2005年12月アーカイブ

また、電車の音が聞こえてから、うとうとし始めた。
(29日・30日に続いて)明け方から午前中にかけて、とても、眠い、のは、いわゆる「日内変動」だろう。
それを、これまで、眠剤の力で、強引にねじ伏せていたのだな。
年末の街をひたすら歩いた。寒い。腰と膝が痛くなった。
Aさんと酒を飲んだ。二人とも休肝日が無い。
「菖蒲の香」を混ぜた風呂に入った。リラックス、できる、かな。
さて、今日は、眠れるかっ


病名がついてから、五年が過ぎようとしている。
相変わらず、家族、職場の方々、指導生の皆さん、院生・学生の皆さん、に、迷惑をかけ続けている。
回りの方々のおかげで、2005年は、低空飛行ながら、墜落せずに過ごせた。
明日は、福岡に帰る。
先の見えない日々が始まる。
まず、薬を飲もうっと。

薬に依存している、ことを、実感した。
29日(木)…結局、寝ずに両親のところに出かける。
ホテルから青葉通りを仙台駅まで歩く。まっすぐに歩けない。大きな道の歩道を渡っていると、向こう側にたどり着く5m位手前で歩行者用信号が点滅し始める。
両親の用事は、銀行と郵便局からお金をおろしてくること。徒歩で出かけた。できれば、車で他の買い物(使い捨てカイロ1月分×2、ゴミの袋、液体洗剤等々重いものども)のついでに済ませたかったが、この時期だ、ただでさえ込んでいる道を安全に車を運転する自信など、全くなかった。
さすがに、疲れた。夕方、バスに乗っていて居眠り。さて、今晩は眠れるかっ

まだ、咳が止まらなかったので、咳止めを飲んで寝た。咳止めの坑ヒスタミン成分が効いていたのだろう、頭はぼぉーっと、していた、の、だ、けれども、ほとんど眠れなかった。
夜中。(目はつぶっていたが)目の前に直径20cm程の細胞様の物体が出現。激しく伸縮を始め、伸縮しながら徐々に拡大。伸縮と拡大の速度が指数級数的に増加、最後は拡大して爆発。それに伴って、心拍が増大するように「感じ」て、爆発する寸前に「いわれのない不安」を感じた。目を開けた。暗い天井にも見えた。
…細胞様物体は見えなくなっても、「心拍の増大」と「いわれのない不安」はまだ感じる。
このような不安は、久しぶりである。小学生のころ、発熱して寝ているとき、カーテンの模様が今回と同様に変化して、とても不安だったことを思い出した。
もしかすると、このような「いわれのない不安」をデパスが押さえていたのだろうか。
苦しくて、死んでしまおうか、と、ちびつと、考えた、くらいだ。
深呼吸した。
脈をとってみたが、それほど(期待したほど)速くはない。
何故か、歯を食いしばっていた、ので、あごの力を抜く。ついでに、肩の力を抜く。背中の力を抜く。水を飲む…細胞様物体も見えなくなり、「いわれのない不安」も感じなくなった。
明け方、なんとか、眠ったようだった。
とは言え、すぐに電車の音が聞こえた。
30日(金)…10時過ぎ、フロントから電話。掃除をするので出て行け、という。はいはい。
幸い、昨日のようなふらつきはなかった。
とりあえず、車を運転し、無事に買い物を済ませることができた。
さて、今晩は眠れるかっ

フロントから電話がかかってきた。時計を見ると、13時過ぎ、それまで、寝ていた。
泡盛で二日酔い、も、あったけれども、どうにも、起きる気になれなかった。
久しぶりだ。
両隣の部屋の掃除が進む間…とてもうるさかった、のは、当てつけかも…いやいや、そんなことはないだろう…でもわからんな…じっとしていた。
14時過ぎ、とりあえず、携帯電話に届いたメールを読み、サーバたちの様子を見ることにした。
ホテルで先日書いたことを実行することになるとは…
寝たり作業したり、夕方になった。
テレビをつけてみた。なんと、「プロジェクトX挑戦者たち」の最終回ではないか。
これで少しは元気になれるかもしれない!
その後、コンビニに弁当を買いに行くことができた。
それにしても、薬をなんとかしなければならないな。

