2000年アーカイブ

午前中、病院に行く。眠剤について相談する。
結局、今まででいちばん良かったものは、口が苦くなるアモバンと筋弛緩作用のあるデパスかもしれない...ということで、それぞれ、7日分ずつ出してもらう。
眠れなかった。2時間おきくらいに、目が覚めた状態になったと思う。リスミーは効かないぞぉ!
午前中、病院に行く。次の朝、口が苦くなった旨を伝えた。眠剤がリスミーに変わる。
『病院の薬』では「催眠剤・鎮静剤」に分類、ハルシオンと同じく、ベンゾジアゼピン系(催眠剤)。さらに、リルマサフォンの製剤、中間型、と書かれている。

午前中、病院に行く。眠剤がアモバンに変わる。「朝起きたとき口が苦くなる」とも言われた。なにそれ?
『病院の薬』では「催眠剤・鎮静剤」に分類、非バルビツール酸系(催眠剤)、ゾピクロンの製剤と書かれている。「ゾピクロンの製剤は睡眠改善剤といい、速やかな入眠と、不眠の場合の乱れた睡眠パターンを改善する薬」とも書かれている。期待できる!

ハルシオンを半分にして飲む。
寝た気がしない。起きるとだるい。合わないのだろうか?
夕べ、あの「ハルシオン」を飲んだ。布団に入って、30分ほど本を読んでいた。目を開いていられなくなって、時計を見ると11時30分過ぎだったのは覚えている。トイレに行きたくなり、起きて時計を見ると6時だった。その間、何も記憶が無い。夢は見たような気がするが...覚えていない...変だぁ!
この話を「目を閉じると3秒で寝てしまう友人」にしたところ、「それが普通だ」と言われた。いいや、変だ!
とは言え、だるかったので、午前中はダラダラと布団の中にいた。だるさは、もしかすると、夕べ晩酌にビールを飲んだせいかもしれない。酒を飲むと薬が効きすぎる、ということは、別の友人からメールで教えてもらった。
薬が無くなったので、午前中の早いうちに病院に出かける。10:30から会議があるので、それまでには大学に戻らなければならないから、今日は早めに出かけなければならない...と、考えてしまうのも、どうかと思うのだけれども、考えちゃったんだから仕方がない。
仕事に関しては、新しいことを除き、今まで通りの繰り返しならば何とか進められるようになったこと、夜寝つけないこと、今まではそれでも朝5時〜6時に目覚めたが最近はむしろ起きるとだるいこと、等を話す。「薬の飲みあわせ」が原因だろうと医者は言う。なるほど、確かに眠気が伴う薬を飲んで、さらに眠剤を飲んだら、眠気倍増、ということか。薬を変えた。まとめてみると...
  • 朝飲むもの
    1. ミラドール(50mg錠)→1錠:変らず
  • 夕飲むもの
    1. ミラドール(50mg錠)→1錠:変らず
    2. メイラックス(1mg錠)→1錠:変らず
  • 夜寝る前に飲むもの
    1. ハルシオン(0.25mg錠)→1錠
      ...ただし、朝起きてだるいような場合は半分の量(1錠を半分に割って飲む)に自己調整する。さらに、翌日が休日の場合には飲まないようにせよ、とも言われた。習慣性が強いらしい。
      『病院の薬』では「催眠剤・鎮静剤」に分類、ベンゾジアゼピン系(催眠剤)、トリアゾラムの製剤、短時間型、と書かれている。
あの「ハルシオン」だ!
何故か期待に胸が膨らむ...
午後から演習一つ、講義一つ、研究打合せ、等、比較的上手く進められたと思う。
振動で知らせるタイマー」を入手。バス・地下鉄などで寝過ごすことの無いように、用心のために使おうと思うのだが...
薬を変えたせいだと思うが、昼間、あまり眠気が出なくなった。それまでのように、じっと10分も座っていると眠たくなる、ようなことは無くなってしまった。タイマーの出動は、果たしてあるのやら...
朝起きると、口の中が苦い。本当に、苦い。うへー。
まるで、一晩中、苦い錠剤をトローチ代わりになめていたようだ。まぁ、朝からビールでも飲んだと思えばいいか。
明け方、2回ほど睡眠が浅くなったように思う。
やはり昼過ぎに起きる。昼食後、演習開始直前(14時50分)ギリギリに大学に到着。眠気は無い。演習後、卒論の打合せなどを行なう。その後、一人で研究室にいても不安を感ずることは無かった。
薬が無くなったので、午前中(11時過ぎ、それまで寝ていた)、病院へ。ここ2〜3日の事、先週の決まった仕事が無かった日の事などを話してみる。「昼寝」の原因を医者は抗うつ剤のためだと考えたようで、薬を変えた。まとめてみると...
