えるように「修業」させていた…指示する、のが、普通、なのだが…
実は、誰も誉めてくれないけど、凄いこと、を、実行していたのだな。
あたしは、この学生の知識構造を推測し、テキストに書いてある教示を入替え、発問を新しく作って、新しい学習プログラムを構築していた。
最終的には、あたし自身が、キーボードとマウスを使って、描画を実演し、できあがったものを学生が見たことを確認して、その成果を消去してしまった。
操作を素早く行い、かつ、あたしの手元が見えないように工夫したので、「もう一度やってみようか」と言いつつ、若干ゆっくり操作を繰り返す。
この学生、さすがに、今度はあたしの手元に着目していた…勿論、意地悪なあたしは、微妙にどのキーを押しているのか、わからないようにしたのだけれども。
で、改めて、テキストに戻り、「キーの使い方のまとめが載っていたね」と言いつつ、該当個所を指摘。
すると、しばらく読んでから、キーボードとマウスを動かし、何度か試行錯誤していた。
頃合いをみはからって、課題の図形をあたしが描画して見せる。ものの10秒ほどですべてができ上がっていく、ように、素早く滑らかに操作を進める。
で、もちろん、完成図を学生が見たことを確認して、消しましたよん。
TA達は、この学生と一緒になって、描画方法を考えていた、ようだった。
それでは、いかんのだな〜
まぁ、無理か。
このように、テキストに書かれている範囲で、それを学習者に合わせてその場で再構築し、学習プログラムを組み直す、という「技」、見事にできる人を、あたしは、あたし自身とMidwife Jeimieしか知らない。
残念ながら、まだ、「職人芸」である。だから、「技」といか言い様がない。
これを、教師なら誰にでもできるようにすることが、実は、あたし自身の課題でもあるのだけど、ね。
夕方の打合せは、キャンセルしてもらい、とりあえず、家に帰ったのが、22時近く。
実は、ここ数週間、毎週届くはずの、サーバ管理用メールが、2台の自宅サーバから届かないことに気付いていて、その2台のサーバのログを調べてしまった。
それが、この日の最大の過ち。
要するに、電子メールが届かないのである。スプール領域に大量に溜まっていた。
どうも、電子メールのやり取りにつかわれる25番のポートが、「閉じている」ようなのだな。
職場のサーバも自宅サーバも、基本的な設定は同じ、そういえば、職場のサーバたちからは、毎週ちゃんとメールが届いていた。
と、いうことは、自宅サーバから職場にメールが送られない、ということだ。
で、調べると、職場の外から見ると25番ポートが見事に「閉じて」いた。
職場内では開いている。
うーむ、むむむっ
「OP25B(Outbound Port25 Blocking)」というメール送信規制か。
postfixの設定を変え、自宅サーバの1台、このブログを動かしているサーバに関しては、接続しているプロバイダーのメールサーバに転送することで、とりあえず解決した。
問題は、もう1台だ。
この1台は、ノート型。
従って、移動先で困ることになる、かも。
各種サーバの実験用としても利用しているから、メールサーバ機能もちゃんと動いてもらわないと困る。にも関わらず、メールに関して「ふんづまり」状態になってしまったら、実験用として意味がない。
うーむ、むむむっ、むぅ
と、気がつけば夜は白々と既に明け吸殻山に気力埋もれし…
ブログ用自宅サーバにメール転送して責任転嫁し、とりあえず、録画しておいたドラマを見ていたら強烈に眠くなった。
寝たのはいつだ…
昼前に起きる。
儀式が復活、コーヒーを入れて、煙草を5本。
あっという間に、演習開始の30分前。
ヒゲを剃らずに、眼鏡と時計を忘れて、タクシーでぶっ飛ばす。
演習は、あたしとレポーターとの空中戦。
やってはいけない、のは、よくわかっているのだけど、面白いから、ね〜、仕方ない。
もう一つの演習は、講義をした。
比較的よく説明できた、という、自己満足だけが残る。
はて、ピアジェの考える発達、と、発達段階、という言葉の違い、わかって貰えたのだろうか。
夕方は、指導生との打合せ。
ちゃんとした日本語、書いて、ねぇ〜
で、疲れる。
バタバタ、どたどた、どよよぉ〜ん、だらだらぁ〜ん、でろでろぉ〜ん、の1週間だった。
25日(水)は、朝からMidwife Jeimieがけたたましく起こしてくれて、なんとか構想発表会には間に合った。
それにしても、なんで、発表会なのに、書いてあるものを棒読みするのだろう。
事前に配布されているのだから、読み上げても無意味に限りなく近い。
…どたばたがあったから、事前には読んでいなかったけれども、ただ読み上げている間に全体をざっと読むことぐらい簡単にできていまう。
で、一応、質問しました。
発表者は2名だった。
そのうちの1人に対しては、極めて簡単な質問をした。
「中国に大学はいくつあるのか?」
「それらのうち、重点大学はいくつあるのか?」
「それら重点大学の中で、今回取り上げている北京語言大学は、典型例か、例外例か?」
簡単でしょ?
何故か、北京語言大学の事は知っていた。
留学生を積極的に受入れ、かつ、北京語の教育に関して、かなり実験的なことをやっている、らしい、という程度であったけど。
ならば、例外例、特例、の、はずだ。
例外例から調査して結論を導くことも可能だし、典型例から一般性に言及することも可能だ。
ようは、目的がよくわからんかったのだな。
目的・内容・方法は一体化しているものだし、方法と結果だけが「分析しました」の一言で表現されてしまっていたのだから、ますます、わからんかった。
で、答えが「典型例」だったから、「あなたの日本語の使い方は間違っている」と、反射的に言ってしまって、びつくり。会場がしぃ〜んとなってしまって…
昼から天神に出かけて、先週末の移動で壊れた・壊したデジカメの修理を依頼し、DVDレコーダーのカタログ集め。さらに、総合感冒薬等を購入。
そんなこんなで、午後からの教授会には10分遅刻。
席に着くなり、意見を言う。
「なんたらデータベースのインターフェイス」をなんとかして欲しい。
「具体的にどうすればよいのでしょう」と切り返されたので、「 エシラス と比べて欲しい」と自慢してやった。
で、疲れた。
咳は相変わらず、鼻詰まりは、まぁまぁ、かな。
とりあえず、総合感冒薬を服用して、寝る、つもりが、また、目が冴えて来て…
バタバタ、どたどた、どよよぉ〜ん、だらだらぁ〜ん、でろでろぉ〜ん、の1週間だった。
24日(火)は、非常勤の日。授業開始時刻の90分前まで、何もしたくなかった。
儀式が復活し、昼過ぎ、コーヒーを入れ、煙草を5本ほど吸って、とりあえず、シャワーを浴び、ヒゲを剃ることを忘れ、タクシーを飛ばして研究室に寄り道してOHPを用意し、授業開始5分前になんとか到着。
ひたすら話して、「もつ鍋研究会」に向かう。
…あり難いことに、学生たちが質問に来てくれる。で、タクシーで行くことにした。
今回は、名鍋奉行が1人なので、不肖、わたくし、鍋奉行補佐、が、ひと鍋担当することに。
8名で、鍋が14回お代わり、ひと鍋が4人分なので、1人平均7人分食べたことになる。
まぁまぁ、だったかな。
で、まぁ、mixiのオフ会のような状態。
われわれオジサン・オバサンたちは、当然のように、「学問」ねたで酒を飲むのだが、学部1年生達には、とーぜん、「じんじらんなぁ〜い」のでしょう。
何しろ、曲がりなりにも、研究会なんだもんね〜
鍋奉行補佐はまだ修業が足りず、チャンポン玉はちびつと塩っ辛かった。
チャンポン玉を入れるまでのスープの見極めが難しい。
