2005年アーカイブ

また、電車の音が聞こえてから、うとうとし始めた。
(29日・30日に続いて)明け方から午前中にかけて、とても、眠い、のは、いわゆる「日内変動」だろう。
それを、これまで、眠剤の力で、強引にねじ伏せていたのだな。
年末の街をひたすら歩いた。寒い。腰と膝が痛くなった。
Aさんと酒を飲んだ。二人とも休肝日が無い。
「菖蒲の香」を混ぜた風呂に入った。リラックス、できる、かな。
さて、今日は、眠れるかっ

病名がついてから、五年が過ぎようとしている。
相変わらず、家族、職場の方々、指導生の皆さん、院生・学生の皆さん、に、迷惑をかけ続けている。
回りの方々のおかげで、2005年は、低空飛行ながら、墜落せずに過ごせた。
明日は、福岡に帰る。
先の見えない日々が始まる。
まず、薬を飲もうっと。
薬に依存している、ことを、実感した。
29日(木)...結局、寝ずに両親のところに出かける。
ホテルから青葉通りを仙台駅まで歩く。まっすぐに歩けない。大きな道の歩道を渡っていると、向こう側にたどり着く5m位手前で歩行者用信号が点滅し始める。
両親の用事は、銀行と郵便局からお金をおろしてくること。徒歩で出かけた。できれば、車で他の買い物(使い捨てカイロ1月分×2、ゴミの袋、液体洗剤等々重いものども)のついでに済ませたかったが、この時期だ、ただでさえ込んでいる道を安全に車を運転する自信など、全くなかった。
さすがに、疲れた。夕方、バスに乗っていて居眠り。さて、今晩は眠れるかっ

まだ、咳が止まらなかったので、咳止めを飲んで寝た。咳止めの坑ヒスタミン成分が効いていたのだろう、頭はぼぉーっと、していた、の、だ、けれども、ほとんど眠れなかった。
夜中。(目はつぶっていたが)目の前に直径20cm程の細胞様の物体が出現。激しく伸縮を始め、伸縮しながら徐々に拡大。伸縮と拡大の速度が指数級数的に増加、最後は拡大して爆発。それに伴って、心拍が増大するように「感じ」て、爆発する寸前に「いわれのない不安」を感じた。目を開けた。暗い天井にも見えた。
...細胞様物体は見えなくなっても、「心拍の増大」と「いわれのない不安」はまだ感じる。
このような不安は、久しぶりである。小学生のころ、発熱して寝ているとき、カーテンの模様が今回と同様に変化して、とても不安だったことを思い出した。
もしかすると、このような「いわれのない不安」をデパスが押さえていたのだろうか。
苦しくて、死んでしまおうか、と、ちびつと、考えた、くらいだ。
深呼吸した。
脈をとってみたが、それほど(期待したほど)速くはない。
何故か、歯を食いしばっていた、ので、あごの力を抜く。ついでに、肩の力を抜く。背中の力を抜く。水を飲む...細胞様物体も見えなくなり、「いわれのない不安」も感じなくなった。
明け方、なんとか、眠ったようだった。
とは言え、すぐに電車の音が聞こえた。
30日(金)...10時過ぎ、フロントから電話。掃除をするので出て行け、という。はいはい。
幸い、昨日のようなふらつきはなかった。
とりあえず、車を運転し、無事に買い物を済ませることができた。
さて、今晩は眠れるかっ

フロントから電話がかかってきた。時計を見ると、13時過ぎ、それまで、寝ていた。
泡盛で二日酔い、も、あったけれども、どうにも、起きる気になれなかった。
久しぶりだ。
両隣の部屋の掃除が進む間...とてもうるさかった、のは、当てつけかも...いやいや、そんなことはないだろう...でもわからんな...じっとしていた。
14時過ぎ、とりあえず、携帯電話に届いたメールを読み、サーバたちの様子を見ることにした。
ホテルで先日書いたことを実行することになるとは...
寝たり作業したり、夕方になった。
テレビをつけてみた。なんと、「プロジェクトX挑戦者たち」の最終回ではないか。
これで少しは元気になれるかもしれない!
その後、コンビニに弁当を買いに行くことができた。
それにしても、薬をなんとかしなければならないな。
薬を忘れた。持ってきていない。
仙台に滞在している日数分を小袋にきちんと分けた。
で、その袋を持ってきていないことに、気づいた。
がく然としている、自分を見ている。
あら、まっ
とりあえず、ビールを飲んで...
明日からは、抗ヒスタミン剤で寝ることにしようか、などと、考えている。
あ〜あっ
そういえば、空港の手荷物検査のとき、ウェストポーチをつけたままゲートをくぐってしまった。
ディパックに詰めた中身(AC電源やらマウスやら血圧計やらデジカメの電池やら外付けバックアップ用ハードディスクやら...随分と入っていた)を引きずり出されて再検査されてしまった。
うわっついているかも...
ひゃ〜
この1週間は、おとなしくしていようっと。
それより、帰った後の「低空飛行」「落ち込み」が気になる。
N先生の集中講義があるのだ!
今から「落ち込む」ことを考えてはいけない、ということは、わかっているのだけどね、考えちゃうんだ、これが。
はにゃ〜
こんなときは、家元の落語、だな。
子どもは嫌いだ。
仕事の一部だし、かつ、子どもたちが「わかる」ように輔助するのは好ましいのだが、公共の交通機関の中で傍若無人なのは閉口する。
今日は、夕方、福岡から仙台に移動した。前後を子どもたちに囲まれた。後ろの子どもは、定期的に「蹴る」、前の乳児は泣き叫ぶ、斜め前の子どもは...お子様一人旅で姉弟のようだった...は、機内アナウンスを無視してシートベルトを外したりテーブルを下ろしたり、何故かハラハラしていた。
後ろを振り向いて、じっと、目を見て、「ぼく、お願いだから、蹴らないで」と言ってみようかと、何度も思ったけど、その度に、定期的な「蹴り」が止む...両親が居たようだが、「ほら、おじさんに怒られるでしょ」なんて言われる可能性もあって...その場合には、お父さん、そのような叱り方ではだめですよ、と、講釈を垂れる準備までしていたのだが...止めた。
PowerBookG4(12インチ)に保存しておいた家元の噺を聴きながら、ひたすら、我慢。
到着後、降りる準備をしているとき、のこと。
ふと見ると、男の子用のジャケットが通路に落ちていた。嫌いなのに、
「これ、誰のかな〜」
と言ってしまった。すると、「蹴り」を入れていた男の子が、困ったような顔をしていた。母親が受け取った。
...「君がお礼を言わないといけないよね〜」とは言えなかった。
斜め前の姉弟のお姉さんが弟に向かって、「あんたは奥に行き、荷物降ろすけん」と言っていたのが聞こえた。
嫌いなのに、手伝ってあげようか、と考えてしまった。何しろ、あたしの前にいるおっちゃんは、完全に無視しているし、そもそもそのおっちゃんが邪魔で荷物が降ろせないのだもの。
「荷物、どれかな?、降ろしてあげようか」
と尋ねると、
「この上、届かない...」
と、照れていた。そりゃ、そーだろう。突然、知らないおっさんから声をかけられたのだから。警戒するだろう。
とりあえず、真上の棚の、お土産と思われる袋、ジャケット二つ、をとって渡した。
二人揃って、お礼を言ってくれた。なかなか、しっかりしている。
...搭乗口では、両親に抱きついていた。緊張したんだろうね〜
...自慢じゃないが、一人旅なんて、あたしにはできなかったことだな。
で、さらに、出口に向かって通路を歩いていると、子ども(乳児)連れのおばあさんにあたる人、が、キャスター付きの大きな荷物を棚から下ろそうとしていた。思わず、
「手伝いましょうか?」
と、右手で荷物を持ってしまった。子どもは嫌いなのに。
嫌いでも、将来、あたしの年金は、この子どもたちの背にかかっているのだから、今のうちには手伝っておこう、と、取り繕うような理由を考えて...
到着口にたどり着いたら、とても気分が悪くなっていた。
バスで40分、仙台駅に到着。薬屋で胃薬と、頭痛薬を購入。後、タクシーでホテルに。
とりあえず、胃薬を飲んで、休んで、PowerBookG4(12インチ)の環境を整え、て、いるうちに、食欲がちょっと出てきたので、近所のコンビニで適当な食料...酒も含む...を仕入れ、この日記を書いている。
360mlの泡盛が空きそうだ。
持ってきた「24 -TWENTY FOUR- シーズン4」を見て、寝よっと。
Q&Aの続き...Q&A_5の続き
「急に無気力になったり、死にたくなったりしたとき、どうしたら気持ちを浮上させられるか?」