  • 朝飲むもの
    1. ミラドール(50mg錠)→1錠
  • 夕飲むもの
    1. ミラドール(50mg錠)→1錠
    2. メイラックス(1mg錠)→1錠
      ...ただし、眠気が出る場合は半分の量(1錠を半分に割って飲む)に自己調整する。
      『病院の薬』では「抗不安薬」に分類、ベンゾジアゼピン系及び類似薬(抗不安薬)、ロフラゼプ酸エチルの製剤、抗不安作用のやや弱い薬=催眠、筋肉の弛緩作用が少ないので日中の服用に適するようです、と書かれている。
  • 夜寝る前に飲むもの
    1. ベンザリン(5mg錠)→1錠
演習一つ、講義一つ、研究打合せ、等、上手く進められたと思う。
昼近くに起きる。昼食後、休憩のつもりで休んでいたら、そのまま寝てしまった。気がついたら、夕方だった。午後から会議があったはずだったのに。ひどく、眠い。結局、寝る。起きたくない、寝る。
昨日の疲れか、あるいは反動か、昼過ぎに起きる。昼食後、昼寝をしてしまう。「普通の休日」のようにダラダラ過ごす。先週も、決まった仕事の無い日の午前中は寝て過ごしていた。
今日は、結果的に、一日中寝ていた。二三ヶ月前の状態に戻ったみたいだった。ひどく、眠い。だから、寝る。起きたくない、寝る。<
1時間目、15分遅刻。二度寝をしてしまう。薬のせいか?
午後の授業は比較的うまくいったと思う。
午後から会議。起きたのは11時30分過ぎ。シャワーを浴び、慌てて支度をする。外に出てから、薬を飲んでいないことに気づく始末。
夕方、友人が映画に誘ってくれる。券を購入するとき、窓口のオネーチャンと話をするのが嫌だったので、友人にそれとなく頼んでしまった。その友人とは気兼ねなく話ができるのに...ま、そんなもんか。
だが、少しは気が晴れたような気がする。誘ってくれた友人に感謝!<
9月26日(火)と同様、かなり気分が重い。久しぶりの感覚である。昨日の授業(中村学園の教育方法学と教育学概説の初回)で疲れたか。
10時過ぎに散歩に出る。身体が重い。昼食後、昼寝をしてしまう。15時過ぎに起きだし、何を思ったか、ビールを飲んでしまう。また寝る。ひたすら寝る。
また薬が無くなったので、午前中、病院へ。なんか変だと思い、飲み終わった薬のパッケージを医者に見せると...飲み方が間違っていたことが判明した。つまり...
「量を増やす」というのは、1錠の中の成分を増やし、あたしとしては飲み方は変えない、と言うことだったらしい。だったら、薬の袋に「1回1錠ずつ」と書け!
そう、薬の袋にはその点に関して何の情報もなかったのであった。過去、2週間に渡り、私は、倍の量の薬を飲んでいて、昼間、とても眠かったのでした。
一応、まとめてみると...