それにしても、アリシンとカプサイシンは偉大だ。
帰りには、鼻詰まり、咳、は、解消。
一応、総合感冒薬を服用して、ひたすら、寝る、つもりが、元気になってしまった。
まずい、眠れなくなってしまった。
明日は、O竹大先生の、博論構想発表会だった。
気がつけば夜は白々と既に明け吸殻山に気力埋もれし
咳しても咳止め飲みてヤニ色の痰を吐きつつ魔王の奴隷
バタバタ、どたどた、どよよぉ〜ん、だらだらぁ〜ん、でろでろぉ〜ん、の1週間だった。
23日(月)に関しては、一部、既に書いた。
久々に、風邪、である。
喫煙している所為か、咳がでる。鼻が詰まる。
何より、疲れて、何もしたくない。食欲もない。
とりあえず、じっと、寝ていた。
強制的に去痰するために、甘草・ハーブ・緑茶入りの中南海ライトメンソール8mgを吹かし、ちびつとニコチンを取り入れる。水分を補給し、できるだけ手を洗うようにしていた。
ひたすら、寝る。抗ヒスタミン剤が効いて、疲れもあって、眠る眠る眠る。
スケジュールには「倒れる、はず」と、書いておいたが、それにしても、こんな倒れ方はイヤだ。
結局、24日の午前中で、ダラダラ、していた。
じっと寝ていたが、ニコチン大魔王の甘いささやきに負けて、甘草・ハーブ・緑茶入りの中南海ライトメンソールを吹かしながら、去痰。
mixiにつなぐようになってから、このブログへのアクセス数が急増している。
2006年10月21日04:37の統計によると…
◎閲覧アクセス 2761
(ロボット、ワームを除く)
既に、先月、9月、1ヶ月のアクセス数を超過している。具体的には…
◎2006年月別集計
◎日付別集計(部分)
次は、どこからこのブログにアクセスしているか。当然、mixiからが多い。具体的には…
◎外部ページからのリンク(検索エンジンを除く他のホームページ) - 全リスト
- http://blo.gs/ping.php 44
- http://mixi.jp/show_friend.pl 31
- http://hibari.edu.kyushu-u.ac.jp/html/UtsuUtsu/ 27
- http://mixi.jp/view_diary.pl 25
mixi.jpから31+25で、pingサーバに匹敵する数だ。
問題は、検索語、だな。
見事に、「薬」「病名」だ。具体的には…
◎検索文字列(キーフレーズ)
◎検索文字列(キーワード)
アクセス数が増えているということは、比例してスパムコメント・トラックバックも増えているということだ。うちのサーバでは、ブラックリストに載っているアドレスから届いたコメント・トラックバックは、自動的に拒絶するようにしているのだが…
最近、そう、つい最近、ミョーなコメント・トラックバックがポツポツ来るようになった。
全て、abeee.jpからだ。
この検索で出てきたページによると、特に、http://abeee.jp/galog/で始まっている場合には、要注意、らしい。幸い、あたしのブラウザは大丈夫だが、Windows系は、ダメ、なんでしょうな。
ブラックリストに載っている場合や、架空のURLから届いた場合には自動的に拒絶できるのだけれども、この場合には、実在するブログだけに、普通のコメント・トラックバックとして扱われるので、手動で拒絶しなければならない。
多少は、頭を使うから、いいのかもしれないけど。
風邪は、今朝に比べ、だいぶよくなってきたように思う。
濡れマスク作戦で鼻からの呼吸は楽になった。
多少、頭痛がある、が、我慢できないほどではないから、鎮痛薬は必要ないだろう。
じゃ、テレビ、見よっと。
風邪、ひいた。
10/22、の事は、日付を偽って、後から書く事にしよう。
とにかく、22日の午後は、すさまじく咳が出る、が、これは、喫煙の所為だろう、と、思った。
しかし、22日は、さらに連続くしゃみ、23日起きると鼻詰まり。
熱っぽい…とはいえ、微熱だろう…案の定、36度、低過ぎ。
22日、15時過ぎ、連続的にくしゃみが出た。実家を「かきまぜた」ので、埃か黴のアレルギーだと思った、の、だが、点鼻薬も鼻炎薬も効かない。仙台空港に着いてもくしゃみは止まらず。おまけに、熱っぽい。
とりあえず、手持ちの総合感冒薬を服用。いけないけど、咳止めも一緒に飲んじゃう。
23日は倒れる予定ではあったのだけれども、風邪は予定外。
あー、やだやだ。
今日は、Norah Jonesの日にして、ひたすら寝てよ。
バタバタ、どたどた、どよよぉ〜ん、だらだらぁ〜ん、でろでろぉ〜ん、の1週間だった。
22日(日)
午前中、ゆっくりスタート。この日は妹が孫の1人を連れて見舞いに行くはずだったのだが、待ち合わせて一緒に行くことにした。
久しぶりに見る甥っ子は、ちょっと大人びて、でもやはり小学生。恥ずかしいのと緊張と。
休日なので、例のように守衛さんのところで、別々に書類を書いて提出…妹には書類を書く練習。
…いやらしい教師根性だ、な。
CCUに入っていくと、案の定、一度に2名にしてくれ、との指令が出る。
とりあえず、あたしが出て行くことにした。
…後で聞くと、孫が小学生か中学生か、看護師達の間で問題になったらしいが、中学生だっ、と言えば中学生なのだぁっ、文句あっか。
伯父さんは怖いんだぞぉ〜
10分ほどして2人が出てくる。無事、対面は済んだらしい。
父親の方は、それなりに喜んだのだろう。拒みはしなかったことは確かだ。
妹からは、先に書いた、小学生か中学生か問題しか聞かなかったし。
CCUの外で、今後の打合せ。できれば、洗濯物を2日に一度取りに来てもらい、洗濯して返してくれるように頼んだ。基本的に下着だけでよい。
ただ、洗剤が問題だ。父親は極めて弱い肌を持っていて…弱い肌になったのか?…合成洗剤で洗った着物を受け付けない。
とりあえず、洗剤は後で送ることにし、また、メールで連絡することにして、別れる。タクシーチケットを渡した。日曜日だし、せっかく妹自身が育った場所に近いところに来たのだ、子どもに自分の育ったところ、小学校、中学校、なんかを見せるのもいいだろう。
その後、あたしがCCUに入っていくと、父親は寝ながらテレビを見ていた。
一応、起き上がって、話をする体制を作る。無理しなくてもいいのだが、そこはそれ、寝たままの姿を見せたくはないのだろう。
あたしは、帰っていくが、可能ならば、また来ること、洗濯物は妹が届けることなどを伝え、10分ほどで病院を後にする。
昼前に実家に着き、母親と昼食を共にし、午後は買い物と除湿剤の取換え…風通しが悪い上に、父親の荷物の所為で窓が開けられず、湿気がこもっている…灯油をできるだけ多くのストーブ用のタンクにポリタンクから移した。
母親は、栗ご飯を作ってくれていた。折角なので、おにぎりを作って持って帰る事にした。
で、あっという間に時間が過ぎて、空港に向かう。途中、仙台駅の郵便局で、妹に洗剤を送る。
そう、除湿剤を取換えている時からくしゃみが連続しはじめ、空港に向かう頃には、微熱があったように思う。仙台駅前から仙台空港に向かうシャトルバスの中ではすっかり寝てしまった。
到着したのがわからないくらいだった。疲れたのだろう、ね。
とりあえず、手持ちの総合感冒薬を服用。
適当に土産を買って、さっさと手荷物検査を済ませ、搭乗口付近で生ビールを飲む。うまいっ。
飲みながら、歌を作る。
飛行機の中でも歌を作る。
この日は、昼間も、病院から出てから、買い物のあい間、煙草を吸っていた。
空港に到着して、また、一服。
タクシーですぐに家に戻る、22時近かった。
握り飯を食しながら、録画していたドラマを見るが、既に眠くて…