薬を忘れた。持ってきていない。
仙台に滞在している日数分を小袋にきちんと分けた。
で、その袋を持ってきていないことに、気づいた。
がく然としている、自分を見ている。
あら、まっ
とりあえず、ビールを飲んで…
明日からは、抗ヒスタミン剤で寝ることにしようか、などと、考えている。
あ〜あっ
そういえば、空港の手荷物検査のとき、ウェストポーチをつけたままゲートをくぐってしまった。
ディパックに詰めた中身(AC電源やらマウスやら血圧計やらデジカメの電池やら外付けバックアップ用ハードディスクやら…随分と入っていた)を引きずり出されて再検査されてしまった。
うわっついているかも…
ひゃ〜
この1週間は、おとなしくしていようっと。
それより、帰った後の「低空飛行」「落ち込み」が気になる。
N先生の集中講義があるのだ!
今から「落ち込む」ことを考えてはいけない、ということは、わかっているのだけどね、考えちゃうんだ、これが。
はにゃ〜
こんなときは、家元の落語、だな。

子どもは嫌いだ。
仕事の一部だし、かつ、子どもたちが「わかる」ように輔助するのは好ましいのだが、公共の交通機関の中で傍若無人なのは閉口する。
今日は、夕方、福岡から仙台に移動した。前後を子どもたちに囲まれた。後ろの子どもは、定期的に「蹴る」、前の乳児は泣き叫ぶ、斜め前の子どもは…お子様一人旅で姉弟のようだった…は、機内アナウンスを無視してシートベルトを外したりテーブルを下ろしたり、何故かハラハラしていた。
後ろを振り向いて、じっと、目を見て、「ぼく、お願いだから、蹴らないで」と言ってみようかと、何度も思ったけど、その度に、定期的な「蹴り」が止む…両親が居たようだが、「ほら、おじさんに怒られるでしょ」なんて言われる可能性もあって…その場合には、お父さん、そのような叱り方ではだめですよ、と、講釈を垂れる準備までしていたのだが…止めた。
PowerBookG4(12インチ)に保存しておいた家元の噺を聴きながら、ひたすら、我慢。
到着後、降りる準備をしているとき、のこと。
ふと見ると、男の子用のジャケットが通路に落ちていた。嫌いなのに、
「これ、誰のかな〜」
と言ってしまった。すると、「蹴り」を入れていた男の子が、困ったような顔をしていた。母親が受け取った。
…「君がお礼を言わないといけないよね〜」とは言えなかった。
斜め前の姉弟のお姉さんが弟に向かって、「あんたは奥に行き、荷物降ろすけん」と言っていたのが聞こえた。
嫌いなのに、手伝ってあげようか、と考えてしまった。何しろ、あたしの前にいるおっちゃんは、完全に無視しているし、そもそもそのおっちゃんが邪魔で荷物が降ろせないのだもの。
「荷物、どれかな?、降ろしてあげようか」
と尋ねると、
「この上、届かない…」
と、照れていた。そりゃ、そーだろう。突然、知らないおっさんから声をかけられたのだから。警戒するだろう。
とりあえず、真上の棚の、お土産と思われる袋、ジャケット二つ、をとって渡した。
二人揃って、お礼を言ってくれた。なかなか、しっかりしている。
…搭乗口では、両親に抱きついていた。緊張したんだろうね〜
…自慢じゃないが、一人旅なんて、あたしにはできなかったことだな。
で、さらに、出口に向かって通路を歩いていると、子ども(乳児)連れのおばあさんにあたる人、が、キャスター付きの大きな荷物を棚から下ろそうとしていた。思わず、
「手伝いましょうか?」
と、右手で荷物を持ってしまった。子どもは嫌いなのに。
嫌いでも、将来、あたしの年金は、この子どもたちの背にかかっているのだから、今のうちには手伝っておこう、と、取り繕うような理由を考えて…
到着口にたどり着いたら、とても気分が悪くなっていた。
バスで40分、仙台駅に到着。薬屋で胃薬と、頭痛薬を購入。後、タクシーでホテルに。
とりあえず、胃薬を飲んで、休んで、PowerBookG4(12インチ)の環境を整え、て、いるうちに、食欲がちょっと出てきたので、近所のコンビニで適当な食料…酒も含む…を仕入れ、この日記を書いている。
360mlの泡盛が空きそうだ。
持ってきた「24 -TWENTY FOUR- シーズン4」を見て、寝よっと。