  • 朝夕飲むもの
    1. ミラドール(50mg錠)→1錠
    2. セパゾン(2mg錠)→1錠
      ...ただし、朝は半分の量(1錠を半分に割って飲む)に自己調整する。
  • 夜寝る前に飲むもの
    1. ベンザリン(5mg錠)→1錠
薬が無くなったので、午前中、病院へ。量を増やしたので、その様子を見るため、薬は一週間分しか与えられなかったものと(勝手に)解釈していた。
しかし、処方せんに間違いはなかったようで、また2週間分の薬をもらって帰る。
主に、夜眠れないことに関する話をした。
医者には言わなかったが...そう言えば、昼間、バス・地下鉄等に乗ったとき、椅子に座ってじっとしているとき、妙に眠くなることに気づきはじめた。
午前中、病院へ。26日(火)のことを中心に話をする。
薬の量を増やすことにする。
後で気づくのだが、医者の言った「量を増やす」という言葉を、あたしが自分でその量を増やして飲む、つまり、次のように今まで1回につき1錠ずつ飲んでいたのものを2錠ずつ飲むように変えるとこの時には解釈していた。
  • 朝夕飲むもの
    1. ミラドール(50mg錠?)→2錠
    2. セパゾン(1mg錠?)→2錠
      ...ただし、昼間眠ければ、朝は半分の量(この時は1錠に減らすものと解釈していた)に自己調整してよい。
  • 夜寝る前に飲むもの
    1. ベンザリン(5mg錠)→変らず
午前中、比較的気分は軽い。波があるようだ。
午後、教授会。軽くこなす。
かなり気分が重い。久しぶりの感覚である。研究会、授業で疲れたか。
夕方、サーバーの調整のため大学に出かける。悪いこと、つらいこと、暗いことばかり考える。バス停に向かうまでの道すがら、バス停でバスを待ちながら、死ぬことを考えていた。
ようやく家にたどり着き、すぐに寝る。ひたすら寝る。

中村学園での後期最初の授業。9時からの授業に遅れないようにするため、かなり緊張する。

函館で日本教育工学会の研究会がある。前日、青森に泊まり、始発の特急で函館に向かう。
連名ではあるが、自分が直接発表するのでは無いため、かなりドキドキする。
8件の発表に対して、自分たちのものと一つを除いて全てに質問とコメントすることができた。
言わば、「生きるための気力」というものが無くて、代わりに死ぬための努力ばかり考えていました。そもそも食欲がありませんので食事をしない、食事をしないので排泄もあまりない、体力が落ちているので動く気がしない、背中が痛くても寝返りさえおっくうでした。
夜も眠れないことが多く、午前中の仕事はほとんど寝ないで出ていっていました。少しは心理学をやったことがありましたので、こいつはやばい、と思い、医者に行かなければ...と思いつつ、数ヶ月経っていました。やることなすこと、万事この調子で時間がかかり、物忘れもひどくなり、書類などをなくす始末。
秩序ある無秩序を保っていた研究室は、本当に無秩序になっています。
自宅も同じで、そもそも、掃除ができない。床に何かが散らかっていても、気にならなくなっていました。
同業者の友人には相談していたのですが、そもそも、電話に出るのがおっくうで、さらに人と話すのもつらくなっていました。
夜、仕事を終えてから九大北門のバス停に向かう途中でのこと。国道3号線を渡るために歩道橋があります。調子がいいときにはそのまま階段に向かって何も考えることなく進んでゆき、登っていけるのですが、最悪の時には、一瞬、そのまま歩道橋の階段のかげから3号線に飛び出そうか、と思うこともありました。楽に死ねるかなぁ...なんて思いながら。
鳴門で倒れたり、青森で倒れたり、恐らく、その前後に何らかの兆候が有ったのかもしれません。なんとか当時の仲間たちに助けられたりして軽く済んでいたようです。話によると、「自然治癒」するらしいですし、「波」もあるようですから。
そんなこんながあっても、一応、決められた仕事(会議や授業など)はなんとかこなせました。どうやら、周りに人がいる状態だと大丈夫なようでした。今思えば、頼まれた仕事(原稿の作成)の遅さも、このような事情があってのこと、だと思います(単なる言い訳かな...)。
6月の危機的状態から、約2ヶ月かかって、医者に行くことができました。
この医者に行く時もまたおもしろいんですよね(少なくとも私はおもしろかった)。
ちょうど、系の会議と教授会が終わったときだったのですが、その日もタクシーを使って通勤し、遅刻ギリギリで会議室に入っていったはずです。万事、時間がかかってしまうので。
頑張って発言するのですが、その後のテレ笑いや、となりのS谷先生との話が、妙に大きな声になってしまっているのに気づきました。どうも、声の抑制もきかなくなってきているように思えました。
会議が終わって、病院をインターネットタウンページで探し...どうもねぇ、同じ職場の心理の先生の所には恥ずかしくて行く気が無かったもので...さらに、職場と自宅の中間にあって、どちらからも行ける病院、こんなところを選んでいるところがまた哀しいなぁ。
電話をかけて、次の日の午前中、予約しておきました。
で、帰りがけ、その病院までの道筋を「予行演習」しちゃいました。さらに、前の晩、眠れないんですよ。何を話そうか、これまた「予行演習」しちゃって。
朝の5時過ぎにようやく寝て、10時過ぎに慌てて起きだし、シャワーを浴びたのですが...