追加っ!
...毎日、の、こと、だな。
「急に無気力になったり、死にたくなったりし」て、仕方がないので、じぃ〜っとしている時、それなりに動き始めなければならないぃ〜、とは考えているのであって、動き出すまでの間、なんとかして働かない頭を少しずつ使ってみる、ということは、しばしば実行しております。
そのために、枕元にコンピュータ(www.kumecchi.net)を配置し、DVDやらCDやらを周りに積み上げ...
公式・非公式を含めてメールアドレスに届いたメールを携帯電話で読む、
携帯電話に直接届いたメールを読む・返事...ほとんど、謝罪になるけど...をする、
談志を聴く・観る、
iTunesをいじくったり、なにやら聴いてみたり、
コンピュータ相手に(必ず勝つ)将棋ゲームをする(おいおい、いくら次の手がないからって、そう動いちゃだめでしょう...うっひっひっ)、
サーバを診る(おぉ〜っ、今日も元気に働いてるね〜)、
サーバに関係するプログラムを作る(特定のプログラムが動かなくなったら、あたしにメールを送るようにする、とか...そのプログラムが動かなくなったら...どうする...え゛っ)、
ホームページを作る(特定のページを作る、だけでなく、そもそもサーバ全体としてみた場合にエラーが出ていないか調べる、不正アクセスがないか統計情報を診る...)、
電子メールシステムの記録を調べる(なんだこのアドレスは、おちょくっとんのかいっ、受信拒否したろっ)、
ブログを作る(書き込む、コメントを整理する、トラックバックを整理する、時々、整合性をとる...)...
そのうち、トイレに行きたくなる、お腹がすいてくる、そうなれば、たいがいは大丈夫。やがて起きる。
ここまでくるのに、どのくらい時間がかかるか、は、その時の疲れ具合によって違うのが難点〜
これを制御できたら、緩解に近づくと思うのです、はい。
もし、「儀式」的であれ、その行動をとればそれなりに動ける、というのであれば、たとえ遅刻してもそう行動すればよいのだ、と思う、が、まだ、確実なものはない。

Q&Aの続き
「急に無気力になったり、死にたくなったりしたとき、どうしたら気持ちを浮上させられるか?」
あ゛〜
ん〜
ねぇ〜
これって、誰もが答えを知りたくて、まだ誰も正確には答えられない問いではないでしょうかねぇ〜
もしも、答えがわかったら、精神科医(カウンセラーも、か、な...それとも仕事の中身が「問題のすり替え」*から変るか...)の仕事が少なくなる、かも。
誰にとっても、「必ず」「絶対に」「確実に」効く、そんな方法は、少なくとも、あたしは知りません。
少なくとも、あたしの場合は、ただじっと寝ていると、そのうちに浮かんでくる、というだけ(鬱の時にはなんとかなりそうだ)。
多分、あたし以外の人にとっては、ただじっと寝ていても、ダメかも、いや、ダメでしょう。
かく言う、あたしでも、「行動の概要(PDFファイル;80,429バイト)」をつけてみたり、病名がついてから、既に5年を費やしているのだし、「じっと寝ていること」が確実ではない、という1つの証拠でしょう。
とはいえ。
少なくとも、あたしの場合は、待つ、こと、が、いいように思うのでした。
バリバリに動き、ガシガシ仕事をしている時、が、むしろ、やばい(鬱の時にはなんとかなりそうだ)。
これがわかっただけでも、そうとう、良い情報を仕入れた、と、考えております、はい。
いずれにしても、認知の歪みを含めて、知識構造も再構造化しないと、「緩解」とは言えないように思うのですよ。
ということは、精神科医の仕事は、薬の処方、諸々の判断、だけでなく、患者の知識構造の変革・再構造化も含まれるのだと思うのでございまする。
「薬を飲まなければいけません」と、言うだけで、患者の行動が変容すると考えているとしたら、医学はそうとうあまっちょろいことをしていることになりますな。
患者に「学習の機会」を見いだし、長期的な学習プログラムも設計することが必要なように思う、今日の頃。
いちおー、そのスジの専門家としての、思いつき、で、書いております。

病院の待合の隅ちぢこまるあの人の目に映る吾見ゆ
某看護教員養成講座の謝恩会に出た。
この日は、職場の忘年会だったのだが、12/7同様、中途半端に知った人たちの中で食事するのは辛かった。もちろん、こちらはほとんど知らないのだけれども、向こうは全員あたしのことを知っている、という状態の中で食事する、というのも、それなりに辛いのではあるが...N先生がいらっしゃっている可能性が高かったから、出てみることにした。
久しぶりに、素人の「芸」を見た。自分を捨てられない人々であった。N先生はべた褒めであった...あのようなことができなければ、学生の前で話しをしても説得できないということだった...そうかな...けれども、いさぎよくない状態で壇上で蠢くのは、醜悪である、と感じてしまう、あたしは、何者???
あたしが高座で落語を演じれば、ああなるのだろうか???
いやいや、もっとうまくできるはず...「よっ、ねえさん、粋だねぇ」「なぁ〜に、言ってんだい、あたしゃ帰りだよ」...おっと、志の輔の小話だ。
えぇい、マイクを奪って、1曲歌ったろか...それも、ミョーチクリンな東北弁もどきで...
いやいや、やめましょう。
そんなことよりも、8ヶ月の講習の中のわずか1日だけの講義なのに、あたしのネタを使った「芸」が演じられたこと、つまり、それなりに印象には残っていたと推測できること、の、方が大事だろうさ。
ヘパナマの話、キシロカインの話、バナナの話、知識構造の話...勿論、実例レベルで法則にはなっていないかもしれない、実例だけを孤立した知識として再生的解決をしているだけかもしれない。が、知らないよりは、ずっとよい、と、思いたい。
二次会のお誘いを断り、N先生とタクシーで帰った。
風邪がまだ抜けない。頭痛がするのだ。さっさと寝ようかね。
明日は通院だ。
某Gブログにコメントもトラックバックもできない。
なんでも、imackume.servehttp.comドメインから大量のスパムが送られているから、らしい。
...詳しくは、別の項目を立てて書く事にしましょう。
.Mac経由で間接的にリンクする事も可能だったが、その都度、新しいページを作らなければならず面倒だったので、4000円ほど投資してkumecchi.netを買った。期間は5年間。
我ながら、何ともふざけた命名だ、な。
さて、これで、コメントとトラックバックができるかな。
...設定を変えて、さらには、サイト全体を再構築しなければならないな。
だるい。マスクをしたら、眼鏡を忘れる...どこで外したのかさえわからない。
昼から打合せ、演習、博論の審査...M野先生の指導生の博論...H谷門下生として選ばれた、らしい。
その場でちらちら読んだのだが、K藤さんの論文がバシバシ引用されていた。F見・M柄論文もチラチラ出てくる。
レジメとパワポでプレゼン...はじめに、で、躓く。用語の定義が重複しているように思う。
心理学だから仕方ないのかもしれないが、課題が非現実的、なのは、許しても、ルール教示がいい加減。
そして、何より、課題の提示順に配慮がない。「吸盤課題」は難しいよぉ〜
「真空は吸い寄せる」ってのは、根強いよん。それを最初の課題にするというのはどうかな〜
あたしなら、「踊る楊枝」を最初にするなぁ〜
ピアジェに義理立てする必要はない。
あたしの指導生の博論はM野先生に査読していただこう。
会議、面接、打合せ、面接。
中国からの留学生に「日本語が聞きやすい」とほめられる...うーん、なんだろねぇ〜
腰が痛い。頭も痛い。咳と鼻水が少々。
夕方、指導生をパキスタンに送り出す壮行会をふか川(リンクはこちらも)にて行う。
S谷先生、NN村先生、あまり元気がなかった。忙しいせいかも。
今日のおかわりは5回...15人前を4名で食す...それほどの量ではない。
それにしても、ふか川のモツ鍋は凄い。
宴が終了した時には、咳と鼻水が止まっていた。アリシン臭の汗と引き換え。
だるい。鼻づまり。軽い頭痛。午前中だらだら、午後から指導生との打合せ、恥ずかしながら、また遅刻。
そう言えば、有難いことに、指導生からメーリングリストに気遣いメールが流れていた。
それにしても、防衛機構の弱い身体だ...頭も身体のうち。
XIOサーバが止まっていた。ログをみると、電圧が下がったようだ。はて、瞬停でもあったのか...同じ部屋の他のサーバは何ともなかったので、不思議、と、言っても仕方ないので、再起動させる。
非常勤にはギリギリ間に合う。雪が舞っていた、が、ひと月前の青森よりはチョーらくちん。
...地下鉄を降りて大学に向かっている途中で眼鏡がない事に気づく...大ボケ、はて、財布に続いてなくしたか...打合せのときにはかけていたように思う...
(声量だけでなく声の質も悪くなっているためだろう)珍しく声が通らず、アンプのボリュームを上げよとのリクエストを受ける。
今日は、インターネットの話。世の中の人々のほとんどがインターネットがホームページ(実はホームページの指し示す内容もズレているかも...)の事だと思っていると推測できるので、その考え方を打破する事が目的。インターネットを利用することは、データベースを活用することに似ている(と考えているし、その方が考えやすいと思う...わかりやすさと正確さは反比例する)。
で、棚町知彌氏(園田学園近松研究所)の「データベース糠味噌説」を取り上げる。
首相官邸のホームページ(サイトと言った方が適当かも)と「Otaku no Video」で脱線。
10分ほど早く終了。2週間ほど整形外科に行っていないので、腰が痛い。
はて、いつ行けるのだろうか...