念のため、総合感冒薬を服用してとりあえず、寝る。
意に沿わぬ身体も動かぬもどかしさ憎らしくとも頼らざる得じ
妹の話をすれば押し黙る怒りの目こそ哀しかりけり
積もりたる父の机の書類には孫の写真の埋もれたるあり
四分の三の遺伝子持つ子ゆえ笑顔の写真も無視したる母
緊張をメイクでおほひ妹は機会失ひカーテンの陰
積年の恨みを込めた目ではなく狐狸に出会いし如き父
病室で賢き孫はすんなりと椅子に座りて大人しく聞く
見舞いたる女性は誰ぞ知りつつもとぼけたる父敢えて問ふ母
姉からの電話でしぶしぶ孫認め妹認める母ぞ哀しき
策士とは詐欺師に似たり父母と妹甥を騙しつる吾
さすがに疲れた。9:30までグズグズ、mixiにコメントを書いたり、メッセージを送ったり。
部屋の掃除が始まるギリギリ、10:00ちょっと前に部屋を出る。
いくつか、病院から渡された書類などを近くのコンビニでコピーし、自宅へ向かう。
今日は、母の買い物に付き合う。
いわゆる「デパ地下」に行き、食材(ギンタラの切り身、ブリの切り身、スジコの塩漬け)、総菜(ハム、佃煮、漬物、コロッケ…)、パン(5枚切り食パン2斤、昔ながらの「へそ」のあるあんパンが好きらしく5つも購入していた)を購入。ついでに靴下をいっぱい買う。
40000円位使ったかな。ま、偶にしかできないことだから、いいのだ。
自由に移動できないから、ここぞとばかりに、購入する。靴下何ぞ、色違いで3つずつ買っていた。
午後、検査が終わった頃を見計らって、病院へ。
今日は、休日なので、夜間で入り口を通り、守衛さんの所で書類を書き、何やら許可証というのをもらって首から下げる。
母親を車いすに乗せ、CCUへ。
インターフォンで、「車いすで入ってもいいか?」と尋ねると、「ちょっと待て」と言う。何やら協議の結果、そのまま入っていい事になった。あの儀式はしていない。うひひ。
ここ数週間の事を振り返り、足がむくんでいた事、顔もむくんでいた事、等、母親が話す。
父親は、けろっとして「むくみは治った」と言う。「それは、薬をちゃんと飲んでいるからだ」と母親。あたしは、ニヤニヤしながら、車いすの後ろに控えて、会話を聞いていた。
それにしても、「昨日尋ねてきたのは、誰だ?」には、ちびつと、びつくり。
ボケたか…本当に誰だかわからなかったのか…
証拠の写真がある。孫が写っているのだ。
母親「誰が来たの?」
父親「うーん」
これをしばらく繰り返していた。
それはそれで楽しいのだが、一応、いい加減なところで、「お2人の娘さんが来たのです!」と、最後にあたしが締めた。
作戦失敗か…
洗濯物を持ち帰り、10分程度で退出。
母親も、父親も、とりあえずは、お互いの顔が見られて、よかったのだ、と、思いたい。
家に戻り、カーテンを直し、夕食は昨日同様、母親と一緒に食す。
夜食に、ゆで卵と、デパ地下で購入したコーンクリームコロッケをもらった。
で。
昨日に続き、煙草4本、缶ビール500ml一本。
このブログを書いている。
リクエストがあったので、昨日のページの追記に、「写真」を載せてみた。
どうザンショ?
午前中、母親を迎えに行った、ところ、動けない、という。
パーキンソン病が、ひどくなってきているらしい。薬を服用して、休んでいると言う。
で、仕方なく、父親が入院している病院へ、行く前に、父親がかかり付けの医院から電話で、車を駐車場からどけてくれ、というので、まず、ホテルからその医院に直行。受付で看護師さんたちに挨拶をし、車の鍵を受け取って、ようやく入院している病院に向かう。
その医院で明らかになったのは、最後に通院したのが、8月末であったこと。診察後(混んでいるから薬だけください、というパターンだったかもしれない)、1月分の薬を出してもらっていたのだが、それを飲み終わってから…つまり9月末…この医院には行っていないとの事。
確かに、2週間は薬を服用していない事になる。
くぉらぁ〜!
ちゃんと薬を飲めぇ〜っ!
と、思いつつ、病室に向かう。
ここは、以前書いたように…書いていなかった…とても面白いところだ。
別ページにまとめようと思っていたのだった。
とにかく、廊下が長い*。手すりがない。パーキンソン病の母親の足で、ゆうに20分はかかる。途中で3回くらい休憩しなければならない。のっぺりとした廊下だ。
その先に、CCUへ続く廊下**があり、これまた、手すりがない。のっぺり+妙に柱が出っ張っている。
その柱の下、床面から20cm程のところには手すりに似たパイプが配置されている。
絶対、人のためではない。患者を運ぶための、何と言ったっけ、キャスター付きのベッド、や、その他の機器を運ぶ際、柱にぶつからないようにするために決まっている、と、思ったな。
で、次に、入り口で「儀式」***がある。
履物を履き替えろ、というのだな。
そして、手を洗え、ともいうのだな。それも、アルコール製のヒビなんとかというのを使って。
真面目な私は、手を洗ってから、履物に履き替えたら、手を洗っても同じではないか、とか、荷物を持ったら、同じではないか、とか、考えてしまう。
さらに、CCU専用のインターホンがあって、面会する患者の名前を告げるのである。
そう、このインターホンのボタンを押す前に手を洗って、いいのだろうか、と、また、悩む。
2004年には、月に2回、週末、仙台に帰って、ここに通ったものだ。
その時、明らかに業者さんと思われる人何ぞ、履物こそ履き替えるが、手を洗ったのは見た事がない。
患者の家族だけだぞ、そんなことしているの。看護師なんかは、すぐにインターホンの下にある暗証番号キーボードを何やら押して、ドアを開けてしまうのだし。
つくづく、面白いところだ、と、思う。
Midwife Jeimieに聞いてみよう。
で、問題の父親は…ノンビリ、新聞を読んでいた。
ニトロール(硝酸イソソルビド)とヘパリンが点滴されていた。1日の水分量は800ml。
…前回の入院では、1日500mlだったかな、いや、同じ800mlかな。
要するに、急性心不全と血液凝固抑制のための点滴だろう。
言葉もはっきりしていた…前回は何やら意味不明の事を口走って、驚いたのだが。
すぐに起き上がり…前回は、留置カテーテルで排出される尿の量が測定されていたから身動きできなかった…「来たのか」と、一言。
重症度の段階****も2004年は2と3だったのだが、今回は、4と5、自分でトイレに行って排尿できるし、それなりに動いていいらしい。ただし、常に、点滴が続くので、点滴液をぶら下げたスタンドごと移動しなければならないけど。
実は、この時、事実上勘当扱いになっている妹を、敢えて連れて行った。
病気に託つけて、勘当を解くまでには行かなくとも、最低でも、今の様子をお互いに見せてやりたかったのだな。
歳をとって衰えている父親、成長して一人前になった(2児の母になった)娘、の、対面である。
あたしの方は、着替えやら洗濯物やらを点検するふりをして、ニヤニヤ、2人の会話を聞いていた。
さすがに、どうにも進まなかったので、介入、「2人とも、謝りなさいっ!」
妹が家出をしてから、既に、10年以上経過している。孫も2人いる。
それを知っていながら、近づけないでいる、意地っ張りの2人だ。
…後に、もっと意地っ張りなのが母親であることを知るのだけれども。
父親は、照れながら、何やら世間話をしていた。
と、その時、担当医がやってきたので、病状や治療方針の説明に移る。
うーん、いいとこ、だったのに。
あたしの方は、事前に電話で担当医と話しをしたし、世界一信頼できる知恵袋Midwife Jeimieから話を聞いていたから、説明できるほどだったけど、一応、聞いた。