...身体にお湯がかかっているのに、次に何をしなければならないのか、わからない状態になっていました。われながら、これはおもしろい、などとすぐにモニタリングしちゃうところなんざぁ、心理学をやったことのある人間として、なんか、哀しいですね。
私の話を聞いた医者は、「うつ病なのだけれど、それにしては、はっきりと話しますね」なんて言いやがって。
かなり、一生懸命に話しているのに、ふん。
それに、理路整然と話すのは、こちとらの商売でぃ!
と密かに思いました。
一応、薬を飲んで様子を見ることにしました。
カウンセリングの話も出ましたが、やはり薬ですよ、ク・ス・リ!
飲み始めて一週間、快調でしたねぇ。
もしかすると「カウンセリング」なんて屁の役にしかたたないのかもしれない、なんて思うようになりました。
こんなこと、すぐに授業のネタとして考えてしまうのですよ。「教育学入門」で学部の1年生に話してやろう、とワクワクしています。ふふふ。
ま、こんな状態でしたので、休職、あるいは、退職はかなり本気で考えていることだったのです(2001年度末、次の年度から休職しようと思い立ったのですが、その時の事務の担当官がちゃんと手続きを教えてくれなかったので、結局できなくなってしまったのですが)。
その後、学部長、研究院長に診断書を見せて話をしました。職場の何人かは知っているはずです。
今は、処方された薬がよく効く(自分に合う薬が見つかるまで3ヶ月ほどかかりました)ようで、なかなかよい調子です。これだけ長い文章も書けますし(論文はまだ自信がないですねぇ)。
つくづく、人間の脳というのは化学物質によってどうにでもなるものだなぁ、という実感を持って毎日を送っております。
まだ、調子には波があるようです。時々、大波が来ましてね。困っています。
始発の飛行機で羽田へ。いつか、飲み会に行く途中、地下鉄に乗っていて、目的地に近づくにつれて降りたくなったことを思い出す。今回はそんなことは無かった。
学会はほとんど同窓会だと思う。誘ってくれた友人のセッションでは、質問もできたし、それなりに提案もできたように思う。
明日から、日本教育心理学会の総会が始まる。行く予定は無かった。そもそも、家から出られないような気がしていた。が、友人たちが誘ってくれたし、気分転換になるかもしれないと、出かける決心をする。が、荷造りに時間がかかる。また、夜中になってしまった。
午前中、病院へ。眠剤について相談。追加して飲むものを変えてもらう。
  1. 夜寝る前に飲むもの
    ベンザリン(5mg錠)
    どうも、飲んでから2時間位してから眠くなってくるようなので、23時より前に服用しても良いことになった。様子を見るべし。
  2. 眠れない場合に追加して飲むもの
    ラボナ(50mg錠)
    『病院の薬』では「催眠剤・鎮静剤」に分類、バルビツール酸系(催眠剤)で、ペントバルビタール塩の製剤、短時間型。
2000年6月9日(金)
いつものように酒をのみ、明け方までテレビを見ていた。明日は土曜日、休みだ。



2000年6月10日(土)
昼過ぎに目が覚める。が、起きる気がしない。そのまま、また、寝ることにした。午後、再び目が覚める。ずっと同じ姿勢で寝ているので、身体が痛くなっている。しかし、寝返りを打つ気になれない。そのまま、じっとしていた。トイレにも行きたくない。食欲もない。夕方、取りあえず起きだして、残っていた食パンを2枚食べる。テレビを見ながら。明け方、ようやく寝た。



2000年6月11日(日)
昼遅く目が覚める。やはり、起きる気がしない。そのまま、寝ていることにする。寝返りを打つ気になれない、トイレにも行きたくない、食欲がない、のは昨日と同じ。明日は非常勤の授業も休みだ。



2000年6月12日(月)
やはり、起きる気がしない。終日寝ている。明日は、午後から非常勤の授業だ。これだけ寝たのだから、それまでには起きられるだろう。



2000年6月13日(火)
非常勤の授業に出かけるには、15時のJRに乗らなければならない。が、それまでに起きることができなかった。とりあえず、事務にメールを送る。授業開始10分前にやっと電話を入れる。そもそも、電話に出ることも、電話をかけることも、億劫だ。人と話すことが億劫だ。できることなら、何もしたくない。明日は、昼から会議、午後から教授会がある。何とか、なるだろう。



2000年6月14日(水)
輾転反側し、気がつくと、昼過ぎであった。どうしても起きる気がしない。そのまま、寝ていた。初めて、会議をサボった。



2000年6月15日(木)