「Otaku no Video」おたくのビデオ DVD Special Edition(ビデオと言いつつDVD)
B00005G02P

風邪である。
4日(日)...寝て過ごす。だるい。
5日(月)...また打合せに遅刻。面目次第もない。左の咽頭がヒリヒリするし痛いくらいだった。これが始まりだったかも。
6日(火)...明け方、咽喉の痛みで起きる。鼻詰まりで呼吸も苦しかった。2度寝。後、非常勤。
7日(水)...咳が出てきた。午前中、会議。指導生の副査を決める会議なので休めない。午後も会議。夕方の会議はとても辛かった。熱が出てきたようだ。
が、しかし、この日は、福岡メルパルクホールで「志の輔らくご」なのである。職場の忘年会もあったのだけれども、中途半端に知った人たちの中で食事するのは辛かった。誰も知らない人に囲まれて大笑いするのもそれなりに辛いのだけれども、何しろ、志の輔だ。
「江戸の夢」は初めて聴いた。芝居がかった演出は、談志が演ずるよりも濃いだろう。泣いてしまった。またやられた。
8日(木)...だるい。通院の日である。診察時間を過ぎて到着、担当医と事務の方に叱られた。指導生との打合せと同様、遅刻である。ただし、もしかすると、遅刻しないようになれば、緩解した証拠になるのかもしれない。つまり、ちゃんと通院できれば、もう通院しなくてもいいような状態になっているのかもしれない。
夜、WOWOWで2004年の「志の輔らくご in パルコ」をみる。「浜野矩随」も初めて聴いた。不覚にも泣いてしまった。2日連続してやられた。
9日(金)...鬼の霍乱、ではないか、身体、弱いものな...もちろん頭も身体のうち。とは言え、久しぶりに体温を38.8度まで上げられた。ライブとWOWOWの「志の輔らくご」ダブルパワーか...違うって。食事をしたからだろう。体温が高いだけでなく、ふらつくし、ろれつを回す自信がなかったので、指導生との打合せをキャンセルし、(珍しく)授業も休講にした。咳、鼻詰まり、に、加えて、胸骨の真ん中に異物感がある。気管支炎になったかも。じっとしている分にはそれほど辛くはない。むしろ昨日の方が辛かったな。
体温は、昼過ぎに38度、夕方には37.7度まで下がる。ひたすらじっとしている。談志のCD(「談志百席」)を聴く。聴いているうちに寝てしまう、ので、また聴く、の、繰り返し。談志は凄い、声だけでも凄い。
10日(土)...大事をとって、1日寝ている。「談志百席」を聴き、「24シーズン4」のDVDを観る、の、繰り返し。幸いなことに食欲が出てきた。
11日(日)...前日の繰り返し。咳、咽喉の痛み、鼻詰まり、は変らず。胸骨の真ん中の異物感はやわらぐ。体温は36度台なので平熱に戻ったと考えていいだろうな。
12日(月)...だるい。咽喉の痛み、鼻詰まりが残る。胸骨の真ん中の異物感はほとんどない。午後から指導生との打合せを入れていたが、相変わらず遅刻。とにかくだるい。

Q&Aの続き
「人前(授業)でニコニコしているが、苦しくないのかよ、どうしてそんなことができるのだぁ?」
はい、(とぉ〜っても)苦しいでござる。
そんなの当たり前。仕事なんだもの。客商売なんだから、営業スマイルできなくてどーすんのさ。
あくまでも仕事なんだから、苦しくてつらいのは当たり前。そして、どんな仕事にも(営業)努力は付き物で、それがまたとてもつらく苦しいものだ。受講生はお金を払っているのだし、休講にしたり遅刻しては申し訳ない。
幸い、授業は楽しい。受講生が「わかった」という反応(単にわかったと言うなんて事ではない)を示してくれることは、もっといい授業を創ろうという活力になるのだし、有り難いことである。だから、死ぬ物狂いで出ていって、恥ずかしいけど話をするのである。
授業を創る事は楽しいことではあるが、人前で話をすることとは別。決して、人前で話をするのが得意な訳では、ない。滅茶苦茶ドキドキ、目茶苦茶キンチョーするんだもの。

ウィリアム・ジェイムズ:ひとは悲しいから泣くのではない。泣くから悲しいのだ。
変換命題:ひとは楽しいからニコニコするのではない。ニコニコするから楽しいのだ。
さぁ、鏡を見ながらニコニコする練習をしましょう。
ちなみに、あたしは、国内線のキャビンアテンダントのニコニコの仕方を真似るように練習した。最初は、院生の時、銭湯で、ヒゲを剃り終わってから鏡を見ながら、ニコニコと...就職してからは、朝、シェーバーでヒゲを剃り終わってから、鏡を見ながら、ニコニコと...
もちろん、低調な時には鏡すら見たくない。その時はその時だ。少しでも好調になったら、鏡を見ながらニコニコするべし。

...ちなみに、個人的には、天職あるいは適職なんてないと思うのだな〜
教師は教師をやりながら教師らしくなって行く。
医者は医者をやりながら医者らしくなって行く。
人は、その仕事をしながら、その仕事に適した人になって行く。
そこに学習の可能性、教育の可能性があるのだ、と思いたいな〜
だってさぁ〜、就職する前に(それも若いうちに)、あなたに適した職業はこれでぇ〜す(これしかありませぇ〜ん)、と、決められていたら、つまんないんじゃないのかな〜
これはこれで、1つのテーマになるか...うへー、このままだと、だんだん(うつ病の)日記から離れて行きそうだ...いい加減にやめよっ