幸いな事に、以前の弁膜症は悪化していないとの事。むしろ、良くなっているらしい…といっても、根本治療ではないから、薬で持っていたのだろうけど。
問題は、この後らしい。
父親がチョーシこくと、不整脈、頻脈、最悪は心室細動に到るらしい。
…ちなみに、頻脈と心室細動は、あたしが出した言葉。単なるプチ自慢でげす。
で、まぁ、もうしばらく、我慢しなさい、ということになった。
妹は午後から仕事があるのでタイムリミットになったことにして、CCUを退出。
帰り際、妹は、自慢の息子(つまり孫)の写真を渡していた。それを見て、考えが変るといいのだけど。
少しでも、会ってみたい、とか、話をしてみたい、とか、思ってくれれば、生き甲斐にもつながる可能性がある、はず、だよ、ね…
CCUの外で、これからの作戦会議だ。
日曜にはあたしは帰る。で、その時、孫を1人…賢い方(やんちゃな方を連れて来ると、追い出される可能性が高い、一般病棟に移ってからなら、大丈夫なんだが、な)…を連れて見舞いに来い、と指示を出す。
ただ、中学生以上でないと面会できないらしいので、服装を誤魔化して、ちょっと小さな(143cmもあれば十分だろう)中学生を装って、作戦決行だ。
一般病棟に移った場合にも、続けてもらいたいものだ。
で、あたしの方は、看護師に呼ばれて、なにやら、アセスメント用紙に「情報提供」させられた。
2004年はそんなことはなかったぞ。少しは改善されたのかな。
…意見箱に投書もしたからな…
父親は、納得しない事は、絶対にやらない。
2004年に服薬で一悶着起こしている。
何しろ、毎食後、小袋に入れられた訳のわからない薬を飲め、と言われる。これが我慢できなかったのだろう。薬を持ってきた看護師に、きっぱり、言いましたよん。
「訳のわからん薬は飲めんっ!」
次に来たちびっと先輩の看護師は、「息子さんからも言ってください」と叫んでいたが、看護師の負けだな。あたしは、父親の服用している薬の殼を持ち帰り、それぞれの薬の効能を書いて*****、次ぎの日に持参した。父親はニヤニヤしながら、見ていた。
そう、今なら、薬剤師が、データペースから引っ張ってきた画像といいくらかげんな説明文とを単純にくっつけて、○○さんのお薬、なんて印刷物を渡すけど、入院中は、そんなのがない。
というのも、処方に必要な診察券を看護師が預かっているからだ。
とにかく、説明してやってくれ、納得すればいいのだから、と、言い添えた。
ついでに、今やっている、看護師の卒後教育の自慢話もしてやった。
「卒後1年目って、使いにくいでしょう」というと、即座に、
「使い物にならないんですよぉ〜、いや…」
本音が出たよん。
あんただって、1年目は使い物にならなかったくせに。
午後は、車にガソリンを入れて、銀行で滞っていた支払いを済ませ、簡単な食事をし、着替えを持って再びCCUに向かう。
夕食は、母親と一緒にとって、父親に対する愚痴を聞く。
いい加減疲れたので、ホテルに戻ったのが、20:30ころ。
マッサージを頼んだ。9000歩程度しか歩いていないのに、やたらと腰が痛い。
始めて、足つぼマッサージというのをやってもらった。
チョー痛かった。
いちおー、それなりの知識があるので、内蔵反射区で言えば、あそこだな〜、と、思っているうちに不覚にもうとうと…
足のだるさはいくぶん回復、腰はまだ痛かったので、フェルビナクのチカラをかりて、現在に至る。
煙草4本、缶ビール500ml一本。
さて、寝るか。
連休にゼイゼイ音を聞きながらちらつく入院打ち消しし吾
楽しげな団体客に囲まれて旅先思ひベンチにポツリ
生クジラ戻り鰹に鱈白子田酒1合忘れたき明日
過去の歌読み返したり吾の思い節目節目に繰り返しけり
ゆるゆると母の手を引き父の部屋長き廊下のまたその先の
ニコチンがどろりどろりと浮遊する脳漿の中とろけゆく脳
父親がまた入院した。
今日は、17時から委員会(説明会)があったはずだ。
昼過ぎに起き、出て行けるかなぁ〜、などと、儀式喫煙を続けていたところ、母親から電話があった。
先ほど、搬送先の地域総合病院(2004.5.13に入院した時と同じ地域病院)の担当医からも電話が来た。
「軽い心不全」ということだが、元々弁膜症である。さらに、ここ2週間、薬を服用していなかったらしい。
弁膜症は根本的な治療(例えば、弁をブタくんのそれと取換える、とか)をせず、ひたすら血流を良くして、かつ、血圧を上げないように、薬で調整していた訳で、それがここ2週間、滞ったことになるのだな。
そうなると、当然、血流は悪くなり、血圧も上がり、担当医の言うことでは、脳への影響(脳血管障害…脳梗塞、脳出血…)も可能性としてあるということだった。
心停止の可能性、人工呼吸器の使用、最悪はカウンターショックでも戻らない事もある、等々、怖い事を聞かされるが、仕方ない、こういう場合、医者の言うことに反対できないのが患者側だ。お任せいたします、というしかないのだの。
委員会どころではない、というか、先手を打って、委員長には欠席の意を伝えたのだが…
母親の方は、パーキンソン病が進んできていて、夕方は動きが鈍くなる。
病院(最初は、調子が悪い*のでかかりつけの病院に行ったようだ)からは、救急車で運ばれた事、入院した事、必要なものどもを持って入院先(2004.5.13に入院した時と同じ地域病院)に行きなさい、と指示されたようだが、とてもとてもそのような事ができるような状態ではなかったようだ。
意を決して、あたしに電話をかけたのだと思う。
その前には、義理の妹、義理の母に連絡している。
あたしが「忙しい」「体調が悪い」ということに配慮していたのだと思う…思いたい。
順序が逆だろう、と、は、思ったけど。
とりあえず、10/19から仙台に行く事にした。
休講情報掲示板には、自分で情報を入力、特に、2つの演習に関しては、TAのもとで作業するように指示しておいた…あたしがいなくとも、できるでしょ?
年休、使った方がいいのかな…
宿は、これまでに泊まったホテルには、連泊できるところがない。
仕方ないので、繁華街のど真ん中の知らないホテルに決めた。
インターネットが利用できる事がポイント。
航空券も予約した。
おかげで、血圧が急上昇(148/105、起きたばかりの時は、130/90、決して低くはないのだが)。
喫煙量も急上昇。
また、指導生たちには、迷惑をかけるのだな。
それよりも、こちらに戻ってからが心配だ。
とんでもないことになりそうだ。
気がつけばもう一箱が空いており咳止めを飲みまた喫煙す
相変わらず、調子が良い、とは、言えない、ような、状態。
夜中に起き出し、明け方に寝て、昼過ぎに起きるのは同じだ。
結局、授業開始50分前に出て行く。昨日同様、タクシーを呼び、ふっ飛ばしてもらって。
途中、Midwife Jeimieに頼まれた本と、OHPの指示棒を取りに研究室に寄った。
で、だ。
とても凄い本を見つけた。正確には献本いただいたのを物理的なメールボックスに見つけたのだったが。
Midwife Jeimieにも一冊渡してくれ、との、Mさん(8月にK本大学にあたしの授業を見に来てくださった大先輩)からの伝言付き。
タクシーを待たしているのに、序文の最初の段落を読んでしまう。
これまで、どんなにもどかしい思いをしていたか、が綴られている。
例えば、「教育心理学」という名前の教科書、テキストの類いには、学習者が持ってしまっている知識、科学的には間違っている知識が存在する、という記述はあるのに、それらをどうやって修正するのか、という知見はない、のだ。そうそう、そうなんだぁ〜!