午後から授業がある。大学院の演習と、学部の講義。ギリギリに起きて、タクシーで出かける。なんとか、ごまかした。



2000年6月16日(金)
14時50分から学部の演習がある。気がつくと、電話がなっている。時計は15時を過ぎていた。電話に出る気がしなかったが、なんとか、学部の学生に電話して、休講にしてもらった。



なんか、変だ、とは思った。でも、どうすることもできなかった。 この後、見かけは、普通の生活に戻れた、ように思う。 これまで入手した知識では、どう考えても、うつ病のように思う。医者に行かなければならない。が、ようやく、医者にかかる気になったのは、この2ヶ月後。
週休2日制度が始まる前だった。一日、16時間働いた。給料から計算してみると、時給300円だった。
勤め始めて何年目だったか、あるいは、数ヶ月後だったのかもしれない。
目覚めると、周りが暗かった。目覚まし時計を見ると、6時30分。8時にセットしておいたから、まだ寝ていられる、と思ったのだが、何かがおかしかった。
周囲はだんだんと暗くなっていく。しばらくして、ようやく一日中寝ていた、ということに気付いた。無断欠勤してしまった、という罪悪感を感じたが、それより、何もしたくないという思いが強く、結局、その日はまた寝てしまった。
翌日、センターから電話があり、起きられないことを伝えると、事務補佐員のYさんが来てくれて、病院に運んでくれた。「過労」という診断だった。点滴を受け、薬をもらう。その後、センターに戻り、夜まで働いた。
今から考えると、これが「前兆」だったのかもしれない。夜、酒を飲むようになったのは何年目だったろう。完全週休2日が実施されたときからは、金曜の夜は必ず夜中まで酒を飲んでいた。
5年間、助手をしていたが、5年目は仕事が嫌でたまらなかった。逃げるように、青森に赴任した。3月末日、自宅を引き払い、さらに夕方から研究室を整理して、ホテルに戻ったのが夜中の3時過ぎ。大きな荷物を抱えた姿は、まるで「夜逃げ」だった。
もちろん、この5年間で、様々な「仕事」を覚えた。論文の書き方、文句のでない事務書類の書き方、お金のもらえる申請書の書き方、会議の運営に司会、学会や公開講座の運営、これらはとてつもなく大きな財産だ。当然、仕事を教えてくださり、さらには、実践のチャンスをくださったN先生には本当に感謝している。
犠牲も大きかったのかな...
雪はおもしろい。自分の雪と他人の雪がある。自分のうちの敷地に降った雪は自分の雪である。ちょっとでも他人の敷地に降った雪は他人のものである。自分の雪は自分の責任で寄せなければならない。これが常識だと思う。もちろん、そのように思っていないヤツもいる。
1994年02月14日(月)、打合せの資料を作って、徹夜をした。打合せは10時からである。早めに出かけるため、車庫前の雪かきをしていた。両隣の教員は、この日、入試の委員会があるはずだ。左隣の教員は、すんなりと出ていった。そりゃあそうだ。隣の分まで私が雪かきしているのだからな。
右隣の教員が問題だ。一度も雪かきをしている姿を見たことがない。それが証拠に、車の前に大きな「氷」の塊がある。それをいつも乗り越えて出ていく。
ところが、その日に限って、乗り越えられなかった。後輪がどうしても乗り越えられないでいた。無残なものである。ちょうど、腹で支えられた「亀」のようだった。
雪かきをしたことがない、ということは、それなりの道具を持っていない、ということになる。何やら、小さな折り畳み式のスコップをとりだして、車の下の氷の塊を砕こうとしている。当然、埒があかない。
横目で見ながら、自分の車の前の雪かきをしていた。手伝おうか、やめようか。結局、我慢できずに手伝うことにした。とりあえず、手持ちのスコップで車の下の氷の塊を砕く。ある程度すき間ができたので、エンジンをかけてもらい、渾身の力を振り絞って車の後から押した。押しに押した。久しぶりに全身の力を使って押した。
何とか、無事に氷の塊を通過、遅刻ギリギリで出発していった。問題はその後だ。
動悸がおさまらない。「深呼吸」した。水を飲んだ。10分ほど休んだ。でもおさまらないのである。約束の時間があるので、おさまらないまま出発することにした。
運転しているうちに、だんだんと手足が痺れてきた。それだけでなく、体中の筋肉が収縮を始め、ヘソに向かって縮んでいく。マニュアルシフトができなくなってきた。何かがおかしい。途中のコンビニの駐車場で5分ほど休んだ。が、治まる気配はなかった。このままじっとしていても誰も助けてくれないだろう。とにかく、大学に着けば誰かがいるはずだ。なんとか、大学に到着しなければならない...