Q&Aの続き…Q&A_5の続き
「急に無気力になったり、死にたくなったりしたとき、どうしたら気持ちを浮上させられるか?」

追加っ!
…毎日、の、こと、だな。
「急に無気力になったり、死にたくなったりし」て、仕方がないので、じぃ〜っとしている時、それなりに動き始めなければならないぃ〜、とは考えているのであって、動き出すまでの間、なんとかして働かない頭を少しずつ使ってみる、ということは、しばしば実行しております。
そのために、枕元にコンピュータ(www.kumecchi.net)を配置し、DVDやらCDやらを周りに積み上げ…
公式・非公式を含めてメールアドレスに届いたメールを携帯電話で読む、
携帯電話に直接届いたメールを読む・返事…ほとんど、謝罪になるけど…をする、
談志を聴く・観る、
iTunesをいじくったり、なにやら聴いてみたり、
コンピュータ相手に(必ず勝つ)将棋ゲームをする(おいおい、いくら次の手がないからって、そう動いちゃだめでしょう…うっひっひっ)、
サーバを診る(おぉ〜っ、今日も元気に働いてるね〜)、
サーバに関係するプログラムを作る(特定のプログラムが動かなくなったら、あたしにメールを送るようにする、とか…そのプログラムが動かなくなったら…どうする…え゛っ)、
ホームページを作る(特定のページを作る、だけでなく、そもそもサーバ全体としてみた場合にエラーが出ていないか調べる、不正アクセスがないか統計情報を診る…)、
電子メールシステムの記録を調べる(なんだこのアドレスは、おちょくっとんのかいっ、受信拒否したろっ)、
ブログを作る(書き込む、コメントを整理する、トラックバックを整理する、時々、整合性をとる…)…
そのうち、トイレに行きたくなる、お腹がすいてくる、そうなれば、たいがいは大丈夫。やがて起きる。
ここまでくるのに、どのくらい時間がかかるか、は、その時の疲れ具合によって違うのが難点〜
これを制御できたら、緩解に近づくと思うのです、はい。
もし、「儀式」的であれ、その行動をとればそれなりに動ける、というのであれば、たとえ遅刻してもそう行動すればよいのだ、と思う、が、まだ、確実なものはない。

Q&Aの続き
「急に無気力になったり、死にたくなったりしたとき、どうしたら気持ちを浮上させられるか?」
あ゛〜
ん〜
ねぇ〜
これって、誰もが答えを知りたくて、まだ誰も正確には答えられない問いではないでしょうかねぇ〜
もしも、答えがわかったら、精神科医(カウンセラーも、か、な…それとも仕事の中身が「問題のすり替え」*から変るか…)の仕事が少なくなる、かも。
誰にとっても、「必ず」「絶対に」「確実に」効く、そんな方法は、少なくとも、あたしは知りません。
少なくとも、あたしの場合は、ただじっと寝ていると、そのうちに浮かんでくる、というだけ(鬱の時にはなんとかなりそうだ)。
多分、あたし以外の人にとっては、ただじっと寝ていても、ダメかも、いや、ダメでしょう。
かく言う、あたしでも、「行動の概要(PDFファイル;80,429バイト)」をつけてみたり、病名がついてから、既に5年を費やしているのだし、「じっと寝ていること」が確実ではない、という1つの証拠でしょう。
とはいえ。
少なくとも、あたしの場合は、待つ、こと、が、いいように思うのでした。
バリバリに動き、ガシガシ仕事をしている時、が、むしろ、やばい(鬱の時にはなんとかなりそうだ)。
これがわかっただけでも、そうとう、良い情報を仕入れた、と、考えております、はい。
いずれにしても、認知の歪みを含めて、知識構造も再構造化しないと、「緩解」とは言えないように思うのですよ。
ということは、精神科医の仕事は、薬の処方、諸々の判断、だけでなく、患者の知識構造の変革・再構造化も含まれるのだと思うのでございまする。
「薬を飲まなければいけません」と、言うだけで、患者の行動が変容すると考えているとしたら、医学はそうとうあまっちょろいことをしていることになりますな。
患者に「学習の機会」を見いだし、長期的な学習プログラムも設計することが必要なように思う、今日の頃。
いちおー、そのスジの専門家としての、思いつき、で、書いております。