そのような知見がなければ、Whyを追求するタダの心理学だ。
どう修正するか、を提案できて、始めて「教育」という名前を冠するに値する。
そのような知見がなければ、教育方法学は立ち行かない。
よっ、待ってました、真打ち!
その名も、
![]() | 学習者の誤った知識をどう修正するか―ル・バー修正ストラテジーの研究 麻柄 啓一 東北大学出版会 2006-10 by G-Tools |
長年もどかしい思いをしてきた。それは例えば,教育心理学のテキストに接したときである。学習者が誤った知識を持っていることには触れられているのだが,どのように教えればそのような知識が修正されるのかについては説明が十分とは言えないのである。あるいはまた,小学校や中学校の教師,未来の教師である学生たちに,誤った知識を修正するためのさまざまな研究を紹介したときである。「教育心理学では授業に役立つことも研究されているのですね」と言った感想が返ってくることが多いのである。教育心理学という学問のイメージが気になると同時に,このような研究をもっと多くの人たちに知ってもらいたいという思いが強くなるのである。
みんな、教育に関わるなら、特に、教職に関わるなら、是非、購入して読もう!
チョーシ悪かったのだけれども、とても、元気になった。
で、タクシーだ。
高速をふっ飛ばしてもらって、授業開始5分前に到着。
先週の続きから、人の情報処理の特徴をコンピュータのそれと比較する話。
眠そうだったので…16:50開始の5時限目は、受講生たちには辛そうで、心苦しいのだが、今のあたしの調子では、この時刻から開始するのがやっとなのね、ゴメンナサイ…作業をさせる。
予定通り終わらなかったが、続きは来週だ。
昨日に続き、慌てていたので、例の腰痛ベルトはしていかなかった。
案の定、帰りの電車の中で腰が痛み始めた。
明日はどうなるのだろう。
先が見えない日々が続く。
昼過ぎ(ものすごく、過ぎ、世の人々は「おやつ」を食べているかも)に起き出す。
Midwife Jeimieから届いた、ワークシートを見てくれ、というメールで、今日、月曜日、10/16、看護初任者研修(1年目)の第2回目、があることに、気付く、愕然。
愕然としながら、儀式は欠かせず、時刻はどんどんと過ぎて行き、ワークシートをざっと(これが後から命取りになるのだけれども)見直して、ヒゲを剃るのに時間がかかり、服を選んでいたら、開始時刻の60分前に、なって、しまう。
とりあえず、タクシーを呼んでふっ飛ばしてもらい、会場に着いた時には、Midwife Jeimieは既にインストラクションを始めていたのでした。
なかなか、キリッとして、上手。
今年の1年目は、人数が多い。一つのグループが最大6名に抑えて、8グループある。
今回の研修では、グループで話しあった結果をそれぞれ発表してもらう、の、だが、ワークシートを見ると、6グループ分しか記入欄がない…
つまり、1回目でやったことは、すぅ〜っかり、忘れていた、のでありました。
とりあえず、謝罪の役目はあたしがやって、グループの発表を板書することにした。
会場に着いてから、ずっと、足が震えていた。真っ直ぐにたとうとすると、右膝が「笑い出す」のである。
個人作業、グループワークの時に、椅子に座って軽く叩いたり、屈伸運動をしたり、ストレッチしたり、思いつく事をとりあえずやってみたのだが…板書の時なんぞは、動きにくくて…困った。
それはそれとして、今年の1年目は、なかなか、すごい。
自分が出した結論の根拠、特に判断基準を他のメンバーやグループに伝えられるだけ、言語化できているのだ。さらに、その基準がなかなか面白い。
勿論、我々の1回目の研修の効果、とは断定できないが、看護の世界に判断基準という言葉を持ち込んだのは我々だし、現に、2回目の研修では、基準、という言葉が受講生自ら使うようになっていたのだから、まんざらでもあるまい。
と、考える事にして。
フラフラしながら、家に帰ったのでありました。
明日は、S学院大学での非常勤だ、が、大丈夫何だろうか。
オリオンの三つ星縦に並びつる夜半の寒さに人思ふ吾
コンビニの帰りに眺むオリオン座夜半の寒さと煙草の煙
電線の間に見ゆるオリオンの三つ星霞みニコチンに酔ふ
だらだぁ〜らな、1日、の、続き。
昨日から、ずぅ〜っと、喜多郎のCD(正確にはiTunesだが)をかけっぱなし。
寝る時も、寝ている時も、起きている時も。
煙草は、いつもの週末よりは多少少ないかも。
テレビを見て、サーバプログラムにパッチをあて、他のサーバの様子を見て、少々、焼酎を飲み、カップ麺を食べたら、20時過ぎに眠くなって、喜多郎を聞きながら寝てしまう。
で、この時刻に、腰が痛くて起きてしまう。
ちうと半端、だ。
学府・学部の休講情報掲示用ブログを作って、既に1週間、ボランティアによる掲示が続いている。
役立っているのだろうか。
利用者反応、というのを知りたいものだ。
アクセス統計を見ればいいのだな…
トップページの/notice/に173件、学部情報に25件、休講情報に21件、10月分に19+8件、学府に9件、アーカイブに7件、個別の情報に18+9+8+7+6+6+6+5+5+5+1+1件、まぁまぁか。多分、知っている一部、がアクセスしているのだろう。
ちなみに、携帯電話からのアクセスが10件。
まだまだ、だな。
教務委員会では、どんな扱いになっているのだろう。
ちなみに、このブログには、半月で1300件、先月が2100件だから…単純に予想しても残りの半月で1300、月末には2600、予想に反して、アクセス数が増加してしまった、かも。
いったい、何が面白いんだぁ〜
一服して、寝よ。
このブログ内で相互にトラックバックができなくなっていることに気づいた。
過去の投稿に対してトラックバックを送ると、
トラックバックは失敗しました: HTTP error: 403 Throttled
というエラーが出てしまう。
…これ、どこかで一度、書いたように、思う。
確かに、最近、Movable Typeのバージョンを3.33-ja上げた。
それから、なのだと、思う。
つまり、依然として、バグが残ったまま、と言う事なのだろう、な。
で。
この時は、バージョン3.2-ja-2だったので、「HTTP error: 403 Throttled」でググって見つけた情報に従ったのだが、今回の場合には、バージョンが違うし、単純にパッチを当てる事はできなかった。とほほぉ〜
しかぁ〜し。
やはり、やっている人は居るもので、こんなページを見つけた。
早速、実行、この投稿が実験と言う訳。
さぁ〜て、うまくいくかなぁ〜
だらだぁ〜ら、な、一日。
昼過ぎに起き出す。血圧が低い、117/79。
儀式喫煙とコーヒーは、慣例となっている。
S谷先生からのメール(とは言え、CCで複数に送っている)に、返信、すぐに返信、また返信。
電子シラバスシステム「エシラス」の件だ。
てめぇで、しくじったんだから、尻拭いくらいせぃ!、というのがあたしの主張。
ただし、このメールのやり取り、当人たちは、月曜日にならないと読まないだろう。
係長の前で煙草ふかす必要はなくなるかな。
で、今日は、喜多郎の日、とする。
手元にあったCDと、かつて購入しテープで聞いていた分を新たにCDとして購入(つまりテープが見つからない、のと、デッキが壊れた、の)、それらをiTunesに取り込んでひたすら流す。
これで、一気に、mixiミュージックの順位が上がるだろう、って、何やってんだか。
さて、CSI:マイアミ*、CSI:マイアミ4、コールドケース2、見よっと。
昼過ぎに起きる。
儀式喫煙しながら、コーヒーを飲んだり、mixiにメッセージを送ったり…「学生らしく」講義をさぼった連中が、まとまってメッセージを送ってきた、のに、対して、律義に返信する、のは、ちびつと、病的かもしれない…、していたら、既に授業開始60分前になる。慌てて出て行く…昨日に続いて、ヒゲを剃り忘れた。
タクシーですっ飛んでいったので、万歩計は1300歩、授業後は5800歩、教壇の、もとい、舞台で暴れまくったようだ。
休講になったから、と、いうことで、顔なじみの学生…メッセージを送ってきた学生たち…が「ゲスト」で加わる。なんだろーねー…きっと。あたしの舞台を見に来たのだろう。
なんとか、属性記述と対象記述の話を進める。適切属性・不適切属性の話もできたつもり。
タクシーの中で拾った1円玉を使って…
次の時間が問題。
TAに任せっきりにしていたのが徒になり、結局、裏方で尻拭いをする破目になる。
実習の様子、見たかったのにな〜
その実習では問題続出だったらしい。
…TAたちはそれなりに対応したようなのだが、その対応の様子も見たかったな。
サーバにログインするためのパスワードが、なんと、変更ができない、という大問題が残った。
はて、そういえば、サーバのセキュリティが、前回の授業…というのは2年前…の時に比べて上がったことは確実。
授業後、TAたちを残して、いくつか実験してみたのだが…
なんと!