どうしたか良く覚えていないが、とにかく、正面玄関の駐車場に到着した。全身が硬直してドアを開けることさえできなかった。なんとかドアロックを解除して、ヒタイでクラクションを押し続けた。誰か、気付いてくれ。誰か、来てくれ...
とても長い時間が経過したように思った。ドアが開けられ、なじみの事務員が声をかけてくれた。しかし、声が出ない。やっとの思いで「身体が動かない」と伝えた。
すぐに、保健婦さんが呼ばれた。彼女の声を聞くと、少し、安心できた。しばらくすると、救急車が到着。A中央病院に運ばれた。途中、救急隊員に「今まで、このような発作を起こしたことがあるか、癲癇ではないか」と何度も聞かれた。しかし、このようないわゆる「発作」は記憶にある限り、一度も経験したことが無い。
動かないのは身体だけで、頭はかなりクリアではっきりしていた。冷静に自己分析もできていた。今までの自分の知識から考えても、そう、癲癇かもしれない、と思った。
雪国で道路に雪がある時期には救急車に患者として乗るものではない。轍を越えながら運転されるので、とにかく揺れが激しい。朝食で食べたものを吐いてしまった。ますます癲癇を疑った...救急隊員も同様だったと思う。
A中央病院では、「精神科」に運ばれた。これまでの状況を考えれば、自分でもそれは当然だと思っていた。どう考えても癲癇だもの。筋肉を弛緩するための点滴を受けながら、医者の思いつくあらゆる検査が行われたようだ。脳波測定、胸部等のレントゲン撮影、心電図...
最後に「内科」に回された。この時の医師どうしの会話がふるっている。内科の医師が精神科の医師に対して「どうしてこの患者をつれてきたんだ!」なんて言っている。そんなこと、患者の頭の上でしてほしくないぞ!
ますます、医者が嫌いになった。
昼前、結局、「どこにも異常はありません」、「血液中のイオンバランスが崩れたのかもしれません」と、訳のわからないことを言われ、帰ることになった。
後から考えると、「過呼吸」ではなかったのかと思われてならない。徹夜明けに力仕事をして、「深呼吸」したのがまずかったのだろう。
翌日、全身の筋肉という筋肉が筋肉痛で大変だった。そして、ひと月ほど休暇を取った。
新学期からは、食堂に弁当を頼み夕食をきちんと食べるように心がけた。その後、1年半に渡って、風邪1つひかなかった。
しかしながら、このことも1つの「前兆」であったのかもしれない、と今では思う。
昼過ぎに起きる。新しく作ったばかりのメガネを踏んづけて壊す(多分、多くの友人たちは「珍しいことだ」と言うだろうなぁ...)。そう言えば、掃除ができなくなってから、いろいろなものを踏んづけても平気だ。拾ってかたづける・元の場所に戻す、気になれない。
植物に水をやる。機械的な作業になってしまっている。ふと、パキラとポトスの枯葉を処理する気になった。鳴門教育大学に勤めていたときS藤H男先生からもらったパキラとパピルス(カヤツリグサ)は枯らしてしまった。ごめんなさい。実家などに株分けしてあるから、こんど再生させてみたいと思う(ようになった)。
久しぶりの飲み会だったためか...いつも通りか...3:00過ぎに寝つく。7:00に一度起きるが、さすがに二度寝する。昼過ぎに起きだして、洗濯をする。以前ほど苦にならずにできる。
午後からは社会人特別選抜の口述試験。頑張って質問したつもり。
明日の日曜日が怖いなぁ。
寝つけない。恐らく3:00過ぎには寝たはず。7:00過ぎに目覚ましが鳴り、起きだす。午後からの会議の資料を作る。
午後から会議は、オブザーバーではあったものの、説明しなければならず、かなり疲れた。