地に落ちしパキシルを見る念ずるは胃酸勝つべし拾いて飲まむ
指導生との打合せさえ、動き出すまで時間がかかる。遅刻して、迷惑をかけてしまっている。
3日土曜日は社会人修士の口述試験と会議、とても疲れた。
それにしても、修士に来るのだったら、もっと言葉に敏感になってくれないかな。
カリキュラムとプログラムとプランの区別もできていない。
評価と評定の区別もできていない。
システムの定義も知らない。
計画書は決意表明書ではない。
29日(火)...打合せと非常勤。
30日(水)...会議。
軽い頭痛がある。ニューロタンが効いているのか、血圧は比較的低い。
動き出すまでに時間がかかる。

ミョーな夢を見た...どっちの日だったのか忘れた...
寝ているあたしの上を、黒い「一反もめん」らしいものが、足先から現れ、頭の先まで飛んで行った。
その黒い「一反もめん」らしいものが移動するのにシンクロして、全身、ぞわぞわした...背筋が寒くなったわけではない。
瞬間、マントラ(真言)を唱えたり、九字を切ってしまうところが、なんとも...つまり2回飛んで行った...1回目にマントラを唱え、2回目に九字を切った...
...そんなん、知っているのだな〜。般若心教はもう書けないし唱えるのも怪しい...あれ、寿限無もダメかな...
いつぞやの譫妄(せんもう)とは違うと思う。何しろ、そのシーンをリピートし、ここを見た時には飛んでくるぞ〜、ひゃー、やっぱり、ぞわぞわした〜、という、(予想の確かめをしている)あたしが居たのだから...2回飛んだのはその所為。
もしかすると、脳内伝達物質が悪さしているのかもしれない。
それとも、レボトミン5mg×2錠が悪さをしているのかな。翌日の「切れ」が悪いし、布団の中でぐずぐずしてしまうしな。
...抗ヒスタミン剤を服用して、身体が温まって、寝ちゃいけないのだけれども、眠っちゃう〜、という気持ち良さはそれなりにたまらないのだけれども。
レボトミン5mg1錠+ラボナ50mg1錠で勘弁してやろう...うー、ラボナ、ワンシートもらっておくのだったな...

んー、あー、と考へながら手が顎へ談志の口調になってゐる吾
寝て過ごす。
食欲らしい食欲はない。あり難いことに血圧はそこそこ。とは言え軽い頭痛。
iTunesのMusic Storeで、Louis ArmstrongのWhat a Wonderful World (Single Version)をなんとなく購入、なんとなく繰り返し聴く。
2度寝、3度寝、合間はビールにテレビ(映画)、時々、What a Wonderful World。
最低限の仕事...26日(土)のウィルス・ボットの後始末を依頼する。HUBの電源コードを抜いてもらった。
年末年始の予定を決めないといけない。その前に、ゴミ(燃やせる、瓶、缶、ペットボトル)をなんとかしないといけない。クリーニングも取りに行かないといけない。書類の山をなんとかしないといけない。
いけない、いけない、考えるだにいけない。
寝ちまえ。
レボトミン5mg×2錠。ラボナ50mg1錠。
眠れるかな...
「怖い」内容のメールが届いた。
これって、あたしがIPアドレスを管理しているコンピュータが、全世界的に迷惑をかけていることになるのかよ!
うへぇ〜、消耗するなぁ...

At 11:00 AM +0900 05.11.26, Xxxxxxxx Yyyyyyyy wrote:
>133.5.www 支線 LAN 管理者様
>
>133.5.www.ppp から学外に向けて Paypal を装った詐欺メールが大量に送信され
>ています。このホストはウィルス・ボットを使って不正利用されている可能性
>があります。当該ホストのネットワークからの切り離しと、駆除等の対応をお
>願いします。
>--
>九州大学 △△センター
>○○××
>yyyyyyyy@xxx.nc.kyushu-u.ac.jp

とはいえ、とりあえず、午前中は整形外科に通院、リハビリ。その後で大学に行く。
マッサージしている時、午後はコンピュータウィルス退治だというと、「そりゃぁ、肩凝るわ〜」と同情されちゃった。
さて、アドレスを調査すると、講義棟の一室に置いている機械だった。pingすると動いているぞ!、土曜日に講義棟で???
で、講義棟に行ってみると、その部屋には鍵がかかっているではないか!
うーん、これって、かなり意図的に当該のコンピュータの電源を入れたままにしておいたのかも...計画的かよぉ〜
...もしかすると、うちの学生さんじゃないかも。教員・学生以外が出入りできないわけじゃないし。
守衛さんに頼んで部屋の鍵を借り出し、当該のコンピュータの電源を切ることも考えたが、入り口の張り紙等から学生係が管理していることになっていた(つまりあたしではない)ので、とりあえず、「物理的にネットワークから切り離し」た...もっとも、あたしが学生ならばすぐにつないでしまえるような方法だったけれども。
支線LAN管理者としてはこれで十分に対応したはず。全世界的にかけていた迷惑は排除したのだし。後は、学生係と、事務部長、用度係にメールを送ってしまおう。大げさに言えば、サイバーテロだし、危機管理の一部になるはずだ。
さぁ〜て、対応できているのかな。そもそも、コンピュータウィルス対抗アプリケーションは導入されていたのかな...もしかすると、すんげぇ危険な状態だったのかも...
おっと、もしかすると、部局を持ち出してきて、講義棟は特定の部局に所属するものではない、だから、コンピュータウィルス対抗アプリケーションは導入できない、なんて事務方は言い出しそう。2005年4月から文系の事務が統合したのだし、文系でよく利用する講義棟なのだから、柔軟に対応して〜
そうそう、28日の月曜日には、学生係に頼んで、当該の部屋に置いてあるHUBの電源コードを回収してもらおっと。これくらいならやってもらえるだろうし、かなり効果的な方法だ。
当分の間、学生さんたちには不便を強いることになるけどな〜
盗難もあったしな〜、あー難しい。
部屋の入り口にIDカード認証システムを入れてやろうかな。予算がないか...講義棟の一室だし不便か。うーん。

通院の日。前夜、用心のためレボトミン5mg×2錠服用。学会で暴れた疲れが出たか、とても起きられなかった。診療時間終了ギリギリに駆け込む。血圧が高いこと、一日1食しか食べていないこと...食欲があまりないこと...を伝える。SSRI、安定剤等は変えず、毎朝降圧剤ニューロタン25mgを服用することになった。さらに、最低2食は食べること...夜中に食べないこと、も、だな。
午後は打合せと会議。夕方、学部3年生の歓迎会。ふか川(リンクはこちらも)にて、もつ鍋を囲む。密かに頭痛と胃痛があったけれども、胃薬を飲んで臨む!
6人で鍋は2つ。お代わりをそれぞれ3回(合計鍋2つ×4回×3人分=24人前、うーん、大したことはなかった、あたしの胃の調子がイマイチなのが敗因か...何と闘っとんねん)。ところが、それぞれの鍋のとろみ(見た目も味も)が違う!
もつ鍋A...まだまだあっさり醤油味...あたしが鍋奉行