このサーバは、パスワードとして、7文字しか受け付けない、のであった。
8文字ならば「慣例」なのだけれども、7とはなんとも、不思議だ。
ま、理由はともかく、事実として確認されているのだから仕方ない。
テキストの訂正が必要だ。
ふひぃ〜、仕事が増えた。
夕方は研究生と社会人院生の指導をして、帰りがけに一杯引っかけて…いつもの店なのだが、「身構えるような連中」と出会ってしまった。
うー、困ったものだ。
結局、12000歩、歩いたことになっていた。
用心して「N山式腰痛ベルト」をしていったのだが、それでも腰が痛い。
さらに、腰痛ベルトを締めすぎたのか、あちこちかゆい。
困ったものだ。
で、夜は、また、眠れなくなってしまって…結局、先週と同じだ。
TRICKを見る羽目になった。
困ったものだ。
ここに来て、電子シラバスシステム「エシラス」の既に公開された情報を直せ、と、懇願されている。
冗談じゃない。事務の尻拭いなんて、できるかいっ!
更新期間を定めたのは事務だし、その期間に肝腎の事務が確認していなかったのだし、そもそも事務はいつでもどのデータでも修正できるのに、なんであたしがやらないといけないのだ?
それに、シラバスは教員と受講生との契約書だ。それを途中で変更するのは、契約違反になるではないか。
それに、エシラスは、データを3重にバックアップしていて、公開された情報だけを更新することは至難の業。何しろ、毎月1500アクセスあるサーバだ。アクセスの多い時間帯で5000ページは更新される。そこに割って入ってデータを修正することは不可能に近い。
公開されていないデータ入力・修正用のデータベースで事務が自分の尻拭いをし、公開用データベースに反映させる、という、手順がどうしても必要なのだな〜
そうそう、皆さまにゴメンナサイ掲示をしなければならない。
どうも、あたしには何でもできる、という、神話が、また、できてしまったようだ。
あぁ〜あ
係長の前で煙草吸ったろーかな。
ぷっかぁ〜、ぱふぅ〜
mixi日記とブログの更新が2重になるので、mixi日記をやめて、mixi日記を、この、くらぁ〜いブログにリンクするようにした。
問題は、これで、アクセス数が減るか否か、である、な。
予想では、元に戻ると思うのだが…
で、久しぶりに来た、話だ。
週末、煙草を吸いすぎたせいだろう。咳が出る。咳止めを服用して、喫煙する。
ええ加減にせんかいっ、状態なのだが、儀式としての喫煙は、まだ、やめられない。
特に、週末が危ない。
戻るが、儀式喫煙しながら、mixiをいじくっていたら、昼を過ぎてしまった。
演習開始の13時ギリギリにたどり着いてみると、情報基盤センターの方と助手のY田くんが廊下をうろうろしている。どうやら、ネットワークに接続できないらしい。
先日受講した、支線LAN管理者講習会で学んだことを実践してみた。
一応、DNSサーバでチェックしてみたが、HUBまでしか届かないことしかわからなかった。
ということは、どこかの部屋のコンピュータが悪さをしてることになる。
廊下に戻ると、情報基盤センターの方が、思いっきり「わかりましたぁっ」と叫んでいた。
HUBにつながっているLANケーブルをひとつひとつ抜いて、HUBが動くかどうか確認していたらしい。これで、特定のひと部屋へ続くLANケーブルを抜くと、問題が解決することがわかる。
…実は、次にあたしもやろうと思っていた作業だった。面倒だったので先にやらなかったのだけどもね〜
で、演習に遅刻、次の演習にも「推薦文」を書いていて遅刻。
さらに輪をかけて、M実験室のWindowsマシンが起動しなくなった、と、指導生が報告。
おまえ〜、Windowsマシン、使えるって言ってたんじゃないかぁ〜、直せぇ〜、とは言わず、とりあえず、見に行く。見たこともない文字列が表示されていた。なかなか面白い。
さすがにWindowsマシン、文字列ばっかし。Macintoshなら、グレーの駐車禁止マークが出るところだ。
もっとも、M実験室にWindowsマシンを設置する条件は、あたしがいっさいメンテナンスしないことだったから、ほったらかしでもいいのだが、金曜日の授業で使わざるを得ないことになっていて。
なにしろ、某PSSがWindowsマシンで動く製品しか作らん宣言をしやがったから、仕方ない。
急きょ、他研究室の院生、U田くんに連絡、リカバリーディスクからの復旧を頼むことになってしまいましたっ
あぁ〜疲れた。
おかげさまで、コーフンさめやらず。
金曜日はどうなることやら。
久々に、来ました。
張り切りすぎ、集中的に働きすぎ、であることは、わかっていたのだけど、それでもやっちゃうから病気なんだろう。
自学自習用のテキストの作成と、ケーブルテレビと、喫煙で、グスグスのどよよぉ〜ん、である。
起きたのが午後。
S谷先生からは、「会議だぞっ」というお叱り、激励のメッセージが届くし。
出たいのはやまやまではあるが、久々だけに、出ていけなかった。
作成したテキストの印刷は、指導生たちが無事に印刷して綴じてくれたようだ。
深謝!
それにしても、FAXを送るのに、30分かかるのはどうかね〜
もちろん、構内回線、PBXの仕組みがわかっていない、という重大な知識の欠損があったのだから仕方はないのだけれども。
そのFAXは、10/11締め切りの「推薦文」だった。
留学生が待っている、というので、ピンと来たのだけれども、その情報が届いたのが15時過ぎ、以来と遠隔操作(メールで指示する)によってFAXは40分かかって届き、16時から17時に提出するまでになんとかする、というのは、今日のあたしにはとても無理。
調子が良ければ、10分程度で「作文」できるのだろうが、何も浮かばない。
…その前に、アポなしでくるのはどうかねぇ〜
…アポ入れても、出ていけない場合もあるのだから。
…この点に関しては、指導生たちに、十二分に説明したはずだったのだが…
…「それはおにいちゃんの躓きではなくて、わたしの躓き」なんだよな〜
機械的な作業に徹して、少しでも指先を動かし、ニコチンを取り入れて、脳に刺激を与えないと…
で。
Jeimieさんの予算で購入してもらったPowerBookPro 15インチ、ノートパソコンに、甜茶を飲ませる破目になった。
ぐぉあ〜げぁあ〜
テッシュペーバーとタオルでふき取り逆さまにしてみたところ、これまでのノートパソコンとは異なり、液体が滴り落ちてきた。もしかして、「生活防水」かな。
怖いので、タオルを挟んで、半日寝せておくことにした。
キーボードを押しても戻ってこない、とか、スピーカーから音が出なくなる、とか、ディスプレイに何も表示されない、とか、そんなんなったら、どぉ〜しよぉ〜
一応、保証期間内だけど、有料修理だろうな。近ごろは、修理するより、交換する方がはやいのだろうけども、「事故」、それも不注意による、だからな〜
へにょ〜ん
家の中でも、モノドモにけつまずくし、よろしくない。
3日ほど、ゆっくり、ダラダラと過ごしたいところだが…
で、10/12の授業がすべて終わることには、チョー絶好調になっていることだろう。
そして、10/13は疲れて、遅刻することになる。
これじゃあ、先週と同じじゃないか!