研究室には、昨年の助手、ゼミ生が久しぶりに集合。ビデオの整理。後、焼き鳥とビールで...今日は、比較的元気だったと思う。人にたくさん会ったせいかなぁ。
寝つけない。恐らく3:00過ぎには寝たはず。5:00過ぎには起きだす。コンビニに買い物に行くが、歩いていると、壁や電柱が近づいてくる。
新聞を読む気になれない。
午後、小学校にて情報教育に関する打合せ。
寝つけなかった。恐らく3:00過ぎには寝たはず。5:00過ぎには起きだす。ふらふらする。
新聞を読む気になれない。
午前中、資料作り。比較的スムーズにできたと思う。
午後から会議。ろれつが回らないように感ずる。目の前の先生、それも、昨夜、一緒に帰った先生の名前を度忘れし、失笑を買う。一応、自分の主張はできたと思う。
寝つけなかった。恐らく2:00過ぎには寝たはず。6:00過ぎに起きだす。ふらふらする。
新聞を読む気になれない。
口述試験。
会議中、居眠りをしてしまう。隣の先生によると、いびきをかいていたらしい。
朝食は、コンビニのサンドイッチとコーヒー、それしか思いつかない。
昼食は、そば、ラーメン、カレーライス、それしか思いつかない。
夕食は、思いつかない。お腹も減らないこともある。
9:00過ぎに起きる。身体がだるいわけではないが、何もできない。久しぶりだ。薬をもらう前に戻ったような気がする。布団をかたづける気にならない。昼寝をしてしまう。外に出たくない。お腹も空かない。新聞を読む気になれない。
何度も寝返りを打つ。気がつくと13:00過ぎだった。
ファイルメーカーPro 5 Unlimited Macintosh版を探し求めてうろつく。見つけられなかった。夕食はキロクでアラカブの煮付け。
ベンザリンを飲んだ後、1時間ほどしてレンドミンも飲んだ。
司書講習二日目。朝、JRに乗って眠ってしまう。気がついたら八幡駅、ほとんどの人が降りてしまった後、もう、ドアが閉まる寸前だった。おかげで傘を忘れたようだ。今までの人生の中で初体験...
疲れた。久しぶりにキロクで刺し身で一杯。
眠剤は決められた時刻より2時間ほど遅い時刻に飲む。
新聞を読む気になれない。
集中講義で使いそうなモノドモのパッケージングやらなんやらが終わったのが3:00過ぎ、眠剤が効いてふらふらしていた。今日は、司書講習初日。一度気がついたのが5:00過ぎ、2度目に気づいたのは9:10過ぎ。昨日の電話では、8:30に図書館事務室に行くはずだった。当然、遅刻。10:04の快速で出発、二時間遅れで講習を開始。待っていてくださった受講生の方々、ごめんなさい。
午前中、病院へ。眠剤を変えてもらう。
  • 夜寝る前に飲むもの
    ベンザリン(5mg錠)
    『病院の薬』では「催眠剤・鎮静剤」に分類、ベンゾジアゼピン系剤(催眠剤)で、ニトラゼパムの製剤、中間型。
  • 眠れない場合に追加して飲むもの
    レンドルミン(0.25mg錠)
    『病院の薬』では「催眠剤・鎮静剤」に分類、ベンゾジアゼピン系剤(催眠剤)で、ブロチゾラムの製剤、短時間型。
ついでに眼科によって、メガネの点検。
午後は、明日からの集中講義の準備。
7:00前、携帯電話がなったようだが、気づかない(着信履歴で知る)。結局、起きだしたのは12:00過ぎ。薬を飲んでカップラーメンを食べる。
午後、メールチェック。課題提出ができない学生さんからのメールに答える。
「たまっていた仕事その1」に取りかかるが、なかなか進まない。「全く何をしていいのかわからない状態」ではないので、のんびり進めることにする。担当者の皆さま、ごめんなさい。
9月1日からの集中講義のことが気になりだす。ちゃんと、JRに乗れるのだろうか、遅刻しないだろうか、うまく話せるだろうか...