もつ鍋B...まるでカレー汁...院生が鍋奉行
もつ鍋B表示
 うーん、モツはじっくり煮て野菜を先に食べる戦略がいいのかも。
今度はいつになるかな。仮説検証するぞ!
Q&Aの続き...Q&A_2の続き
「日記を読むと、波があるようだけれども、落ち込んだ時にはどうしてるのさ、じっとしているしかないの?」
「おまえは、いつも予想予想と言っているが、自分の波は予想はできないのかぁ?」
なんとなくはできそうに思う、今日この頃、それは、行動の概要を記録している(「行動の概要記録用紙...PDFファイル80,429バイト、Excelファイル23,552バイト」)から、多少なりとも法則性が見えてきているのだと思いたい。
仕事の一部の、会議、授業、打合せ、これらのうち、重要度が高い(と自己認識したもの)ほど、そして初めて度が高いほど、その前日は眠れなくなってしまうのですな。前の日ならばまだ良くて、重要度が高いと3日程前から眠れなくなってしまうこともありますね。こう見えても...どう見えるかは正確には測定していないので知らないが...意図通りならば自信たっぷり大胆不敵に見えるはず...小心者なので、自信がありません。「Q大で一番授業が上手い」と誉められようが、自信がないことには変わりがない。悪いことに、低調な時ほどそうです...当たり前か。
つまり、大事な行事の前は緊張して眠れない、ということは確実。
そして、問題なのは、行事が終わった後。
自信がない割には、ノリノリでやってしまう...軽躁状態になってしまうとも言える。
そして、疲れているにも関わらず、疲れが自覚できない...これまた軽躁状態だからかも。
従って、行事の次の日以降、最悪はその後一週間ほど、寝込むことになるのですな。
つまり、落ち込むのはいつかということはわかってしまうことになります。
さて、予想できたとして、どう乗り切るのか?
単純です。予測できる落ち込む時期には、極力大事な用事を入れない。そして、じっとしている。
どうしても避けられない行事だけに専念する、ということになるかな...「避けられない」と判断する基準が歪んでいないとは限らないけど。
...職場の同僚の皆さん、指導生諸君には、とても迷惑をかけていることは十分に知っているつもりであります。
もっとも、個人的には、2004年2005年と、もっとも大事な毎月の会議に3分の1くらいしか出席できませんでした。嗚呼自己嫌悪。
「なんじゃい、結局、できねぇんじゃねぇ〜かぁ」
はい、わかっていてもできまへん。しかし、わかっていることはわからないよりはずっとよいと考えるようにしておりまする。
そもそも、このような自分に、とぉ〜っても自己嫌悪してますからね。イヤだと思うことは、やがて改善できる、という楽観的な考えを持っておりまする。
Q&Aの続き
「うつがスパッとなくなってしまえば良い、とは思わないのかぁ?」
うーん。そりゃぁ、なくなるに越したことはないけどさ。
なくなるとは思えないのだな〜
「治る気の無い悪い患者」であるかもしれない。
「うつに依存している」のかもしれない。
「2つ良いことさてないものよ」であって、うつがなくなれば自分ではなくなるかもしれない。
腰痛と同様、抱えて生きていくしかなくて、むしろ、抱えて(生きて)いくのが自分らしいのだと思うのだな〜

闘病を自存理由が引き止める寄り添い支えそこにある鬱(2004-07-20)

来た。それなりに予想通りである。当たってもうれしくない。
とはいえ、出張効果、8時前には起きて、メールを整理してこのブログを更新している。その後だ。二度寝した。起きたら頭痛である。もっとも、週末、とりまく気温が激変したし、絶対に疲れているのだから、風邪をひいてもおかしくはない。録画しておいたCSICSI:マイアミをみる。プロジェクトXはみる気になれず...泣くから...、家元の松曵き、野ざらし、代書屋、と来て、つるつるの途中でまた寝る。三度寝だ。
食欲はあるようなないような...買ってきた乾燥イチジクの残りを一気食い...うーん。お腹が張るのはこのせいか...
イブプロフェン150mgを服用、と、前日の分の薬が残っていることを発見。20日は浮かれていたしな。文章に出ている。
SSRI、一日分抜いたくらいでは濃度は落ちないだろうが、それにしても、である。安定剤無しでよく眠れたものだ。
今週は整形外科(リハビリ)に行けないかもしれないな。

まず歩く操体法にストレッチ汗をかいたらビールが旨い...お粗末

青森は雪であった。しかし、冬物をまだクリーニングに出していなかった。埃だらけの冬服(スーツとセーター)と、北国用のコート...が、なかった...うーんどこに行ったのだろう...コートには足がはえているわけではないのだが...とりあえずライナーをなくされた福岡用のコートを用意した。建物の中はチョー暖かいので、とりあえずなんとかなったけど、それにしても、クリーニングをなんとかしないとまずい。何しろ、財布とともに預かり証をなくしてしまったので、行けないでいるのだな。出しっぱなしの冬物があるように思う、あって欲しい、頼む...
順序は逆だが、11/19の夜は、かつて良く通っていた三亀松に行く。(予想通り)ちょうど恒例のボジョレーヌーボー祭りをやっていた。これがまた凄い。和食の板さんがフレンチを作るのである。
前菜は、ちょっと大きめに切ったパプリカ、セロリ、自家製ピクルスの上にフグの皮を湯引きしてのせ、さらにカリカリのニンニクのスライスをトッピング。自家製ドレッシングがうまいのは勿論、それぞれの食感がとてもいい。
お魚料理は、特製ミンチをサーモンでくるみ、自家製イクラをトッピングし、ソースはホウレンソウ。このソースがうまい。座敷の家族連れ、子どもがこのホウレンソウソースをパンにつけて喜んで(それも沢山)食べていた。ホウレンソウの甘味がとても優しい。
続いてタラバ。これは勿論文句なし。身がぎっしり、濃厚、泣けました。
お肉料理は、県産のカモ(ロースのみ)のワイン煮。自家製デミグラスソースがたっぷり。付け合わせにギンナン。この組合せが面白い。このソースもパンにつけてたっぷりいただきました。
で、この後、特製ピラフが出てくるのだ。
ご飯から作っているのに、米粒がパラッパラ。ニンニクに塩コショウ、そしてゴマがたぁっ〜ぷり。セロリの葉もいい香りと味を出している。噛めば噛むほど味が出る、なんとも絶妙な作り...ちびつと量が多かったけど、全部食べましたっ
そして、デザート。ラフランスのシャーベットは勿論自家製。なんと、カリカリに煎った蕎麦の実がトッピング。これまた味わい深い仕上がり。食感も面白いっ
すげぇー
サラダにしても、付け合わせにしても、シャーベットにしても、なんでまたこんな組合せを考えられるかな〜
で、田酒(青森市の地酒)の特別純米がまたこのシャーベットに合ったりする。さすがは田酒だ(勿論、祭りの主体はボジョレーヌーボーなのでこちらをいただいた...なかなか味わいのあるワインでした...後に田酒でござる)。
今度はいつ行けるかな〜、また行きたいな〜

11/18夕方から東京経由で青森に行った。11/19に某学会でのデビュー。セカンドではあるが、分科会では暴れてしまった。だってさぁ〜、理屈に合わないんだもぉ〜ん。
一つ目の発表。施設Aと施設Bを同じ尺度で測定したら違った結果が出た、だからこの尺度は弁別に適している...
待て待て、そもそも、そのAとBはどんな母集団から抽出した事になるのさ?
...質問の意味がわからなかったようだ。説明せよと座長に言われたから、そのAとBってのは、どのように属性記述できるのかな〜と聞いたけど、ますますわからなくかったようだった。
こんな時って、とぉ〜っても、怖い事になるのよ〜ん
つまり、発表者以外の、座長、そして特にフロアーの人々が「ああ、そうよね〜」とわかっちゃって、発表者だけ訳がわからなくなってしまう...キャー
次の発表者は、とても質問する気にならなかった。他の人が質問してたけど、そもそもデータ処理がおかしいぞ!
独立とはとても思えない質問項目に対して、それぞれ平均値の差の検定を実施している。危険率が上がるって。
三つ目の発表は、どこかで聞いた事が有った、し、それにそもそも内容が多過ぎ。こちらもデータ処理がミョーだったけど、質問してしまうと問題になるのでやめた。
この発表には座長しか質問しなかった。これ、質問がなかったからいいのだと思われると困るのだよな〜
逆に言えば、完全無視、誰も興味がない、ということになるのだから。
四つ目が我々。嫌いなパワポであるが、あたしが監修すれば絶品。発表もフロアーとスクリーンとを交互に見ながら、決められた時間内にぴったし終わる。おっみっごっとっ!
座長が「質問は有りませんか」と言った時に、前の方に座っていたあたしが「どぉ〜でぇ〜、文句が有るなら言ってみやがれぇ〜」と牽制してフロアーを睨んだら...
3つも質問が出てしまった。
確かにそぉーよねぇ〜ごめんなさい、もっと具体的な内容、受講生に対して、どんなふうに聞いたら(発問)どう回答したから(反応)このように判断した(推論)のよん、と言わなければならなかったのだった...悪い事に、3つともほとんど同じ内容の質問。
とは言え、さすがに科研費がおりたテーマは違う。食いついてくる〜
逆に言えば、期待されていると言う事だと思う...いや、思いたい...多分、そう。
待ってなさい、来年を。
請うご期待。
頭痛がする。16日・17日も軽い頭痛はあったが、それらよりも広範囲で痛みは強いが、我慢はできるかな。
血圧157/106、心拍64、やばい。
血圧を計っている時、圧がかかると頭痛も脈打つ。我慢はできる。
明け方寒く感じたから、血行不良か、はたまた風邪をひいたか。
19日は、青森で学会発表(セカンド)がある。例によって気になっているのか?
それにしても、三日前からというのはちと早い。もっとも、当該学会では初めての発表だし、科研の裏付けがあるとはいえ、ファーストではないとはいえ、緊張して当たり前かも。
総合感冒薬(アセトアミノフェンが含まれている)は飲んだ。
えぇい、イブプロフェン150mgも飲んじゃえ。
サーバーの脳漿までも腐敗して研究室をどろどろにする 休呆