病院の待合の隅ちぢこまるあの人の目に映る吾見ゆ

某看護教員養成講座の謝恩会に出た。
この日は、職場の忘年会だったのだが、12/7同様、中途半端に知った人たちの中で食事するのは辛かった。もちろん、こちらはほとんど知らないのだけれども、向こうは全員あたしのことを知っている、という状態の中で食事する、というのも、それなりに辛いのではあるが…N先生がいらっしゃっている可能性が高かったから、出てみることにした。
久しぶりに、素人の「芸」を見た。自分を捨てられない人々であった。N先生はべた褒めであった…あのようなことができなければ、学生の前で話しをしても説得できないということだった…そうかな…けれども、いさぎよくない状態で壇上で蠢くのは、醜悪である、と感じてしまう、あたしは、何者???
あたしが高座で落語を演じれば、ああなるのだろうか???
いやいや、もっとうまくできるはず…「よっ、ねえさん、粋だねぇ」「なぁ〜に、言ってんだい、あたしゃ帰りだよ」…おっと、志の輔の小話だ。
えぇい、マイクを奪って、1曲歌ったろか…それも、ミョーチクリンな東北弁もどきで…
いやいや、やめましょう。
そんなことよりも、8ヶ月の講習の中のわずか1日だけの講義なのに、あたしのネタを使った「芸」が演じられたこと、つまり、それなりに印象には残っていたと推測できること、の、方が大事だろうさ。
ヘパナマの話、キシロカインの話、バナナの話、知識構造の話…勿論、実例レベルで法則にはなっていないかもしれない、実例だけを孤立した知識として再生的解決をしているだけかもしれない。が、知らないよりは、ずっとよい、と、思いたい。
二次会のお誘いを断り、N先生とタクシーで帰った。
風邪がまだ抜けない。頭痛がするのだ。さっさと寝ようかね。
明日は通院だ。

某Gブログにコメントもトラックバックもできない。
なんでも、imackume.servehttp.comドメインから大量のスパムが送られているから、らしい。
…詳しくは、別の項目を立てて書く事にしましょう。
.Mac経由で間接的にリンクする事も可能だったが、その都度、新しいページを作らなければならず面倒だったので、4000円ほど投資してkumecchi.netを買った。期間は5年間。
我ながら、何ともふざけた命名だ、な。
さて、これで、コメントとトラックバックができるかな。
…設定を変えて、さらには、サイト全体を再構築しなければならないな。

だるい。マスクをしたら、眼鏡を忘れる…どこで外したのかさえわからない。
昼から打合せ、演習、博論の審査…M野先生の指導生の博論…H谷門下生として選ばれた、らしい。
その場でちらちら読んだのだが、K藤さんの論文がバシバシ引用されていた。F見・M柄論文もチラチラ出てくる。
レジメとパワポでプレゼン…はじめに、で、躓く。用語の定義が重複しているように思う。
心理学だから仕方ないのかもしれないが、課題が非現実的、なのは、許しても、ルール教示がいい加減。
そして、何より、課題の提示順に配慮がない。「吸盤課題」は難しいよぉ〜
「真空は吸い寄せる」ってのは、根強いよん。それを最初の課題にするというのはどうかな〜
あたしなら、「踊る楊枝」を最初にするなぁ〜
ピアジェに義理立てする必要はない。
あたしの指導生の博論はM野先生に査読していただこう。