「たまっていた仕事その1」の合間に、JRの時刻表を調べてしまう。
2:00前に寝つくが、5:00には起きてしまう。散歩に出かけ、帰りにコンビニで朝食を調達。歩くのがだるい。眠剤がまだ効いているのかもしれない。
10:00から打合せ。
14:00から打合せ。
明日は予定が無い。今晩が要注意。
指示通りに眠剤を飲むが、寝つけない。起きだしてみるとふらふらので、薬は効いているのだろう。寝ついたのは3:00過ぎ。
昼過ぎまでダラダラと寝て過ごす。ズボンにアイロンをかける(ようやくかける気になった、ハンカチはまだできない)。13:30から打合せ、16:00から会議。共に、代替案・改善案に相当する意見が出せたと思う。
でも、ちょっと、ハイかもしれない。
昼過ぎまでダラダラと寝て過ごす。布団を干す。洗濯をする。終了後、眼鏡店にメガネを取りに行く。携帯電話のケースを探すため、天神にでかける。お腹の調子が悪い。
0:00過ぎに寝つく。やはり、朝方に目が覚める。起きだしたのは10:00過ぎ。布団を干す(ようやく干す気になった)。洗濯、掃除に関してはまだ。昼過ぎ、散歩をかねて近所の眼鏡店に出かける。店員さんとは「普通のやりとり」ができたと思う。相手の目を見て話すことができた。
急に携帯電話の買い替えを思いつく。即実行。この時も、店員さんとは「普通のやりとり」ができたと思う。でも、相手の目は一回しか見られなかった。
期待が強すぎたせいか、0:00過ぎには寝ついたものの、1時間位して目が覚めてしまう。手元にあった本を1時間ほど読んでから再び寝つく。
朝、寝苦しくて時計を見ると5:00過ぎであった。そのまま展転反側しながら過ごし、結局、起きたのは10:00過ぎ。今日は、14:00から打合せがある。昼過ぎにゆっくりと出かける。打合せ中、学生の論文を読んでいて、「これはおかしい」ということはわかるのだが、代替案・改善案が出せない。
後、必要最低限の電子メールに返事を出して帰宅。23:00過ぎ。
結局、5:00に寝つく。8:00過ぎに目覚ましが鳴る。ぐずぐずしているうちに10:00を過ぎてしまい、ようやく起きだす。シャワーを浴びているとき、お湯に打たれながら、次に何をしたらいいのか、わからなかった。
11:00過ぎ、病院に到着。すぐに診察が始まる。
眠れないこと、休日は終日寝ていること、掃除をしなくても気にならなくなったこと、頼まれた仕事ができないこと、このまま仕事ができないと将来のことが不安であること、前の職場のこと、その前の職場のこと等を30分ほどかけて話す。
「うつ病というにしては、しっかり、はっきり話しますね」と言われてしまい、参ってしまった。かなり頑張って話しているのだし、論理的に整理して話すのは職業病みたいなものだし...
3種類の薬を処方してもらう。
  1. 朝夕飲むもの
    1. ミラドール(50mg錠?)
      担当医のメモには「食欲増進、ねむけ−」と書かれている。『病院の薬』では「精神賦活剤(向精神剤)」に分類されていた。スルピリドの製剤で、消化性潰瘍剤にも使われるらしい。
    2. セパゾン(1mg錠?)
      「安定剤(抗うつ効果)、ねむけ±」と担当医はメモ。『病院の薬』では「抗不安薬」に分類されている。ベンゾジアゼピン系及び類似薬(抗不安薬)、クロキサゾラムの製剤で、抗不安作用の強い薬、筋肉の弛緩作用も強い薬、らしい。
  2. 夜寝る前に飲むもの
    1. デパス(0.5mg錠)
      「(抗うつ効果)、ねむけ+」と担当医はメモっている。『病院の薬』では「抗不安薬」に分類、ベンゾジアゼピン系及び類似薬(抗不安薬エチゾラムの製剤で、抗不安作用の強い薬、頚椎症・腰痛・筋収縮性頭痛にも用いられるらしい。ただ、眠気・ふらつきが起こりやすいとか。
5:00ようやく寝つく。輾転反側し気がつくと12:00、今日は13:00から会議だった。とりあえずタクシーで出かける。議題にはそれなりについていけるが、いつもよりも大きな声で相づちを打ったり、大げさに笑ってみたり、反応が違うように感じる。重要な意思決定には参加できない。
会議終了後、自宅にも職場にも近い精神科を検索、電話番号を控える。しばらく逡巡したが、思い切って電話をかけてみる。インターネットタウンページでは診療時間がわからない。午前中の診療時間をメモルだけで精いっぱい、昼休み、午後の診療時間に関しては相づちは打つものの頭に入らず、メモできない。一応、24日の午前中に行くことは伝える。
夕方、帰りがけにクリニックの場所を確かめに出かける。ソバを食べる。この日最初の食事。

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