ふか川のモツとアリシンとろとろと脳漿に充ち腐敗とどめき*
うつうつと越すに越されぬ壁ならば波に乗りても生きるものかは**
どつぷりと首までつかるうつならばせめて溺れじ藁探すべし<

「日記を読むと、波があるようだけれども、落ち込んだ時にはどうしてるのさ、じっとしているしかないの?」
はい、そのとぉ〜り。しゃーないです。
いかんともし難い時は丸まって談志演じし左平次www.amazon.co.jpを観る
丸まって、「起きちゃおっかな〜」となるのを待つのですな。待っていればそのうちに幸いな事に必ず「起きちゃえ!」となるのですな。これまた有り難い事に。中島らもwww.amazon.co.jp心が雨漏りする日にはwww.amazon.co.jp」にも書いてあったし。
確かに、ああ、会議が始まっている、こんなことをしている内に、世の中の人々は働いているのだな、と思う事はあるのだけれども、駄目なものはダメなのだな〜
iTunesのMusic Storeで、グレゴリオ聖歌Gregorian Chant...の中のBenedictine Monks of the Abbey of St. Maurice & St. Maur...を購入した。1993年前後、大ブレークした時に購入したCD(たぶんシロス修道院聖歌隊のもの)が見つからなかったから...2005/3/20の地震でCDは崩れたまま、探す気にもなれない...
特に、キリスト教が、カトリックが、という訳では勿論ない...どちらかというと、仏教的だし。言葉の意味がわからないのと音の響きがいいと思う。声明でもいいのだけれども、さすがにMusic Storeでは見つけられなかった。
とは言え、これまではインターネットラジオでクラッシックを聴きながら作業していたが、仕事をしすぎする。際限なく音楽が流れ続けるからだろう...勿論、Gregorian Chantを全曲リピートしちゃったら同じことだが、いちおーの区切りにはなる。
こんな日記でも読んでくださる人がいるようだ、カウンターも順調に増えているし。
で、
「へたくそなうたばかりだ、タイトルは日記だろ!」
というお叱りの言葉、いや、激励をいただいた。
「へい、そのとおりで...だって、面白いんだも〜ん」
ついでに、質問も。
「ところで、あんた、つらくないのかよ?」
つらいよぉ〜
そんなの当然でござる(...ちょっと、ハイだな)。
家族のこと、両親のこと、指導生のこと、もちろん、自分自身のこの先のこと、心配で心配でたまらんです。
恐らく、このまま昇進もできないまま、嫌がられながら過ごすのだろうな〜
疎まれながら、かな。窓際に追いやられるのも時間の問題かもしれない。
改革についていけないもの。
給料泥棒の称号、無能者の称号はもうすぐかもしれない...それなりに院生・学生は育てているつもりだし、システム管理もしているつもりだけれども、それらは評価されないのだな〜
幸い、指導生諸君のテーマは個人的にも興味深いものだから「共同正犯」的に関われる、これがまた楽しい、のでは、あるが...
2005年度の会議は、ことごとく欠席。ようやく11月9日、4つのうちの3つの会議に出席できた...最後は身体(頭も身体のうち)がついていけなくて断念。結局、職務怠慢である。
酒量も増えてきているし...家元のように、眠剤を肴に酒を飲むようになるのは時間の問題か。
昼間、外に出て行くために泡盛をひっかけることが常習化する可能性もある。
今でも、時々、企図することもある...具体的な方略を考えるのだな。
波はあるし、職場のこともある、が、これは、また、次回。
もう駄目と云いつつ生きる七十の談志のらくだリアリティ満つ
リハビリの途中の足を引きずってエレベーターをおどおど降りる
足が冷える。
特に左足の、三陰交と陽輔を中心にした辺り、って言っても、わからんか。
場合によっては右足も冷える。だいたい同じ場所。
真冬の青森で寒風にさらされた時の指先のようなジンジンと冷える感じ。
冷え性というやつはこういうものかよ(夢枕漠風)。
はて、これも腰痛絡みか?
7,000〜10,000歩くらい歩くと、左膝(特に膝蓋骨の回り)が痛くなるので、膝のせいかな。
で、診察を受ける事にした。
ポイントは水が溜まっていないかどうか、ということらしい...水を抜くのはとても痛い。爪楊枝より太いくらいの金属製の注射針を大学生の時に刺された、2回も。えーん。
幸い、水は溜まっていなかった。診察は、またまた、ぎゅーっと(地機の辺りを、って言っても、わからんか)押されて、痛いっ、で、疲れたのだろうということになった。
腰の調子が良いので、歩く距離・時間が長くなったのだけれども、左足の筋肉がついていっていないのだろう。ヘパリン類似物質配合のジェルを塗ってよくマッサージせよ、との指示。
それにしても、「高いけど」と断ったものの、某社のチタン入りのジェル、つまり市販の外用薬を奨められたのにはビックリ。
何といっても、ヘパリン。ヒルドイドかモビラートがいいんだもんね〜、ネタにも使えるし。
泡盛で眠剤2つ流し込む酔いきれずなお缶ビール開く
リハビリと呼ぶ拷問にじわじわと股が裂かれる金を取られる
体幹の奥に張りたる一本の筋の慟哭腰にこだます
脳漿の魔物がちまちま紡ぎ出す論理頼りの危うい余命
脳漿に潜む魔物がプチプチとシナプスを切り繭を作りぬ
学習の可能性すら失いつヒト属からも遠ざかる吾
電線に区切られし空紅に都会の明日に続き暮れゆく
3.1の時には、スタイルシートをいじくっていたのだが、今回はどうやらお任せでそれなりのページができるようだ。
表示領域をalpha、beta、gamma、...と命名する方法、なるほど、わかりやすいかも。
次のページ、とても参考になった。
Movable Type 4989

結局、データベース(の各フィールド)を削除して、初期化してしまった(3回も...神経症的だな)。
手動アップグレードした時とは、管理用ページが違って見えるのは脳漿の魔物のせいかな。
が、再構築してみると、びつくり!
ずっとデフォルトのスタイルシートを使っていたけれども、3.2のそれはなかなかすごい、と、思う。
...もしかすると、これも脳漿の魔物のせいか...