つくづく、学習しないヤツだ。
結局、ファイルは、思いもしなかったサーバに残っていた。
で、それを元に、テキストの改定作業を進める。
後一つを残して、2つは終わった。
PDFファイルを作って量産体制に入るのは、今日の昼過ぎか。
それにしても、複数の場所に保存する、ということでリスクを少なくすることを推奨しているあたしとしては、同じ中身をあちこちに置く、ということが原則。自宅のノートパソコン、そのバックアップ用のモバイルハードディスク、自宅サーバ、研究室サーバ、研究室のパソコン、これだけ保存しておけば、同時に3台以上壊れる確率はかなり少ないはずだから、あんしぃ〜ん、と、思っていたのだな〜
しかぁ〜し。
サーバを複数使っていると、よくわからなくと言うことがよくわかった。
2004年は、通常利用しているサーバの調子が悪かったのか、単なる思いつきか、別のサーバにすべてのファイルを保存していた。
その後、通常利用しているサーバと同期を取れば問題はなかったのだけれども、すぅ〜かり、忘れて、はや2年。
複数の場所に同じものを保存する、という原則が崩れると、どうしようもない、訳だ。
で、これから、昨日のニュースか、Corinne Bailey Raeを聞きながら、寝る。
mixiにアクセスするようになってから、このブログへのアクセス数が伸びた。
それまでは500〜1000位だったのが、一気に2000強。
なんだべ。
mixiの威力、かな、やっぱり。
ちなみに、このブログにアクセスする場合の検索語には、「薬」の名前が多い。眠剤系、安定剤系、抗うつ剤系。「直接」病名で引っかかってくるのが多いのは、言うまでも無し。
mixiの足あとはようやく200踏、今いる職場の関係、出身中学、出身高校のR上部、出身大学の学部、等のコミュニティを覗いたら、急に増えた。
踏んだら踏み返すだろうから、だろうが、それだけでなく、闘病中の病気関係でも増えているように思える。
そう言えば、某ブログの更新は、遅々としてゆっくり、歌も詠めなくなってきたかも。
mixiの日記には比較的よく書いている。
勿論、内容は違うけど…今回のは似ているかも。
さぁ〜て、続きの作業しよっと。
おまぬけだぁ〜
あたしとしたことが、2004年に訂正したはずのファイルを見つけられずに困ってしまって、いた。
もはや、ゴミ屋敷と化した自宅や研究室同様、ハードディスクの中までも、検索不可能になってしまったのかぁ〜、と、TRICKの連続放送を見てしまった。
で、例によって、昼に起きてしまい、作業の続きを始めるまでに煙草が12本、仕方ないので、1999年に作った古いファイルを機械的に直し始めた。そこはそれ、ヒトなので機械的な作業は機械的にできず、さらに煙草が12本。
作業が終了したのは、予定よりも2日遅れた先ほど。
悔しいので、思いつくハードディスク、サーバの中身をコンピュータに検索させながら、地下核実験のニュースを見ているうちに、ふと、探す場所、つまり保存してある場所(サーバ)がもう一つあった事に気付く。
結局、見つけたのではあるが…
この作業は、土曜日のうちに終了していなければならなかったのだなぁ〜
はっうぅ〜
もっと激しい機械的な作業が残ってしまった。
…指導生ども任せればいいのかな…
また、コーフンしている…
木曜・金曜と話し過ぎた。
木曜は、受講生がちょうど良い人数なので、金曜は、受講生が多かったので。
木曜は、12000歩、金曜は、17000歩、万歩計に記録されていた。
そんなに、動くかな。動いているのだろうなぁ。
何しろ、高座…教壇ではない…だ。
木曜も眠れなくて、結局、金曜日は遅刻ギリギリに到着、それにも関わらず、高座に行く途中で、某中学校の校長が戸惑っていたので、目的地まで案内するし。
そして、金曜が終わって、また、眠れない。
さっき(金曜のうちに)、眠剤(ドラール15mg、1錠)飲んだんだけどなぁ。
さらにさらに、金曜のうちに、安定剤のレスリンは時間差で2錠服用しているし。デパスまで服用している。
SSRIパキシルも眠気をもよおすはずだし。
きっと、寝たくないのだと思う。
寝ると、起きなくなるような気がするのだな。
そして、週末は、さらにニコ中が進むな。
来週、大丈夫かな。
3年生がしっかりしてるから、任せちゃえ。
そうそう、こんなことがあったらしい
9月に集中講義に来てくださったN野先生は、某F教育大に長くお勤めで、付属中学の校長になられた時、あたしがN野先生のいくつかの科目のピンチヒッターとして非常勤に出かけた。
事務が帰った後でも待っていてくださって、雑談に付き合ってくださり、時々、行きつけの焼鳥屋でいっぱいやったものだ。
で、だ。
そのN野先生から聞いた話。
その大学の学生さんが、K務課の学生に対する対応が酷いっ!と、学長に対して直訴メールを送ったらしい。
確かに、非常勤に行って、部屋の鍵(正確にはあたしだけが使えるマルチメディア統合操作卓の鍵も)を借りようとしても、何度か無視されたのだから、学生さん達に対してはどれほどのものだったのかは、想像に難くない。
直訴メールの効果は抜群で、まず、机の配置が変ったらしい。
それまでは、カウンターに対して直角になっていた…某Q大の某K育と同じ…のが、平行するようになり、カウンターに誰か来ればK務課の誰かが必ず対応するようになったとか。
ちなみに、あたしは、某Q大の意見箱に意見箱について意見した事がある。
その後、元気がなくて、意見していないけど、意見箱システムは変ったのかな。
…勿論、アジってないぞぉ〜
mixiのトップページを見た周りの方々は、「インパクトがある」とおっしゃる。
恐らくは、あの写真を見て、だろう。
何しろ、ご紹介いただいた方のトップページの写真があれですから、負けないようにするためには、あれしかないでしょう。
ちなみに、大学四年の時の写真だ。あのインパクトで口述試験(修士課程、卒論は発表会形式だった)を乗り切ろうという、姑息な手段に出た訳だな。
で、だ。
ちらちら、あちこちのページを見ていると、どうも見ても、この写真はどこからか持ってきただろう、スキャンしただろう、と思われるのが使われている事がある。
いいのかねぇ〜
つまり、著作権に肖像権、のこと。
mixiの禁止事項には、ひとこと「法令に違反する行為、および違法な行為を勧誘または助長する行為」と書かれているだけで、具体的な写真・図画類に関しては、わいせつ絡みの事しか書いていない。
じゃあ、いいのか。
…はい、突っ込むところよん。
また、寝つけなかった。
11時近くに起きる。
ダルダルで、どよどよぉ〜ん。
昨日の「講義あたり(我々の仲間内では、食あたりと同様、学生あたり…なぜかカウンセリングになる、採点あたり、口述試験あたり、講義あたりが有名)」だろう。
さらに悪い事に、左の腰が痛い。
mixiのプロフィールをちびつと変えてみた。
この3日程、一日一箱の勢いで喫煙が進んでいる。
一応、日中は禁煙ガムをガリガリやっているのだが、朝の「まとめ喫煙儀式」は、なかなか変わらない。
ちなみに、禁煙ガムは、オーストラリアから通販で購入したニコチン4という、日本では売っていないヤツ。日本のはニコチン2が最大だものね。
それにしても、まずくて高い。
生ゴムを噛んでいるような触感、そして、一個あたり日本のタバコ一箱分だ。
買わないよな〜
日本のガムは凄いよな〜
煙草1本を5000円くらいにすればいいのかもね〜
で、今日は、明日の授業の準備をするつもり。
多分、喫煙量が増えることと思う。
新しい「院生・学生用の事務連絡用ブログ」、
http://www.human.kyushu-u.ac.jp/notice/
のテンプレートをちびつと変えようかな。
誰が投稿したか、投稿時刻、なんて必要ないし、タイトルに日付が表示されれば便利だろう。
カテゴリーと過去10日分のログが閲覧できれば十分だと思うな。
そーゆーことに夢中になると、タバコが減るし。
コーフンしている
って、S南学院大学で、最初の授業をこなしたからだっ!