会議、面接、打合せ、面接。
中国からの留学生に「日本語が聞きやすい」とほめられる…うーん、なんだろねぇ〜
腰が痛い。頭も痛い。咳と鼻水が少々。
夕方、指導生(社会人のI田さん)をパキスタンに送り出す壮行会をふか川(リンクはこちらも…さらにこちらはブログ)にて行う。
S谷先生、NN村先生、あまり元気がなかった。忙しいせいかも。
今日のおかわりは5回…15人前を4名で食す…それほどの量ではない。
それにしても、ふか川のモツ鍋は凄い。
宴が終了した時には、咳と鼻水が止まっていた。アリシン臭の汗と引き換え。

だるい。鼻づまり。軽い頭痛。午前中だらだら、午後から指導生との打合せ、恥ずかしながら、また遅刻。
そう言えば、有難いことに、指導生からメーリングリストに気遣いメールが流れていた。
それにしても、防衛機構の弱い身体だ…頭も身体のうち。
XIOサーバが止まっていた。ログをみると、電圧が下がったようだ。はて、瞬停でもあったのか…同じ部屋の他のサーバは何ともなかったので、不思議、と、言っても仕方ないので、再起動させる。
非常勤にはギリギリ間に合う。雪が舞っていた、が、ひと月前の青森よりはチョーらくちん。
…地下鉄を降りて大学に向かっている途中で眼鏡がない事に気づく…大ボケ、はて、財布に続いてなくしたか…打合せのときにはかけていたように思う…
(声量だけでなく声の質も悪くなっているためだろう)珍しく声が通らず、アンプのボリュームを上げよとのリクエストを受ける。
今日は、インターネットの話。世の中の人々のほとんどがインターネットがホームページ(実はホームページの指し示す内容もズレているかも…)の事だと思っていると推測できるので、その考え方を打破する事が目的。インターネットを利用することは、データベースを活用することに似ている(と考えているし、その方が考えやすいと思う…わかりやすさと正確さは反比例する)。
で、棚町知彌氏(園田学園近松研究所)の「データベース糠味噌説」を取り上げる。
首相官邸のホームページ(サイトと言った方が適当かも)と「Otaku no Video」で脱線。
10分ほど早く終了。2週間ほど整形外科に行っていないので、腰が痛い。
はて、いつ行けるのだろうか…



「Otaku no Video」おたくのビデオ DVD Special Edition(ビデオと言いつつDVD)
B00005G02P

風邪である。
4日(日)…寝て過ごす。だるい。
5日(月)…また打合せに遅刻。面目次第もない。左の咽頭がヒリヒリするし痛いくらいだった。これが始まりだったかも。
6日(火)…明け方、咽喉の痛みで起きる。鼻詰まりで呼吸も苦しかった。2度寝。後、非常勤。
7日(水)…咳が出てきた。午前中、会議。指導生の副査を決める会議なので休めない。午後も会議。夕方の会議はとても辛かった。熱が出てきたようだ。
が、しかし、この日は、福岡メルパルクホールで「志の輔らくご」なのである。職場の忘年会もあったのだけれども、中途半端に知った人たちの中で食事するのは辛かった。誰も知らない人に囲まれて大笑いするのもそれなりに辛いのだけれども、何しろ、志の輔だ。
「江戸の夢」は初めて聴いた。芝居がかった演出は、談志が演ずるよりも濃いだろう。泣いてしまった。またやられた。
8日(木)…だるい。通院の日である。診察時間を過ぎて到着、担当医と事務の方に叱られた。指導生との打合せと同様、遅刻である。ただし、もしかすると、遅刻しないようになれば、緩解した証拠になるのかもしれない。つまり、ちゃんと通院できれば、もう通院しなくてもいいような状態になっているのかもしれない。
夜、WOWOWで2004年の「志の輔らくご in パルコ」をみる。「浜野矩随」も初めて聴いた。不覚にも泣いてしまった。2日連続してやられた。
9日(金)…鬼の霍乱、ではないか、身体、弱いものな…もちろん頭も身体のうち。とは言え、久しぶりに体温を38.8度まで上げられた。ライブとWOWOWの「志の輔らくご」ダブルパワーか…違うって。食事をしたからだろう。体温が高いだけでなく、ふらつくし、ろれつを回す自信がなかったので、指導生との打合せをキャンセルし、(珍しく)授業も休講にした。咳、鼻詰まり、に、加えて、胸骨の真ん中に異物感がある。気管支炎になったかも。じっとしている分にはそれほど辛くはない。むしろ昨日の方が辛かったな。
体温は、昼過ぎに38度、夕方には37.7度まで下がる。ひたすらじっとしている。談志のCD(「談志百席」)を聴く。聴いているうちに寝てしまう、ので、また聴く、の、繰り返し。談志は凄い、声だけでも凄い。
10日(土)…大事をとって、1日寝ている。「談志百席」を聴き、「24シーズン4」のDVDを観る、の、繰り返し。幸いなことに食欲が出てきた。
11日(日)…前日の繰り返し。咳、咽喉の痛み、鼻詰まり、は変らず。胸骨の真ん中の異物感はやわらぐ。体温は36度台なので平熱に戻ったと考えていいだろうな。
12日(月)…だるい。咽喉の痛み、鼻詰まりが残る。胸骨の真ん中の異物感はほとんどない。午後から指導生との打合せを入れていたが、相変わらず遅刻。とにかくだるい。