泥棒かただの粗忽か札入れがまた見つからず萎びゆく脳
それぞれのエントリーの編集のために、ectoを使うことにした。とは言え、やはり時刻は適当である。
ウィンドウを200程開いてみたが、難儀した...途中で待てなくて終了させてしまう。
開いている途中では止められないみたいだ...どんなループを使っているのだろう...あ゛っ、オブジェクト指向していない。
カテゴリーやコメントの有無、トラックバックの許可なんてのを、一覧で一気に設定する等という編集は...掟破りなんだろうな。直接データベースを操作することになるのか。
Perlかな、コマンドかな。どっちにしても、大昔やったDBaseIIや中型計算機のSQLの操作だな〜
宛名書き封筒詰めに切手貼り達成感も薄く積まれし
財布を「また」なくした。
1月5日と全く同じ状況にがっかりする。
この衝撃はいつごろ来るのだろうか...思いやられる。
少しずつ理屈連ねたメール書く普通の人に戻れる予感
冷湿布操体法にセンネン灸磁石を貼って医者嫌い行く
クィーッカッカッハードディスクが泣いている指突っ込んで掻き混ぜたろか
九台のサーバーたちがそれぞれにあげる悲鳴が頭蓋を叩く
足先に落ちる雫は網膜にただ映るのみまた座り込む
身震いがこの世に吾を引き戻す足先に落つ雫見つめし
浴室に体育座り流れ落つぬるいシャワーと現実感と

午前中、会議があった。が、(腰痛を含めた体調の具合で)なんとも動きづらいので、欠席を伝えた。
腰痛の痛み、体幹の奥の方の痛みがどうしてもとれない。この機会に、居酒屋の大将に薦められた整形外科に行ってみることにした。ようするに「経年変化」あるいは「加齢」による痛みで、恐らく治療は高校時代の椎間板症候群の時のように牽引されるのだろうな、とたかをくくりつつ、レントゲンは撮ってもらいたい...
予想通り、「加齢」と言われた。最近のレントゲンは、画像処理するようで、立派な腰椎が五つ、しっかり映っていた。第四腰椎が若干前に(腹の方に)ずれていたし、それぞれの腰椎の縁が尖っていた...減ったんだろうな〜
それにしても、レントゲン技師のおねーちゃんは、左腰をグイグイ動かして「ポーズ」をつけてくれた。痛いといえばそれなりにしてくれたのだとは思うけど、ズキッと痛みが走った瞬間は声が出せないのだな〜
医者は同年代らしく、懸命に「普通である」ことを(鬱も含めて)自身の体験を交えながら、話しをしてくれた。診察は、うつ伏せで3ヶ所、グイッと押されて「痛っ」で終了。
治療は、「トップラー」と「個別治療」。前者はEMSで、腰の筋肉がピクピクする。「加齢」で腰椎が減っただけでなく、運動不足でコルセットの役目をする肝腎の筋肉が弱っている、で、筋力をつけるため、らしい。
「個別治療」では、プロのマッサージを初めて受けた。腎愈肝愈の辺りをゴリゴリやられましたっ!
やられた成果はすぐに出て、左足が簡単に上がるようになった!
すごい!
ちなみに、貼り薬は、発売元Y社で製造販売元がH社だから、フェルビナク、だな、多分。
「24時間タイプ」と言われた。ふーん。

泡盛を猪口一つ分ひっかけて出て行く吾を咎めたき吾
夜中にジワジワと左の腰が痛くなった。急に来たわけではない、ので、いわゆるぎっくり腰ではないと思う。妙な姿勢で椅子に座ってダラダラとテレビを見ていたところ、ジワジワと痛くなってきた。とりあえず、湿布をしてみた。
3日(土)痛みは相変わらず、夕方、3700歩程歩いてみる。動けることは動ける。だが操体法でも軽くならない。
4日(日)寝つけない。寝返りしようとすると痛みが増す。一日中寝ていた。時々プログラミング。結局、夜中まで仕事。
5日(月)左足を上げようとすると痛みが増す。椅子に座る際には、左足を手で持って移動させなければならない。階段を昇る時がつらい。
6日(火)家でじっとしている。とは言え,プログラミングは少々。
湿布していたところに湿疹ができてしまった。せんねん灸で刺激し過ぎたか...
磁石も(2種類)貼ってみた。
第四腰椎の棘突起の部分が痛い。引っ込んでいる(腹の方に落ち込んでいる)かもしれないな。
腸骨につながる細い筋肉が痛い。骨盤が歪んだかな。
鎮痛剤は、とりあえず手元にあったアセチルサリチル酸250mg+アセトアミノフェン150mg、イブプロフェン150mgを試した。一番効いたのは、メフェナム酸250mg、効能に「手術後及び外傷後の炎症および腫脹の緩解」と書いてあるだけに凄い。
いかんともし難い時は丸まって談志演じし左平次www.amazon.co.jpを観る
秋立ちてガガンボの舞うかんぽの湯空に月こそゆかしかりしか

盂蘭盆の市営団地のベランダの物干し竿に揺れる提灯

食う歩く動く源酒ぢから花も月陽もカーテンの先

激痩せの後にドカ食いしてもなお目盛変わらず下腹ぞ出る

人混みの中ただよいつ追い越せず離れぬ吾や変質者たる

ひたひたと勤めに急ぐ人中に交じりて歩む吾ぞ思はじ
わらわらと歩く人々車窓から眺める吾は境に立ちぬ
腸骨の痛み空腹尿意さえ些末に思え側臥し続く

まず2000医者の指示にて歩めども悲鳴を上げる筋肉と骨

冷房が肘にじわじわ襲い来るエコでも凍みる激痩せの夏

これまでの日記をデータベースに追加した。
やはり時刻は適当である。
盆だから早めに帰ると書かれたる文字の陰なる笑みや乾きし
音も無く頭落ちけりしっかりと動く手足を止めたる吐き気
貧乏は嫌と綴りし父の日記物を思わぬ彼の時の吾
テキトー、である。
ところで、スタイルシートを変更してみた。見え方がちびっと変わった。
...2重定義しているように思うが...
これまでに作った「うた」をデータベースに追加した。<br />
時刻は適当である。
都合3度目のサイト構築である。
で、2度目の「最初の書き込み」である。
なんだかねぇ〜

午前中通院。血圧のことを相談する。
ザジテンで心悸亢進するらしい、うーん。

心拍計と血圧計を買いに行く。
なかなかいいおもちゃである。
心拍は100、血圧は150の100。ひゃー、高血圧!
ドキドキが続く。残っていた抗不安剤セパゾン1mg錠を服用してみる...安心はする。ドキドキは相変わらず。「胸郭から飛び出す感じ」はしなくなった。時々頭痛あり。くしゃみと鼻詰まりは相変わらず。
週末はダラダラと過ごす。
午前中通院。SSRIパキシルを週に2回抜く、つまり、週に5回服用することになる。
具体的には、水曜日と土曜日はパキシルを服用しない。
ドキドキと不眠が躁・軽躁から来るのではないか、ということらしい。
動けなくなる、ということは無いので、まぁ、大丈夫かな。
血圧を測るように指示された。
授業が始まった。会議も始まった。眠れない。ラボナを飲んでも。
ドキドキする。まるで、心臓が胸郭から飛び出すような感じがする。心拍は90。確か安静時は60位だったはずなので、ちびつと大変かも。
疲れた。ダラダラと過ごす。学府のオリエンテーションには出ていけなかった。
11日から授業が始まる。ドキドキする。背中が痛い。両足のハムストリング筋が突っ張っている...まるで座骨神経痛だ。

ふと気づくと、夕方、就寝前に服用するはずの、パキシル・レスリン・デパス・ザジテンが1回分残っていた。飲み忘れたらしい。いつだろう?
7日(木)、学部ガイドの暫定版を作り終えオリエンテーションも終わって安心したのかもしれない。とりあえず、本来はSSRIパキシルを服用しないはずの9日(土)に、SSRIを服用するようにした。

寝苦しかった。5時間位寝て、また仕事。11時過ぎに大学に行く。学部ガイドの原稿を委員長と学生係に持っていく。
...いろいろと「あな」があった。
...表紙が「ガイド」という単語になっていなかった...グデ...とほほぉ〜

じっとしていればいいのだから。
床ずれ*ができようとも腰痛や腸骨が軋んでも、じっとしていればいい。
テレビを見る、DVD**を見る、中島らもwww.amazon.co.jp心が雨漏りする日にはwww.amazon.co.jp」を読む。そのうち何とかなる。
問題なのは、躁の時だと思う。中島らもwww.amazon.co.jp心が雨漏りする日にはwww.amazon.co.jp」にも書いてあった。調子が良いので、そもそも考えない。だからまずいのだと思う。