万歩計は、19000歩になっていた。8月に某元国立K本大学で集中講義をした時にも、4日間、ずっと20000歩を超えていた。
あたしは、授業中、そうとう、落ち着きがない、の、だろう。
で、その後、ブログを作ったり*、「特殊清掃人」のブログを読んだり、結局、この時刻まで起きていることになってしまった。
mixiのコミュニティで、「仙台市立三条中学校」「仙台一高」をキーワードにして検索してみると、あるある。
「仙台一高陸上部」なんてのもあった。
ただ、どう見ても、私の半分くらいの年齢の方々の集まりで…
「名物教師」にすらついていけない。
中学校の方は、公式ページのURLが載っていた。早速、沿革を読んでみると…昭和49年2月9日、「第15回全日本放送陸上走高跳全国第一位1m96」という記述がある。
あたしが中学1年生の時、3年生だったの先輩が出した記録だ。
当時…今もそうかな、よく知らない…同じ日時に全国で一斉に陸上競技大会を開き、それを「放送…某NHKのはず」を使って集計し、全国順位を決める、という競技会、それを放送陸上と言っていた。テレビで中継もしていたような…曖昧。
たとえ、その県で一位になっても、全国ではびりっけつ、ということもある。ドキドキものの競技会だった。
で、これ、8月に行われたはずなんだな〜
市の総合体育大会、県の総合体育大会、そして、その後に放送陸上。
8と2、ねえ。どうやったら間違うのだろう。
中三の時、あたしは、市内の競技会で3種競技(1種目ではだれにもとてもかなわないので、それなりにできる100m、走り高跳び、砲丸投げのそれぞれの記録を点数化し合計して競うもの、高校では5種競技、一般では十種競技になるのだな)で3位以内に入っていた。
県の大会では3位だったかな。優勝していないことは確実。何しろ、優勝したヤツは、本業が野球で、陸上部の選手が足りないから出てきたという、ふざけたヤツ、で、後に甲子園に行きプロになったはずだけど…すんげぇ、ごついヤツだった。2位は、確か、後に砲丸投げで記録を作った、これまたヤツだったと思う。
だから、当時の生徒手帳の「沿革」欄には、大会で入賞したことが書かれてあって(そう、個人名は出さないのだよね〜)、血縁の妹が中学生になった時に生徒手帳を見せてもらって、確認した。やはり載っていた。
ただ、まぁ、全国レベルではないからね〜
削除されたんざんしょ。
単なる、プチ自慢。そう、悲しい、プチ自慢、かも。
誰のための仕事なんだかな〜
結局、午前中を寝て過ごす。S谷先生から「おきんかい」というメールで、昼過ぎに起きる。
抑鬱気味だったので、半日かけて、こんなサイトを作った。
学部の掲示用としては、サーバ名がちびつと合わないけど、edu.kyushu-u.ac.jpは、本格的なサーバなので導入しにくいのだもの。 小細工がしにくい。
うまくいったら、学府でも使おうと思っているし、比較的暇なサーバだから、いいっかな〜、みたいな〜
この手の作業、小物プログラムやシェル・スクリプト等の開発・作成、サーバの調整をしていると、だんだんと元気になってくる…煙草も飲酒も増える。
自宅サーバで練習していたつもりだったから、小一時間もあればできるだろうと思ったのが間違い。小さなお道具が見つからないし見つけても導入できない。
なんだろーねー。
単なる、Movable Typeの導入の復習になってしまった。
で。
よくよく考えたら、掲示する内容は、別に、休講情報に限る必要はないように思えてきたのだな。
アーティクルの個々のタイトルとカテゴリーを工夫すれば、学生呼び出し等、一般的に使える。
画像だってアップロードできるのだから、現在、物理的に存在している掲示板に貼り付けている紙媒体をPDFファイルに変換(最近のWindowsマシン用のプログラムではボタン一発でできるようだし)して、このブログに貼り付けてしまえばいいのだし。
さぁ〜て、後は、教務委員会(委員長か?)の力の見せ所、かもしれないな〜
事務部長に直訴って、荒技もあったな。
起こされたっ
職場からのメールを転送しているケータイの電源、切り忘れた、ので、メールが届いた音で起こされた。珍しく、22時過ぎに寝たのに…mixiのミュージック・ランキングで、Corinne Bailey Rae*のアルバムに変わった時刻が寝に入った時刻。1曲終わる頃には寝ていたと思う…眠剤ドラールが比較的よく効いたし。
それにして、もっ
シラバスを読んでいるとはとても思えない、掲示を見て慌ててとりあえずメールを送ればいいのだなと判断したとしか思えないように某S学院の学生。
…実習に行くらしいが、返信メール、いつ読むのかな。
ホームページ管理者宛に、貴大学の論文を閲覧したい、等と寝ぼけたメールを送りやがる某元国立K都大学の院生。
…ホームページ管理者宛に送ったとしても、定型文しか返信されないように工夫してある。うーむ、送信元と内容から判断して違う定型文を送るようにしようかな…最高学府に所属しているのだったら、もっともっとよく考えなさい、と、か。
そうそう、mixiでは土日で足跡が急に増えていた。
あたしは、もっぱら、mixi stationを使って、mixiのミュージック・ランキング(プレイリスト、アーチスト、楽曲それぞれの)を意図的に変えて遊んでいた。
その間、チラチラ覗いていくのは、関係者かな。
三強、モトイ、三恐の一人だけに、怖いもの見たさ、かな。
さて、タバコ1本**吸って、ラボナを服用して、寝に入ろうか。
また、Corinne Bailey Raeのアルバムのランキングが上がるぞ。
ROM…
かつてのパソコン通信で始まった電子掲示板では、たとえ登場して口汚くののしりあっているとしても、裏で別にメールのやり取りをしていたり、参加せずに眺めている数えられない(ログを解析すればわかるのだろうが、実際、そんな数はわからないに等しい)位のROM(Read Only Members)の存在が大きかった。
今のWeb上の掲示板、ブログもそうだろう。
mixiでは、それがあるようなないような、だな。
何しろ、ちらっと覗く、と、足跡が残る。で、ROMの人数がわかってしまう。
プロフィールもくせ者。
自分で自分を紹介して、なりすましができる。
あたしのように複数のメールアドレスを持っていれば、さらには、アドレスを偽る技術を持っていればもっと簡単。
そこまで悪戯する余裕は…抑鬱状態を克服するためならば、もしかしてやっちゃう可能高いな…今は幸い全然ないけど。
あらゆる行動に対して、脳がNOと言っているし。
定年したら、やっちゃおーかな〜
遅効性で潜伏期間が5年くらいのコンピュータウィルスの構想は暖めているけど、まだ実現させていない…そもそも実現できんのかな。この時点でのコンピュータの入替え速度を考慮して5年なのだけれども、何しろ、コンピュータの寿命はドッグイヤーだし、新旧の機械が入り交じった状態を狙ったのだけども、3年くらいの潜伏期間でも十分かも。
こんなことを考えながら、3本ほど喫煙、コーヒーができた。