Q&Aの続き
「人前(授業)でニコニコしているが、苦しくないのかよ、どうしてそんなことができるのだぁ?」
はい、(とぉ〜っても)苦しいでござる。
そんなの当たり前。仕事なんだもの。客商売なんだから、営業スマイルできなくてどーすんのさ。
あくまでも仕事なんだから、苦しくてつらいのは当たり前。そして、どんな仕事にも(営業)努力は付き物で、それがまたとてもつらく苦しいものだ。受講生はお金を払っているのだし、休講にしたり遅刻しては申し訳ない。
幸い、授業は楽しい。受講生が「わかった」という反応(単にわかったと言うなんて事ではない)を示してくれることは、もっといい授業を創ろうという活力になるのだし、有り難いことである。だから、死ぬ物狂いで出ていって、恥ずかしいけど話をするのである。
授業を創る事は楽しいことではあるが、人前で話をすることとは別。決して、人前で話をするのが得意な訳では、ない。滅茶苦茶ドキドキ、目茶苦茶キンチョーするんだもの。

ウィリアム・ジェイムズ:ひとは悲しいから泣くのではない。泣くから悲しいのだ。
変換命題:ひとは楽しいからニコニコするのではない。ニコニコするから楽しいのだ。
さぁ、鏡を見ながらニコニコする練習をしましょう。
ちなみに、あたしは、国内線のキャビンアテンダントのニコニコの仕方を真似るように練習した。最初は、院生の時、銭湯で、ヒゲを剃り終わってから鏡を見ながら、ニコニコと…就職してからは、朝、シェーバーでヒゲを剃り終わってから、鏡を見ながら、ニコニコと…
もちろん、低調な時には鏡すら見たくない。その時はその時だ。少しでも好調になったら、鏡を見ながらニコニコするべし。

…ちなみに、個人的には、天職あるいは適職なんてないと思うのだな〜
教師は教師をやりながら教師らしくなって行く。
医者は医者をやりながら医者らしくなって行く。
人は、その仕事をしながら、その仕事に適した人になって行く。
そこに学習の可能性、教育の可能性があるのだ、と思いたいな〜
だってさぁ〜、就職する前に(それも若いうちに)、あなたに適した職業はこれでぇ〜す(これしかありませぇ〜ん)、と、決められていたら、つまんないんじゃないのかな〜
これはこれで、1つのテーマになるか…うへー、このままだと、だんだん(うつ病の)日記から離れて行きそうだ…いい加減にやめよっ

地に落ちしパキシルを見る念ずるは胃酸勝つべし拾いて飲まむ

指導生との打合せさえ、動き出すまで時間がかかる。遅刻して、迷惑をかけてしまっている。
3日土曜日は社会人修士の口述試験と会議、とても疲れた。
それにしても、修士に来るのだったら、もっと言葉に敏感になってくれないかな。
カリキュラムとプログラムとプランの区別もできていない。
評価と評定の区別もできていない。
システムの定義も知らない。
計画書は決意表明書ではない。

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