一日中編集作業。眠れないことをいいことに仕事を続ける。右手首が痛い。マウスのせいだと思うので、トラックボールを使うようにした...根本的な解決ではない。<br />
とりあえず、学部ガイドはできた、ように、思う。
自宅で編集作業等を行う。夜中に仕事をする。眠れない。
夜中に寒け、眠れず。6時過ぎに寝つくが、頭痛がひどくて9時過ぎに起きる。アセトアミノフェンを服用して寝る。13時過ぎに起きるが、頭痛は相変わらず。16時過ぎに大学に出かける。
気になること...学部ガイド、学部と学府のホームページ、学会誌の表紙と学会のホームページ
午前中通院。SSRIパキシルの量は変えず、様子を見ることになる。<br />
午後から大学で仕事。
ダラダラと過ごす。テレビとDVD。
28日(月)と29日(火)は気分が重かった。寝苦しい。
30日(水)は寝つけずに明け方から午前中を寝て過ごす。夕方から大学で仕事。
頭痛と鼻詰まり。天神をぶらつく。疲れた。
昼過ぎ、日赤で打合せ。午後から大学で仕事...終わらない...夕方から、学部生の卒業パーティに出る...遅刻する。
知らない人ばっかり。とても緊張した。どうすればいいかはわかるのだが、手足の力が抜けない。居住まいが悪い。逃げ出したかった。
ラボナを服用しても寝つけなかった。仕事をしてしまう。昼に仮眠。午後は大学で仕事。
夕方、酔っぱらって転ぶ。まるでレオンの最後のシーンのようだった。どうすればいいかはわかるのだが足が出なかった。幸い回転受け身ができたので大事には到らず、右膝にアザができていた。
年寄りの動きや思いってのは、こんな感じなのだろうか。
頭痛がある。夕方、大学で仕事。
14時過ぎに頭痛がひどいので起き出す。1日ダラダラ過ごす。頭痛は残っている。
夜中に腹痛、下痢。風邪だったらイヤだな。
8時過ぎに頭痛がひどくて起き、アセトアミノフェンを服用し、改めて休む。昼過ぎに起き出してテレビを見始める。頭痛は軽くなったが残っている。食欲無し。どうにも気が重い。夕方、アセトアミノフェンを服用。
余震で揺られるたびにドキッとする...地震には慣れているはずだったが...宮城県沖地震の時にはこんなに余震は無かったように思う。そしてこんなに強い余震もなかったように思う。とは言え、記憶は変質するからな。
夜中に仕事をしてしまう。ラボナを服用。明け方4時過ぎに起きてしまう。本を読んだりテレビを見たりDVDを見たりしても寝つけない。6時過ぎ改めてラボナを服用する。
福岡県西方沖地震
疲れてダラダラしているとますます疲れる。午前中も寝ていたところ、縦に突き上げられて起きる。一瞬、仙台にいるような気がした。寝ぼけつつ震源は近いこと、それにしてはモノどもが倒れてこないこと、横揺れが長いことを考える。宮城県沖地震(1978)を思い出す。なんだ、大したことはない、と数分寝ていた。とりあえず、テレビをつけようかと思ったが、停電している。むむ。
停電はすぐに回復、ネットワークも大丈夫...有線は強かった。大学のサーバにログインして状況を確認、大学は停電していなかったようだし、サーバたちは元気に動いているようだった。一安心...ホントは安心してはいけなかったのだが...
テレビを見ながら、思ったよりも被害がひどいことを知る。家の中は常に無秩序なのでよくわからなかったのだった。テレビではテレビ局の様子が放映されている。見ながら、研究室のことが心配になった。青森にいた時、地震で水槽の水が半分になっていたことを思い出す。

15時過ぎ、ガスの臭いがしないこと、水が出ることを確認してシャワーを浴びる。
16時過ぎ、大学に着く。デジカメで「位置がずれているもの」を撮りまくる。研究室も無秩序なのだが、書類の山が崩落していた。とほほぉ〜

疲れた。ダラダラと過ごす。テレビにDVD、時々メール。
熟睡感無し...飲み過ぎのせいかも。明け方連続くしゃみ。午前中通院。抗ヒスタミン剤のザジテンを朝夕2回服用することになる。また、毎週土曜日はSSRIパキシルを服用しない、つまり、週に6回の服用で様子を見ることになった。熟睡感無し、が、躁、軽躁から来る可能性がある?
熟睡感無し、頭痛あり。午前中、仙台から友人が来てくれた。空港まで迎えに行く。統計本の打合せをする...という名目で雑談。夕食はタコ刺し、あと造りはてんぷら。体験談(配偶者の死)はずっしりと重いなぁ。泣きそうになった。飲みすぎだな。
熟睡感なし。午前中にメール送受信で仕事らしいことをする。床屋に行く。午後から大学に行く。頭痛がひどい。
熟睡感がない。事務補佐員の面接。それなりにこなしたように思う。
8時過ぎ、頭痛がひどくて起きる。脈動する痛みが両方のこめかみにある。ロキソニン60mgを服用、そのまま昼前まで寝ていた。昼に起きた時には比較的痛みは軽くなっていたが、左のこめかみには痛みが残った、が、脈動はしていない。アセトアミノフェンを服用。15時過ぎには痛みが軽くなっていた。頭全体がボォーッとしている。
だるい。軽い頭痛がある。電話が鳴るが、出る気がしなかった。布団から出る気にもなれず、1日、ダラダラと過ごす。食パンを食べる気になった。気分は重いまま。
だるい。終日、家でダラダラする。食欲なし。DVD・テレビを見る。頭痛はないが、頭全体がボォーッとしている。
朝からイヤな感じがあった...食欲なし...久々に、来た、感じがしたので、午前中、病院に行く。昨日の頭痛が気になる。起きた時点で頭痛は残っていた。
セパゾンを抜いて様子を見ることとし、頭痛薬(ロキソニン60mg)を処方してもらう。
午後から大学で作業をしたが、頭痛は残ったままだった。15時過ぎに帰宅する。
8時過ぎに起きるが、頭痛がひどく、ブルフェンを飲んで、1時間ほど休む。会議には出たものの、頭痛は残っており、夕方、ボルタレンを服用する。終日、頭痛は残った。
昨日よりも睡眠時間が短いにもかかわらず、早起きし、大学で作業の続きを行う。午後から頭痛がし始めた。ブルフェンを服用する。
まれに見る早起きをし、会議と作業に費やす。午後、気分が悪くなった。
夜は眠れず、ラボナとセディールを服用する。
久々に、来た。
午後、ダラダラとテレビを見ながら過ごす。だるい。夕方、食事、暴食気味である。焼酎を生のまま飲み始める、まずいパターンである。洗濯機を動かす...やがて、止まる。
23時前、洗濯物を干さなければならない、と、思いつつ、横になる。
その時に、来た。あれやこれや、頭の中をぐるぐると回り始めた。死にたくなった。
幸い、身体を動かす気になれない、ので、実行はできなかった。
...部屋の電気をつける。上半身を起こす。とりあえず、洗濯物は干せた。
マニュアルをガシガシ作った。ラボナを服用しても、眠くならなかった、が、3時過ぎ、布団に入る。すぐに寝たようだ。
喜々として看病してる母を見る最後の機会と思う中年
失せ物を一つ一つと買いなおし存在すらも治る錯覚
昨年末から、うたを詠む気にもなれなかった。
靴下も万年筆も札入れも見つけられない春まだ遠し
N先生の集中講義で今年は始まる。パワフルである。学者学者している。ブルーナーの話しを楽しそうにしてくれた。いい人だなぁ。
...5日(水)懇親会、札入れがない...盗まれたか...

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新年のご挨拶 : 2012年01月03日

阿蘇にて、2011/12/17-18 : 2011年12月20日

時速1000Km/hじゃ、の、別バージョン : 2011年12月19日

時速1000Km/hじゃ : 2011年12月18日

ぶどう、では、ない : 2011年12月15日

怖い顔 : 2011年12月13日

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